第16話 2次元現象
第16話 2次元現象
「おかえりなさいませ。」
召使いが挨拶をしてくるのを無視し、二階へとリエラと静葉先輩を案内する。
2人はラウルの表情が強張っていることに疑問を感じたが、先ほどのシンリィとラウルの会話から何かを感じ取っていた。
とりあえずリエラと先輩を空いている部屋に通し、何もない自分の部屋に行く。
15年間自分を家族の目から守ってくれた鉄壁の部屋は埃をかぶっているだろう、と扉を開けると綺麗に掃除されていることに驚いた。
自然と両親たちへの感謝の気持ちが心の中で言葉になっていた。
ありがとう、と。
自室の窓を開け、外を見渡す。
久しぶりに見渡す景色はなんら変わっておらず、自分が一ヶ月という期間を長く感じられていたことに成長しているということを実感した。
リエラや静葉を連れ、屋敷の中を案内する。
居間へ足を踏み入れた時、両親と弟がいることに気づき進む足が重くなる。
リエラと静葉が挨拶をすると、
小さな声で返す3人。
ラウルはこの場にいることが急に恥ずかしくなった。
だが、2人に迷惑をかけるわけにもいかなかった。
「リエラ=ドレッドさんと、桐生静葉さんを空いている部屋に泊めます。
食事は自分たちでやりますので。それと祖父の書斎に入ってもよろしいでしょうか?」
それは固く硬い沈黙の鎖が解かれた瞬間だった。
ラウルが口を開いてくれたことに一瞬戸惑う家族だが、
「わかったわ。
好きにしなさい。」
と、母親が応じてくれた。
その場を後にし、祖父の書斎へと向かう3人。
「ラウル、私はお前の家族関係については理解しているつもりでいる。
だが、いつまでそうしているんだ。
お前は以前よりも…」
「先輩、俺は俺なりに決めているんです。
祖父の願う――また、俺の目標でもある『強い心を持つこと』が達成できたら正面から向き合うつもりです。」
「そうなのね……。
ということはまだまだ先の話ね。」
「最近は精神も強くなってきたと思ってたんだけどな……。
まだ顔を見ると足が竦んでしまうんです。
先輩、リエラ感謝してます。」
「うん。
それで、どうして書斎に行くの?」
「ああ、自室にある本は全てシンリィさんの家に持っていっちゃったからな。
当時は読めなかった本が祖父の書斎にあると思うんだ。」
「なるほど、それは例の『魔法』と呼ばれるものについて調べるということか。」
「他のことも調べなくてはいけませんが……。
まあ、そういうことです。」
書斎は屋敷の玄関から1番奥にある。
木製の扉は色落ちし所々がかけている。
取手に至っては、金属塗装が落ち外れかかっていた。
キィという音を立てながら扉を開き中へと入る。
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書斎の中は四方八方が本棚に囲まれており、目につくものは中央に本を寄るための古びた椅子と机があるだけである。
ラウルは小さい頃からよくこの書斎に足を運び、本を読みくれていた。
約五百冊の本が並ぶ、懐かしい書斎独特の匂いと雰囲気に浸る。
手を本の背表紙を滑らせるように移動させて、一つ一つ題名を確認していく。
シンリィの家に持っていった二冊の本は確か
『2次元現象が現代に与える可能性』と『―――の解放』
―――は掠れて読めなかったが、確か昔、僧が行なっていたとされる精神統一の仕方が書かれていた。
前者の本には、魔法や結界といった物が存在した場合社会にどんな影響を与えるかというものが書かれていた。
当時は書かれている魔法の例が面白すぎて何度も読んでいたのを覚えている。
ラウルが2人に協力を仰ぎ、気になる題名の本が言ってもらうように頼んだ。
ラウルが一冊も見つけられない中、静葉が声を上げる。
「ラ、ラウル。これを見ろ。
『剛の型』と書かれているぞ。
私たちのリチャット流派が進化する時が来た!」
「先輩、今は2次元現象関係の本をお願いします。
それは読んでいいですから。」
「おお、そうか。」
ふざけて懐に忍ばせようとする先輩を注意する。
「ラウル、あったわよ。」
今度はリエラだった。
「本じゃないんだけど、レポートっぽいわね。『隠れた力』って書いてあるわよ。
中を見て見ると、!!、、
これって魔法に関してじゃない!?
