強さという言葉の曖昧さ
小ネタ。ラードとユエ。
「また一人酒かい?」
「・・・・・・ユエ。」
「邪魔したかな?」
「いや。」
突然背後から現れたユエの存在に驚いた風もなく、ラードは笑みを浮かべた。手酌で酒を飲むのは彼の癖だ。誰とも呑まず、只一人で呑む。月の綺麗な夜は、その月を眺めながら、一人で。
今はもう戻れない場所を懐かしんでいるのか。遠すぎる故郷を何処かで愛おしんでいるのか。只彼は、他の誰も入り込めない空間を造り上げて酒を飲む。けれど、何故かそこに入り込める存在がいた。それが、ユエ。
美しき仙術医。平穏で単調すぎる世界を捨てて、波乱を望んでやって来た女道士。医者という職業柄、彼女はラードの内面を知ろうとしている。ラードが精神面に抱え続けている痛み。癒されることのない、深すぎる傷跡。その傷が、ラードの血に対するトラウマを生んでいることを、彼女は知っていた。
「一杯頂いても構わないかな?」
「俺と同じ盃で良ければ。」
「ありがとう。」
差し出された酒を、ユエは美味しそうに飲み干した。実は意外に酒豪である。こういった時にラードが飲む酒が、いつの間にかワインでもカクテルでもなく、米から造られた酒になっていた。その意味を、ユエはあえて聞かない。聞こうともしなかった。
ラードも口にすることはなかった。ただ、ユエの好みがそれであると知って、変えた。そう思ってみても、間違いではないだろう。淡い感情すら抱かずに、それを真実として二人は受け止める。ただ、それだけとして。
「いい加減、少しは落ち着かないのか?」
「・・・・・・・・まだ、無理だな。自分の血は平気なんだが。」
「初めからそうだったな。自分の怪我は平気で、他人の怪我は駄目。返り血も駄目。」
「・・・・・・弱いなぁ、俺は。」
「それを弱さというつもりは私にはない。」
静かに告げられたユエの言葉に、ラードはありがとうと呟いた。礼を言われる筋合いはないと素っ気なく返すユエを見て、笑う。恩着せがましくするでなく、甘やかすわけでなく。ただ、事実を口にするように、彼女はいう。いつも、いつでも。
ぼんやりと浮かぶ月に、遠い世界を見た気がした。
ちょっと真面目路線にやってみました。ラード兄さんとユエ姉さん。
大人な二人。保護者二人って所でしょうかねぇ。
ユエはラードが唯一手放しで信頼できる人ですから。
だってこの人はふざけないし、悪のりもしないし、混ぜ返さないし。
だからこそ、時折そっとさらけ出せる弱さがあるのかも知れません。