第四話
クロトの目が僅かに細まる。
「……それは、魔術師、ということか?」
「いいえ。魔術などではありません。聖女様の御力は、正に人智を越えたもの。魔力などではなく、この村の人間の信仰そのものを礎とした力なのです」
「へえ、信仰の力とは……そりゃまた凄いもんだな」
「そうです。聖女様の御力は私達にとってなによりもありがたく、尊いものなのです。そして……これがクロトさんがさっきお尋ねになったことの理由です」
「……村への干渉を嫌うことの?」
「はい。聖女様は、この村を守ることで御力を振り絞っておられる。その上、他所から聖女様に救いを求める者があっては……と」
それだけ言われれば、クロトも理解できた。
「つまり、他所者を排除することで、聖女の恩恵にあずかろうって人間が沸かないようにしたわけだ」
クロトが歯に衣着せずに言う。
「……ありていに言えば、そうなります」
ロブフが苦笑いをしながら肯定した。
「聖女様の御力を独占するなど浅慮だ、と思いますか?」
「いや……別にいいんじゃないか? 温泉が湧いている村があれば、豊作ばかりの村もある。聖女がいるってのも、そういう特色の一つだろ。特色があるってのは、なに一つとして悪いことじゃない……と俺は思う」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「ところで、さっき話に出た悪魔ってのは……」
今度こそはっきりとロブフの表情が凍った。
「……それについては、多くは語ることが出来ません」
「禁じられてるのか?」
「いえ……知らないのです」
「知らない?」
クロトが眉を寄せる。
「はい。この村の悪魔は聖女様の力によって、夜以外の時間は地の底に封印されています。ですから村人は、悪魔の出歩く夜だけは、家から出ないようにしているのです。家の中にいれば、聖女様の御力が届き、守っていただけますから。ですから、村人に悪魔の姿を見た者はいないのです。中にはその正体を突き止めようとしたものや、夜中に知らずに村に足を踏み入れた旅人もいましたが、そういった者は例外なく……」
その言葉の続きは聞くまでもなかった。
わざわざクロトもそこを追及しようとはしない。
沈黙が生まれた。
「……ああ、見えてきましたよ!」
わざとらしいくらい明るくロブフは告げた。
クロトが行く先を見た。
他の民家よりも二回りほど大きな家があった。
「村長の家だけあって、でかいな」
「ふふ。大きくて掃除が大変なのは、困りものですがね」
「……ところで、あれは?」
クロトがロブフの家の横にある建物を示して尋ねる。
そこには、ロブフの家と同じ程の大きさの荘厳とした造りの建物があった。
村の集会場、などといった雰囲気ではない。
「あれは聖女様の社です」
「社……ってことは、あそこに?」
「ええ。聖女様がいます。あそこで悪魔の力を抑え、訪れた怪我人などを治療するのです」
「へえ……」
まじまじとクロトが社を見る。
「ちなみに、俺なんかは治療してもらえるのか?」
「いえ、それは……流石に、社に他所の方を入れるわけには。私の姪ですら、まだ入るのを許可されていないくらいですから……どこか、お身体に悪いところが?」
「昔から、時々ひどく頭が痛くなってな。あんたがそれほど讃える聖女様なら、と思ったんだが……まあ仕方ないか」
もちろんそれは口から出まかせだった。
「……申し訳ありません」
「あんたが謝ることじゃないだろ。村の決まりなら、他所者としては従うだけさ」
「……ですが、もしかしたら、聖女様に治療していただける機会があるかもしれません」
「へえ? そりゃどういうことだ?」
クロトが興味深そうに聞いた。
「聖女様は、時折社から出てくる時があります。もしその時に聖女様がクロトさんを認めれば、あるいは治療していただけるかもしれません」
「ふうん……それじゃあ、ちょっとはそういう可能性に期待してみるかな」
「それがいいでしょう」
二人が家に到着する。
「それでは、どうぞ」
「失礼する」
ドアを開けて、家に足を踏み入れる。
「ふむ……」
クロトはこれからどうしたものかと思案した。
†
クロトは二階の部屋の一室を与えられた。
ベッドに横になって、クロトは天井を見上げていた。
「聖女……それに、悪魔か」
これまでに得た情報を頭の中で整理する。
「……手がかりが少なすぎるな」