0.勇者宣言
俺を仲間にしやがれよ!
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御神に選ばれし勇ましき者 七星の剣にて竜の顎戸を開く
力と知恵と勇気を身に纏い 其の命に代えて暗黒竜を討ち滅ぼし 地上に光をもたらす
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御伽噺みたいな勇者の伝説のことを、オレはずっと御伽噺だと思ってた。山奥の小さな村に住んでいるオレは外の世界のことをよく知らなくて、名代の家柄だから少々勉学を積むことができるだけ村のガキどもよりは賢いつもりだった。だから本気でそんなこと信じてる連中と仲良くする気にもなれなかった。
十歳の時、旅の親子がこの村に訪れた。来客間に通されたのは、勇壮な戦士。屈強な、王都の騎士さえ見劣りするような風格だ。反対に息子の方はといえば、毛虫にさえビビりそうな伏目がちなおとなしい黒髪の少年。二人して名代のお父様に挨拶というわけだった。
部屋の外で盗み聞きしていると、そのうちオレも自己紹介するハメになった。
「オ……や、僕はダイリーと言います。仲良くしてね。君の名前は? 」
心にもないことをネコかぶっていってみる。
「……ボク、ネムル」
名前をたずねられて名前だけこたえる。引っ込み思案にもほどがある。こっちの目すら見ようとしない。きっと旅から旅の暮らし、友達もロクにいないんだろう。
二人はしばらくこの村に住むことになった。王都の依頼で、山奥の更に奥にある祠の調査をする、らしい。たしかにこの村に留まる理由なんてそれくらいしかありそうにない。
案の定、ネムルは村のガキどもとなじめず、一人ですすき野をながめているような調子で見てらんない。せっかくだから、オレはネムルを子分にすることにした。名目上は友達だけど。本人に有無をいわさず、一方的にそーゆーことにした。
元々うちの空き部屋に住んでいる居候の身、必然的でなし崩し。拒否権なし。オレの方が年上で教養もあるので、よく本を読んですごしたりした。世界にはいろんな話しがある。東方の仙人の話し、運命を射る矢の話し、小難しい学問の話し、色々と。
たまに野遊びに引っぱりだして兎狩りを教えてやったりもした。オレの見事な弓の手並みにネムルは目を輝かせていた。そして兎の息の根を短刀で止めてやるとサァーと青ざめて混乱し、可哀想だとか何とか言って暴れたり泣き喚いたりした。つくづくめんどくさい。
そうこうするうちに秋の収穫祭、いつの間にかオレの目を見て話してくれる程度にネムルとは仲良くなっていた。収穫祭は古くさい祭りにかこつけて、とにかく呑んで食べて盛り上がろうという節目の日だ。
国の南端にあるこのクラージュ村には『クラージュの盾』の伝説が残っている。手にする者の心に勇気を与え、いかな闇も恐怖も退けるという神より賜った神具のことだ。誰も見たことはないけれど、山奥の祠に眠っているといわれている。
その話しを得意げに、焔を中心に踊る人影を眺めながら、祭り名物のクラージュだんごを食べながら語って聞かせた。蜜柑をねりこんだ酸味の強いクラージュだんごは通好み、不慣れなネムルは目尻に涙を浮かべてもだえていた。
「はっはっはっ、その味がわかる頃にはお前も立派なクラージュっこってわけだ! 」
「……がん、ばる」
ごしごし目尻をぬぐいながら、ネムルはもう一個をちびちびリスみたいにかじる。
「なぁネムル、もしかしてお前のとーちゃん、例の盾を探してんのか? 」
「うん」
「そっかー、まぁ本当にあったらお宝だしな。王様だって欲しがるよな、そりゃ」
「うん、大事なものだから」
「勇者や暗黒竜なんて伝説上の絵空事とちがって、お宝だけは見つければ本物だもんな」
「ちがう」
「にゃ? 」
「絵空事じゃない」
オレの眼をじっと見据えて、よどみなく言い切ってきた。
「そりゃ夢見ることは良いけどよ、俺は信じないね。実在する証拠がなさすぎる」
「証拠だったら、ここに居るよ」
「は……? 」
「ボクが勇者だもの」
御伽噺みたいな勇者の伝説のことを、オレはずっと御伽噺だと思ってた。
だのに、勇者だと言い切られたのだ。
あまりに馬鹿げすぎてて、オレの直感は逆に本当のことを言っているのだと感じていた。
それから二年後の収穫祭を終えた後、親子はまた別の地へと旅立っていった。
正真正銘の――『クラージュの盾』を手に。