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下位神のワールドメーキング  作者: 文字trum
第1章 第一部
30/30

第27話 錯綜と決断

お久しぶり

第27話 錯綜と決断






「……考え……だって……?

今更……?

みんなは僕のせいで殺されたんだ。

僕が、……全部。久喜に渡したせいで……。」


鏡花は、柊がなぜここまで沈んでいるのか心当たりはあった。

昨日の夜、密かに寝床を抜け出していたことに気づいてはいたがまさか久喜とあっていたとは思っていなかった。

でも、柊の気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。

彼は、おそらく皆を危険から遠ざけたかったのだろう、障害を無くし幸せを求めるあまりに逆手に取られたのだろうと、鏡花は心の奥で考えていた。


(全く、どうしようもないんだから。

私も意外と優しいのかしら。)

「あんたのせいじゃないよ。

皆を助けるために頑張ったんだ。

でも、襲撃された。

相手が強すぎたんだ。

あんたが悪いわけじゃない。」

「そんなの、逃げ口上だよ……。

僕は顔向けすらできないよ。

どうしてあの時考えなかった!!

僕は!!

どうして、どうして、久喜の取引に応じたんだ。

もっと早く記憶アイテムの重要性に気づいていれば……。

いや、ハハハ!あの時久喜を殺していれば、殺してさえいればみんなを助けられた。

罪を負うのは僕で良かったんだ!!

ハハ、はは………!」


完全に柊は責任の所在を探していた。

笑いながらも、もう彼の目は虚ろだった。

生きる気力すら失っていた。

当然の状態である。

この状況で平静を保っていられるものなど、殺人鬼ぐらいしかいない。

彼は自分で自分を追い詰め、そして谷底へと叩き落としたのだった。


「!?」

突然柊の体は次の瞬間穴の底へと落ちていった。


それもそのはず、ふらふらになった柊を見兼ねた鏡花が制服の上着を掴み引っ張ったからだ。

ドサドサッ。


そこまで深くない穴で、高くないはしごなので、落ちるわけはないのだが憔悴した彼の体はぐらっと土の壁を背にして座り項垂れていた。


鏡花は、どうしたら良いかなど考えている暇だなどなかった。

考える間も無く口に出ていた。


「私を見なさい。白雨柊。」

「……ぁぁ…あ……。」


言葉にならない声は、響くことなく地に吸収される。

鏡花は、この馬鹿野郎をどう戻そうか考えようとしたが考えるよりも先に体が動いていた。

しゃがみこみ、目線を柊と同じ位置にする。

暗闇ではっきりと見えることはないが、どこにいるかくらいはわかる。


そして、柊の顔のほおに両手を添え自分の方を向かせた。

ポンプのように顔を両側から縦に少し押す。


「あんた何様なの!?

あんたは月浦や、七瀬みたいな立場でもない!!

たとえ生徒1人の死体を発見したとしても!、犯人と思われる人物に何かを渡してしまったとしても!、この事態を招いた張本人だとしても!!、あんたのせいじゃない。」

「…でも、ようやく生活を送れつつあったみんなの命を僕が奪った。

みんなはまだ、生きたいっていう顔をしてた。やっとそんな顔をするようになってきたのに……。」

「あんたが他人の何が分かるの?

