第15話 日常と非日常の境界線
第15話 日常と非日常の境界線
「静葉先輩もう終わりましょう! 流石にもう腕が上がりません…。」
「何をいっている、今日のうちにその大木を切り倒してしまえ!」
「そうよ、ラウルなら出来るわ。頑張って!」
ラウルは横で2人に応援されながら、大量の汗を流し立ち木打ちの稽古をしていた。
もう何度朝から何度振ったかわからない。木刀は持ち手の所々がすり減り始めている。
やめたい気持ちを抑えられない。
しかし、獰猛な獣の4つの監視の目の恐ろしさはラウルを身ぶるいさせるほどである。
当のアルベルクはどこへ行ったかというと、2人の仲が良くなったことに残念そうに頭を抱えながら、
「お前は、ほんとはラノベの主人公か!?
この野郎!俺はいつまでもこのポジションじゃない!」
という意味不明な言葉を吐き、早々と家へと帰って行った。
そんなラウルの状況は今や最悪と言っていい。
朝の素振りを終え、朝食を食べ終わった瞬間から地獄はもう目の前まで迫っていたのだ。
急に手合わせをしたいと、静葉がラウルに頼んだ。
当然静葉が勝ったわけだが、その強烈な突きでラウルは手も足も出ずそのまま気絶…。
生き返ったかと思えば、今度はリエラに手合わせを頼まれていた。
しかし、リエラを甘く見ていたようでこめかみキックで一発KO。
ラウルはまたもや気絶…。
流石の2人もラウルのことを、やっと心配し始めたのか立ち木打ちの稽古を手伝うと言いだした。
だが、規定回数をこなし終わろうとすると笑顔で止められ続けさせられるラウル。
そして、今に至る。
大木は、いじめたいのか切り込みさえ入れさせてくれない様子である。
ラウルはもう身もココロもボロボロだった。
木刀を持つ手は今やマメがつぶれ血まで出ている。
だが、ラウルはやり遂げなかった場合のことを考えていた。
そうラウルを応援している2人の悪魔である。
昨日まであれほと衝突を繰り返していたのにも関わらず、今日になってみるとなぜか仲良くなっている。
世界の終わりなのかと考えてしまうほどの大事件だ。
すると流石に可哀想になったきたのだろう、リエラが声をかける。
「ラウル、大丈夫?まだ平気よね?
アルを倒すんだからこのぐらい切り倒さなきゃ」
「リエラの言う通り!私が言ったことを全て思い出せば、こんな木はすぐに倒れる!」
可哀想だと思ったのは勘違いようである。
随分と簡単なことを言う悪魔たち。
だが、ラウルもやる気を失ったわけではない。
ただ、手を休ませる時間が欲しかっただけなのである。
「ハァハァ、すみません、少し、…、休憩をください…。
ハァハァ。
やめるつもりはないので…。」
「そ、そうか。
じゃあ、一旦汗を流してこい。」
「ラウル、いってらっしゃい!」
「おっ、、すー。」
生気が抜けかけの声を発しながらも、シャワー室へと重い足を引きずるラウル。
「リエラ、これはやりすぎじゃないのか?」
「何いってるんですか?昨日決めたじゃないですか!
ラウルをアルに勝たせるために全力でサポートしようって。
それに多分アルは1週間後の第一回模擬戦で必ずラウルとの戦いを望んでますよ。」
「確かにそうだが…。
リエラ、お前は大丈夫なのか?
