第8話 真のイケメンならば
映画館を後にして通りに出るといい感じにお腹が減って来ていた。
「もう2時か…。そろそろ、というか少し遅いが昼飯にしよう」
「私もお腹ペコペコ〜」
映画館で買ったキーホルダーをカバンに取り付けながらニコニコしている。
俺も買えばお揃いになるんじゃないかという良からぬ考えが浮かんだが、もしものことを考えるとこれから先面倒なことになりかねないのでやめておいた。
「さっきポップコーンを丸々一つ食べたばっかじゃないか!しかも一番大きいやつ」
「あっ、あれは…べ、別っていうか……そう別腹よ!別腹‼︎いいから早く行きましょ‼︎」
顔を真っ赤にしながらストラップを強く握り締めた。
もちもちの素材で出来たストラップの顔が弾けんばかりに肥大している。
うむ。赤面天使サイコー。
「そうだな。何か食べたい料理のリクエストはあるかい?」
「そうね〜。リーズナブルでしっかり食べれる美味しいお店がいいかな〜」
「庶民的なリクエストありがとう。ちょいっと待っとけ」
俺はケータイを取り出して、すぐさまネットで調べ始めた。
「結構あるな〜。どれにしようか」
思ったほか店が多くて、ケータイの画面を素早くスライドし続ける。
「よし。ここにしよう」
「なんのお店〜?」
俺のケータイを覗き込むように首を伸ばす。
「ここから近いカレーのお店」
「いいねー!早く行こ!お腹が減って倒れそう」
クルクルと楽しそうに回りながら軽快なステップでお店へと向かっていった。
目的のお店に着き、扉を開けようと手を伸ばした。
「な、なんだって。臨時休業日⁉︎」
お店の入り口にcloseの文字がでかでかと書かれていたのだ。
「ついてないね〜」
俺の運の悪さがこんなとこでも発動するのか。
全くもって腹立たしい。
「クソっ、次だ」
俺は地面を踏みつけ、次のお店を決めた。
「次はどこ〜」
「次はパスタのお店だ。ここからもそんなに遠くない」
「パスタもいいね。無料でサラダがついてるとなおよし」
目的のお店に着きました…
やってません。
またもや臨時休業日。
closeの文字が忌々しく書かれている。
「なっ‼︎おかしいだろ!次だ‼︎」
次はしっかりと営業しているかどうかを調べた。
念入りに念入りに。
電話してやろうかとも思ったがやめておくことにした。
「これで、大丈夫だろー」
着きました…
やってます。
とんでもない賑わいを見せて。
「先にお待ちのお客様が13組いますがよろしいですか?」
受付の店員が申し訳なさそうに俺に尋ねた。
「いいわけあるか」
店を出てケータイを取り出す。
『どうじゃ、楽しんでおるか?』
苛だたしい声が頭の中に直接響きわたる。
「お前の仕業か!」
おっとしまった、つい声をあげてしまった。
周りには…気付かれてないな。
「楽しんでるようで何よりじゃ」
相変わらず俺の上を偉そうにぷかぷか浮いている。
俺の手に虫あみが握られていたのなら今すぐこの珍しい生き物を捕まえてご覧にみせよう。
触れられるのかどうかは別としてだが。
なんのつもりだ迷惑女神‼︎
「妾を放置していったお返しじゃ」
放置?なんのことだ。
「朝、寝起きの妾に向かってそこにいろと命令したじゃろ!」
あー。あれかー。
「待っててやったのに置いてくとは、なんたることか」
いや、そこにいろとは言ったけど、ずっと待ってなくても…
「誰もいない部屋で、一人で待ってるのがどれだけつまらなくて辛いことか」
想像すると確かに少し可哀想に思えた。
分かった。俺が悪かった。今回は許してくれ。
「分かったのなら良い」
あっさり許しを得た。
もっと色々言ってくるかと思っていたのだが。
流石は女神、器がでかい。
「では、上に戻っておる」
そう言って、フヨフヨと飛んで行ってしまった。
でかい嵐が通り過ぎたような、そんな体験をした。
俺の心の荒れ模様も綺麗に取り払われた。
「次はどこ?」