何にも分かってない。

ちっぽけ人間は、自分のためだけを考えて生きていくしかないんだ。

あんたはそれでもみんなのために動いた、動いてくれた。

あんたが悪くないって私が分かってる。

男なら黒ローブ集団を殺してやる!!、ぐらい気力を見せなさい。

だから、あんたのせいじゃない。

これはみんなの問題。

少なくとも、あんたをいつも見てた私が言ってるんだよ、間違いじゃない。

頼りになる白雨柊は、私の前だけでの姿だったの?」


「……。」

声には出さないため、どんな表情をしているかはわからない。

だが、確かに感じられる息遣いのリズムと両手に伝わる振動から分かることができる。

泣いているのだ。

あの白雨柊が泣いている。

鏡花は、彼の目から流れる涙が自分の手を伝っていた。ポタポタと落ちた涙は地面にしみこんでいく。


転移前、鏡花にとって白雨柊の存在は恐ろしいものだった。

常に見られているという感覚を味わっていた。まるで、ストーカーにでも狙われているかのような。

彼の視線は他人に恐怖を植え付けるほどのものだった。

はじめはそう勘違いしたが、違った。

彼は冷たい人間だと、皆は思っていた。

誰に対しても笑うことはせず、目が二個も三個もついついるかのように皆の様子を観察していた。

話しかけられることも話しかけることもなかった。

だが、ふとその感覚が薄くなったとき自分は視界の隅で彼を見探していたのだ。

そして、気付いた。

彼のことを、彼の瞳は、視線は温かいのだと。

ただでさえ、家庭の影響で幼い頃から自分に寄り付くものはいなかった。

そんな自分に向けられる視線は、おかしい話だろうが私の孤独感を紛らわせてくれた。

いくら他の生徒の視線が痛くても、安心している自分がいた。

彼になにかしらの感情を抱いているわけではない。

ただ、彼には自分を安心させるほどの優しさが無表情の裏にはこもっているのだろう。

そう分かった時、彼は、そんなつもりで皆に視線を向けているわけではないだろうと悟った。


転移して以前の彼は、いなくなっていた。

偶然彼と同じグループになった時、彼からの視線は、なくなっていた。

私の心のパズルの半分を占める一つのピースが無くなってしまった。

だが、それだけ彼は表情にそれを表してした。

まぁ、皆の口からはキモいの一言が出ると思う。

だが、よく言えば表情豊かな明るい人物。

自分がいくら弄ろうが、よわみを見せようが温かい心で包んでくれた。

尊敬、というわけではないが、


唯一言えることは、彼は私の希望だ。


ぽっかり空いた隙間を、埋めてくれる存在。

だから、私は何度でも立ち止まる彼の背中を押す。

どん底に落ちたとしても、翼を広げて助けに行く。

それが、私のできる彼への精一杯だ。



>>


しばらくの間時間が経った。

自分の頬には温かい手が添えられている。

顔から煙が出るほど恥ずかしい話だが、この時間が続いて欲しいとさえ思ってしまいそうになる。


僕は、白雨 柊。

今、普段口の悪い女に慰められた。


まさか、自分が泣いてしまうなんて弱みを握られてしまった。


彼女のことは、入学当初から観察対象だった。

ヤクザの一人娘という厨二設定の生徒に興味がわかないわけがなかった。

だが、結構困難だった。

自分の視線の全てに気づいていた。

それに、彼女は自分を閉じ込めていた。

ある意味自分と同じだと思った。

自分を曝けだせない同じグループ境遇の人物。


転移してから自分はいつの間にか分かっていた。

おかしなスキルのせいかもしれないが、妙に感情的になりやすくなり口元を覆った固いマスクも笑えるぐらいたやすく崩れて行った。


そして、グループに、井上鏡花が入った。

僕は、不安だった。感情的になっているのか彼女を見ていると寂しさを感じていた。

自分だけが終わりのない迷路を無意識にゴールしてしまったような。

そんな罪悪感も混ざっていた。


それでも、彼女のほうから話しかけてくれた。憎み文句かもしれないが、それでも嬉しかったのは確かだ。転移前とは違い自分の目を見て接してくれる鏡花に少なからず親近感を覚えていた。