『魔法、現代では2次元現象として考えられている。
だが、この正体は私達第五世界の人間が持ち込んだ産物にすぎない。
第一、この世界で生まれた人間には種族の区別はなく、体内にはソウルクリスタルという核があり身体中に流れているはずが手前で蓋がされている状態だ。
この力を解放する手段があればこの世界の平和も永久に続くはずだ。』
ってこれって『魔法』のことじゃない!」
指をパチンとならして対応する。
互いにハイテンションだ。
「リエラ、ビンゴ!
読むのは集め終わってからにしよう。
とりあえず今は探せるだけ探そう。」
「わかった。」
それからは互いに気になる本を見つけても時間の無駄を避けるために伝えないことにした。
ラウルは一つ一つ調べていくが幼少期に読んだものばかりだった。
流石に五百冊となると、探すのに苦労した。
気付いた時には日が暮れていた。
電気をつけ再開する。
丁度8時を回ろうとしていた時、ラウルは一冊の見慣れぬ本を見つけた。
題名は書かれていないが、見事な装飾があしらわれている。
とりあえず持っていくことにした。
他の2人も自分の担当していた場所の本を探し終わったようで、数冊の本を持っている。
先ほどのレポートも含めた全部7冊ほどの本を、シンリィさんが来るまでの間応接室で読み込むことにした。
約2時間1人約2冊の本を読み終えた。あいにくシンリィさんはまだ到着する気配がしないので調べたことを発表することになった。
その内容はこうだった。
・ラウル達が生きているのは下位神ラグタナが作った世界で第六世界レゲングルドと呼ばれていること。
・第五世界も下位神ラグタナが作った世界であること。
・約30年前、第五世界から第六世界に来た人たちもいるということ。
・第五世界では魔法が普通の人でも使えるが、第六世界に来ると魔法が使えないこと。理由は現人類に同じ。
・魔法の発動動力は、体内のソウルクリスタルから常に体内に流れるエネルギーであるということ。
・第六世界の人間の体内にはソウルクリスタルの存在が確認できたがそのまわりに見えない蓋のようなものがあり解放方法が判明していないこと。(初版発行2286年)
・第五世界では長い間戦争が続いていたということ。
以上の7点が分かった。
キーワードはどう考えても、
『下位神ラグタナ』、『第六世界』、
『第五世界』、『ソウルクリスタライズ』の4つだ。
「じゃあ、俺たちが下位神ラグタナについて知っていることはないのか考えてみよう。」
そうして未知の領域へと足を踏み入れ知識を確実なものにしようとするラウル達であった。
「下位神ラグタナって言えば、知力テストの最後の問題よね…。
唯一アルだけが答えられた。
そう言えばアルは今日どうしてこないのよ。
家の事情って何なのかしら?」
「ご実家までお帰りになったそうですわ。」
「なら、安心だな。
そういえば、確かに問題として出ていたがこの問題を作ったのは誰なんだ?」
「それなら、私が知っておりますわ。
毎年城の研究員達が交代交代で作成していますの。
今年は丁度シンリィさんではないでしょうか?」
「それじゃ、シンリィさんは下位神ラグタナについて知ってたってこと?」
「いや、シンリィさんは祖父と友達だったから知っていてもおかしくはない。
そういえば、アルは親父さんに聞いたって言ってたな…。
それとアルについてシンリィさんに質問されたことがあったっけ。」
「確かにアルそんなこと言ってたわね。
となると、シンリィさんはアルが下位神ラグタナを知っている―――いいえ、アルが何処で知ったのかについて知りたかったってことね。」
「おい、それならアルの親父が今回の事件に関わってるってことか?私にはどうも信じられん。」
「いや、まだ決まったわけじゃありません。
アルの親父さんが下位神ラグタナについて知っていたとしても祖父のように知っていた場合もありますから。
でも、その、否定はできません。」
「話は変わるがアカデミーやうちの屋敷の焼失は魔法の仕業と考えて間違いないと考えていいだろう。」
「そうですね。
俺もそう考えていました。