おっと、今は女神より目の前の天使さんのことが優先だ。
「そうだな〜。無難にレストランにするか。色々メニューも選べるし」
「いいね!」
結局、昼飯はどこにでもあるレストランに入った。
時間が時間なので、入っていく人より出ていく人の方が多い。
そのおかげで、比較的すぐに席に着くことが出来た。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「えぇ〜と、じゃあ俺はこのがっつりチーズトンカツセットで」
俺は、期間限定のメニューを指差しながらそう言った。
少しばかりおしゃれでは無いが、お腹がペコペコの俺にとっては願ってもいないがっつりランチ。
「私は〜ピリッと辛い激ウマカレーで」
「かしこまりました。お水はセルフサービスなので、ご自由にお取りください」
そう言って、持ち場へと店員は戻っていった。
俺は、自分と彼女の分の水を取りに向かった。
水の隣にドリンクバーの機械があって、どうせなら頼めばよかったなーと少しばかり後悔ながらグラスに氷を放り込んだ。
「お待たせいたしました。がっつりチーズトンカツとピリッと辛い激ウマカレーでございます」
目の前に料理が置かれ、朝飯を逃した俺のお腹が早くよこせと唸りをあげる。
カラッと揚がったカツがキラキラと光って、匂いとともに俺に襲いかかる。
小日向のカレーも野菜とお肉がゴロッと入っていて、とても美味しそうに見えた。
「こちらのチーズトンカツには、最初は何もつけずにお召し上がりください」
へぇー最近はそんなことまで言ってくるのかー。
「分かりました」
「それでは」
俺は食べやすいようにご飯とトンカツの位置を少しずらした。
前を見ると、彼女がすでに一口目のカレーをすくって口へと運んでいる。
とても美味しそうにカレーを頬張る彼女を見ていると、なんだかこっちまで嬉しい気持ちになった。
俺もチーズトンカツをつまみ、店員に言われた通り何もつけずに口に運ぶ。
「やられた…」
「どうしたの?」
手が止まった俺に、不思議そうに尋ねた。
「このチーズトンカツは二切れしかのってなくて、あとは普通のトンカツなんだよ」
「あーそれで〜」
「いや、そのことは写真を見てるから知ってたんだけど、店員がさっき最初の一口は何もつけずにって言ってただろ?それで、何もつけずにチーズの味を楽しもうとしてたんだよ。そんでいざ口に入れたらまさかだよ!」
「まさか?」
「まさか、最初の一口でチーズに届かないなんて!内側に少ししか入ってないから、今食べた部分はトンカツ。これじゃあチーズトンカツじゃなくて、ただのトンカツだよ!二切れしかないのに、なんか騙された気分」
「ふふふっ。そんなことで、そこまで盛り上がれるなんてユキト君変わってるね」
相変わらずの笑顔で微笑んだ。
あれ、もしかして俺バカにされてる?
いやまさか、そんなことするはずが無い。
まぁ、彼女が笑ってくれたならそれでいっか。
「そのチーズトンカツ美味しそう…」
彼女が俺のお皿を凝視しながらボソッと呟いた。
「欲しいのか?」
「え?口に出てた?」
「俺の耳がいいだけだよ」
俺はニシシと笑って耳を広げて見せた。
耳がいいのは本当のことだが、今回は近くにいれば誰にでも聞こえるボリュームだった。
「二切れしか無いのにくれるの?」
不安そうな顔で俺を見つめる。
飼ったことはないが、もし犬が餌を欲しがっていたらこんな顔をしていることだろう。
「どうしよっかなー」
あえて迷ってるフリをして見せた。
「いじわるー。一切れちょうだいユキト君‼︎」
透き通った目がまっすぐ俺を見つめる。
うっ。これはずるい。
あげますとも、どうぞどうぞあげますとも。
「しょうがないなー。ほらよ」
俺は食べてないチーズトンカツを一切れつまんで彼女のカレーの上に置いた。
「ありがと!ユキト君も私のカレー食べたい?」
なんですと⁉︎いいのか?トンカツは一切れずつ分かれてるけど、カレーはその……分かれてないだろ。
