表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第6話 打倒アホ女神

いつもと通りの代わり映えのない朝の風景。


「よっ、ユキ。今日はなんだか冴えない顔をしてるじゃないか」


俺の朝の会話はいつも、隣の席のユウタとの挨拶から始まる。


「おう、おはよ。まぁちょっとな」


さてどうしたものか、昨日のデートのお誘いに小日向こひなたがOKを出してくれるとは誘った俺ですら予想もしなかった。

流石は俺‼︎といったところか。

だが、いつまでもそんなことに浮かれている場合では無かった。


なんてったって、俺自身も女子とデートをするのは初めてなのだから。

一体全体何をすれば良いものか。


朝からため息が止まらないよ。


「はぁー」


けれど、これもまた天に与えられたチャンス‼︎と思いたかったのだが…

俺は残念なことにも神とやらがどんなものかを既に知っているのだ。

いや、知ってしまっているのだ。


この今の気持ちをどう表現しようものか。

なんとも複雑な気持ちになり、相変わらずため息が止まることは無かった。


「あっそういえばユウタ、サッカー部が次の休みに試合をするらしいんだが。どこでやるのか知ってるか?」


「え?サッカー部?急にどうした、部活にでも入る気になったか‼︎ユキはスポーツならなんでもできるから、昔っからいろんな部活に勧誘されてたもんな」


「まぁ、どのスポーツも肝心なところで運悪くミスるから、途中で見放されて結局はすぐ辞めるんだけどな」


今となっては、その理由があいつのせいだってことはすぐに分かるが。


「で、サッカー部になんか用でもあるのか」


「まぁ、ちょっとな。そんなことより、知ってるなら早く教えてくれよ」


「はいはい。えっと、確か場所は…俺の家の近くにある川沿いのコートだったと思うぞ」


「川沿い?あんなとこでやるのか」


「まぁ、試合って言っても今回のはほとんど練習試合みたいなもんだからな」


あの女は練習試合を応援するのにも勇気がないと行けないのか。

純情というか奥手というか。


「分かった。ありがと助かったよ」


「困った時はお互い様よー‼︎」


そう言って、二人は柄にもなくお互いの拳同士を合わせた。




「ただいまー」


「あ、ユキ兄おかえりー‼︎」

家に帰ると、ちっこい豆粒みたいな妹がこちらに向かって駆け寄ってくる。


「ん、どうかしたのか粉雪こゆき

いつもならソファーでくつろいでいるはずの妹が駆け寄ってくるなんて。

何か悪いことが起きる前兆か!


「どうしたもこうしたもないよ‼︎いい加減きちんと晩御飯作ってよね‼︎」

妹が顔を膨らましながら俺に向かって指をさす。


「何を言ってるんだ。晩御飯ならいつもきちんと食べてるじゃないか」

そんなことは気にせず、俺はあくまでシラを切る。


「さーて可愛い妹よ‼︎今日は何を食べようか」

俺はそう言って、玄関のポストに入っていたチラシをおもむろに広げて吟味ぎんみし始めた。


「ふざけないでユキ兄‼︎もう三日連続で宅配飯じゃん!粉雪もユキ兄も育ち盛りなんだから、ちゃんと栄養のある食事にしてよね‼︎」


「そうか、そうか。粉雪は育ち盛りだもんな。野菜も食べないとなー」

俺は、粉雪と目を合わせないようにしながらサイドメニューのサラダのページを開いて見せた。


「ユキ兄〜⁈」

どこから持ってきたのか、いつの間にか妹の手には大きなくじらのぬいぐるみが握られていた。

本来子供向けに作られているそのぬいぐるみは、とても愛らしい顔が気に入られ我が家に住まうことになったのだが、今回ばかりはどうにもその愛らしい顔が妹によって狂気めいた顔に変貌しており、優しさや温かみなどは微塵も感じられなくなっていた。


「分かった、分かった。そうだよな、お兄ちゃん大事なことを忘れていたみたいだ」


「ユキ兄…」

妹の険しかった表情とともに、握られていたくじらの顔も徐々に愛らしさを取り戻しつつあった。


「俺としたことが食後のデザートを忘れるなんて」


妹の表情が時間を巻き戻すかのように険しくなっていく。

くじらに至っては先ほどの時よりグシャグシャになっていて、もはや表情など読み取ることは出来ようも無かった。


「冗談、じょうだ…」


「ユキ兄のバカーー‼︎」


俺の言葉など待ってくれる訳もなく、妹の手に握られていたくじらが俺の顔に擦り寄う、もといダイブしてきて、非情にも彼の自慢のたくましい尾びれが俺の頬をえぐり取るかのように強烈なテールアタックをお見舞いした。