あとアカデミー襲撃時について俺から少し、シンリィさんが来てから伝えたいことがあります。」
「分かったわ。
あんまり色んなこと抱え込まないのよ。」
2人には感謝しきれないと思うラウル。
一度、シンリィさんに電話してみることにした。
その場で腕輪を操作し映像なしの電話をかける。
数回のコール音のあと、シンリィさんの声が聞こえて来た。
どうやら、運転中らしくリチャット家へ向かっているらしい。
話を再開し、とりあえず残りのキーワードについてまとめておくことにした。
「じゃあ、次は第五世界と第六世界について。これは初耳だと思う。」
2人が頷く。
「本によると、この2つの世界は下位神ラグタナっていう実在する神様が作ったらしいわ。
でもさっきのレポートから第五世界の人たちが第六世界に来たことは分かっているのよ。」
「それってもしかしたら身の回りに違う世界の人間がいるかもしれないってことだろ。
考えられないな。」
「先輩の言う通りです。
しかし、さっきの魔法の仕業ということに対し矛盾が生じてしまいます。
つまり、こっちの世界では魔法を使えていないことになります。
となれば、この事件の数々はどう説明するんでしょう。」
「次のキーワードの話になるけど、レポートに書かれているソウルクリスタルの解放に成功したんじゃないわけ?」
「そうかもしれない。
なんらかの方法で魔法を使用することに成功した第五世界か第六世界の人たちがこの事件の首謀者いや、犯人グループなのかも…。」
考えて込んでいると、シンリィさんが応接室に入って来た。
どうやら、ラウルたちが話している間にシンリィは屋敷についていた。
多少息を切らせているのは余程忙しかったのだろう。
「ラウルくん、ごめんね。
遅くなっちゃって。
思ったより事件処理に時間がかかっちゃったの。」
ラウルが挨拶を返すと、シンリィは置かれてある本に注目していた。
「そう、調べたのね。
もう話す時なのかしら。
ぜんぶ話すと長くなるわ。
だがら、今はあなた達が立てたであろう仮説を教えて。」
「わかりました。
俺が言います。」
ラウルは頭の中を整理しながら、本から調べ3人で立てた仮説を話した。
そして、アカデミーでの謎の声についても伝えた。
・第五世界か第六世界の住人が魔法の解放に成功し、その力により事件を起こしていること。
・事件にアルベルクの父親が何らかの形で関係していること。
・犯人の目的が不明であること
の三点である。
「ラウルくん、調べて辛くなかった?」
どこまでも心配してくれるこの女性は本当に母親ではないかと思ってしまうほどだった。
ラウルは元気に頷いてみせた。
「よかったわ。
大体合ってるわね。
間違っているところを説明する前にまず、魔法について追加知識を教えるわ。
魔法とは、身体中を循環している魔力と呼ばれるエネルギーを動力源としている。その魔力を生成する核が、ソウルクリスタル。
ソウルクリスタルは体内の何処かにあるとされているわ。死んだ後じゃないと発見はできないようになっているの。ソウルクリスタルから魔力が流れてでているんだけど、ある1つの穴から出てきているの。
その穴こそ本に書いてあった、蓋と訳されたもの。
穴の名は、『朱門』というわ。それが塞がっていたことで魔法が使えなかった。
しかし、第五世界の人間たちは不思議なことに第六世界に来ると朱門が閉じてしまったのよ。
はじめは第六世界の環境に馴染む必要があるのだと、誰もが考えていた。
でも、30年経った今でもそれは変わらなかったのよ。
第五世界と第六世界の住人を、魔法を使えるようにするには朱門を開かないといけない。
そこで、発明されたのがラウルくんがつけている腕輪。
金の腕輪――魔道具よ。」
突然現実味のある話に変わったと思ったら、祖父の遺産についてだった。
ラウルは信じられないという顔で己の右手に通してあるそれを見ていた。
「じゃあ、俺がアカデミーで結界を切るときに使ったのは…。」
「そう、魔法よ。
金の腕輪は朱門を開くために作られた魔道具。
仮説では、半年も開くのに時間がかかると思っていたんだけど…。
