第3話 晩御飯はなんでしょな
「ただいまー」
外の明かりがオレンジ色に染まり始めた頃、妹が学校を終えて帰ってきた。
「おかえりー」
「あれ、ユキ兄今日は早かったんだね」
パタパタと玄関で靴を脱ぎ、ソファーの横にカバンを立てかけた。
「まだ学校始まったばかりだからな」
妹の名前は神在月 粉雪。中学三年生だ。
俺が言うのもあれだが、妹は俺に似てとてつもなく可愛い。
この場合、俺のように可愛いのでは無く、俺と同じくらいのレベルで可愛いということだ。
ちなみに名前の由来だが、別に生まれた時に雪が降っていたというわけでも無く、ただ俺の後に生まれたから粉雪。
相変わらず適当な名前の付け方だ。
「お母さんはー?」
スルスルと制服のスカートを脱ぎ、準備してあった部屋着に着替え始めた。
どうやらウチの可愛い妹は俺のことを男と認識できていないらしい。
流石に学校ではこんなことをしないだろうと思っているが、もう少し考えを改めて貰いたいものだ。
「母さんなら、父さんと一緒に旅行行ったろー」
「あっ、そうだっけ」
おいおい…それぐらい覚えとけよ。
「あ!それでさっき母さんから電話が来たんだけど。二人が事故って崖から転落したって‼︎」
あえて温泉のことは言わずに妹がどんな反応をするか伺う。
まぁ、嘘はついてないし。
「へぇー……そーうなん だっ‼︎」
上着を脱ぎながら適当な返事を返して来た。
えっ⁈それだけ?
ついに人の心まで無くしてしまったのか。
「心配じゃないのか?崖から落ちたんだぞ‼︎」
「どうせ運よく大怪我は免れて、その後温泉でも掘り当てたんでしょー?」
なっ!
こっ、こいつどうしてわかったんだ‼︎
俺の心でも読めるのか。
お前も俺や女神のような力を…
「ど、どうして分かったんだ?」
顔をひきつらせながらも理由を聞いてみることに。
「だって、あの二人めちゃくちゃ運がいいじゃん。近所の商店街のガラガラくじは毎回一等か二等、お祭りのくじ引きでは入ってい無いはずの一等を出して屋台の人を謝らせたり…」
なるほど。
確かにあの時の屋台のおっちゃんはかわいそうだった。
泣きそうになりながらゲーム機の空箱を持って、純粋な目をした子供達の目の前で謝っていたのを思い出した。
「そんな二人がただで事故にあうなんて考えられないよ」
なんという勘の鋭さ。
我が妹ながら御見逸れいった。
「まぁそんなことは置いといてさ。今はもっと大事なことがあるじゃん。
ね?誰が晩御飯作るの?」
妹が可愛い顔してこちらを見てくる。
可愛い妹が可愛い顔を使ってこちらを見てくる。
おい、やめろ。
そんな顔でこっちを見るな。
「じぃーーーーーー」
むむむっ…
「はぁー分かったよ。兄ちゃんがなんとかするよ」
「やったー‼︎ユキ兄大好きぃーー!」
この俺を手玉にとるとは、さすが俺の妹。
そして、情けねぇーなー俺。
料理は得意じゃねーけど、どーにかなるかー。
「でも、今日は面倒臭いので宅配ピザにしまーす‼︎」
「やったぁーー‼︎」
やられても、すぐに立て直すのがこの俺だ‼︎
「妾も食べたいぞ!」
うちの女神がどこからか湧いて出た。
妹は何事もなかったように食べたいピザを選んでいる。
本当に翼の生えたポンコツの姿は俺にしか見えていないようだ。
おぉ〜、すっかり忘れてた。
よく静かにしていられたな〜。
「後でお供えしといてやるよ。後でな」
「ブー!ブゥーー‼︎」
機嫌悪そうに顔を膨らましている。
「ユキ兄、なんか言った?」
「なんでもないよ」
ーーー昨日は変なことがありすぎて、よく眠れなかった。
「はぁ〜あ。ねみぃーー」
あくびをしながら一時限目の用意をする。
「昨日のピザは冷めてて美味しくなかったぞ‼︎」
湧いて来ました、我が神ゆるりん。
夢じゃなかったかー。
ーー始業のチャイムが鳴り出した。
今日から頑張らなくては。自由を手に入れるために‼︎
レッツ エンジョイライフ‼︎
「とりあえず放課後のために寝よっと」
崩れるように机に突っ伏した。
「コラ、ユキト君‼︎まだ授業は始まったばっかりですよ!ちゃんと教科書を出しなさい!」
一時限目の担当のユキちゃん先生が、眠たそうな俺にちょっかいをかけてくる。
「はぁーい」
ユキちゃん先生のいう通りに教科書を出して、そのまま……………寝た。
ーーキーンコーンカーンコ〜ン‼︎
放課後になった。
フッフッフ。ついに来たかこの時が!