今、情けないことに口の悪い女に叱られた。

しかも、ヤクザの一人娘というおまけ付き。

やはり、この女に言われるとなにかとムカついてくる。

必死に自分に言ってくれるのは正直嬉しいのだが、どうも落ち着いてきたら腹が立った。


まるで、「あんた、つくもんついてるの?」

と言われているような恥ずかしさに襲われた。

それでも彼女の言葉に僕は動かされた。

感謝なんてしてやらない。

向こうだって感謝されたいなんて思ってないだろう。


だけど、あえて心の中でいってやろうと。


『ありがとう』と。



<<


柊は、両手を鏡花の手の上に重ね優しく握る。


「ちょっと、白雨。」

暗がりで赤面しているであろう鏡花の表情が見れないのは心底残念である。

温かなその手を、頰から放しお互いに立ち上がった。


「礼は言わないからな。」

「え、ええ、御免被るわ。」


互いに笑った。

互いの顔は見えないが感じることはできた。

手を放し、柊はこれからのために必要な一言を発する。


「ここを出よう。

何も始まらないからな。」

「へぇー。少しは立ち直ったんだ。

私が慰めたかいがあったのね。」

「う、うるさいな。お前のおかげなわけないだろう。

自分の過大評価してるなんて笑えるなー。」

「すぐ文句が出てくるぐらいなら大丈夫そうね。さっさと、戻ってこい。(私の希望!)」


感謝にならない言葉はこれくらいでいいだろう。

だいぶ時間が経ってしまった、すぐにでも行動しなくてはならない。

とりあえず……、

柊の頭の中は先ほどとは違い状況に混乱することなく整理されていた。

頭の中で数々の選択肢が浮かび上がり、正しいルートを絞っていく。


―これだ……。

「井上、ここを出て東へ向かう。」

「……わかった。でも、一応理由を教えて。」

「東には川があるらしい。だが、その前には川へ行くための崖があるんだ。」

「じゃあ、無理じゃない。久喜たちが知らない西とかに向かった方が……。」

「いや、それじゃダメだ。ただでさえ今は情報が少ない。地形が大体分かっている方角に進んだ方がいい。それに水源を目指すのが定石だ。それに崖を崩すのなんて誰かにとっては今や簡単だろう?」

「なるほど、『形質生成』ね。わかったわ。でも、行くまで魔物に遭遇したら……。それに、黒ローブの集団も……。」

「多分大丈夫。おそらく攻略組は今滝のあるところにいる。北と東が崖なんだ、もし久喜が黒ローブたちと連絡を取り合っているなら僕たちが久喜たちのところにわざと出向くなんてこと考えないだろう。