模擬戦は。」
「はい、体術使用の許可が下りたので。」
「……。確かにそれなら、問題ないだろう……」
模擬戦とは、生徒が学内テストだけ頑張ればいいと言う怠慢をなくすため四月をのぞいた月に一度行られているものである。
リエラの発言にもあるように、体術などの生徒が得意とする様々な武術も使用可能となる。
といっても、新入生と在校生に分けられる。
もしかしたらラウルとアルベルクは戦う可能性があるということであるのだ。
リエラと静葉はそこでラウルを勝たせようと考えているが課題が多すぎることが難点である。
汗を流し、わずかに体力を回復したラウルが戻り立ち木打ちを再開する。
普通に考えても、刃のついていない木刀が木を叩き斬るなど不可能なことである。
だが、不可能なことを1つでも叶えられなければアルベルクに1週間後には勝てないと2人は考えた。
ラウルは一旦木刀をおろし、今にも倒れそうな己の体をすんでのところで支えながら、もう一度学んだことを思い出していた。
そうはじめからである。
木刀の握りかた、振り下ろす時の指のわずかな力加減など。
そして、精神統一と気合い、根性が軸となる。
それに沿うように1つ1つ動作を進めていくラウル。
素振りのような風を未だ立ち木打ちでは発生させることができていなかった。
水平斬りなど、振り下ろし以外の角度からの剣撃ではなぜか素振りのときのような感触と振り下ろした後の快感を感じられなかった。
だがここで静葉に助けを求めてはいけないと自分に言い聞かせるラウル。
だが、何かに気づいたようはハッと顔を上げた。
「そうか、重心か。」
単なる素振りでは重心は尻のあたりに重りがついているように、と考えているラウル。
だが、他の剣撃ではどうだろう。
水平斬りをするのには重心は素振りの時のままなのだろうか?
そんなはずはない。
必ず重心は移動しなければならないのだ。
踏み込んだ時、重心は前に出た上半身に移動するのである。
ラウルはそれに気づくと、闘志を燃やし木刀を構える。
そして地面に、動かないように釘を刺すかのように足を踏み込む。
それと同時に重心を上半身へと移動させる。
重心が移動し、今までよりも何倍の力がかかった木刀は遠心力を伴い大木へと鈍い音ともに深々と切り込みを入れた。
すると、大木の周りから突風が発生した。
その突風は周りの木々の葉を散らすほどのもので、傍観していた静葉とリエラも体を煽られていた。
突風が収まる時には体勢を立て直しその発生源へと視線を戻す。
対するラウルも2人を見ていた。
すると、ラウルの背後の大木はタマシイが無くなったかのように最後まで切り込みが走り真横へと倒れていった。
そして、Vサインを2人に送るラウル。
3人一緒になって嬉しそうな表情を見せていた。
今までのラウルの立ち木打ちは、木の内部から衝撃を加えていたのである。
これはおそらく素振りの際の重心のままだったために起こったことであり、最後の重心移動による剣撃で完全に折れたのである。
だが、これはラウルだからこそできた事である。類稀なる才能がまた一つ変化を生じさせた、
「ラウル、流石に今日中にこなせるとは思っていなかった!
重心移動によく気がつけたな!」
「いつも先輩の動きは見ていたので、良い手本になりました!」
「ラウル、あんたバケモノだったのね。
不可能を可能性にしちゃったわよ…。」
「不可能ってなんのこと?
それよりこの感じを掴みたいので木を全部叩き切っていいですか?」
「……えっ?。ああ、あぁ。
構わない。
私たちは先に戻っている。
もう日が暮れるからな。
早めに切り上げてこい。」
「押忍!」
ラウルは木刀を持ち2人から遠ざかっていった。
「先輩の言ってた、不可能って本当に不可能だったんですか?」
リエラが今目の前で起こった光景を疑問を抱いていた。
「当たり前だ、あんな大木、一日中ぶっ叩いただけで切り倒せるわけないだろう!
あくまでそれぐらいの速さで成長しないとアルベルクには勝てないと思っていただけだ。
だが、…。」
「可能にしてしまいましたね…。
ラウルはどこまで成長していくんでしょう…。
もしかしたらアルに本当に勝てたりして…。」
「何を言っている。
私たちはラウルが1週間後アルベルクに完全な勝利を果たさせるためにサポートするんだ!