「ですよねー」


妹とくじらの合わせ技により、玄関にいたはずの俺の体はいつのまにかキッチンのところまで飛ばされいて、手に持っていたはずの大量のチラシが玄関からキッチンまでの道しるべと言わんばかりに散乱している。


散らばったチラシを集めるべく目の前のチラシから拾って行こうとすると、俺が見上げているのもあるが先ほどまでちっこい豆粒だったはずの妹がいつのまにか大きく立派になられており、待ち構えていたかの如く子分のくじらを従えて俺の行く先を完璧に塞いでいたのであった。


「どこにいくつもり。お に い ちゃ ん‼︎」


妹が俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは実に一年ぶりであり、その時もおやつを取られてご立腹だったことを考えると今回はどう考えても逃げようがないことを理解するのは実に容易だった。

くじらのグシャグシャになってしまった顔も、俺に諦めなさいとさとすかのように切実と訴えかけていた。


「そうか、くじら君……俺はもう…これ以上は無理なんだね」

俺は逃げることを諦めくじらに向かってそう呟いた。

だが、呟いたところで返事が返ってくる訳も無いというところが現実の辛いところである。

俺の優しさを込めて投げたボールは無残にも地面に転がり返ってくることは無かった。


微妙に痛む頬を撫でながら、ゆっくりと起き上がりキッチンに向かって歩き出した。


とりあえず冷蔵庫を開けて、中を確認した後ゆっくりと閉じた。


無理だ…




何もねー。


冷蔵庫を開けたはいいが、中は殆んど空。

何かを作ろうにも材料が無い。


俺は先ほど一枚だけ拾うことに成功したチラシを見て、家庭用電話機の元へとゆっくりと歩み寄って行った。


あと少しというところで、俺は歩みを止めた。

後ろから、何やら殺気を感じたのだ。


進もうにも進むことが出来ない、かといって後ろを向こうにも向くことは出来ない。

可愛い妹の今の表情を見るのは、お兄ちゃん心があまりに傷つく。


妹の顔を見ないように慎重に来た道を後ろ向きで戻って行った。



「はぁ〜」

はてさてどうしたものか、俺の限りある知識じゃどう考えても作るのは不可能。

ご飯は炊けば良いが、おかずが無ければただの白米。

甘みをだけをひたすらに楽しむのは流石に無理がある。


有るのは人参それから卵に大根が少しと、冷凍の豚肉それからこんにゃく……


こんにゃく⁉︎


俺の中で何かが閃いた。

少しばかり質素だが何とかなるはず。


急いでご飯を炊き始め、黙々と調理に取り掛かった。




「さあ出来たぞ妹よ‼︎」


「わぁー。ユキ兄すごーい」

並べられた料理を見て妹の顔が明るくなっていく。


「ご飯と目玉焼き、それから豚汁だ‼︎」


うちの家は豚汁にごぼうなどを入れずにこんにゃくを入れている。

いつもの味を再現するため味噌の味を何度も味見して確認した。


それだけでは味気ないと思い、おまけで目玉焼きを焼いた。

まるで優雅な朝ごはんのように思えるかもしれないが残念ながら今は夜である。

これをこのまま明日の朝食として出されたとしても何ら違和感がないだろう。


「さあ!おあがりよ‼︎」

これが言いたかった。


「いっただきまーす‼︎」


豚汁をすする妹の顔をじっと見つめた。

感想はどうだ。


「おいしい!ユキ兄100点‼︎」


「よし‼︎」

安堵とともに顔がにやけてしまう。


よかった〜。



皿洗いは妹に任せて俺は風呂に入った。



「ふーさっぱりした〜」

風呂を出て二階にある自分の部屋に入った。


「今日もまた一段と大変だったの〜ユキトよ」

基本俺が自分の部屋にいるときはゆるりんも実体化している。

あっ、ゆるりんとは食費も払わず俺の嫌がることだけを生きがいとして飯を三杯は食べることが出来る自称女神を名乗るただのニートである。


これだけ高速で考えれば思考を読むことは出来まい。


「どうせお前のせいだろ」


「お主と妹の掛け合いは毎回見ていて楽しいからのー」

そう言って、我が女神はニシシと俺の上を浮遊しながら笑った。


「時にユキトよ。お主、部屋ではいつもメガネを掛けておるが、なぜ学校ではかけないのじゃ」


勉強させろよ…