それに、魔物はラビッシュとロンテ。

木刀を使えば僕たちでも勝てるかもしれなきゃ。希望はまだ残っている。」

「そう、信じていいのね?」

「ああ、大船に乗った気持ちでいてくれ!」

「なんか私、今死亡フラグ立たなかったかしら。」


「大丈夫、井上のことは死なせない。


じゃあ、行くよ。」


死なせない―その言葉に返答はしなかったが、柊の口から発せられた言葉は鏡花の体を包み込んでいた。

その温かさを身に感じながら問いかけに応対し2人で木刀を2本ずつ持つ。


蓋を開け、差し込む光は見えない恐怖へと立ち向かおうとする2人の勇気を膨らませているようであった。




>>



あれから、数時間が経過していた。

幸い2人は黒ローブに見つかることはなく東へ足を進めていた。

遭遇してのは、魔物だけだった。

ラビッシュとロンテ。

木刀を持っていたが、戦闘すら初めての2人にとって魔物1匹でさえ苦戦を強いられた。


柊は、木刀で10回。

鏡花は、木刀で15回叩けばラビッシュら消滅。

ロンテに関しては、動きが速すぎて逃げの一手しかなかった。


大体ラビッシュとの戦闘が10回を過ぎた頃、

聞き慣れないファンファーレがステータスウインドウの表示とともに鳴り響いた。

レベルが2に上がり、ステータスは、全体的に+5されただけではなくスキルも習得した。


そう、2人揃って『ソード(片手直剣)』のスキルを習得したのである。

木刀を片手で持って戦っていたためだろうが、こんなことですぐスキルが手に入るなゆて……と、拍子抜けした2人であった。


今は、ようやく遠くに崖が見える所を柊たちは走っていた。

レベルアップによる身体能力の向上に好奇心を隠せずにいた。

ソードスキルを身につけたからにはラビッシュごときは空気のようだろう……と彼らは予想したが最低4回当てないと倒れなかった。


「白雨、そ、そろそろ一旦休まない?」

「ダメだ。少しでも早くあの崖まで突破しないといけない。」

「ハァ、ハァ、ごめんもう無理。」

「全く……。」


鏡花は立ち止まり、木に背中を預けながら肩で息をしていた。

空っぽの体をを森の新鮮な空気で満たす。

先ほどまで非戦闘民もどきだった自分たちが木刀を片手に持つ姿はいまや一端の戦士のように思えてしまう。

柊も足を止め、見つからないように見渡しが悪い場所でわざと休憩した。


「それで、崖に着いたら『形質生成』で道を切り開くのは分かったけど作れない素材だったら?」

「その時は、…………

え、あ、うん、はい、……ミナミニニゲヨウ…。」

冷や汗をたらす柊。

動揺の色も何もかも筒抜けである。

「はぁー、つまりノープランなのね。

南……黒ローブの拠点がその方角にないことを祈るわ。」

肩を竦めて呆れ果てる鏡花だが、内心自分にとっての希望はいつだって導いてくれると信じているのである。


「そろそろ、行こう。」

「了解ー。」

再び走り出す2人。

何もただ真っ直ぐに走っているわけではない、時に茂みを飛び越え、障害物を交わしている。魔物と戦う際もその場にとどまらずに走りながら戦った。

足が疲れることはなかなかなかったが、だんだん近づいてくる崖の大きさに驚きを隠せないでいた。


もはや森での走行はお手の物となった2人は、とうとう壁のように立ちはだかる崖の前にある広々とした空間に来ていた。

先ほどまで魔物の鳴き声がうるさいくらい聞こえていたが、ここでは近くを落ちる滝の音が聴覚を占領していた。

壁崖は黒く、そして身長の5倍以上の高さがあった。

2人は互いに目配せして頷いた。

慎重は面のまま鏡花は壁崖の前で両手を合わせ壁を押すように手を置いた。

そして、叫ぶ。

「『形式生成』!!」


両手を中心にした半径20センチほどの空間が淡いオレンジ色に発光し、次の瞬間壁から手を離した鏡花の片手にそれが固まった物が集まる。

アイテム名『エプティクラの壁石』

鏡花が言うには、とても軽いらしいが硬いというなんともおかしな石であるということだ。

アイテムウインドウに壁石をしまい、作業を開始する。

半径20センチと言っても、掘り進められる距離はたったの1センチ。

さらに、不幸なことにスキルが発動できない時があり鏡花の魔力量は底を尽き掛けていた。

どうやら、先は長そうであるがそれほど長い時間は残されていないのである……。




<<


ザザッ ザッ ザザザッ

遠くの方から茂みを何かが通過する音が他の魔物を刺激していた。


その何かは、放たれた矢のようにあの壁崖を目指してとんでもない速さで走り近づいていることに柊と鏡花は気づけていなかった。


「ハハッ、やっぱりな。」

何かは、黒ローブを着こなし、そのほつれた糸や千切れた布の断面がいかにも当人の黒々しさを表していた。

視界の先に目当ての2人を確認すると、さらにスピードを上げた。


そして、アイテムウインドウを操作し着ているものを変えた。

どこかの高校の制服へと。

着慣れたその服は、もう今の何かには似合ってはいなかった。

「もう少しだ、もう少しで……。」

その笑いは、木霊することなく森のざわめきに打ち消された。



>>


あれから数回スキルは発動したが、依然1メートルすら進むことが出来ないでいた。

鏡花の魔力量は今やゼロとなり、壁にもたれかかりながら座りしばしの休憩をとる2人であった。

「ノープランの白雨くーん、予定通り南に逃げるのよね?」

「あぁ……、まさかこんなにレベルの高い物質だったなんてな。」

「私のスキルレベル、それともレベルが足りないんでしょうね。いつまでもここに止まっている暇はないんだから。」

「そういえば、井上には留年説があるんだけど本当なのか?」

「私があんたよりも年上かどうか聞きたいわけ?

