第23話 転移1日目
お久しぶり
第23話 転移1日目
「何が起こったんだ!?」
「それより何処だよ、ここ?」
「そうよ! 何処よここ!」
「そんなのわかるわけないだろう!
静かにしろよっ!」
「みなさん!落ち着きましょう!……」
席から立ち上がった一星が辺りを見渡しながら答える。
「落ちつけるわけないだろう!」
「月浦だって、足を震わせているじゃないか?」
「教室の天井が光って地震が起こったこと思えば、森の中なのよ!誰だって混乱するわよ!」
確かにこの状況に混乱しない人間などいないだろう。
自分という無関心の人間を除けばだが。
だが一体どういう経緯で生徒達はこんな所にいるんだろうか?
足を震わせている一星だが、委員長としての務めを果たすべく発言を始めた。
「みなさん、落ち着いてください。だ、大丈夫です! すぐに助けが来ますよ!」
「お前ふざけんなよ!この状況で、不安を募らせるようなこと言ってんじゃねぇぞ!」
「そうだよ。泣いてる人もいるのに……。」
「うぐっ、そんな僕は委員長として……当然のことを……。」
一星が後ずさり、よろめくなか…
「みんな聞いて。
みんな怖くて、不安だと思う。
私だって怖い。
だけど、全員いるかどうかだけは確認させて。
一人一人見て回るから、体調や気分が優れない人は進言して欲しい。
お願いします。」
深々と頭を下げる七瀬は、足を震わせながらも必死に話していた。
そんな七瀬の姿に、皆は共感した。
頷く皆の姿に、七瀬はニコリと笑顔を作り出席番号順に周り始めた。
一星は、唖然としていた。
自分が、委員長であるのに、と。
自分が、上なのだ、と。
なぜ副委員長の言葉では皆が動くのか、一星には分からなかった。
一星の頭の中は、七瀬かおりへの敗北感でいっぱいだった。
自分が皆の信頼を勝ち取るはずだったのに、と。
七瀬との違いは誰の目にも明らかなはずなのに、一星にだけは見えていないようだ。
選挙で差がつくのも納得がいく。
先ほどより、治りつつある嗚咽や怒号
柊は自分の席へと着き、机の上で手を組んで考えていた。
原因は普通に考えてもあの魔法陣。
何かの間違い程度では済まされない事態だ。
窓際に座る柊は、ふと森へと目を向けた。
背の高い木が周りを囲み、ここがどこであるかすらも分からない。
遠目で見える鳥の形が異様にでかく見えるのは気のせいだろうか……。
そういえば、今は何時だっただろうか、教室にある時計を見るとなぜか止まっていた。
スマホを取り出し、確認するも同様に止まっていた。
ありえないことが起きていること確かである。
「バリ3じゃないぞ!!」
誰かがいった。
確かに電波すら通っていないようだ。
バリ3……、ガラケー世代には当然の言い回しである。
「3Gすら電波が通ってないわよ!」
電波が入らないなら、GPSも意味がないのは明白である。
分かったところで帰る手段はない。
電話も出来ず、メールもできない。
かろうじて、オフラインゲームをプレイできる程度である。
ポケットWi-Fiを持っている生徒が試しても、ポケットWi-Fi自体に電波が入らないらしい。
そんなことは当たり前だ。
「私たち、これからどうするのよ!」
どうするもなにも、どうしようもないことを皆は気づいているだがこの不安は決して拭い取れるものではない。
「みんな落ちついてくれ!」
一星が手を叩いて注目を呼びかけた。
「だから、落ち着けない状況なんだっていってんだろ!」
「一星くんですら、落ち着けてないじゃない! 勝手なこと言わないでよ!」
「ぐはっ」
一星の心に、言葉の槍が刺さる。
なぜ自分の言葉は届かない。
言いたいことを言わせてくれないんだ……と、思ってはいるのだが彼の発言で皆を導くことは難しいだろう。
「白雨柊くん? 大丈夫なの?」
机の上で頭を抱え込んでいる柊に声がかかる。
顔を上げると、手が震えている副委員長。
「僕は大丈夫だよ、考えごとをしていただけ。早く他の人を見てあげて。」
ホッと息をつく、七瀬。
「そう、なら良かったわ。体調が優れない時はすぐに言うのよ。」
「わかった。あと、七瀬。」
「何かしら。」
「焦らずに。」
「ありがとう。」
七瀬は微笑み、次の人へと向かっていった。
そんな様子を影からのぞいていた二人。
「ラギっちー!今のはなんすか、そういう関係なんすか?」
「柊ちゃんがやっと女子とお近づきに……。にしても、七瀬かおりかぁー。」
興味心身な梅咲と、滝のように涙を流す恭平。
「なんだよ、そんなんじゃない。
女子には興味がないから、僕は。」
「そんなこと言っちゃっていいんすかー?