あとは明日からの集中実技で受けや防御方法を体に染み付かせることができれば勝機が見えてくるだろう。」
「そうですね、中に戻りましょう。」
もうすでに、太陽はその姿を隠そうとしている。
ラウルは感覚を確実なものとするためにこの日、大木を含め50本の木を切り倒せしたのであった。
今日もまたラウルは一回り成長したのである。
一週間後の模擬戦はたしてラウルは勝つことができるだろうか。
一週間後―――
ラウルは己の体をいじめ抜き、できること全てを全力でこなしてきた。
今日のアルベルクとの模擬戦のために。
あの休日から今日まで、ラウルの戦績は十戦九勝一引き分けである。
受けや防御を静葉が望んだ以上の形へと仕上がったラウルは、胸の高鳴りを抑えられずにいた。
これはもしかしたら勝てるかもしれない。
アルベルクと本気の勝負がしたい、という気持ちが溢れそうであった。
模擬戦では、新入生はAブロックとBブロックの二つのブロックに分かれる。
五回勝てば決勝戦に進むことができるが、決勝戦は二つのブロックの優勝者同士の模擬戦となる。
アルベルクを倒したいラウルには幸なことに、アルベルクはBブロックであり、リエラと同じようブロックであった。
リエラはアルベルクにもし当たる事になったら棄権の道を考えていた。
だが、朝からラウルたちはアルベルクを見かけていなかった。
そして、模擬戦が始まる。
>>
突然の相手の足払いを避け、バックアップで距離を取る。
相手は追撃をしようと仕掛けてくるが木刀は持っていない、そうなると考えられるのは超接近戦である。
剣術使いよりも肉体が丈夫である体術使いには、ヒット&アウェイによる牽制はほとんど意味を持たない。
第一回戦ラウルは苦戦を強いられていた。
となると、どうするか。
体術の構えというのは、剣術のそれよりも隙がないと言われている。
剣を持っていない事も理由に挙げられているが、一番の理由はその攻撃範囲の広さ。
剣を使う者は、そのほとんどは体術を身につけていない。
鍛える筋肉が違うからである。
だが、リエラのようなケースもある。
体術使いは殴打、蹴りなど間合いの異なる攻撃を変幻自在に組み合わせる事により相手の混乱を誘う。
今、ラウルが相手に対抗するには攻撃を受けるか防御しか隙に穴を見つけるしかないのである。
模擬戦の試合時間は一試合5分という短い仕様になっている。
また相手から一度でも一本を取ればその場で勝負が決するのだ。
このままでは勝てないと焦りの表情を浮かべるラウルは、ついに行動に出た。
相手が追撃を仕掛けようと足技を使ってくるのを確認すると、なんと木刀を捨てたのだ。
そのまま放たれた足技を受け止め、衝撃に顔を歪ませながらも足をがっちりとホールドに唐突に自分の後ろへ流す。
不意打ちを食らい、対戦相手がそのまま体勢を崩した所をラウルは見逃さずに攻撃を仕掛ける。
講義で習った柔道と呼ばれる体術の一種、背負い投げ。
相手の体はラウルの腰に乗せられると弧を描き床に叩きつけられていた。
まだ対人経験が少ないラウルだったが、体術使いとの試合となるともっと少ない。
この背負い投げの策は対体術使い用の捨て身の技だという事でリエラから教わっていた。
なんとか一回戦に勝利することができたことにひやひやすれラウル。
決勝戦まではあと四回も勝たなければならないのである。
試合を終え、近くで待ってくれていた静葉やリエラに結果を知らせたあと次の試合までアルベルクを探す事にしたラウル。
新入生は今日と明日、在校生は明後日から模擬戦なので、静葉はラウルの応援へと駆けつけてくれていた。
ただラウルの耳には静葉の応援は怒号に聞こえることだけが難点である。
アルベルクを朝から見かけていないラウルは、静葉とリエラも会っていないことを確認したあと道場へと足を向けていた。
Aブロックはアリーナで、Bブロックは道場で行われている。
今の時間だと全ての一回戦が終了しているのでアルベルクにも会えるはずだと考えていた。
アリーナから道場へは、渡り廊下一本道。
ぞろぞろと道場内に生徒が入っていく。
もしかしたら、アルベルクがすごい試合をしているかもしれないと小走りなるが急に立ち止まった。
だが、どこか違和感を感じた。
生徒の顔は違えど、入っていくタイミングが周期的に変わっている。
おろらく5パターンだとラウルは考えていた。
(たくさんの生徒が道場内に入って行くように…………、
見えているだけ?)