「いいの⁉︎」
あまりの発言にテンションが穏やかではなくなっている。
「へへーん。どうしよっかな〜。食べたいの?」
「た、食べて見たいです」
「食べたい時はなんていうのかな〜?」
むむっ。この意地悪天使め。
「どうか私めにその美味しそうなカレーを一口ください」
悔しいがやむを得ん。
食欲に勝るものを俺はもちあわせていないのだから。
ここは攻めるのみ。
「違うでしょ!ちゃんと名前で呼んでくれないとあーげない」
「カレーを俺に食べさせてください!か、香織さま‼︎」
やられてばっかも面白く無いので、さりげなく食べさせてくださいとお願いしてみた。
ここまで来たらもはや捨てるものなど持ち合わせてはいない。
「しょうがないなー。はい、あーん!」
「え!まじ?」
「食べさせて欲しいんでしょ?なら、ほら口開けて」
勝てなかった…
人間が天使に歯向かうのは無理があったのだ。
「くっ…あ、あーん」
俺は口を大きく開けて彼女のスプーンを待った。
「はい。よくできました!」
カレーが俺の口へと運ばれ、同時にスプーンも一緒に口の中に入った。
「美味しい?」
「おいひいでふ‼︎」
カレーと野菜が口の中でとろけて、ピリッとした辛さがとてもヤミー。
「どういたしまして」
彼女の満面の笑みが俺の心を一杯にした。
そんなこんなで、楽しく話しながら食事を終えた。
もちろん、二口目からはソースをつけて。
お会計を済まして、膨らんだお腹をさすりながら店を出た。
お会計を誰が払ったのかという野暮な話はこの際置いて欲しい。
一つ言えるのは、俺が真の平等主義者を目指しているということだけだ。
「さぁ、お腹も膨れたところだし次はどこへ行こうか」
彼女に問いかけたところ、返事が返ってこない。
向かいのお店にかかっている大きな時計を見つめたままボォーっとしていた。
「どうかしたのか?」
「え⁈あ、なんでもない。ちょっとボケーっとしてただけ」
慌ててこちらに振り返り、ニコッと笑顔を振りまいた。
なんでもないわけねーだろーが。
分かってる…分かってはいるんだ。
彼女がどうして時間を気にしているのかは。
「はぁ、もういいか。不正…」
俺は彼女に聞こえないように、小さい声でぼそりと呟いた。
今回は勝てると思ってたんだけどな〜。
そう上手くはいかないか。
「次はどこ行こっか」
「いや、次行くとこはもう決めた」
「どこ?」
「ちょっとそこで待ってろ。すぐ戻ってくるから」
俺はそう言うと、ササっと路地裏に消えていった。
「お待たせ!」
しばらくして、俺は自転車を調達して先ほどの場所に戻ってきた。
「どこから持ってきたの?まさか盗んで…」
顔を見れば、俺を疑ってるのがよくわかる。
若干距離をとったのにも気づいた。
「いや、これは俺のただ一人の親友のものだ‼︎ちょっくら借りてきた」
もちろん、親友というのはユウタのことだ。
「それで、どこに行くの?」
「それはお前が…いや、香織が一番分かっているはずだ」
「私が知ってる?」
「さぁ、時間がない。香織お嬢様、なにぶん座りごごちは悪いと思いますがどうか私の後ろにお座りください」
俺は彼女の手をとり、自転車の後ろに乗せた。
プニプニとした手の感触をもう少し味わいたかったが、それより柔らかい感触が背中に張り付いたので俺はそっと手を離した。
「かぼちゃの馬車とまではいかないが、全速力で君をお城に届けてみせる‼︎ しっかりつかまっとけよ!香織‼︎」
「よく分かんないけど、分かった‼︎」
俺の腰にしっかりとしがみつき、覚悟を決めて歯を食いしばった。
「ウォォォォォォ‼︎」
ものすごいスピードでペダルを回し、人ごみを突っ切る。
そのまま、土手へと全力で漕いだ。
土手に向かうにつれて人が少なくなり、より一層スピードを上げた。
食べたばっかりのトンカツたちが腹のなかで暴れまわり、何度か解放しそうになったがすんでのところで耐え忍んだ。
