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第7話 暑くて寒い恋の迷宮

部屋に朝日が差し込み始め、目をつぶっているにも関わらず眩しさに耐えられなくなってきた。


「まぶしっ!」


どうやら昨日そのまま床で寝てしまったらしい。

隣にはゲームのコントローラーを握ったままのぐうたら女神が気持ちよさそうに眠っていた。


「このぐうたら女神が」


結局昨晩は一度も勝つことは出来なかった。

どんな手を使ってもそれを上回る姑息な手段を使われ、完膚かんぷ無きまでにボコボコにされた。


「ふぁ〜あ」

まだ少しばかり眠いし床で寝てしまったせいで体が痛い。


「今何時だ…」

机の上にある時計を覗き込もうと首を伸ばす。


時計にはデジタルで1111と綺麗に同じ数字がデカデカと四つ並んでいた。


「11時11分か。なんかいいことありそうだ…なっ⁉︎ハッ‼︎」


寝ぼけた頭が一気に目を覚ました。

今まで言っていなかったが、小日向こひなたとの待ち合わせの時間は12時に駅前の噴水前。


そして、今は11時。

あと一時間も無いのだ。


大急ぎで朝飯を食べて歯を磨いて服をきがえ、それからそれから…いや、この際飯なんて悠長に食ってる場合じゃ無い!

頭の中を色んなことがグルグルと駆け巡る。


「どうしよう、どうしよう」

すぐさま体を起こしたはいいが、頭の中がまだ整理できておらずあたふたとその場を回っていた。


迷っていてもしょうがない!


「とりあえず着替えよう」

急いで服を脱ごうと思ったが、この部屋には俺だけじゃ無いことを思い出した。


「起きろ!姑息女神‼︎」


俺の着替えなど見慣れているかもしれないが、一応にも女神である以上女として扱わなくてわ失礼に値するような気がする

ってのは建前で、本当は見られるのが恥ずかしいからだ。

それに、俺の体を見慣れているから平気ってのは、なんだか癪に障る。


「ふぁ〜。朝から罵倒とはいい度胸じゃの、ヘボ雪斗ゆきとよ」


「なっ‼︎このクソ女神…」


いけない、いけない。冷静になれ。

こんなところで時間を使っている場合じゃ無い。


「お、お前はそこで寝ていろ‼︎分かったな!」


俺はいくつか服を掴んで、急いで一階へ降りて行った。


「あ、ユキ兄おはよう」

タイミングの悪いことにリビングではすでに妹がテレビを見ながらくつろいでいた。


「おはよう粉雪こゆき。お兄ちゃんは今ものすごく急いでいる。だから…許してくれ!」


そう言って、俺はリビングにある大きな鏡の前で勢いよくズボンを脱ぎ始めた。


粉雪が何か言っているが、今の俺の耳には入ってこない。

部屋から掴んできたお気に入りの服をいくつか着ては悩んだ。


デートというものは俺にとって初めてのことなので、何を着ていけばいいのか分からないのだ。

いつも通り緩い服を着ていくべきか、はたまたしっかりとした服装でいくべきか。

あんまりカチッとしすぎてもよく無い気がしなくも無いことも無いことも無いし、いつも通りの格好で行って彼女がオシャレをしてきていたら目も当てられない。


迷った末考え付いたのが、妹に決めてもらうこと!