アカデミーで結界を壊すときに、ソウルクリスタルから流れる膨大な魔力が朱門を強引に開けたのね。」
そんな力が…。と、胸に手を当てるラウル。
静葉が話を再開した。
「では、なぜ第五世界の住人は第六世界に来たのだ?」
「それについても話さなくちゃね。
長くなるわ。」
そうして、悲しい目をしたシンリィは事の生い立ちから説明してくれた。
話をまとめるとこうである。
・敵はラグタナが作った世界の住人ではなく、下位神リベラムが作った世界である『帝国大陸ディナンシェル』の住人であること。
・ラグタナとリベラムは敵対していて、ある日『第五世界ライズダム』に『帝国大陸ディナンシェル』の軍勢一千万人が攻め入って来たという。
・リベラムは何らかの手で相手の世界へ介入できるようで、ラグタナは第五世界の住人と連絡を取り対抗したこと。
・ラウルの父親ライドバルド=リチャットと祖父ヴェラフィム=リチャットが先頭に立ち戦争になんとか勝利したこと。
・戦争終了から二年後倒した敵勢力は第一勢力部隊に過ぎなかったことを知ったが手遅れだったこと。
・第二勢力部隊に不意打ちを受けた第五世界の住人たちはすでに先の戦争で戦力は衰えていたため対抗する術もなかったこと。
・そんな中、ラウルの父親ライドバルド=リチャット、その妻レイラ=リチャット、そして下位神ラグタナの力によりライドバルドとレイラ以外の第五世界の住人を第六世界に転移させたこと。
そして、
・ラウルは第五世界で生まれ、第六世界へと転移したこと。
・第六世界から第五世界へは連絡がつかないこと。
・敵勢力が第六世界へと足を届かせつつあること。
世界が複数あるという現実が、3人の頭を混乱させ圧迫させていた。
状況把握ができないのも無理はないのだが…。
ラウルには、気になることがあった。
両親のことである。
シンリィの話だと両親は第五世界に残っておりその安否もわからないはず。
それでラウルに両親がいないというなら納得できるという話だが、今屋敷にいる両親と弟の存在はどういうことなのだろうか?
真実を知ることに戸惑いを感じるラウルだが、知らなければいけないことだと踏み切った。
「シンリィさん、俺の両親ライドバルド=リチャットとレイラ=リチャットは第六世界に転移していないんですよね?
今屋敷内にいるのは、本当の両親ではないんですか?」
ようやく気づいたが静葉とリエラがハッと息を飲み、2人を見つめている。
「それについてもよね。
……。
あなたたち、出てきてちょうだい。」
しばらくの静寂のあと、一瞬で黒装束の3人組姿を現す。
静葉とリエラが突然の出現に目を見開いていた。
ラウルは分からなかった。
いつも両親たちに向けて使う口調とは違うこと、そして現れたのは見慣れない格好をした3人組であること、が。
「顔を見せてあげて。」
「シンリィ様、それは……。」
黒装束の男が異議を唱える。
「もう役目は果たされたわ、大丈夫
よ。」
3人組はラウルの前に移動すると、スッと頭に巻かれた黒い布を取った。
ラウルは身体中に電撃が走ったように、震えていた。
「父さん、と母さん。
それにお前も…。
シンリィさんどういうことなんですか?これは…。」
そう、3人組の正体はラウルの心の檻を作ったあの両親たちだったのである。
驚愕するラウルは、どういうことか全く分からないという顔で後ずさっていた。
俯くシンリィにラウルは強く疑問を投げつけようとするが、女の声がそれをさせなかった。
「シンリィ様は悪くないのでありますよ。
ラウル様、私達は15年間あなたをお守りしてきた護衛でありますよ。
第五世界からラウルの父ライドバルド様より護衛の名を受け見守ってきたでありますよ。」
「作用でござる。
ですが、私達は子供の教育というものをまるで知らなかったのでござる。
幼い頃から我らのようなものは厳しい躾と修行のもと育ってきたのでござる。
故にいじめられているラウル様を見てもあれが強くなるためなのだと思い違いしていたでござる。」
子供の黒装束が話を続けた。
「本当にに済まなかったであります。
