まったりと過ごす時間。
短編。ユーヤとリア。
赤みがかった金髪に漆黒の瞳のユーヤは、ちらりと傍らの青年を伺い見た。深い紺の短髪と明るい空色の瞳を持った、やや小柄に見える青年である。右耳に小さな刻印がある以外は、特に変わったところは何もない。アイオリア・ヒルデルグという名前の機械技師兼整備士は、ユーヤよりも3歳年上の20歳だ。とてもそうは見えないのは、天然マイペースな性格の所為に違いない。
「リアー、まだか?」
「焦りは禁物だよ、ユーヤ。だいたい、ここまで削り減らしたユーヤが悪いの。」
「仕方ないだろう。相手がナイフ持ってたんだから。」
「いったいどれだけやったわけー?僕の力作がぁ……。」
「お前は自分の作った武器と俺の身の安全とどっちが大事なんだよ。」
「武器。」
「死ね、このボケ!」
がすっと音を立ててユーヤはリアを殴りつけた。イッターと呻きながら頭をさするリアの表情は、幼い。ガチャガチャとユーヤのナックルをなおしながら、いじめっ子とぼやく。誰の所為だ誰のとツッコミかけて、ユーヤは止めた。無駄に疲れるのは嫌だからだ。
リアに与えられている研究室のような一角は、ユーヤにはよく解らない機械だらけだ。作りかけの新作の武器や、討伐軍から奪った武器を解体した部品達。何やらよく解らない図面に、がらくたにしか見えないネジやらボルトやら鉄板やらの山。頼むから、一度くらい掃除しろよ。心の中だけで突っ込むユーヤであった。
「そういえばお前、流されてきたクチだって?」
「ん?そうだよ。ハイネとかユエとかもそう。ラードは自分でこっちに来たらしいけどね。」
「お前、戻りたいとか思わないわけ?」
「戻りたい?どうして?」
「いや、故郷だろう?」
「あそこ、人間味がないからつまらないんだ。」
「機械馬鹿のお前からそんな言葉が聞けるとはな。」
「だって、人間よりもレプリカントの方が多いんだよ?つまらない。」
「……レプリカント?」
なんだそれ、とユーヤが呟く。知らないのとリアが首を傾げる。だがしかし、リアの故郷である『科学世界』は、機械文明の発達においては最高峰である。ユーヤの故郷である『文明世界』は、文明水準は全体的に高いが、まだまだ劣る。そっかー、知らないのかーと、何処までも呑気な顔でリアは呟く。
「レプリカントってさ、人造人間みたいなモノ。人間よりも丈夫で、寿命が殆ど変わらないの。感情とか外見とか生態とかも殆ど人間と同じでさ。見かけじゃ判断できないけど。」
「なら、何で嫌なんだ?殆ど同じなら無難だろ?」
「それがそうでもないんだ。レプリカントって、繁殖できないの。だから、レプリカントがそこにいるって事は、そいつを作った誰かがいるわけ。んでもって、レプリカントには制作者に服従しなきゃいけないプログラムが組まれてて、詰まるところ人造人間という名の機械みたいなモノなんだ。それが嫌なの、僕。」
「…………なんか、むかつくな、それ。」
「うん。自分達で生み出したくせに、道具扱いでさ。そういうのに反発してたら、爪弾きにあっちゃって……。仕方ないから機械いじりに没頭してた。」
「……お前も一応、大変だったわけか。」
「でも僕、人間より機械の方が好きだから、特に問題なしって感じー?」
「結局貴様はそれかぁっ?!!!」
がすめがどきゃ。
再びどつかれて、リアが間抜けな声を上げて潰れた。流石にやりすぎたかと突っついてみるユーヤの目の前で、青年はむくりと起き上がった。痛いじゃないか馬鹿野郎。ぶちぶちと言いながら、そんな言葉が聞こえてきた。
その割に、怒っている気配がない。こいつ実は本気で鈍いんじゃないだろうか。ユーヤはそんな事を思った。少なくとも彼なら、ここまでやられて大人しく黙っているつもりはない。どうやらリアは彼に比べて沸点が低いらしい。もっとも、一度切れるとオニのように暴れまくり、手がつけられないとの噂だが。
がちゃがちゃと、リアは再び作業に没頭する。こいつは本当に機械や整備対象があれば良いんだな。自分の武器であるナックルを楽しそうに直すリアを見ながら、ユーヤは半ば以上呆れていた。人間として、それは何処か間違っているような気がする。彼は自分からこういった。人間よりも機械の方が好きだと。
むか。
何となく、そんな感情が鎌首を擡げ始めた。何がどうというわけではないが、腹が立つ。人間と機械を同列に並べるなと言うつもりはないが、人間である自分に面と向かって言う台詞か?おまけにその台詞を吟味すれば、つまり仲間よりも機械が大事というわけで。冗談ではないと腹が立った。
「オイ、リア。」
「んー?」
「お前、俺らよりも機械の方が良いのか?」
「……?何でいきなりそんな事聞くの?」
「とりあえず答えろ。気になった。」
「…………んー、そうだね。機械、好きだし。でも、ここの皆は好きだよ。何があっても誰も欠けないで欲しいね。変わり者ばっかりだけど、皆どこか似てるから。」
「似てる?」
「ほら、ちょっとはみだしてる感じが。」
「……アァ、そうだな。つまり、お前はここにいる皆は好きなんだな?」
「好きだよ。だから頑張ってるんじゃない。皆が少しでも楽になるように。」
偉いでしょ、と笑う20歳。ハイハイ、偉いな、とおざなりに褒める17歳。何か間違っているような遣り取りだが、これはいつもの事である。どちらが年上であるのか解らないような存在は、ここにはあまりにも多すぎる。だから、深く考えてはいけない。
ユーヤは、リアの言葉の意味を考える。つまり、人間に興味のない彼でも、仲間は大切だという事だ。ならば、それで良いか。仲間の為に必死に機械を弄っているというのならば、まだ。少なくとも、苛立ちを覚える事はなさそうだ。
「久しぶりに夕飯一緒に喰うか?」
「リィやハイネも一緒に?騒々しいの苦手なんだけどなぁ……。」
「お前が苦手なのはあの2人におかずを取られるからだろうが。良いだろう、たまには。」
「ん、そうだね。たまには良いね。」
のんびりと答えて、リアは曲がった鉄を金槌で叩く。そんなリアの背中から視線を窓の外に向けて、ユーヤは軽く伸びをした。いつもの遣り取り。いつもの風景。繰り返されていく、何気ないただの日常。それだけの事。
他愛なく過ごす時間にふと、何気なく感じる仲間の繋がり。
FIN
ツッコミ過多な主人公ユーヤと、天然ボケマイペースなリアの2人です。
ユーヤとリアの会話って、特に意味がなさそうに見えて意味がある感じですね。
何があるわけでもない、ごく有り触れた日常の一風景ですが。