そう気付いた時、目の前には道場全体が結界のようなもので覆われているのを直視できた。
驚くラウルだが、周りを歩いている人たちにはこの結界まがいのものは見えていないらしい。
ラウルは近づき結界に触れようとはせず、軽く木の葉を投げて見た。
すると、木の葉は結界に触れた瞬間に塵へと姿を変えた。
普通ではあり得ないことが目の前で起こっている、ラウルはついにあの現象に遭遇したのだと興味を隠しきれない表情だ。
ラウルはリトルスクール時代までは、1人のことが多かった。
そんなとき何をして時間を削っていたかというと、一つは勉学である。
ラウルがアカデミー入学知力テストで2位を取ったとおり、頭が良い。
だが、それは暇な時間に読んでいたたくさんの百科事典の知識を身につけて過ぎていたためである。
そんな本の虫レベルの読書家は、この奇妙な結界の存在を専門用語『2次元現象』だと思い出していた。
普通では起こりえないこと、あらゆる原則を無視した事柄を総称してそう呼ぶ。
そして、『2次元現象』には様々な『2次元ワード』というものが存在する。
全ての現象を一つの言葉で表すには無理がある、だから『2次元ワード』を使い言い表わさなければならない。
最近では、その『2次元現象』をテーマにした小説が流行っているらしいが、それがアルベルクの言っていたラノベと呼ばれていることをラウルは知るはずもない。
この現象への対処法は、どうしたらいいのかラウルは分からなかった。
後ろを通って行く生徒が不審な顔でラウルを見ているがそんなことは気にしていられない。
ラウルは素振りを使用と持ってきていた木刀を構え、フッーと息を吐き渾身の素振りを放つ。
突如、金の腕輪がその内部から変形し不可思議な模様の溝が円周上に構成される。
その溝は緑色に輝き、素振りによって放たれた剣圧は可視化され同じく緑色に激しく発光した。
その緑色の剣圧は、不可視結界をいとも簡単に砕いた。
鏡が割れるような音を立てて地面に落ちたかと思えば消えていく結界の残骸に疑問を感じずにはいられなかった。
腕輪の光はすでに収まり、どこをどう触っても時計などの表示しかされなかった。
結界の破壊により本当の道場内の様子が見えた。
ラウルはその場に立ちすくんでしまっていた。
何が見えたのか……。
そこには皆血を流して倒れていたのだ。
背中から血を流す人や口から血を吐き出し苦しみ悶えている人。
道場へ足を踏み入れると急に体に重圧が掛かる。
(か、体が、重い……!)
小さな動きですら許さないその重みは、心臓すらも地面に叩きつけられそうだと思うほどである。
すると何処からか声が聞こえた。
「お前がラウル=リチャット、カカカ、あいつの孫か……。」
ラウルは辺りを必死に首を回し見渡すなその声の主らしき人影は見つけられなかった。
それ以上は男の声は聞こえなくなりようやく重圧から解放される。
今は言われた言葉を気にしている余裕はなかった。
道場内にいる人の過剰な血の量は木刀などで出るものではない。
確実に鋭利な真剣で切られたような跡がある。
急いで医務室へと教師を呼びに行くため、医務室へと走りだした。
それからは大変な事になった。
医務室に教師を呼んで一緒にアリーナに向かうとすでに人だかりが出来ていた。
泣き出したり、嘔吐したりする生徒。
中には貧血で倒れる生徒もあとを絶たなかった。
やはり真剣で斬られた生徒や教師たちは重症であり、学長はアトネス城に救助要請を試みる。
幸いアカデミーはアトネス城から近い距離にあるので、死者が出ることはなかったが中には二度と剣を握れないほどの重症患者もいるらしいようだ。
この大騒動がひとまず落ち着いたことに
一呼吸するラウルだが、静葉とリエラを探す事にした。
城の救助隊100人が道場内を出入りする中、 アリーナと向かう。
先ほど緊急帰宅の措置がとられたが、まだ二人はアリーナでラウルを待っていた。