「粉雪!今日学校の女子と遊びに行くんだが、どれを着ていけばいいと思う⁉︎」

俺、渾身の丸投げ。


「ユキ兄が女の子と⁉︎」


妹がものすごい驚いた顔でこちら見てくる。

それもそうだろう、俺が女子と遊びに行くなど今までありえないことだったのだから。


「そうだ。だからそれに合ういい感じの服を選んで欲しいのだ」


「えぇー。自分で決めなよ」


「そう言わずに。なんとかご指導のほどを」


なんとか頼み込んで、服を選んでもらえることになった。

高速で服を着ては脱いでを繰り返し、まるでお人形のように扱われながらやっとのことで今日の服装が決まった。


結局、白いワイシャツの上に紺と青の境目のような色をしたスーツみたいなジャケット、それから下は黒のズボンに決まった。

それなりにしっかりとしていて、なおかつ決めすぎていない感じがいい感じになっていると思われる。

色合いもゴチャゴチャしておらず青白黒の三色で、爽やかな感じが醸し出されている。と思われる。


よし!服装は決まった。

急いで歯を磨いて、家を出なくては。


リビングのアナログ時計の長針はすでに6の数字を過ぎていた。


歯を磨いて顔を洗い、髪型をセットしてあらかた準備は終わった。

あとは財布にお金を少しばかり足して、靴を履いて家を出るだけ!