そんな我らは、ラウル様と接することで成長の方向を悪い方へ向けてしまうの考えていたのです。
ですが、我らのとった行動こそラウル様を悪い方向へと導いてしまったのであります。
ヴェラフィム様やシンリィ様には、いくら弁当と呼ばれるものの指導をいただいても成すことが出来ず、授業参観というものに行こうとしても嫌な思いをさせてしまうのではないかと思い断念したのであります。
どうか未熟な我らをお許しください。」
黒装束の男の言葉を共に3人組が土下座し頭を下げてくる。
ラウルは言葉にできない思いを胸に抱いていた。
あのいじめられている光景や酷いぐらいの怪我を見てなにも思わなかったのか、と。
祖父に対しても、実ははじめはそう思ってしまった。
それほど自分は傷ついていたのである。だが、事の真相は祖父と同じだ。
彼らは自分のために陰から見守っていてくれていたのだと。
正直彼らの行動の実感はないが、彼らの目を見たり言葉を聞いていると別に込み上げてくるものがあった。
次の瞬間には口から言葉と涙が溢れていた。
「プライマ・リクラス入学式にきて欲しかった…。
授業参観を見にきて欲しかった。
手を挙げる自分の姿を見て欲しかった。
運動会でやっと一位を取れた姿を見て欲しかった。
テストで百点を取れたことに褒めて欲しかった。
プライマ・リクラスの卒業式にきて欲しかった…。」
「ラウル…。」
「ラウルくん…。」
「坊ちゃま…。」
「リトルスクールの入学式にきて欲しかった。
文化祭にきて欲しかった。
あの日、卒業式にきて欲しかった。
嘘の家族でもいい、一度でいいから叱って欲しかった。
家族の温かさを感じたかった。
でも、いじめられていたのは俺が悪いんです。
あなたたちのせいじゃない。
俺の心が、弱かっただけ……。
だから、ありがとうと言いたいんです。
あなたたちに。
正直そう言う理由は俺には思いつかない。
でも、そう言いたいんです。
15年間という長い間、俺を見守っていてくれたんですから。
ありがとうございます。」
ラウルはしまいこんでいたものを全部吐き出していた。
それだけ心の中に闇を抱えていたのだ。
シンリィさんも涙を流していた。
静葉も、リエラですら嗚咽を吐きながら泣いていた。
3人組も顔を上げると、涙で顔がくしゃくしゃになっていた。
「「「坊ちゃま…。」」」
黒装束の男が言った。
「ラウル坊っちゃま。
私は、玄角と申します。
以後呼び捨てでお呼びください。」
黒装束の女が言った。
「ラウル坊っちゃま。
私は、蝶蘭と申しますでありますよ。
以後呼び捨てで構いませんでありますよ。」
黒装束の子供が言った。
「ラウル坊っちゃま。
私は、蕾翠と申しすでござる。
以後呼び捨てで構わないのでござる。」
玄角、蝶蘭、蕾翠は立ち上がり、ラウルに深々と頭を下げた。
「玄角さん、蝶蘭さん、蕾翠さん、これからもよろしくお願いします。
俺は強くなりますから。
今までの恩を必ず返します。」
そんな御言葉はもったいないという顔をしている3人組。
彼らを交えた、計7人で話は再開された。
「ラウルくん、その本はヴェラフィムの書斎にあったものよね?」
「はい、でも中にはなにも……。」
そう、ラウルが1番最後に見つけた装飾本は中身が白紙だった。
なぜシンリィがこの本のことをしっているのだろうかと疑問に思うラウル。
シンリィはラウルから本を受け取ると、その本の表紙を優しく撫でていた。
「この本は、ラウルくんのアルバムになるはずの本だったよ。」
「なるはずだった……?」
「ええ、2人が第五世界に残ることを知らなかった私達は帰ってくるのを待っていたの。
私は魔法を使って写真を撮るのが好きだったからヴェラフィムと一緒にこの本を買って、2人が戻ってきたときに家族写真を撮ってあげようと思ってた。
だけど、魔法は使えない。それに30年前カメラなんてものは存在しなかった。
転移した私達は2人の帰りを待った。
待つまでの間まだ王政が確立されていなかったこの都市にアトネス城を築き、貴族の中から国王を立てたわ。
城の各部隊の指揮官が元第五世界の住人。
