彼は奇妙な異邦人
短編。ユーヤと仲間達。
彼、仰木雄弥は、ある意味不幸な少年だった。真っ当な高校生として日々部活動である空手に励んでいた彼は、ある日突然に異世界である『理想郷』に流されてしまったのである。トラックに跳ね飛ばされて交通事故死するのに比べれば、まだマシであったかもしれないが。
さて、そんな不幸な異邦人であるユーヤの朝は、早い。その理由は、別に彼が朝から訓練に励んでいるから、などというモノではない。ユーヤは確かに空手の訓練をするのは好きだが、どちらかといえば朝はゆっくり眠りたいというタイプなのである。そんな彼が目覚めるのは、毎朝六時きっかりだ。
そして、今日もまた六時きっかりにユーヤは目を覚ました。その隣で眠っていた結界師のライラード・ハルクも同じくである。二人は全く同時に起きあがり、眠い目を擦りながら、不機嫌そうに息を吐いた。騒々しいまでの破壊音が耳に残っているせいか、まだ聴覚が微妙に怪しい。毎朝の事とはいえ、流石に頭にガンガン響くので止めて頂きたい。
「……リアの野郎、今日こそぶち殺す……。」
「毎回思うんだが、何で誰も奴からバズーカを取り上げないんだと思う?寝ぼけてぶっ放してもいいように特性の合金部屋に放り込むなら、取り上げた方が早いと思うんだが。」
「あのなぁ、ラード。そういうのは俺じゃなくて、トップの二人に聞けよ。」
「無理だぞ、ユーヤ。あの二人の部屋はリアの部屋から離れてるし、ついでに図太すぎる神経のおかげで目も覚めないらしい。俺達の苦労なんか、解って貰えない。」
最年長者であるラードの発言に、ユーヤはがっくりと肩を落とした。寝ぼけてそのままバズーカをぶっ放す傍迷惑な整備士兼機械技師のアイオリア・ヒルデルグは、天然ボケな性格で皆に好かれているが、この寝ぼけた時の癖だけは止めて欲しいと皆が思っているのである。おかげで、かつてリアの同室だった人間は、バズーカ恐怖症になってしまったらしい。
もういいと、ユーヤは起きあがって着替えを始める。こんな時間からもう一度寝てしまえば、今度は昼まで目が覚めなくなってしまう。それでは一日の予定に支障をきたすので、彼は仕方なく毎朝この時間に目を覚ましているのである。ふと傍らをみてみると、いつもならばユーヤと同じように身支度を整えている筈のラードが、再びベッドの中に潜り込んでいた。
「……ラード?」
「昨夜は深夜の見回りに行ってたから、今日はもう少し寝る。二、三時間したら起こしに来てくれるか?」
「了解。お休み、ラード。」
苦労性でもある面倒見の良い保護者役を見て、ユーヤは苦笑した。まだ二十代だというのに大勢の仲間達の保護者役をやっているあたり、この青年の人の良さを伺わせるというモノだろう。そんな事を思いながら、ユーヤは布団の端からはみ出している深紅の髪を見て笑みを浮かべた。
手早く身支度を整えたユーヤは、爆発の名残かモクモクと煙が漂っているリアの部屋付近の廊下を見て、がっくりと肩を落とした。とりあえず、回れ右をして食堂へと向かう。朝からあの天然に付き合うと疲れるので、とりあえず腹ごなしをする為に食堂へと向かったのだ。向かった先で、また何かしらの騒ぎに巻き込まれるだろう事は、今までの経験からよくよく解っていたが。
そして、食堂に向かったユーヤは、非常に珍しいモノを見てしまった。騒々しく皆と共に食事を取るのがあまり好きではないジーン・アイヤールと、微妙に低血圧の節のあるバン・ハートネットの二人が、何故かこの早朝とも呼べる時間に机の前に座っていたのである。ノロノロとした動きで皿の中身を突くバンと、眉間に皺を刻んだままでコーヒーを浴びるように飲んでいるジーン。近寄りたくない二人である。(ちなみに、ジーンはコーヒーの入ったフィッチャーを自らの脇に置いている。)
「よぉ、ユーヤ。」
「んぁ?あぁ、おはよう、リィ。」
「お前もリアので目覚めたクチか?とりあえずあいつらには近寄るなよ。徹夜明けでどっちも気が立ってるからな。」
「あれで目が覚めないなら、神経太すぎだろう。起きてると思ったら、徹夜明けか。」
「普段のあいつらは目覚めないぞ。あと、ハイネも寝てた。」
「……強いな、あいつ。」
「だな。」
笑いながらそう言って、リィ・ミーティアはユーヤの肩を叩く。一緒に朝食にしようと誘う少女に、ユーヤは笑顔で頷いた。トラブルメーカーコンビの片割れとはいえ、リィは気のいい明るく前向きな少女である。たとえ多少短気で男っぽくて、キレると誰も手がつけられないぐらい危険だとしても。
