第二話
「は?」
少年が顔を上げる。
空中に、一人の少女の姿があった。
「……白、か」
不意に、少年がぽつりとこぼす。
「え……?」
少年の言葉の意味が分からず、少女が首を傾げる。
「……お前、その恰好で空飛んでて恥ずかしくないのか?」
「その恰好って……」
少年に指摘されて、少女は自分の姿を再確認した。
「――っ!」
途端、その顔が赤くなった。
彼女は、スカートをはいていた。
そんな恰好で空を飛べば当然、下にいる少年からは――。
「み、見るなぁあああああああああああああ!」
「っ……!?」
少女が叫ぶと同時、空中に氷の槍が無数に出現し、少年に降り注いだ。
慌てて少年は地面を転がり、落ちてきた氷の槍を避けた。
氷の槍は地面に深く突き刺さる。
明らかに人間を殺すには十分すぎる威力だった。
「テ、テメェ! なにしやがる!」
少年が、いつの間にか地面に着地していた少女に怒声を浴びせる。
「勝手に見たことをそれで済ませてあげるんだからいいでしょ!」
「はぁ!? なんだそりゃ、テメェが勝手に見せたんだろうが! この変態女がっ!」
「なんですって!?」
少女が少年に詰め寄った。
「魔物から助けてもらっておいて、なによその態度は!」
「別に助けてもらいたいなんて言ってないだろうが! 馬鹿かお前! 親切の押し売りなんて求めちゃいない!」
「この……っ!」
そこで、少女の目が少年の背後に散らばる肉片に向けられた。
魔物達に引き裂かれた、奴隷の男だったものだ。
「――あれは……」
少女の顔が蒼くなる。
「ん?」
少年が背後を見る。
「ああ。奴隷だよ。なに動揺してんだ?」
肩をすくめながら少年が言う。
「どうだっていいだろ、あんなの。気にするな」
事実、少年にとって奴隷の男などその程度のものでしかなかった。
「どうだって……って」
少女が少年を睨みつける。
「あんた……人が死んでるのに、そんな言い方ないでしょ!」
「はあ?」
食ってかかってくる少女に、少年は眉を寄せた。
「奴隷だって、ちゃんと生きてるのよ! なのに……!」
「生きちゃいねえよ」
「え?」
「やつらは生存する権利すら奪われた物だ。それは死んだんじゃない、壊れたんだよ」
「……」
少年の言い分に、少女が絶句した。
「……最低」
「おいおい。どうして俺の所有物が壊れたからって、お前に最低呼ばわりされなくちゃならないんだ?」
「最低」
少女は男に視線を戻す。
「名前は?」
「なんだ、藪から棒に」
「いいから、名前を教えなさい」
「……俺は、クロト。クロト=メレイムだ」
「あんたじゃない。この人のよ」
「……」
少年――クロトの頬が引き攣った。
「……紛らわしいんだよ、馬鹿が」
小さくクロトがこぼす。
「聞こえてるわよ」
少女がクロトを睨む。
「はいはい……で、そいつの名前だっけか?」
クロトが男の肉片を見下ろし、鼻で笑う。
「知るか」
「……なんですって?」
「だから、知らないって。そんな奴隷の名前。聞く気にもならなかったからな」
告げながら、クロトは剣を棺の横に固定された鞘に戻す。
「……それじゃあ、墓に刻む名前も分からないじゃない」
「そんなのに墓なんて作らなくていいだろ。そこらに放っておけ。そんなのでも、獣の餌くらいにはなるだろ」
「あんた……!」
少女がクロトに掴みかかる。
襟首を掴まれながら、クロトは冷ややかな目を少女に向けた。
「離せよ」
「……」
「どうするつもりだ? このまま俺を殺しでもするのか?」
口の端を吊り上げ、クロトが問う。
「……そんなこと、しないわよっ!」
少女がクロトの身体を突き放した。
「ふん」
クロトが服を整える。
「ああ、そうだ。そういえばこの辺りにラヴィエって村がある筈なんだが、知らないか?」
「……」
「困ったな。このままじゃ、村の場所も分からず、こんな魔物のいる森をさまよい続けることになるかもしれない。死ぬかもなあ。そしたら、それは村の場所一つすら教えなかった誰かのせいなのかもな? なあ、その辺りどう思う、お前は」
わざとらしい口調でクロトが少女に問いかける。
「……っ」
少女が苦々しい表情で、ある方向を指差した。
「あっちにある……すぐに着くわ。さっさと行きなさいよ」
「どうも」
にやりと笑い、クロトが棺を持つ。
「それじゃあな。精々そいつにいい墓でも作ってやってくれ」
まるで心の籠もっていない言葉を残し、クロトはその場から立ち去った。
「……最低」
遺された少女――アリシャは、拳を握りしめ、再三その単語を繰り返した。