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書斎の作家

作者: 竹仲法順

     *

 カツカツカツというパソコンのキータッチ音が響く。あたしの仕事が進んでいる証拠だ。別にずっと変わりなかった。作家として書斎にこもる日が続いていたのだけれど、逆に言えば、あまり外に出るのが得意じゃない。でも、別に普通に原稿料とわずかに入ってくる印税だけで暮らせていた。

 三十代半ばで恋愛モノ系統の公募新人賞を獲ってから、それまで勤めていた会社を辞め、執筆生活に入ったのである。そして四度ノミネートされ、五度目で直木賞を受賞した。確かに学生時代からずっと作家志望だったのだけれど、両親から猛反対され、挙句商社に就職したのである。

 だけど、さすがに女性社員生活に適性がないと感じ始めたのは、二十代後半を迎えた頃だった。それで仕事の合間に持っていたパソコンで小説を書き始めたのである。最初から恋愛モノばかり書き続けていた。元々そういったジャンルの本しか読んでなかったのだし、公募原稿など二百五十枚とか三百枚ぐらいで、書くことにまるで抵抗はなかったのである。

     *

 一念発起して七年ぐらいでやっと新人賞を獲れた。それと同時に原稿の依頼が着始め、ようやく専業となったのである。別に派手に出る方じゃないとは思っていた。元から対人関係が苦手だったので、ずっと自宅の書斎にいたのである。でも、それでいいのだった。作家など、サイン会やトークショー、講演など執筆以外の活動を行っている人もいるのだけれど、そういったものは極力敬遠していたのである。

 その代わり、メールボックスにはファンからたくさんメッセージが届いていたのだし、直木賞作家である以上、出版社サイドからは原稿の督促が来ていた。それに応じるようにして書き綴る。ゲラのやり取りはメールで行っていたのだし、地方在住なので首都圏の出版社を訪問することなどほとんどない。ただ、編集者とはずっと懇意にしていた。

 雑誌連載が相当多い。月刊の文芸雑誌などに、毎月四本とか五本ぐらい持っている。思うのだ。仮に二十代後半であの会社に埋もれていたら、きっと今はなかっただろうと。それぐらい、あの時思い立ったことは貴重なのだった。

     *

 今でこそアラフォーでまだ独身だったのだけれど、別に構わないと思っている。あたしにとって結婚願望は皆無に等しいのだ。今が独り身なら、もうこれから先もずっと独身を通すだろう。別に容姿や性格、振る舞いなど関係ない。単に結婚生活などをするより、ずっとパソコンに向かうのがあたしの仕事であり、生きがいなのだ。

 複数の出版社や雑誌社と契約しているので、仕事が途切れることはなかった。街を歩く時は度入りの濃いサングラスを嵌めている。斜視なので気になってしょうがない。読書のし過ぎで目がずれてしまっていた。

 そう言えば、何か文学賞をいただくたびに、今愛用しているサングラスを掛けて会見場に登場している。一度、記者から質問があった。「川畑さんはなぜいつもサングラスを?」と。「別に他意はありません。単に斜視が気になるだけで」と言って片付けておく。マスコミというのは、実にいやらしいのだ。人のことを根掘り葉掘り詮索するという行為において。

 単行本や文庫本を出すのだけれど、印税はそこまで入ってこない。印税収入自体は、月に百五十万とか二百万程度だった。その代わり、執筆量が多いので、原稿料は潤沢に入ってきている。印税とは桁違いに、だ。生活費のほとんどを原稿料で賄っていた。ずっと書斎にこもれるのも、その原稿料があってからこそ、である。

     *

 午前中、小説の原稿を十枚ぐらい書けば、午後からは連載エッセーの原稿を五枚とか六枚ぐらい書いて、午後三時になったら屋内運動をする。簡単な体操で体型を維持しているのだ。別に健康器具などを買わない。コルセットは一つ通販で買っていたのだけれど、腰痛の際、必要になれば付ける程度だ。

 何か週刊誌などのインタビューで、書斎の作家だと言われたことがある。別にそう言われてもいいと開き直っていた。その通りなのである。書斎の作家だ。下手すると、一週間太陽を見ない時もある。それぐらいこもらないと、直木賞作家の仕事は進まないのだ。獲ってから痛感したことである。

 女性社員時代は苦痛だった。あたし自体、会社員をやることには向いてないと改めて思ったのである。過去を懐かしむことはあるのだけれど、別にもう終わったことを気にすることはないと感じていた。かつての同僚などとは一切話をしない。スマホを持っていたのだけれど、電話が掛かってくるのは、出版関係者ぐらいなものだった。