後々女の子といちゃついてそうなんすけど……。」
「柊ちゃん、七瀬でもいい。早く男に戻ってくれ。」
「僕はいつから男じゃなくなったんだ。
興味がないという言い方はおかしかったな。
興味を感じないんだ。感じるようになれば、和仁というようなことになるかも知れないけれど。」
「「おおおおおおおおお!!!」」
二人の感激の声が重なる。
何がそんなに嬉しいのだろうか。
「柊よ、お母さんは嬉しいっす。」
「柊ちゃん、お母さんは涙がでそうだわ。」
「うるさい。」
いつもこんな感じで話す3人組。
今日に至っては、梅咲と恭平はさすがに不安を隠しきれないらしい。
「全員の確認が終わったわ。気分が悪くなったらすぐに私か一星くんに言って下さい。
それで、落ち着けてきたかしら。私はまだ無理そうだけれど、これからについて話し合わなければならないわね。」
一度一星を見る皆だが、一星の明るくなる顔をみて苦笑いし七瀬の方に向き直る。
完全に意気消沈の一星。もはや紙のようにペラペラしている……。
「まだ俺も落ち着けてないけれど、これからっていうのは簡単にどういうことなんだ?」
「それは…」
「決まってんだろ!ここに拠点を作ってこの森をでるんだよ!」
七瀬が答える前に口出ししたのは、久喜雅人。落ち着けているどころかどこか興奮しているようで、ニヤリと笑っている。
拠点。いかにもテンプレすぎる。
久喜に加え、葉山大智(はやま たいち)、國坂皓太(くにさか こうた)は不良である。
だが、授業中には騒がない不良。
久喜は、金髪。國坂と葉山は茶髪。
成績不振である彼らは、授業中はいないのである。
つまり、サボり。
そして、昼休みになるとクラスメイトの和久井暁(わくい あきら)のいじめを始める。
外で暴力を振るわれ、ボロボロになって帰ってくる和久井を皆は知っているが、真吾教諭は知らない。
それもそのはず、和久井は着替えを持ってきているからだ。どうやら、皆に迷惑はかけたくないらしく親にもいじめを伝えていないそうだ。
委員長である一星はさておき、七瀬は気づていはいるが、いつも久喜たちにごまかさせるだけであった。
久喜の発言に、全員が注意して彼を見る。
「言いか、ここは日本じゃねえ。
空に飛んでる鳥だって、大きさが違いすぎる。まして、その草っ原に生えてる植物ですらみたことがねぇ。さらにだ。耳をすませてみろよ。こんな鳴き声の動物知ってるやついるのか?
とにかくだ。ここは日本でも地球でもねぇ。
異世界なんだよ!ハッハハ。」
ついに発せられた、異世界という言葉。
今や中学生から高校生の人間は知り始めたであろう、2次元の言葉。
だが、幻想と現実は違う。
いくらここが異世界だったもしても、幻想のなかのスキルやステータスなんてものは存在しない。
VRMMOすら、開発段階である。
これはゲームではないのだ。
ざわざわと小声で話し始める皆。
泣いていた男子でさえも明るくしてしまうほどの夢のある言葉だが、不安が掻き消えたわけではない。
日本に帰ることができないという不安が今度は皆を覆うのだ。
「家には帰れないの!?」
「嘘だろ!?」
不安の声が上がるなか、ニヤつくことを久喜たちはやめない。
「久喜くん、あなたがここが異世界と言うことに、私は異議を唱えないわ。
確かに、周りの景色が異様すぎるし、ここに来るときの激しい揺れや浮遊感にも納得がいくもの。
でも、だからと言ってこの状況を楽しむなんてことは許されないわ。
周りの人たちのことを考えられないのかしら?」
「ほぉ、言うじゃねぇか。一星とは大違いだぜ。お前が委員長でもいいくらいだ。
お前らとはしばらくは仲良しごっこを続けてやるよ。だが、時期がきたら立ち去らせてもらうからな。」
一星が自分の名前が出たことに驚くが、七瀬に劣っていることをストレートに言われ涙ぐんでいた。
立ち去るという言葉に、皆は久喜たちが何を考えているのか分からなかったが。
不良は早くに死ぬというテンプレだけは回避してくれそうである。