ラウルの顔を認識すると、ホッと胸をなでおろす二人。
「ラウル、道場内はどうなっていた。
私は幸いアリーナに来ていたから無事だったものの今は向こうは入れないように封鎖されているんだろう?」
「ええ、そうです。
俺がアルベルクを探しに行った時にはもう皆倒れていましたから。
リエラ、大丈夫?」
「大丈夫な訳ないでしょ。
こういう時、男は優しい言葉をかけるものなのよ…。」
「ごめん、まだ俺には優しい言葉が分からない。」
「まあ、期待してないわ。」
静葉とリエラが道場に残っていたのは、学長にそうするように言われていたらしいが……。
すると、学長が息を切らせながらもアリーナに姿を見せた。
「ホッホッホッ。
良かったのぅ。
皆けがはなかったか?」
「はい、それでこの事態は?」
「分からぬ。
主犯の姿さえ見たものがいないようじゃ。
ラウルくんが心配していたアルベルク君は、
今日は家の用事で休んだようじゃ。
これで安心してくれんか。
その前に落ち着いて聞いてくれんか。
特に静葉。」
いつもは静葉にちゃん付けして呼ぶゲルマだが、この時は違かった。
そして、ゲルマは言いたくないかのように口を閉ざそうとするがぐっとこらえ、その言葉を口にした。
「ファ、ファルマン家が謎の襲撃により焼失した。」
ファルマン家は召使いたちを雇っていないため基本日中は屋敷には誰もいない。
当然、門には鍵もかけてある。
だが、焼失したとなると放火事件。
投げ入れたとなると門から屋敷には距離があるので届かない。
高い建物もファルマン家の周りにはないのである。
静葉は血管を浮き上がらせて怒っていた。
「おい、嘘だろ叔父上。
なんで誰もいないはずの屋敷が燃やされるんだよ……。
それにどうやって屋敷に。
まさか爆発なのか?」
「分からぬ。
何やら都市内のいたるところで傷害事件や放火事件が起こっているらしいのだ。
屋敷内も調査してもらったが、爆発の痕跡がない。それで、ラウルくん。」
「なんですか?」
「すまんが、シンリィ様と連絡を取ってくれんかのぅ?
事情の説明は君に任せる。」
「わ、分かりました。」
(今は、一刻を争う時シンリィさんなら何か知っているかもしれない。)
リエラが不思議な顔で見つめる中、ラウルはすばやく腕輪を操作しシンリィへと映像通話の回線を立てる。
すると、5秒ほどのコール音の末手で触れることができる電子パネルなシンリィの顔が写し出された。
「ラ、ラウルくんなの?
今どこにいるの?」
「アカデミーです。
こっちはもう大丈夫です。
話はいってるんですよね?」
「ええ。あなたが第一発見者だったそうだけど……。」
「それについて、伝えたいことが。
まず道場の周りに結界らしきものが……。」
「結界ですって!?あなたそれをどこで覚えたの?」
「小さい頃家にあった百科事典です。」
「あのバカ剣士、子供に何読ませてんよの。じゃあ、2次元現象も知ってるのね?」
「ええ、言葉だけは。
それに今では2次元現象をテーマにした小説まで出ていますよ。」
「それは知ってるわ。
あなたがそういう空想の小説を読んでいないことは知ってたから、どこで知ったのか聞いたのよ。
だけど、一応言っておくわ。もう2次元現象は2次元現象とは呼べないの。」
「それってつまり、」
「そう。
もう2次元現象は世の中のいたるところで起きている。
この現実でよ。
それに2次元現象の原理は公表したいないだけで解明されているの。
それで、結界をどうしたの?」
「その原理については後ほど教えてください。
木刀振ったら壊れました。
バリバリっていう音を立てて。」
「わかったわ。
木刀振って壊すなんて聞いたことないわよ。
それで、何か気付いたことは?」
「祖父の遺産の腕輪が緑色に発光しました。」
「なるほど、やっぱり発動したわね。」
「やっぱり?」