しっかり寝たし、準備は万端‼︎
お昼のうちにターゲットの下駄箱にこっそりと手紙も入れておいたしな。
あとは、指定した屋上で待つだけ‼︎
ちなみに、屋上の鍵は俺がなんとかして開けておいた。
鍵さえ開けば、イケメンの俺にとってこの勝負勝ったも同然。
負ける要素が見当たらないぜ。
とりあえず標的が来るまで屋上でゆっくりしてよ。
晴れ晴れとした青い空にそよ風が心地よく俺を包み、少しでも気を緩めるとこれから告白をすることを忘れてしまいそうになる。
あれだけ寝たのに、横になるとついウトウトとしてしまう。
ーーガチャッ
来たか…
急いで飛び起きる。
屋上のドアが開く音と共に、今回のターゲットが現れた。
「あのー、私を呼んだのはあなたですか?」
少しおどおどしながら俺の方に近づいてくる。
時折りどこか違う方を見て、何か呟いているような素ぶりを見せた。
緊張しているのか?
まぁいい。
「あぁ、そうだ」
彼女の名前は桜木 春。
入学当初、俺が大罪を犯す前に自ら話しかけて来てくれた女の子だ。
自分から話しかけて来たのだから少しは俺に気があったのだろうと思い、今回のターゲットに選んだ。
ここで超絶イケメンの俺から告れば、たとえ周りに『グッジョブの人』と呼ばれている変態だとしてもなんとかなるに違いない。
むしろ、なんとかなってもらわなくては困る。
「用ってなんですか?」
あちらの方から話を切り出して来てくれた。
「あーえっと、そのだなー。用というのは…」
まずい、ひじょーにまずい!
女子とまともに喋るのが久しぶりすぎて、言葉が出てこない!
頭がおかしくなりそうだ。
落ち着けー。
落ち着くんだー。
相手は少なからず俺に対して好意を持っているはずだ。
そのはずだ。
ならもっとバシッとスマートにカッコよくやれるはずだ。
なんてったって、俺なのだから。
ふぅー。よし‼︎
「君は入学当初俺に話しかけて来たよね?」
「は、はい」
間違ってはいなかった。
ここまでは順調だ。
「用というのは他でもない、君に伝えたいことが…」
おっとしまった!
今こそ力を使う時じゃないか。
えっと、相手の方をよく見て…
相変わらず彼女はキョロキョロと何かを目で追っているような素ぶりをしている。
虫でもいるのか?
ついこちらも彼女の目線を追ってしまう。
っと、そんなことを考えている場合じゃなかった。
集中集中。あとは唱えるだけだ。
「不正」
彼女に聞こえないように、ボソッと小さな声で唱えた。
『今日の晩御飯はカレーかな〜、それともシチュー?オムライスでもいいなー』
頭に響いて来た声は、目の前の様子より明らかに明るくて気分が良さそうな全く真逆のテンションだった。
これには流石の俺も驚いた。
自分のような超絶クールでカッコイイ爽やかイケメンが目の前にいるにも関わらず、まさか今日の晩御飯を考えているとは。
いやいや、恐れ入ったよ。
まさか自分に、そこまで魅力が無かったとは。
悲しさを通り越して、もう笑ってしまいそうだ。
今の気持ちを一言で表すと………『マジかー』。
「伝えたいことって何?」
彼女の言葉で我に返った。
どうしよう…なんて言おう。
もう、今すぐここから立ち去りたい。
「いやー、伝えたいことっていうか、聞きたかったことっていうかー。あの時どうして僕に話かけようと思ったの?」
頭を空っぽにしたら、一番聞きたかったことが口からスラスラと出て来た。
「えっ!どうしてってそんなの……」
ドキドキ。
無駄に期待してしまう。
「そんなの、か…かっ……」
彼女は小さな声でボソボソとそこまで言うと、屋上のドアを開けてどこかへ行ってしまった。
「はぁ〜」
ーーバタンッ‼︎
俺はその場に仰向けに倒れこみ、大きなため息を一つついた。
「あんなのどうしろってんだよー。女心は訳が分からん‼︎もう知ーらない!」
人生初告白をする間も無くこっぴどく振られ、しばらく何も考えず空を眺めた。
空には雲ひとつなく、まるで今の俺の心を写し取っているかのように感じた。
雲ひとつ無い青空は見ていてとても清々しいが、それはそれでとてもつまらなくて面白みが無いように思えた。
「振られたのー」
女神が、俺の無様な姿を存分に楽しんで戻って来た。
なんて笑顔だよ、この意地悪女神が。
相変わらずのエンカウント率。
「あー、振られた振られた‼︎そりゃーもう、告る前にな」
くっそー。俺、ダッセー。
「今回は何にもしないであげたのにこのザマとはのう」
顔を見なくてもクスクスとほくそ笑んでいるのが容易に想像できた。
「うっせ」
なんてムカつくやろーだ。
「野郎では無い!女神じゃ‼︎」
「はいはい。その女神様がどーして俺を選んだんですか」
皮肉交じりに聞いてやった。
「別に妾が決めた訳じゃないぞ」
「えぇ?そうなのか」
「お主の世界でもやるじゃろ?席替えの時とかに」
席替え?
