第4話 春に意気がる黄色いアイツ
「よっ、ユキ‼︎おはよう」
「おう、おはよう」
学校に着いて早々、隣の席の友達と爽やかな朝の挨拶を交わした。
「なんか、今日はやけにやる気が満ち溢れてるな〜」
ユウタが俺の顔色を伺い、そう言った。
それもそのはず、昨日あれだけ完膚なきまでに振られたのだ。
早く次のターゲットを決めなくては。
いちいち落ち込んでいる場合ではないのだ。
次はもっと慎重に、なるべく話しやすそうな人を。
おっと、もちろん選ぶにあったて一番重要なことは美少女か否かだ。
たとえ、どんなことがあってもそれだけは譲ることが出来ない。
言うなれば、必須条件。
今日も自分の自由を求めて邁進中だ。
俺は外の空気にあたりたくなり、すぐ横の窓を少しだけ開いた。
こういう時は窓際でよかったと素直に思えた。
暖かい日差しに当たり、なんとも言えない柔らかな風が頬を撫でるように去っていく。
ん〜。なんと素晴らしい席。
選ばれし者が座るに値する席だ。
今日もよく眠れそうだな。
だがどうやら、そうでもない奴もいるらしい。
「ヘ……ヘ…ヘックショイ‼︎」
「大丈夫か?」
「いつものことだから…この呪いにももう慣れたし」
そう、この時期に窓を開ける行為は呪いを受けている者にとってはとても辛いのである。
それこそ鈍器で頭をかち割ってやりたくなるほどらしい。
皆、口を合わせて言うのは目ん玉を取り外して丸洗いをしたいという常人ならざる願いを叶える為、今はただ耐えるようにひたすら涙を流して目の汚れを落としているという実に哀しみに溢れている発言。
植物から放たれた黄色い兵器は、人間の目には見えないほどの大きさで、風に乗り体内に直接ダメージを与えてくる。
その名も、花粉‼︎
幸いにも俺はその類の呪いを一切受けていないので、全くもってノーダメージ。
だが、隣で親友が苦しそうに鼻水をズーズーやっている姿を見るのは、流石に耐えがたいものがあった。
「ティッシュ貸そうか?」
「あぁ、すまない。ありがたく頂くよ」
俺はカバンからティッシュを取り出して、ユウタに渡した。
ユウタの机の上にはみるみる使い終わったティッシュが積まれていった。
「それって、辛いのはこの時期だけなのか?
「え?あぁ、特に強いのは春だな。まぁ、俺の場合は雑草アレルギーってのを持ってるから、ほぼ一年中みたいなもんだけどな」
「雑草アレルギー⁈そんなのもあんのか」
まさか、そんなチートみたいな能力をお持ちだったとは。
くしゃみをする度に机の上のティッシュがまるでポップコーンのように浮き上がる。
『雑草という名の草は無い』とは、よく言ったものだ。
「ユウタ君大丈夫〜?」
近くの席の女子が、苦しそうにしているユウタの心配をして声をかけてきた。
こういう人のことを心配できる子はきっと誰にでも優しいのだろう。
「こんなの平気平気!毎年のことで慣れっこだよ」
ヘッ!
女子に心配されてニコニコしているユウタに少しばかり腹がたった。
というのも、だいたい入学当初は女子が俺目当てに途切れることなく話しかけてくるのだが、少しすると俺が何かしらの事件を犯してあっという間に女子の波が引いていくのだ。
だが、大抵俺と一緒に行動しているユウタは、俺目的で近寄ってきた女子と仲良くなり平然と多くの女子と楽しそ〜に会話しているのであった。
正直、ムカつく。
まぁ、そのことはユウタも理解していて。
何かと俺の無茶にも付き合ってくれるのだ。
女子がどっかに行った後、ユウタが申し訳なさそうな顔でチラッとこちらを見てきたが、残念ながら俺はしばらく窓を閉めるつもりはない。
ーーキーンコーンカーンコ〜ン
始業のチャイムが鳴り、俺は机の上に教科書を出してから机に突っ伏してそのままゆっくりと目を閉じた。
チャイムの余韻と共にクシャミの炸裂音がリズミカルに耳に残る。
「おいユキ。起きろよユキ!授業終わったぞ。昼飯買いに行こうぜ」
「うぁ?あ、もう昼かー。ちょっと待って、カバンから財布出すから」
ユウタに揺すられて俺はようやく目を覚ました。
あたりを見渡すと既にもう昼飯を求めて何処かに行っているようだ。
隣の席にはいつの間にか新しいティッシュ箱が置かれていたので、きっと先ほどのティッシュは使い果たしたのだろう。
「今日は何しようかな〜」
眠気も吹き飛び、昼飯に何を食べるか考えていた。
廊下を曲がろうと思った次の瞬間。
ーービュン‼︎
俺の目の前を小柄な女の子がミサイルのような速度で過ぎ去って行った。
あまりに一瞬のことだったので、いっそのこと見なかったことにしてしまおうと思った。
早すぎてリアクションの取りようがない。
ユウタも気づいてないみたいだし、無かったことにしようか。
いや、無かったことにします!