     *

 つい最近――ここ三年ぐらいだが――、ケータイ小説を書き始めたのである。川畑(かわばた)(めぐみ)のペンネームで、だ。流行っていることは知っていた。だけど原稿を書き、入念に推敲してから、サイトにアップすると、アクセス数が断然多い。十万や二十万といったアクセスがある。恐ろしいと思っていた。街中では皆がケータイやスマホなどを弄っていると聞いていたからである。

 あまり外に出ないのだし、行くのは買い物か銀行ぐらいなもので、後はずっと家にいた。こもっていると言わればそれまでだったのだけれど、別に気にしてない。皆があたしを書斎の作家と呼ぶのも頷けた。抵抗があるのである。外出自体に。

 今は秋真っ只中なのだけれど、執筆が終わり、毎日の屋内運動も終われば、午後五時ぐらいから買い置きしていた食材で料理を作っていた。ずっと仕事が続いていて疲れるのだけれど、あたしも簡単にお弁当やお総菜などを買わないし、基本は自炊生活だ。

 カレーやシチューなどは今の季節にいい。そう思って作っていた。別に拘るわけじゃない。単に食べられればそれでいいというぐらいだ。料理を食べ終われば、入浴して体を綺麗にしてしまってから、午後八時過ぎぐらいにDVDレコーダーに録り溜めていた映画やドラマなどを見始める。芸術的な生活をしていた。いくら書き手として発信する側であっても、お気に入りの番組は欠かさず見ている。

     *

 夜は午後十時過ぎに眠ってしまう。そして朝は午前六時前後に起き出す。書斎の作家は実に健康的だ。別に不健康なことはしない。お酒はアルコールフリーのビールを週二度ほど一缶ずつ飲んでいた。飲みすぎたりすることはない。ちゃんと休肝日を作っていた。

 朝起きてキッチンに入り、薬缶にお湯を沸かす。コーヒーを一杯淹れて飲んでいた。気付けの一杯は欠かせない。朝は眠気が差すのだけれど、きちんと朝食を作って食べ、もう一杯追加でブラックのコーヒーを飲めば、後は仕事だ。規則正しい生活を送り続けている。普通に洗顔して、薄めにメイクし、パソコンを立ち上げていた。出版関係者や本を買ってくれたファンからのメールなどに目を通し、返信を済ませてしまってから、午前八時前に始業する。

 日々淡々と原稿を書き綴っていた。変化はない。ここ数年間、これと言って変わったことのない日常を送っている。単に仕事量が以前よりも増えたわねと感じるだけで……。仕事が増えれば収入も増加する。あたしの場合、時間がお金に変わる生活をしているのだ。直木賞作家というのは、獲った後の作家生活が保障されているのである。特に華々しく売れなくても、だ。

 ゆっくりと踏みしめるようにして歩き続ける。慣れたことの方がいい。やはり自分の考え方は間違ってなかったと思える。もちろん、慣れない仕事を続ける人間も大勢いるのだけれど……。世の中の理不尽さを恨むより、自分の能力やスキルを磨く方が先だろう。そう思っているのだった。

 日々過ぎ去っていく。時間というものの貴重さが分かる気がしていた。常にこもっていても、そういったことぐらい容易に把握できるのである。長年同じ畑にいて、ずっと書き続けている以上、作風も確立していた。<ああ、これが恋愛作家、川畑恵の書く作品ね>と言ったように……。

 そして今日も早起きし、いつも通り一日の支度をしてから、パソコンに向かう。慣れているのだし、さすがに出版社は直木賞作家を放っておかない。是が非でも原稿を書かせるのだ。そういったことは分かり切っていた。もちろん、世に出るまでに編集者との間で相当やり取りが続くのだけれど……。

 そういったことは覚悟の上でやっていた。デビューしてから一定の年数が経つのだし、読者に媚を売ることなく、しっかりと原稿を書き続けている。紛れもなくプロ作家だ。別に抵抗はないのだった。毎日欠かさず執筆していたのだし、今まで多数の原稿を書き綴ってきたのだから……。

 夜間ふっと、部屋のベランダに出て、秋の空を見上げていた。星が綺麗だ。あたしたち人間を照らし、まるで包み込むかのように瞬いている。時間は着実に過ぎ去っていく。一分一秒ごとに。

                              (了)


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― 新着の感想 ―
[一言] 書斎と作家で(インテリア目当てで)検索を掛けたら引っ掛かりました。こういう生活になれたら良いのに。
2016/11/02 16:39 退会済み
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