「もしや、もしかして、もしかすると、くじ引きのことか?」
「そう!それじゃゃぁぁぁぁぁーー‼︎」
ズバッと指された指に少しだけビックリした。
それじゃゃぁぁぁぁぁーー‼︎じゃねーよ。
なんてもんで決めやがる。
「それで俺を引いたのか」
「そういうことじゃ」
少しばかり残念そうな顔をしている。
「俺で、そんな落ち込むなよ!俺だってこんなのが担当なんて」
「嘘じゃよ。お主もそう落ち込むな」
「俺のは嘘じゃねー」
誰がこんな嫌がらせをしてくる神なんか。
席替えで先生の目の前を引いた時と同じくらい嫌だ。
「俺以外にも神は決まってるものなのか?」
「そりゃーもちろんじゃ。一人一人にそれぞれの担当がいる。もちろんさっきお主を振った女にもじゃ。プフフッ」
「笑うんじゃねーよ。覚えとけよー」
はぁ、俺の運の悪さは生まれた時から決まってたのか。
別にこんな奴が担当にならなくても…
「まぁ、それは置いといてじゃ。昔っから人間は一人一人それぞれに神がいるちゅーのに、他の神に浮気して『神様ー神様ー』ってすぐに言いおる。それを見ていると、その者の担当の神が可哀想でならん!」
神にも色々あるんだなー。
まぁ、俺には知ったこっちゃねーけど。
「特に、神話とかに出てくる有名な神は、いつも踏ん反り返ってて腹が立つ‼︎どうして人間は己の神を信じてやれんのじゃ‼︎」
どうやらウチの女神様はご立腹のようだ。
こいつにしては珍しく怒りをあらわにしている。
後ろに何か沸々としているものが見えてきそうだ。
まぁ、だけど。
答えは簡単だよ。
「そりゃー見えねーからだろうなー」
「………」
「うん………」
あれだけうるさかった女神が急に静かになった。
久しぶりの静寂。
「それもそうじゃの」
おー!まさか、俺の言葉を理解できるとは。
始めて心が通じ合っている!
「見えないものを信じろっていう方が無理じゃな」
「分かってくれた?」
「じゃ」
「いや、じゃってなんだよ」
返事にしては、無理やりすぎるだろ。
「わ、妾にもキャラというか…その、色々考えがあってだなー」
女神が顔を赤くしているのは初めて見た。
普段笑いすぎて、苦しそうに顔を赤くしているのは見たことあるが。
なんというか、人間味があるっていうか…
「お前は俺の担当女神なんだから、いつもみたいに偉そうに構えてるくらいがちょうどいいんだよ」
「………」
ん?
なっ!何を言ってるんだ俺はぁぁぁーー‼︎
恥ずかしくて、頭から火が出そうだ。
「お主、随分と恥ずかしいことを言いおるのー」
さっきより少しばかり顔が赤くなっている。
ん?もしや、俺の言葉に惚れたか。
「自惚れるな人間風情がー‼︎わ、妾をバカにするのもいい加減にしろ!」
「ムッフフフ〜」
「覚えておれユキトよ‼︎次からはもっと邪魔してやるからのー‼︎」
「じゃ」
あぁ、神を馬鹿にするってたのしぃー。
「ムキィィーーー‼︎こうなったら女神の力思い知らせてやる!神に仕えし雷よ…妾の命に従い…」
俺の優しい優しい女神様が、何か良からぬことをブツブツと呟き出したではないか。
「おっ!おい‼︎分かった!すまなかった!だからゆる………ギャャャーーーー‼︎」
晴れた空から、眩い一筋の光の矢が目の前に降り注いだ。
し、死ぬ…
ーー案外、うちの女神は人間っぽいのかもしれない。