「ご飯物にしようかな〜。それとも麺類〜。麺ならうどんかなー、それともラーメン…」
俺は平然と昼飯を考え始めた。
食堂に着くと多くの生徒でごったがえしていて、皆個性豊かに食べたいものを食べている。
「俺はオムライスにしようかな」
「ん〜。オムライスもいいなー。けど、無難にカレーも…」
うちの学校の食堂はメニューが豊富で有名だ。
それこそ、シチューや麻婆豆腐、他にもビーフストロガノフなんてものまで有る。
この学校で一番頭を使うのはメニューを選ぶ時だ!なんて言われようである。
今日も俺はまんまとその罠にはまっていた。
「よし、決めた!今日のお昼は海鮮丼にしよう‼︎」
やっと食べるものが決まり、食券を買うために列に並ぶ。
「えぇっと。海鮮丼はどこだー」
自分の番が回ってきてあとはボタンを押すだけ。
…なのだが、これまた探すのも一苦労。
「お。あったあった。……ん?え?そ、そんなまさか‼︎」
そのまさかであった。
なんと今日は、魚が揃えられなかったとかで海鮮丼は販売してなかったのだ!
これだけメニューがあると、そういうこともこの学校ではよくあること。
確かに、そうなのだが…。
「はぁ〜」
大きなため息をつかずにはいられなかった。
なんてったて、また無数にあるこのメニューの中からまた選ばなくてはならないのだから。
ーーこうして、第二ラウンドの火蓋が切って落とされたのであった。
今日の授業が終わり、放課後の鐘が学校中に響き渡る。
ターゲット選びの続きをしなくては。
とりあえず廊下に出て周りを見渡す。
俺の彼女に値する女子を探すのだ。
ふと、後ろの方から何やら熱い視線を感じた。
すぐさま振り向く。
「誰もいない…おかしいな〜誰かいると思ったんだけどなー」
一応念には念を入れて、気配を感じた廊下の角を曲がってみた。
ーードン!
「キャッ‼︎」
鈍い音とともに、俺に当たった何かが目の前で倒れ込んだ。
「ごめん大丈夫かい、怪我は無い?」
俺は女の子らしきその人に手を差し出した。
「いえ、大丈夫です」
「それなら良かっ…た…」
手を引っ張り無事に起こした女の子の顔を見て、俺は一瞬にしてその手を離した。
いや、正確にいうと。
手を離したと同時に、その場から逃げたのだ。
いわゆるエスケープをしたのだ。
まさか、偶然にもぶつかった女の子が昨日俺を振った桜木 春だったとは。
あまりに運が悪すぎる。
俺は隠れていた人のことなど忘れて、全速力でその場を脱した。
なぜなら、彼女が俺を見ていたなんてことはありえないからだ。
あのクソ女神め、やりやがったな…
心の中でそう思いながら走った。
ーードン‼︎
前をちゃんと見てなかった俺は、またもや人とぶつかってしまった。
さっきぶつかってから、まだ10秒とたってない。
どう考えても今の自分は当たり屋としか言いようがないくらい人に迷惑をかけていることだろう。
だが、別にこちらとしても当たりたくて当たっているわけでは無い。
ぶつかる方もぶつかる方でそれなりに痛いのだから、こんなこと好き好んでやる奴は相当歪んだ心を持っているに違いない。
またもや、俺は先ほどのようにぶつかった子に手を差し出した。
彼女は差し出された手に捕まると、何事も無かったかのように静かに起き上がった。
ん?手が異様に冷たい。まるで氷に触れているみたいな…
「これは失礼しました、私としたことが後ろから来ている人に気づかないとは」
彼女は、全く悪く無いのに深々と謝った。
「いやいや、これは俺が前を見てなかったからで…」
彼女に謝り終える、その時に俺は相手の顔を見て一気に青ざめた。
まるでその空間だけが凍ってしまったような…
そんな感覚に陥った。
ついてない。
相変わらず俺はついてない。
ぶつかった女の名前は冬宮 氷菓。
そう、忘れもしない。
去年俺がスカートを下ろしてしまった女だ。
その女が、相変わらず冷たい瞳でこちらを不思議そうに見ている。
彼女の瞳に映る俺はまるで氷に閉じ込められたように固まっていた。
「そんなに怯えてどうかしましたか?何か悪いものでも…」
止まった時間が動き出したように彼女は平然と喋り始めた。
「あっ、いや…」
もしや、俺のことを覚えて無い⁈
それはそれで嬉しいような、寂しいような。
だが、そんなに悠長にしている時間は俺に無かった。
先ほどから俺に対して、彼方此方から殺気を放っている奴らがいたからだ。
冬宮親衛隊…
「これはまずい…な」
「どうかしましたか?」
「いや…なんでも」
去年ボコボコにされた時を思い出していた。
「そ、それじゃあ」
そう言って、俺はその場から立ち去った。
「全く…今日はやけについてないな…」
俺はブツブツ言いながら、階段を昇っていた。
前を女子が歩いてたので、転ばないように慎重に昇っていった。
前回と同じことを繰り返さないように。
細心の注意を払って。
いたのだが…
今回はそれでもダメみたいだ。
「あっ!」
前を歩いていた女の子が足を滑らせ、重力に従い落ちてくる。
そう、つまり俺の方に。
彼女の落ちて来た衝撃に耐えられず、俺も一緒に落ちていく。
俺はもう諦めていた。
こうなったらどうしようもない事を理解していたから。
それでも彼女を庇うようにしっかりと受け止めながら、自分のことも気にして。
もちろん彼女の柔らかな感触をしっかり楽しみつつ…
落ちた。
「ゔぁくふっ‼︎」
硬い床と柔らかな感触に挟まれて……俺の意識は絶たれた。
ーーもう階段使うのやめようかな……