「まぁ、そうなりますね。」

「なんで敬語なのよ。気持ち悪い。

私はちゃんと16歳なんだから。

もし留年、なんてことになったらウチの組の人たちが多分黙ってないわ。」

「やっぱりヤクザの娘なんだなー。」

「それどういう意味?」

「いや、ただそういう家の出には見えないなぁー、って思ってさ。」

「え、あ、そ、その、ありがとうと言っておくわ。」

「おお。」


柊の予想外の言葉に慌てる鏡花だが、全く無自覚でこういう言葉をポンポン言われると神経がもたないと直感するのであった。


「……。(話す話題がねぇ!)」

「……。(あちゃー、完全に気まずい空気にしちゃったじゃない…、どうすんのよ……。)」


互いに沈黙し、フリーズする2人。


だが、そんな沈黙はすぐに破られた。



ヒュン。

森がある向こうから、何かが鏡花めがけて放たれた。


その何かは、木の枝を裂きつつも対象へと迫る。


「鏡花!!危ない!」

名前で呼んでしまったことなど今はどうでもいい。

「えっ、何?」

飛来するものに感づいた柊は隣に座る鏡花を押し倒し、それを交わした。

グサッ

あの硬いはずのエプティクラの壁崖に突き刺さる黒いもの。

アニメで見たことがある、クナイだった。

黒の纏ったそのクナイにはどこか恐ろしさを感じてしまう。


「くそっ、誰がこんなことを。」

柊が周りを見渡しても反応がない。

「ち、ちょっと、あんたー。

は、はやくどきなさいよ……。」

「ん?……。」

目に涙を溜め顔を真っ赤にした鏡花が、両手を柊の胸に押し付け抵抗していた。

ポク ポク チーン

「うわぁ。」

押し倒していたことを思い出し、飛び下がる柊。

「わ、悪い。今のは仕方なかったんだ。

クナイがお前めがけて飛んできたから。

そ、その不可抗力ってやつ、うん、そうそう、それだ。あは、あはははは。

…………すいませんっ!(すごく可愛く見えたなんて言えない……!!)」

「べ、別にいいんだから…。

はは、じゃなけりゃ、私死んでたし。

そうそう、今のは仕方なかった。仕方なかった……。(何、私の心臓こんなにバクバクしてんのよ!!)」


互いが顔を赤くしているのもつかの間……、

ヒュン ヒュン


またもや飛来するクナイを、2人は交わす。


壁にめり込むのをまた確認しながら、飛んできた方向へ目を向けた。

「随分いちゃつく仲になったようじゃねぇか。俺が誰か分かってるんだろう?」


人きわ暗く見えた木々の間から、出てきた人影は2人がよく知る人物だった。

「……、久喜 雅人。」

鏡花が呟きながら、久喜を睨みつけた。


手を上げながら近づいてくる久喜。

身は制服に包み、どこから取り出したのか手には先ほどのクナイと同じものが握られていた。


退路である南側から来られては、逃げる方向は北側しかなかった。

いくら西側に逃げても久喜との距離を伸ばすことはできない。

2人で木刀を構えながら、後ろに北の方角へ後ずさる。

「よお、白雨。昨日ぶりだなぁ。

今日はぼっちヤンキーとデートか?」

「……。」

「おいおい、何か言ってくれよ。

わざわざ拠点組を皆殺しにした意味がないだろう?」

「やっぱり、あんたが!!」


「ああ、こいつが昨日俺に和久井の記憶アイテムを渡してくれたおかげでな。

あと、これだろ?」

久喜は、服装を黒ローブへと変化させた。

「「!!!」」


「何今更驚いてんだ?