「その話についてもあとよ。
今はファルマン家の調査のために急いで戻ってきたばかりなの。」
「そうなんですか。
こっちにはいつ?」
「いやラウルくんは、静葉さんとリエラさんを連れてリチャット家に向かってアンクに迎えに行かせてるから。」
「えっ、でもリチャット家は……。」
「大丈夫よ、あなたの両親は了承済み。
会いづらいのは分かってるけど、静葉さんのことも考えてあげて。」
「リエラは?」
「リエラさんの祖母とは、実は幼馴染なのよ。
それで、ご両親からお願いされたのよ。しばらくお願いしますって。」
「そういうことなら、わかりました。
屋敷にはいつ来れますか?」
「日を越す前には行けると思う。
だから待っていて。」
「わかりました。
じゃあ、切りますね。
気をつけてくださいよ。」
映像回線はそこで途切れた。
おそらく聞こえていたであろう、後ろの3人はじっとラウルを見つめていた。
「私はアカデミーに残り対応せねばならんからのぅ。
ラウルくん、静葉のことは任せるのぅ。」
「わかりました。
先輩とリエラも行きますよ。」
ゲートにはもうすでにアンクさんが迎えにきていた。
「おう、ラウル。心配したぞ。静葉嬢もご無事で。こんな時だってのに両手に華じゃないか!」
「アンクさん、お久しぶりです。なんか元気ですね。」
「まあ、とりあえず車に乗りな。」
俺は助手席に、後部座席に先輩とリエラが乗り込む。
「ラウル、たくましくなったんじゃないか?」
「そうですかね。先輩のおかげですよ。」
「だろうな、静葉嬢の鬼ぶりは近衛隊の中でも話題になっていたからな。
「おいっ、アンク。私は鬼じゃないが?
」
「えっ、どうして静葉嬢は今鬼モードなんだ?ラウル。」
「うーん、どうも最近こっちの先輩の方が多くて。」
「私が頼んだのよ。この方が常にラウルが稽古に打ち込めるからって。」
「ほほう、ラウル、2人に愛されているんじゃないか。ハッハハハハ。」
「アンク、ちんたら走ってないでもっと飛ばせ!」
「へいへい。わかりやした、静葉嬢。」
確かに窓から見える景色はいつもと違い、所々で黒煙が上がっている。
白煙のところも見られるが、まだ大分事態の収束には手がかかりそうである。
今、頭の中には二つの疑問があった。
先の2件はシンリィさんから教えてもらえるとしても頭から離れない言葉があった。
『あいつの孫』
そう、道場の出る時わずかに聞こえた男の声。聞き覚えのない声だがあいつのというのは自分の祖父ヴェラフィム=リチャットのことだろう。
もし、その男が祖父を殺したならば内部から膨れ上がるようにして亡くなったことにも納得がいく。
つまり、魔法だ。
現段階の技術では解明されていないはずの魔法。
だが、シンリィさんは解明されていると言っていた。
すべての出来事の説明が魔法の一言で片付いてしまう。
そうすると、ある仮説が生まれる。
謎の襲撃者は、祖父たち10名を魔法で殺害。
そして、アカデミーの道場だけを特定して崩壊させず1人ずつ重症を負わせた。
その理由はターゲットがいたから。
そうでもないと道場を崩壊させずわざわざ結界で人避けをしていた意味がない。
都市内の放火事件もおそらく同じ。
ファルマン家は魔法によって焼失してしまった。
自分には魔法の発動原理はわからないが、木刀で放った素振りの剣圧が緑色に輝いたのはおそらく魔法と関係があるに違いない。
動力源は金の腕輪。
媒体にエネルギーを引き出すことによって発動できるのかはわからない。
ただ、あらゆる動作にはエネルギーが消費されるため常に等価交換の原則が成り立たなければならないのだ。
次第にラウルの目に見える景色は見慣れたものへと変わっていく。
本当に戻った来た、来てしまったのだとそう思うのだった。
4人を乗せた車は、マフラーから灰色の煙を出しながらラウルにとっては一ヶ月ぶりのリチャット家へ向かうのだった。