七瀬は久喜の言葉に動ぜず応えていたが、内心久喜たちの存在が協調の輪を乱すことに不安にならずにはいられなかった。
「あなたたちがそういうのなら止めはしないわ。
じゃあ、これからについてよ。
確かに久喜くんたちの言う通り拠点と呼ぶものを作った方が利点がある多いわ。
でも、何かしらの問題が出てくることは避けられない。
例えば、食べもの全員出分け合うには持参した弁当やお菓子類では少なすぎる。
全員で分けると、必ず言い争いが起きるでしょうね。
だから、グループ制にするわ。」
「ハハッ、グループかよ。
いい案じゃねえか、だったらさっき決めたグループでいいだろ。なぁ!」
周りに同意を求める久喜に否定の意を表すことは、皆はこれからのことを考えてもできなかった。
頷く皆に、久喜たちは独裁者になったとばかりに偉そうな態度をとる。
「じゃあここからは一星くんに任せるわ。
一星くんお願いね。」
七瀬も不良の扱いに疲れたようで一星に変わりを頼んだが、一星は体育座りで落ち込んでいた。
皆が七瀬の発言に、不信を抱くこともなく一星に視線を向ける。
ビクッ
視線に気づいた、一星はすごい勢いで立ち上がり皆の方を向いた。
その頰には反射する一筋の光が。
(泣いたんだ……。)
(こいつ、泣いたのか……。)
(しっかりしろよ……。)
一星は手をメガネに添え、そのレンズを輝かせる。
「グループ制というわけだがっ!
先ほどの体育祭のグループを適用してくれ!
A〜Fグループまで6グループに分かれてほしい。では、始めてください!」
大声で叫ぶ一星に、七瀬は手で顔を覆う。
久喜たちに至っては、唾を飛ばしていた。
皆は一星の言葉に仕方なく従いつつも、
移動を始める。
柊は、Aグループであるので決められた場所に移動した。
もうすでに柊以外は集まっており恭平と梅咲はこちらを向いてにやけている。
(あいつら、なんでにやけてるんだ…?)
見ると、右側にいる西野みのりをみてそわそわしていた。
ため息をつきつつも、Aグループの場所に近づく。
「なぁ、柊ちゃん。四天王だぜー。
俺初めてこんなに近くで見るかも……。」
「俺っちもっす。やっぱり可愛いっすねー。」
「あぁ、もう分かったから。」
にやけが止まらない二人を置き去りに、七瀬と西野に目をやる。
「じゃあ、とりあえず各グループで自己紹介とかしてもらえないかしらー
そのあとで、これからについて話し合って。」
七瀬の言葉を合図に自己紹介が始まった。
まだ高校生になってそれほど時間が過ぎていない。七瀬ですら話したことがない生徒がいるくらいである。
「俺っちからいいっすか?
俺っちは梅咲和仁。演劇部っす。
趣味は演劇と……、それだけっす。
彼女はいないっすから募集中っすよ!」
立ち上がった梅咲が顔を赤くしながらもなんとかなんとか自己紹介を終え座る。
次は、恭平だった。
「俺は陶山恭平。部活は剣道部。
西野さんは知ってると思うけれど、全中ベスト4です!あと、柊ちゃんとは小学校の時からの幼馴染です!よろしく!」
こちらも照れすぎである。
全中ベスト4は、伊達ではないと思いたいがこの恭平のデレ顔からは想像できないと誰もが思った。
3番目は副委員長。
「次は、私ね。
このクラスの副委員長をやっている七瀬かおりよ。
今は生徒会の書記も担っているわ。
部活は、入ってないの。
これからよろしく。」
本当に非の打ち所がない人である、古河もそうではあるが別次元の人のように感じてしまうほどしっかりとした人である。
梅咲と恭平は涙を流していたが、その所以は知りたくもない。
「次は、私ですね。
西野みのりです。四天王とかなんとかはよく分からないんですけど、あんまりいい気分ではないので言われたくはないかな……。
陶山くんと同じ剣道部だけど、今日初めてあったような気がします。全中ベスト8でした。これからよろしくお願いします!」
確かに可愛いと柊は思わなくもなかったが、胸から込み上げてくるものが何もなかったため興味は示さなかった。