仲間になるには大変なんだぜ。

特定スキルの習得に、仲間を殺した人数のノルマまであるんだからよぉ。

残りの生徒を殺せば正式にメンバーになれるんだぜぇ。」

特定スキル……。

殺した人数のノルマ……。

柊の悪い予感は的中するばかりであり、昨夜のことをどうしても悔やんでしまうのだ。

柊が、いくら歯ぎしりしてもこの状況は変えられない。

「なぜ、僕たちがここにいるって知っているんだ?」

「当たり前だろ?ずーっと監視してたんだから。」

「!!」

全くそんな気配は感じることはなかった。

第一、茂みが多い森の中で走っていた2人を、音一つ立てずに監視するなど信じられない話だった。

「ほんとだぜ。まさか兎ごときで苦戦しているとはなぁ。可笑しくて笑い声が漏れそうだったぜ。」

久喜は、演技なのかそれとも本心で物を口にするのかわからない奴だったがこの時は間違いなく本心だと確信した。

人の背筋と舐めるような視線は、一刻も逃げなければならない2人の足を動かなくしていた。

この場の雰囲気が久喜色に染め上がる前に、柊はどう行動するべきなのか必死に考えていた。

南の進路が絶たれた今、少しでも久喜との距離を広げなければならなかった。

それに―

「おい、じっくり考えてる暇なんかお前らにはねぇぞ!!」

ヒュン ヒュン

また2人へ狙いを定めたクナイ。


「クッ。」

足の自由がきかない2人は、手にした木刀でなんとかクナイから身を守ったが―

バギッ

バギッ

「「!?」」

木刀がクナイの当たった瞬間、衝突部分から真っ二つに折れた。

クナイの勢いは止まらず、眼前へと木刀を構えていた鏡花の頬を軽く裂きつつも滝が見える崖の方へ落ちていった。

「ぁぁ、血……、ち、…。」

鏡花は頬から垂れた血を左手で拭い取り、ガタガタと震えだした。

折れた木刀を握り落とし、地面に女の子座りで力の抜けたようにしゃがみ込んでしまう。

「鏡花!!」

柊は、鏡花へと駆け寄り肩に手を回すがもう意識は崩壊していた。

ヤクザと言えば、組同士の争いがほとんどなのかもしれない。

もしかしたら、組の人間がいつも血を流しているのを見て、慣れたのではなく、恐怖を覚えるようになったのかもしれない。

「久喜、お前……!!」

柊は、いつにもなく目に力を込め、敵を睨みつけた。折れた木刀が握っただけで粉砕される。


「おいおい、そんなに怒んなって。

てかよぉ、ヤクザも大したことねぇなぁ。

まぁ、俺のレベルからしてレベル1なんてザコみたいなもんだけどなぁ。ハハハハ。」

久喜は、クナイを三本、指の指の間に挟み見せつけるようにぷらぷらと手を上下させた。そのまま、久喜たちへ笑いながら近づいてくる。


柊はなんとか肩を貸して鏡花を立ち上がらせる。

鏡花の目は、未だ虚ろなままだがふらつきながらも自分の足で立っていた。

それを確認した柊は、恐怖をの前に仁王立ちのように立ちはだかる。

久喜は、「ヒューヒュー」と言いながらも柊の行動に足を止めることはなかった。


もはや肩で息をし武器さえも失った柊に、勝ち目はない。

彼の目の前にいる敵は、黒ローブ集団の一員。

知らないスキルや装備、それに感じられるほどのレベル差。

どれを取っても自分に勝ち目が無いことを悟っていた。

どう抗っても勝ち目はゼロパーセントから目盛りは触れることはないだろう。


実際、勝たなくていいのだ。

殺されなければいいのである。

一番簡単な手段は、

高さ200メートル以上あるこの崖から落ちるのは即死コースだが、野蛮な殺人者に殺されるよりは余程幸せだろう。


少しずつで後ずさりし、弱り切った2人の体は崖の端へと近づいていく。

殺人者の足は、それでも止まらない。

その足取りはふらついており、彼の目は2人の心臓を狙っていた。


「白雨 柊。お前のことは前からムカついてたんだ。」

ヒュン

クナイが一本放たれ為すすべなく、ガードした柊の手首に突き刺さる。

「があぁ。」

「白雨!!」

手首からドロドロと血を流す柊の後ろから鏡花が、柊の名前を呼び心配そうな視線を送る。

柊自身、血が体から抜けていくような感覚にあい強烈な吐き気と頭痛を起こしていた。


「体験入部の時だ。

テメェは、ほとんど俺とまわる部活の順番が同じだった。中学のとき、柔道で全中優勝した俺は高校でも柔道を続けるつもりだった。

だが、柔道の体験入部の時俺は、テメェと組手をしたんだ。覚えているかよ?