アリオンの琴歌に至っては全員がそう。
王政がいい状態を保ちつつあったある日私達の前に再びラグタナが姿を現した。
私達の頭の中に直接語りかけてきたのよ。
ラグタナ達神は、自分が作った世界の住人と接触してはいけない決まりだったらしいの。
だけど、リベラムとの戦いが下位神の上の存在である上位神や官神たちにバレたらしく神が住む神界で50年―私達の概念で考えて1500年監禁されていたらしい。
ラグタナに課された罰は、もう1つ。第五世界へのアクセス権の消失。
私達は2人がもう来れないことを知ったわ。」
「でも、第五世界で生きてはいるんですよね。」
ラグタナはたとえ会えなくても2人が生きていてくれればいいと心からそう思っていた。
「ええ、生きていると信じているわ。」
シンリィは真っ直ぐな目をラウルへと向ける。
「シンリィさん、それでラグタナはどうなったのか教えて欲しいです。」
リエラが話を再開させた。
「どうにかして第六世界はアクセス権を守り抜けたらしいわ。
その時魔法の解放方法を教えてもらったの。
これ以上介入がバレたら私達の世界ごと無くなるって言われたわ。
信じるしかない話だった。
ラグタナの力がなければ、第六世界に転移できなかったんだもの。
下位神リベラムも同等の処罰を受けたらしいけど、彼の仲間の下位神が第六世界に入り込もうとしていることを教えてもらった。
でも、ラグタナには仲間がいなかったのよ。
神であるにも関わらず私達に謝罪していた、すまない、助けられない、と。
そして、頭へと届く声はもう聞こえなくなっていたわ。
それから一度もラグタナは語りかけてきていない。
多分、行動を制限されているんだと思うわ。
それからの日々は魔法の解放に向けて、様々な実験を行った。
死体の解剖でソウルクリスタルの発見に成功したのが25年前。
そして、死体のソウルクリスタルから魔道具と呼ばれるものを作り出したのがついこの間。
確かに私達は非人道的行為を行っていたかもしれないわ。
でも、そうするしかなかった。
もし敵がここにやってきたら為す術なく人類が滅亡してしまう。
それは本当に辛いこと。
でも敵には簡単に侵入を許してしまい、遂にはヴェラフィムまで殺されてしまった。
元第五世界の住人をピンポイントに狙ってきた彼らは魔法を使用していた。
おそらく他の神が作った世界の住人だからなのでしょう。
敵は単独では、特定の人物をコピーする魔法を使うことがあるの。」
「コピー?
どういう意味なんだ?」
「憑依とは相手の体を乗っ取るものだけど、コピーは相手の体、記憶などすべてを複製する魔法。
同じ人間が2人になると考えた方がわかりやすいわね。」
「なるほど、つまりアルのお父さんは……。」
「ええ、そうよ。
コピーされてしまったわ。
敵はアルベルクくんにも接触したわ。これはもう知っていることだと思う。
幸いアルベルクくんは何もされなかった。
彼のお父さん―イルーク=エリオットは予想通り監禁されていたわ。
二週間近い記憶を失っていたわ。」
「アルのお父さんは監禁されていたのね…。
アル、少しも表情に出さなかったわ。」
「イルークさんには、言わないようにしてもらったのよ。
一応機密情報だから。」
「そしたら、俺たちは部外者じゃないんですか?」
「ラウルくんは第五世界生まれだし。
静葉さんもリエラさんも祖父母はみんな第五世界の出身だから、いずれ分かる話だったのよ。」
「嘘だろう…。」「そうだったのね…。」
2人が唖然とする。
ラウルはこれからのことを考えていた。
(万が一敵が攻めてきたらどうしたらいい……。
戦えるのか?
いや、戦うしかないんだ。この腕輪とともにっ!)
「では、これからどうするかについて話すわ。まず……!!」
『あーあー、テステス。
ただいまマイクのテスト中、あーあー。
第六世界レゲングルドにいる第五世界ライズダムの血を引く方々聞こえますか?
私は
下位神ラグタナです。 』
シンリィが話し出したその時頭の中に語りかけてきたその声は、神とは思えないほど中年くらい男の声だった。