恭平に感じては、名前を出されて喜んでいたにも関わらず、今まで知らなかったことに膝から崩れていた。
「お、俺はもう死んでいる……。」
「では、最後に僕が。
白雨 柊です。部活は帰宅部。趣味は人間観察。何事にも無関心なのが取り柄です。以上。」
「えっ、それだけなのかしら?」
「ええ、強いていうなら感情表現があまりできませんと言っておきますよ。」
「た、大変なんだね。」
西野に同情される柊。なさけないと言われても仕方ないが、本当のことである。
うまい嘘さえ、かえって仇となっては困るのだ。
なぜか放心状態の二人に蹴りを入れて、現実へと引き戻す。
「「はっ!」」
「何やってんだ……。」
「アハハハ。」
さすがに西野ですら呆れていた。
「で、七瀬さん。これからのことなんだけど。」
「あら、白雨くんから言いだしてくれるなら進行はお任せするわ。」
「……分かったよ。」
西野がクスクスと笑っていた。
そんなに面白いやり取りだっただろうか……。
七瀬は二人を話し合いに参加させる。
「じゃあ、おそらくここが異世界だとして、魔物はいるのか?」
「柊ちゃん、魔物に興味が出てきたのか!」
「俺っちはいると思うっす。今でも聞こえてくるこの鳴き声とか。」
遠くの方で何かが泣いているのは分かっていた。魔物がいるとすると、必要になるものは自然とわかってくる。
柊「魔物がいる線で考えることにする。まず第一に必要なのは住居。これは出来れば魔物が入ってこれないようにしたけれどおそらく無理だろうから寝るスペースだけでも確保したい。」
西野「確かにそうですよね。おそらくグループに分かれたということはみんな共同というわけにはいかないでしょうから。」
柊「西野さんの言う通り、グループにはメリットが多い。それは責任の所在がはっきりすること。大勢だとそれが争いの原因になるからね。おそらく食事等も各グループで。」
七瀬「食料はどうするつもり?」
梅咲「森に入って取ってくるっす!」
恭平「でも、こっちは丸腰だぜ。」
西野「それなら、私と陶山くんの竹刀で叩けばなんとかなるんじゃない?」
七瀬「西野さん、すごいわね。まだ魔物を見てもいないのに。」
恭平「大丈夫だせ。全中トップクラスのおれと西野さんがいれば食べ物を困ることはない!」
柊「恭ちゃん、よく言ったね。
食料問題は解決しそうだな。
あとは、非常時の対応策だな。
料理当番なんかはその都度決めていけばいいし。」
七瀬「そうね。非常時って言うと魔物が攻めてきた時かしら?」
柊「そうなるね。2人以外は魔物に対処できないかもしれない。そう言う時のことを考えても、住居らしきものは必須だと思う。」
恭平「だけど、家ってどうやって作るんだ。俺たちの技術じゃ作れるものにも限りがあるぜ。」
西野「そうですよ。頑丈なものを作らないと。」
梅咲「魔物に襲われないようにするんすよね?だったら、地下室みたいなのはどうすか?」
七瀬「確かにいいアイデアかもしれないけれど、技術がないわ。」
柊「これは次回に持ち越す課題だな。
とりあえずスペースだけ確保しに行こう。」
柊以外が頷き、立ち上がる。
柊も立ち上がり周りを見渡した。
皆の顔はようやく落ち着いている様子だが、いつまで続くのか分からない。
ただ、魔物との戦いが避けられないのは確かたった。
「お、おいっ!!みんな!スキルきたぞ!」
クラスメイトの一人が教室から森へと踏み出し歓喜していた。
柊たちは顔を見合わせたが、それぞれが何を心に秘めているかまでは柊には分からなかった。
『スキル』
だれかの発言に皆が耳を向けた。
あるものは、恐怖しあるものは飛び上がって喜んでいた。
たちまちスキルの詳細が皆に伝わった。
どうやら、教室から出ると自分だけが見えるステータスウインドウが自分の前方胸のあたりに表示されるらしい。
試さない生徒は誰もいなかった。
魔物に対抗できるものが今は1つでも必要なのである。
だが、皆が教室から出た瞬間。
パァーッ!!