俺は開いたばかりのテキストをパタリと閉じた。


「メガネなんてもん邪魔に決まってるだろ。なるべくかけていたく無いの!」

部屋ではいつも黒いパーカーにくじらのイラストが白くプリントされたものに、灰色のジャージを着ている。

部屋着兼、寝間着のようなもだ。

風呂に入る時にコンタクトを外して、出たらメガネをかける。

家の中ではなるべくダラっとしていたいからだ。


「メガネも似合っていると思うのじゃがなー」


俺はボソッと

「当たり前だろ」と、呟いた。



「さて、ユキトよゲームをしよう‼︎暇じゃ」


いきなりだなー


「ゲームって何すんだよ。俺は明日のデートのことも考えないといけないのに。てか、神の世界にもゲームはあるんだな」


「もちろんある、『神々の戯れ』というやつじゃな。まぁ、良いではないか少しくらい。勝ったら特別にご褒美をやろう」


「ご褒美……ゴクリ」

女神がくれるご褒美なのだからきっとすごいものに違いない。


「よ、よーし!その勝負受けてやろう‼︎」


「ゲームは何でも良いぞ。どうせ何をやっても負けはしないのだから」


その言葉にカチンときた。


「いいだろう。なら俺の得意なキノコカートで勝負だ‼︎」


『キノコカート』とは、8人で戦うレースゲームのことだ。


俺はコントローラーをゆるりんに渡して、スイッチを入れる。


軽快な音楽とともにタイトル画面が現れた。

まずはキャラを選ぶ。


「俺は加速重視のキノスケにするぜ」


「なら妾はテクニック重視のケロッピーにしよう」


画面に8台のカートが並び、カウントダウンが始まる。


「3、2、1……ゴー‼︎」


滑り出しは俺が一位をキープしている、そして俺の後ろにはケロッピー。


三周勝負なので、先に三周したらゴール。

今はもう既にその三周目、相変わらず俺の後ろにはケロッピーが張り付いている。


「このまま俺の勝ちだな!」


「そうはいかぬぞ。くらえ!」


すると、俺のカートに雷が落ちてきた。

カートはスリップして俺の横をケロッピーが抜き去っていく。


「このやろう!」


このゲームの最大の売りは、レース中にアイテムが露骨に落ちておりそれを拾うことでそのアイテムを使えるようになるのだ。

今回はその中の『ライトニング』というアイテムをくらいカートがスリップしてしまったのだ。


ゆるりんのやつ、このアイテムを最後の最後までとって置いたのか。

このままでは負ける。


だが、秘策を取っておいたのはお前だけじゃない!


「くらえ!必殺トリプル甲羅アタック‼︎‼︎」


必殺トリプル甲羅アタックとは、『海ガメの甲羅』というアイテムを三周目まで持っていると進化してゲットすることが出来るスーパーアイテム。

進化すると、甲羅が三つに増えてそれぞれ前に飛ばして敵を吹っ飛ばすことができる。


俺はそれを角度を計算して等間隔に放つことでどれか一つが絶対に当てられるように練習したのだ。


これで終わりだ…


「甘い‼︎こんなもの!」

彼女はそういうと、スティックを小刻みに動かし始めた。

それもとんでもないスピードで。


「は?そんなバカな‼︎」


ケロッピーがまるで生きてるかのように滑らかな動きで甲羅を避けていった。


そのまま、一位でケロッピーがゴールテープを切った。

続いて俺のキノスケが二位。


「負けた…。俺の一番得意なゲームで」


「妾を舐めすぎじゃ。妾は女神じゃぞ、人間ごときが敵うわけないじゃろ」

俺の上を嬉しそうにクルクル回っている。


「お前ズルしたな!あんな滑らかに動ける訳がない」


「まぁ、お主との体感時間は違うじゃろうな。神にとっては時間の概念などほとんど無いに等しい。それに妾はお主が生まれた時からずっと見ているからのーそんな小癪な技、くると分かればどうとでも出来る」


なんてやつだ…そんな堂々とイカサマを。

けど、怒るに怒れない。

それが人間と女神の違いなのだから。


「クッソー‼︎もう一回やるぞ!次こそ下に叩き落としてやる。『神殺しの』の称号は俺のものだ‼︎」




ーー明日は小日向こひなた 香織かおりとのデートであることなど忘れ、打倒女神を掲げしばらくゲームを楽しんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