席を取っておくからと笑って去っていったリィを見送り、ユーヤは朝食を取りにカウンターへと向かう。ここはレジスタンスのアジトだというのに、何故か食堂はバイキング形式で、しかも和洋折衷取り合わせなのである。ユーヤがカウンターで何を食べようかとトレイを片手に悩んでいると、ひょっこりとチーフコックである諏訪部怜司が顔を出した。童顔の二十三歳である彼は、三年前にこの世界に流されてきた異邦人である。馴染みすぎているので解りにくいが。
ニコニコと笑っているレイジを見て、ユーヤは苦笑した。こいつが自分より年上とは信じられない。そう、二十一歳のバンよりも、レイジの方が年上なのだ。とてもそうは見えないと、皆が言う。たとえジーンとバカ漫才をやっている時のバンが年齢通りに見えないとしても、だ。レイジの童顔ぶりと天然ぶりは相当なモノと知れるだろう。
「今日のオススメは中華だよ。胃に優しいお粥とかで纏めてみましたv」
「俺はどっちかというとパンが良い。」
「パンなら、今日はクロワッサンがおいしいよ。チョコレート入り。」
「相変わらず、お前無駄に凝ってるよな……。」
「褒め言葉として頂きます。」
「皮肉だぞ?」
「そう?」
ニコニコにっこりとレイジは笑う。こいつを相手にしてると疲れると、ユーヤが思ったのも仕方のない事だろう。とりあえず、食事の前後一時間にコーヒーを飲むと鉄分が抜けるよ、と声をかけるレイジを無視して、ユーヤはトレイの上に洋食セットを乗せてリィの方へと歩いていく。彼女の隣には、いつの間にかハイニーナ・マイルズの姿があった。
黙っていれば知的な美貌の少女は、口を開いたとたんに関西弁のトラブルメーカーに変身する。誰もが落胆と嘆きを持って彼女を眺めたとしても、おそらく罪に問われる事はないだろう。人間、外見と中身はちゃんとそろえて欲しいものである。
「起きてたのか?」
「リアがまたやったんやって?ウチは寝てたんやけど、小悪魔トリオがうるさかってん。」
「それはご愁傷様。」
椅子を引いて座るユーヤを見て、ハイネは肩をすくめた。安眠を妨害されて彼女も不機嫌だろうに、少なくとも徹夜明けのトップ二人に比べれば幾ばくか穏やかだ。いやまぁ、あの二人の不機嫌を他の人間の不機嫌と比べてはいけないのだが。なまじ両者共に実力者である為に、暴れられると手がつけられなくて大変困る。機嫌の悪い時の二人は、爆発物より危険とされているのである。
不意に、一同の視界を鮮やかな紅の髪がよぎった。颯爽と白衣を翻して歩いていくのは、仙術医の王月蘭である。
思わず彼女の姿を目で追ってしまったのは、その行く先が不機嫌なバンとジーンの方向だからだ。何をする気だろうかと、ユーヤはクロワッサンを囓りながら、リィはフォークに刺したポテトを彷徨かせながら、ハイネは器用にチャーハンのグリンピースを箸でよけながら眺めていた。
そして、クールな美貌の仙術医様は、徹夜明けで気が立ちまくっているリーダーと参謀の前に立ち塞がった。腰に手を当てて二人を見下ろす様は凛々しく格好良いが、何故か妙に怖かったりした。そして彼女は、そのままの体勢で不機嫌なトップ二人を殴りつけた。
「私は言った筈だな?大人しく、昼まで眠っていろと。不機嫌さで周囲に迷惑をかけるぐらいならば、大人しくさっさと寝てこい。」
「お前は俺達に朝食を抜けというのか?」
「寝起きはいいが食の進まない低血圧と、朝は基本的にコーヒーをがぶ飲みする以外に何も食べない変わり種が何を言う。さっさと眠ってこい。」
『…………。』
健康状態に関してユエに勝てる者がいるわけがなく、二人は仕方なくゆっくりと立ち上がった。ぶつぶつと文句を言いながら去っていくバンとジーンを見送って、皆はユエに感謝した。機嫌の悪いあの二人は爆発物より危険なので、いなくなって貰えれば安心して食事ができるというものである。
「強いよなぁ、ユエ。あたしでも近寄りたくないってのに。」
「さすが、医者だよな。健康状態に絡んだことだと、誰も勝てねーし。」
「別に、そういうことやなくてもユエには勝てへんと思うで。バンもジーンも結局負けとるし、対等に扱って貰えてんのはラードぐらいとちゃうか?」
『異議なし。』
そのことに不服を覚えているわけではないユーヤとリィは、笑いながらハイネの言葉に同意した。時折互いの皿からおかずを取り合いながら、食事を続ける。何のことはない、一種のコミュニケーションをかねた常の光景である。
いつの間にか馴染んでいる、これが彼のちょっと風変わりな朝の風景。
FIN