教室全体が光を発し、そして丸ごと消えた。
見えるのは、森の中にある少し広めの空間のみ。
弁当という食料や、竹刀などの武器を失ってしまった。
「嘘だろ!おいっ!」
久喜が騒いでいる。考えられる可能性であったが、どうやら自分の持ち物は消えてしまうらしくぽけっとの中にあったスマホや財布なども消えてしまった。
周りからは不安の声が上がる。
「弁当がないなら、どうすればいいのよ!」
「そうだよ、魔物を倒すしか。」
そんななか、一角で声が上がった。
「俺のスキル、『火魔法』だったぜっ!」
「僕なんて『土魔法』だよ!」
「私は『回復』だわ。」
柊たちは自分の目の前に表示されたステータスウインドウを見ていた。
本当に他人のウインドウは見えないらしい。
テンプレから外れたようだ。
「おいっ柊ちゃん、俺のスキル『ソード』だせ!ゲームみたいだな!」
「わ、私も『ソード』でした!」
「俺っちは、『治癒』だったっす!」
「私は、どうやら『水魔法』らしいわ。」
「「「「柊―柊ちゃん―柊くんは???」」」」
といって、覚悟を決めて自分のステータスとスキルを見る柊。
無能スキルでないことだけを考えていた。
こんなステータスだった。
《ステータス》
【名前】白雨 柊
【種族】■人族
【年齢】16
【体力】250
【筋力】500
【魔力量】30■
【攻撃力】9 (素手)
【防御力】15
【魔攻】14
【魔防】13
【素早さ】15
【知性】17
【スキル】潜在『L.L』
料理
【装備】城南坂高校の制服(男)
柊を見つめる四人に、スキルのことを伝えていいものか一瞬戸惑った。
ステータスの数値は、他の人の物を知らないのでなんとも言えなかった。
それよりも『潜在人格』と『料理』のスキル。
どちらも身に覚えのないものだ。
ましてや『L.L」とは?【魔力量】の■も気になる点ではあるが……
料理はできなくはないが、好きで自分で調理するほどではない。
だが、とりあえず『料理』というスキルだけは伝えておこうと考えた。
「『料理』っていうスキルみたいだ。
普段料理しないんだけど……。攻撃系が良かった。」
「柊ちゃんが料理ねぇー。」
「ラギっちが料理。漢の料理、いいんじゃないっすかー。」
「私は『ソード』よりも料理が良かったです……。」
「とりあえず、料理のスキルがあることは嬉しいわね。」
皆の好き勝手な発言に柊は少し凹んだ。
だが、柊はあることに気づいた。
なぜ自分はスキルに興味を持っているのか。
そして、なぜ料理スキルで凹んでいるのか。
「それにしても白雨くんがそんな表情を見せるなんて珍しいわね。」
「確かに残念そうな顔してるっす。」
と、皆柊の顔を覗き込んだ。
自分は無表情のはず。
柊はそう思っていた。
頭の中で何を考えていようが、どんなに面白いことを言われようが一度も表情を変えたことなどなかった。
だが、何のせいかは知らないが気持ちを表情で表せるようになったことは柊にとって嬉しいことなのである。
もしかしたら、『潜在人格』が絡んでいるかもしれない。
そう思い、ステータスウインドウを頭の中で唱えることによって出現される。
だが、そこにはもう『料理』という1つだけしかスキルは残っていなかった。
どこかを見つめて首をかしげる柊に、新鮮な目を向けている四人。
すると、向こうのから誰が近づいてきた。
月浦一星だった。
メガネのレンズを光らせていることから、何かいいことでもあったのだろう。
「七瀬さん、『クラフト』というスキルがあったんだ!これでベースゾーンを作れるかもしれない!」
一星は実に嬉しそうである。
ベースゾーンとは拠点のことだろう。
優越感に浸っているのかどうかな知らないが、柊たちは呆れるばかりだった。
「そうね、みんなのスキルを把握する必要があるわね。」
七瀬はそういうと、一星とともに皆を集め各スキルの確認を行った。
その結果……
『クラフト』: 6人
『料理』:柊、一星、他4人
『治癒』: 古河、梅咲、他4人
『火魔法』: 久喜、他1人
『水魔法』: 七瀬、他1人
『風魔法』: 國坂、他2人
『土魔法』: 和久井、他2人
『ソード』: 恭平、西野
その後の協議や、久喜たちとの会話の結果、
一グループに攻撃系が2人。また回復、クラフト、料理が1人ずついて五人のほうがバランス良いということになった。
さすがに、元のグループを皆崩したくなかったので移って移動することになった。
Aグループは攻撃系スキル持ちが3人いて、クラフトスキル持ちの人が一人もいないので水魔法持ちの七瀬が率先して移動を決意してくれたのだ。
七瀬がいることで、Aグループもまた心のどこかが救われたのだが残念な気持ちになる柊だった。
「新しい人とも仲良くやるのよ。」
といって他のグループに姿を消したが、何ともこちらが未練たらたらの振られた男のように考えてしまうのは仕方のないことだろう。
そして、Aグループに移動してきたのは他のグループから厄介払いされたきたらしい女子だった。
茶髪のロング、ストレートではなく髪は常に巻かれている。制服の絶妙な着こなしゆえのスカートの短さや、ブラウスのボタンを大胆に開けるのは学校でこの女子しかいないだろう。
井上 鏡花 (いのうえ きょうか)
何やらどこぞのヤクザの組の一族の一人娘らしいと噂が立っている。
本人は普段は無口だが、不機嫌になると相手を睨み付けることを柊は知っていた。
「私は井上鏡花。井上でも鏡花でも呼び方はなんでもいいから。部活は華道部とダンス部。
『クラフト』だっけ?まあ、ある程度の仕事はするから安心して。」
前のグループでは何かあったのだろうか。
安心、という言葉がどこか引っかかる。
鏡花は以前何かをしたのだろうか?