結果俺は、惨敗した。柔道部の部員にも顧問にも呆れられ、挙げ句の果てに冷やかしまで受けるようになった。」


久喜の投げるクナイは、一本だけではおわらなかった。

「ゔぅぅっ。」

話の最中であっても、攻撃の手は止まらず次々と白雨柊という的に突き刺さっていく。

左肩、右足もも。

簡単に皮膚を裂き、血を流す。


「それでだ。俺はなぁ、親にまで見捨てられたぜ。柔道着なんか燃やしてやった。

何もかもぶち壊された俺には、何も残ってなかった。学校に行ってみると、テメェが見えた。澄まし切った顔をし、自分は関係ないっつう感じの雰囲気を醸し出しやがって。

おまけに柔道部にも入っていないときた。



鬱憤が溜まるばかりのだったぁ。


ヒュン

でもな、この世界に来た時は、もう最高だったぜぇ。

解放されたんだよぉ、テメェに。

そして、嬉しかったぁ。


ヒュン


なんたってテメェを殺せるからな。

今は、黒ローブの下についているがいずれ皆殺しにする。

まぁ、お前らの死はこれからの俺の望みの糧にしてやるよ。」


「があぁ。」

柊の左足の甲、右太ももに残りの二本が突き刺さる。

倒れようとする体を必死に抑える柊には、もう体力が尽きかけていた。

体力が……。

つまり、ヒットポイントが尽きかけている。

だが、柊は倒れなかった。

後ろにいる鏡花のために自分が犠牲になってもいいとさえ思ってしまう。

(違う!!

僕が殺されたところで、次に狙われるのは彼女だ。)

落ちそうになる目を開き直し柊は、一段と大きなクナイを用意している久喜を観察していた。どうやらクナイでペン回しをしながら、何かしらのウインドウを見ているようだ。


この、時間を有効に使おう。

(おい、どうする、何か手は……。

このまま殺されるのか……。

久喜は、俺たちを殺そうとしている……。

久喜の過去に今はグダグダ対応している暇はない。

残りの体力も確認する時間はない。

とりあえず周りの様子から再確認しよう。

後ろの方向は滝ぞこへと落ちる崖、

左手には壁崖であり川のある方角。

右手は深い森。

勝ち目もなく、生きる手立てもない。

そんなことくらい久喜も分かっているはずだが、どうして速く殺さないんだ……?

確かに、今はまさに大きなクナイで僕にとどめを刺そうとしているがなぜそこでウインドウを見る……?


何かを待っているのか……?


まさか……。

久喜はまだ黒ローブのメンバではない。

言う所の仮入部みたいなものだ。

そして、正式部員になるためのノルマはクラスメイト全員の殺害。

待てよ、クラスメイト全員の殺害ということは攻略組のみんなはどうなった?

殺されたのか……。

いえ、殺されたかは後で考えよう。

久喜の目的は全員の殺害。

でも、久喜が殺したっていう証拠はどこにあるんだ?

いや、ある。

あの記憶アイテム。

そして、あれは譲渡可能だ。

だとしたら、それは、つまり、

様子を見届けるものがいるということ……?

たとえ仮入部の身だとしても何かしらの連絡手段は持っているはずだ。

ってことは、彼が僕たちを殺さないのは、殺せなきのは正式部員がいないから…。

ということは、ということは、

もうあの手を使うしかない。

傷口からでる血は回復しない限り止まらないだろう。

時間がない。

この口だけ女だけでも、救ってやろうじゃないか。)


柊は、背後の鏡花の顔は見えないが後ろに手を回しその華奢な手を握った。

「よし。」

暖かい手は、柊の勇気を生み出した。

ふらつく自分の腹に拳を叩き込み、体に言い聞かせる―しっかりしろ、と。


眼に映るのは、強者であり悪者であり、勝者。

勝ちの決まった勝負。

目の前で余裕綽々の顔をしている久喜を睨みつけ視線を誘った。


ウインドウから目を離し、久喜の視線は自分のそれと交錯する。

「どうしたよぉ。お前の言い訳なんか聞きたくないぜ。」

そう柊の耳に聞こえた直後、柊の表情はバカみたいに穏やかになりそして口を開き、言葉を放つ。

これが、最善、これが、最高、そして、さようなら。


「本当にすまなかった。僕が、悪かったよ。」


柊は、泣きそうな顔になり久喜へと深々と頭を下げるのだった。


命乞い?

そんなわけないだろ?






















そして、またさよなら。

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