「ユキ兄行ってらっしゃい‼︎頑張ってね」

玄関で靴を履いていると妹が後ろから駆け寄って俺に飛びつき、熱いエールを送ってくれた。


「任せろ。可愛い妹よ!」

俺は後ろからまわされた妹の腕を握り、朝の出来事を感謝した。


「では行ってくる」


「お土産よろしく…ねっ?」


立ち上がろうとした瞬間、妹の悪魔のような声が俺の耳を通り抜け、同時にまわされていた腕がスッと離れていく。

すぐさま後ろを振り向いたが妹はすでに部屋に戻っていた。


玄関を開けて勢いよく駅へと歩き出した。


「うん!今日もいい天気だ」


ーー眩しい日差しが地面を照りつけ、穏やかな雲がゆっくりと頭の上を通り過ぎて行った。




「はぁ、はぁ、はぁ〜。セーフセーフ‼︎なんとか間に合った」

駅前の噴水広場にある時計の針が、12時になりそうでならないギリギリの境目を動きたそうにウズウズしている。


「残念だったな時計くん。はぁはぁ、俺には一歩及ばなかったようだな」

息を切らしながら、返事をするはずの無い時計に向かって偉そうに踏ん反り返った。


額から汗が滴り、俺のまつげに当たって地面へと落ちて行った。

運動神経がいいとはいえ、日頃から動いていない俺にとってはあまりに過酷な試練だった。

それでもなんとか間に合ったのは妹のアノ言葉のおかげだろう。

家を出てしばらくは外の熱気と、妹が放った身体が冷え切るような一撃が入り乱れて暑さと寒さを同時に体感した。

そのせいか、それほど汗をかかずにここまでくることが出来た。


無事についたのはいいが、妹の言うお土産とは俺の考えるもので事足りるのだろうか。

もしもそれで妹の、いや粉雪姫の期待に応えられなかった場合、俺はどうなってしまうのだろうか。

なんと難しい依頼を受けてしまったのであろう。

なんとも悩ましい。


そうこう考えているとついに時計の針が真上を指し、時刻は12時になった。

それと同時に遠くから俺の名前を呼ぶ可愛い声が聞こえてきた。


神在月かざつきくーん‼︎お待たせ〜」


水玉模様のなんとも可愛らしい服を着た女の子が、こちらへ向かって手を振りながら走ってくる。

ここは桃源郷だったのか…


「セーフセーフ!時間ぴったりだよ私‼︎ぴったり賞を貰いたいくらいだよ」

そう言って彼女は俺に手を広げて差し出した。


「なんもねーよっ」

代わりに彼女の手の平に俺の手を置いて見せた。


「お手なんかしてないよっ。けちんぼ!ぷくぅーー‼︎」

顔を膨らましながら、拗ねてそっぽを向いてしまった。


かわいい。あざといがそれもまたいい。


俺は少しばかり口角が上がっていくのを手でそっと隠した。



さて、最初は一体どこへ行こうか。

彼女に直接どこへ行きたいか聞くのが一番早いのは確実だが、俺が誘った手前いきなりどこに行きたいか聞くのはあまりにカッコ悪いし恥ずべきことだ。


行けそうなところをいくつか考えていると、後ろからトントンと俺の肩を誰かが叩いた。


「もしかして、まだ行くところが決まって無いんなら私は映画を観に行きたいな」

相変わらずの愛くるしい笑顔で、俺に救いの手を差し伸べてくれた。


なるほど映画館か。


「いや、決まってなかったわけじゃ無いんだけどー。まぁそこまで行きたいって言うんなら、君の意見を尊重して映画にしよう」


「ふふっ。それはどうもありがとっ‼︎」

彼女は俺の心を読んだのか、楽しげに笑いながら映画館へと歩き出した。




「どれ観よっかな〜」

映画館を前にして、久しぶりのことに胸が高鳴る。

映画館なんていつぶりだろうか。


「私、この映画みたいなー。それと、神在月かざつき君って結構子供っぽいとこもあるんだね!」

いくつか並ぶ映画のポスターの中から、恋愛アニメと思われるポスターを指差してそう言った。


「んー。初めて聞いた名前だけど、面白そうだからそれにしよう。あと、仮にも今はデート中なんだから俺のことは下の名前で雪斗ゆきとって呼んでくれ」


「じゃあそっちも私のことは香織かおりって呼んでね!ユキト君‼︎」


確かに当たり前のことなのだが、まさかそう返してくるとは思って無かったので少しばかり慌ててしまい、久しぶりに女子に名前を呼ばれたのでちょっとドキッとした。

心臓の音が聞こえないように抑えるので精一杯だ。


「分かったよ…」


「私は名前で呼んだんだからそっちもちゃんと呼んで‼︎」


グイグイと俺に近づいて来たのでものすごく顔が近い。

それになんだかすごくいい匂いがする。


つい鼻をヒクヒクさせてしまった。

シャキッとせねば!


「か……香織かおり


「はい!なんですか」


くっそ、ここぞとばかりにおちょくりやがって…


「なんでもねーよ」


「…」


ん?返事が無い。

俺はそっと彼女の顔を見た。


唇を閉じて耳まで真っ赤にして、必死に恥ずかしいのを耐えていた。


「いや、あの…ですね…」


恥じらう彼女もこれはこれでなかなか。


「さ……さっ、早く映画のチケットを買いに行きましょう!早くしないといい席取られちゃいますよ‼︎」

顔を真っ赤にしたまま、そそくさとチケット売り場に歩いて行った。






「ふー‼︎いい映画でしたねー」


映画が終わり、少しだけ残ったポップコーンの入れ物を持った彼女と一緒に劇場から出て来た。


「あぁ!久しぶりにでっかいスクリーンで観たけど、なかなかに面白かったな」


映画は、自分に自信がない主人公が後輩の女の子にひたすらアピールを繰り返していくのだが、どうにも気持ちが伝わらずどんどん自分を置いて先に進んで行ってしまい、どうにか彼女と結ばれようと四苦八苦するという、心引き寄せられるハッピーエンドの恋愛コメディーだった。


「ですよね、ですよね‼︎最後の30分なんてポップコーンを口に運んでる余裕なかったですよ。是非、好きな人と見に来て欲しいですね。私も好きな人と…あっ‼︎いや、あのごめんなさい」


「別にそんなの気にしないよ」


そう言ったが、彼女は落ち込んだように顔が下に下がり始めた。


色々とまずい。

せっかくの彼女の笑顔が…

これまでのいい流れが…


「あっ、今見た映画のグッズ観て来ていいですか?」

下がった顔を上げて、精一杯の笑顔で彼女はそう言った。


「はいはい、行ってらっしゃい」


ポップコーンの入れ物を持ったまま、あっという間にいなくなった。



彼女がグッズを買いにいなくなり、俺はおもむろにケータイを取り出して電話をかけ始めた。


「なぁ、少し知りたいことがあるんだけどいいか?」




ーーー空になっていた自分のポップコーンの入れ物を潰して、ゴミ箱に捨てながら通話先の相手と話を続けた。



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