今解放すると、後ろの姫にまで被害が及ぶ。
彼女には万全の体制でパーティーに出てもらわなくてはならない。
「早い。早い!早い‼︎もっと安全運転でよろしくお願いします」
早すぎて彼女の声が後ろの方に伸びていく。
「任せとけ‼︎」
そう言って、俺はさらにスピードをあげた。
土手を走っている途中何度か工事をしているところがあり、きつい坂を上がったり下がったり何度も繰り返した。
こんな急いでいる時まで邪魔をしてくるとは、あのクソ女神もなかなか捻じ曲がった性格をしている。
帰ったらゲームでボコボコにしてやる。
俺は息を切らしながら、そう決意した。
「さぁ、香織お嬢様パーティー会場に着きましたよ!」
俺は土手の上の方に自転車を止めて、彼女を下ろした。
柔らかな感触が離れて行くのはなんとも悲しかったが、断腸の思いで心を押し殺した。
「ここって…」
「あぁ、サッカー部が試合してるグラウンドだ」
土手の下の方で、ワイワイと球を蹴り合っている奴らを指差してそう言った。
「でも、私は行かないって…」
「そんなこと言っても今日一日中ずっとあいつのこと気にしてただろ?俺にはなんでもお見通しさ」
「今日はユキト君がデートに誘ってくれた……それなのになんで⁉︎私の、私のせい⁉︎今日はすごく楽しくて、それにユキト君のこともーーー」
「いいんだ。君が楽しんでくれたならそれで、俺も久しぶりに本気で笑えたし。真のイケメンを舐めんな!そこらのなりきりイケメンとは訳が違う‼︎」
彼女の言葉を途中で切り、彼女の目を見てニコッと笑って見せた。
「これからも仲良くしーーー」
「さぁ、早く王子様の元に行ってこいよ」
またもや、最後まで聞かずに話し始めた。
これ以上は耐えられそうに無いな…
彼女の瞳に映る俺は一体どんな顔をしているのだろうか。
確認しようにも、彼女の潤んだ瞳が俺の顔をグニャグニャと変形させる。
俺は彼女の背中をトンと押した。
押してる間、手から離れて行く彼女の背中を再び掴みそうになる手を必死に抑えた。
たとえ、今日という日が終わってしまうことになるとしても。
ここだけは、ここだけは抑えなくては…
「早くしないと試合終わっちゃうだろ?頑張ってこいよ」
彼女は何か言いたそうだったがそのまま坂を降りていった。
「あ、忘れ物だぞ。持ってけ」
そう言って、彼女にスポーツドリンクを投げ渡した。
「これは?」
「男にアピールするのに何も持って行かないやつがあるかよ」
自転車を取りに行く時にこっそり買って置いたのだ。
「今日はありがとう!ユキト君‼︎」
今日一番の最高の笑顔でこちらに笑いかけ、そのまま坂を下りていった。
「あぁ、こちらこそありがとう小日向…」
ーー精一杯に応援する彼女の明るい声が空に響き渡った。
「あー‼︎やっと追いついた」
「ん?おう、やっと追いついたか。ほらよ、お疲れさん。お前にもスポーツドリンクだ」
ヘトヘトになったユウタが俺にやっと追いついた。
「なんてことするんだ。いきなり電話でサッカー部の時間を聞いてきたと思えば、次は自転車で駅前まで来いなんて!」
「いやー、いろいろあってだな」
「しかも、着いたら着いたでいきなり自転車を盗ってくんだから」
「悪かった、悪かった。じゃあ、ハンバーガーおごってやるから。な!」
「ポテトとドリンクもつけてよ!」
ヘトヘトになりながらも俺のことをジッと睨んできた。
「オッケー。じゃあ行きますか」
そう言って、俺は自転車にまたがった。
「え?また歩くの⁉︎もちろん乗せてくれるよねー?」
「すまんな、俺は男と二人乗りする趣味はねー」
「そんなー」
その場に倒れ込み、駄々をこね始めた。
「ほら、そんな汚いとこに座って無いで早く行くぞ!」
「待ってくれよー」
「ユキト君…」
ーー遠くの方でこちらを見つめ、周りの声援に紛れて女の子がポツリと呟いたことになど気付くよしも無かった。