常に傍らにある当然
短編。バンとジーンと+α。
むくりと起き上がる黒髪の頭があった。がしがしと髪をかき、眠そうに両眼を擦る。ちらりと視線を落とした先には、ベッドの半分以上を占拠する長身があった。ガチガチに固まった肩をほぐしながら、青年は眠り続ける人物の頭を叩いた。割と、遠慮無く、結構力一杯、叩く。
低い呻き声を上げた後に、のろのろと身体が起こされる。長身に見合った上背のある上半身が、黒髪の青年を見ていた。解かれたままでざんばら状態の蒼髪が、肩や頬にかかっている。冷ややかな光を宿した深紅色の双眸は、普通のモノなら怯えただろう。だがしかし、相対しているのは長年の付き合いである『弟』である。今更、怯えるわけがないのだ。
「何でお前がここで寝てるんだ、ジーン?」
「あ?昨夜遅くまで書類整理に付き合ってやってただろうが。」
「だからって、何でお前が……。ソファで寝ろ、ソファで。クソ……。こんな粗大ゴミが隣で寝てたんじゃ、疲れが取れるわけ無いじゃないか…………・。」
「誰が粗大ゴミだ、誰が。」
寝起きは良いが食の進まない低血圧?ついでに不機嫌?なバンを相手に、大人げなくも食って掛かる辺りが、朝は基本的に沸点の低いジーンである。幸いな事に、ここはバンの私室。ついでに、建物の最奥辺りに位置している為に、誰も来ない。まぁ、気付いたとしても、誰もやってこないだろうが。この傍迷惑コンビの喧嘩など、誰も関わり合いになりたくないのだ。
「誰がって、お前以外の誰が?無駄にデカイだろうが。」
「無駄?無駄といったか、お前。」
「無駄に邪魔。」
あっさりと言い放ったバンに向けて、ジーンは拳を繰り出した。体重が乗せられているわけでもないのにスピードのある拳を、バンは重ねた両掌で受け止める。片手で受け止めないのは、力の差を知っているからだ。
受け止められて不機嫌になったジーンは、そのまま逆の拳を繰り出す。今度は身を屈めてそれをかわしたバンは、上体を起こしたままの体勢で腕を伸ばし、サイドテーブルの上から本を取って投げつけた。投げつけると言っても至近距離なので、殆ど殴るに近い。それを左腕で受け止めると、ジーンは無言でバンを睨んだ。バンの方もまた、ジーンを睨み返す。
その後再び攻防戦が繰り広げられる。無駄な争いに朝っぱらから労力を消耗する。この上なく無駄な事をしている二人だが、当人達は至って大真面目だ。だからこそ困るというのが周囲の判断だが。
「だいたい、お前が一人で処理しきれば、それで終わった、だろうが!」
「あぁ゛?!あの大量の書類を、俺に、一人、やれって、言うのか?!お前、ふざけた事、言うんじゃ、ねぇ!!」
「誰が何時、ふざけた!俺は俺で、仕事をやって、疲れて、帰ってきてるんだ、ぞ!」
「料金経費落としで、酒場で女引っかけてるの、俺が、知らないとでも、思って、やがるの、かっ!」
「情報収集をやって、何が、悪い!」
「一人だけ、呑気に、女侍らして、遊ぶなって、言ってるん、だろうが!」
ベッドの上で転がりながら殴り合いを続ける二人。喧嘩の内容は果てしなくどうでも良いところへといっている。そもそも、何故喧嘩を始めたのか、二人揃って忘れていそうだ。もっとも、それがいつもの彼等の遣り取りといってしまえば、それまでだが。
どだばたとした音が聞こえてきたのか、がらりと扉を開ける姿があった。だがしかし、喧嘩に熱中している二人は気付かない。そこにいたのは、長い茶色の髪をバンダナでまとめた一人の少女。呆れたような顔をして、少女は腰に手を当てていた。相変わらずな『兄』二人に、リィは呆れるしかなかったのである。
「コラ、二人とも、朝っぱらから何やってるんだ!」
「煩い、黙ってろ、リィ!」
「お前には関係ないだろうが!」
「…………そういう事言うか、この安眠妨害コンビ……。」
見向きもせずに斬り捨てられたリィは、ぼそりと呟いた。ポケットから小型の通信機を取り出すと、少女はボタンを押し始める。だがしかし、バンもジーンもそれに気付かず、相変わらず喧嘩を続けていた。通信機に向けてしばらくは成していたリィは、おもむろにそれを二人に向けた。そして、ついでとばかりに通信機に近い方の耳を掌で押さえる。次の瞬間、通信機から大音量が溢れた。
[いい加減にしないか、このバカ息子共ーーーっ!!!!]
「ハハ?!」
「オカアサン?!」
通信機から聞こえてきたアルトの罵声に、二人は動きを止めた。ビクリと、怯えているという方が正しい。通信機を印籠のように構えたリィは、こくりと頷いた。声の主はリィの実母、バンやジーンにとっても母親に等しい女性、アイーシャだ。ついでにいえば、二人が唯一苦手とする存在でもある。
[朝っぱらから何やってんだい、お前達。]
「……いや、ハハよ、これには色々とわけが……。」
「オカアサン、何で今そこで通信が繋がって……。」
[お前達が情け無い喧嘩をしているとリィが言ってきたからだ。大人げないと思わないのか、お前達。]
『だがしかし…………。』
渋る二人に向けて、通信機の向こうで女医殿は言い放つ。それはあまりにも効果覿面で、こいつら解り易いという感想を、リィに抱かせるには十分であった。
[いい加減にしないと、迎えに行くぞ。]
「ハハよ、俺が悪かった。許して貰いたい。」
「オカアサン、ごめんなさい。」
[解れば良いんだ。仲良くしろよ、お前達。]
ぶつんという音を残して、通信は途切れた。リィが、ニコニコと笑っている。この野郎という意志を込めて睨み付けた二人だが、再びアイーシャを呼び出されては困るので、何も言わなかった。やはり、彼女には勝てない二人なのである。
最強無敵の母親には、無敵のリーダーと参謀閣下も勝てないらしい…………。
FIN