柊たちは、それぞれ自己紹介をした。
柊の番になった時、質問をしてみたのだ。
「井上は、前のグループで何か言われたのか?」
「ん?特に何にも言われてないわよ。
ただ、面倒ごとは持ち込ずにしっかりシゴトをしろってやれって言われただけ。」
「そんなことを言われたのか?」
「そんなことって言われても困るんだけど。私には悪い噂が多いからねー。」
「そ、そうか。」
みんなは接しづらいのか、目を合わせようとはしなかった。
恭平に至っては、ブルブルも震えていた。
西野の心配されて肩を触られても発狂しなかったのでその恐怖は相当の様だ。
鏡花に、どんな過去があるかは知らないが問題が起きない様に注意しなければならないのだ。
各グループで今日は、『クラフト』スキルを使って簡単な就寝スペースを作って寝ることになった。鳴るお腹をさすりながら、皆は何もない地面や木へともたれかかるようにして眠るらしい。
『クラフト』スキルは、「クラフト」と唱えるだけで使えるらしいがその工程の難しさによって使う魔力の量が変わってくるらしい。
鏡花の場合、魔力が一般の30よりも高い50だったので簡易な寝床のようなものさえ作ってしまった。
木を加工して椅子やベッドのようにしてしまう様は圧巻だ。さらには商品として出せるレベルの肌触りで他のグループからも僻まれたが、柊たちはしっかり鏡花をフォローした。
そんな彼らの様子に、鏡花は驚いていたがすぐいつもの表情に戻っていた。
何も腹を満たさぬまま、夜になり所々のグループが眠りに落ちていた。
だが柊がいるのは、木の上だ。昔から木登りは得意だったために登ってみたところスルスルと登れたのである。恭平は高所恐怖症、梅咲は木から落ちて体力がゼロになると騒いでいたため一人で寝ることにしたのだ。
木の椅子やベッドはどうも自分には合わなかったのだ。
木の幹に背を預け、木とは思えない太い枝の上で寝た。
「ちょっと!」
「うわっ」
下方からの突然の声に驚き足をもつらせてしまう柊。
「危ない!」
そう鏡花は声を掛けてくれたが、柊はそのまま地面へ落下。
ドシンッ。
尻を盛大に地面に打ち付けていた。
「いだっ!」
「私がせっかく作ったところで寝ないのが悪いのねー。」
と、笑いながら去っていく鏡花。
ムカッ。確かに柊の心は動いていた。
本当に感情を表せるようになっている。
それにしても……よくこの高い木の上にいるのが分かったものである。
「僕は一体どうしちゃったんだ?……。」
皆のところに戻り、脇目で鏡花に苛立ちの視線を送りながらも眠りにつくのだった。
攻撃系スキル持ちが交代で周りを巡回しているらしい。
他の攻撃スキルも『クラフト』同様に、魔力を消費して発動できるらしいが人によって威力が違ってくるらしい。おそらくステータスにある魔攻の数値が関わってくるのだろうが、テンプレを試し魔力が尽きるまで魔法を使い倒れるアホもいたのである。
許容値が増えるといったことはまずあり得ないだろう。
だが、スキルにはレベルがあるらしく、倒れたアホが発見してくれた。
おかげで魔法を連発し始める他の生徒を七瀬を先導におとなしくさせるのは大変だった。
とにかく安心して寝られる状況ではないが、巡回組にさすがに悪いので寝ることにしたのだった。
転移1日目を終えた。




