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第二十一話


 悪魔達はまだフィナの左腕に執拗に攻撃をしていた。


 フィナの左腕が攻撃される度に、女性の身体に傷が生まれる。


 既に男性と女性の身体に、傷のないところなどない状況だった。


 悪魔の攻撃が、フィナの左腕の指を二本もぐ。


 女性の左腕と右足が弾けた。



「まだだ……!」



 クロトの言葉で、フィナの双腕から赤い糸が生えて、欠損した部位を再構築する。


 フィナの右腕が一体の悪魔を叩き潰す。


 そこへ悪魔達が殺到した。


 フィナの右腕が、悪魔達によって手首から千切られた。


 ぶちり、という音がアリシャのすぐ傍で聞こえた。


 恐る恐る、アリシャは音のした方を見る。


 男性の首が、落ちていた。



「……!」



 声にならない悲鳴をあげる。


 そして、アリシャは完全に理解した。


 どういう理屈かは知らない。


 だが……フィナの腕が傷つく度に、その傷が家族三人にも共有されるのだ。



「やめて!」



 アリシャが叫ぶ。


 だが、声はクロトには届かなかった。


 手首から千切れたフィナの右腕が再生し、悪魔を薙ぎ払う。


 悪魔の一体を、フィナの双腕が両側から抑え、押し潰そうとする。


 だが、悪魔はそれを両腕で受けとめた。



「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 その隙に悪魔達がフィナの双腕を傷つける。


 女性の身体が細切れになっていく。


 さらに、子供の身体にまで傷が付き始めた。


 傷はさらに増えて、あっというまに子供も血塗れになる。



「やめて……!」



 女性の胸の肉が剥がれ、その下の肋骨が砕け、鼓動する心臓が露出した。


 心臓が破裂する。



「やめっ……もう……!」



 戦えば戦う程に、戦っているクロトでもなく、アリシャでもなく、なんの関係もない人間が傷つく。


 そんな理不尽を、許容できるわけがなかった。


 フィナの左腕は既に跡形もなく、右腕は中指と薬指の間から、縦に裂かれた。


 子供の身体が、縦に引き裂かれる。



「もう戦いは、やめてぇえええええええ―!」



 アリシャが、咽喉が裂けんばかりに叫ぶ。


 眩い光がアリシャの胸の中に生また。


 次の瞬間、それが爆発するように周囲に広がった。


 光の濁流が辺りを飲み込んでいく。



「――!?」



 クロトが光に対して身構える。


 だが光はクロトや建物には影響を及ぼさず、悪魔だけを吹き飛ばした。



「ァアアアアアアア、ァアアアア!」



 光に吹き飛ばされた悪魔達が、苦しげな悲鳴をあげながら闇の中へと逃げていく。



「なんだ……今の」



 クロトがアリシャを振り返る。



「魔術? いや、フィナの攻撃すら防ぐような連中だぞ……それを魔術でどうにかできるのか?」



 困惑するクロトに、アリシャがおぼつかない足取りで近づく。


 そして、クロトの頬を思いきり張った。



「……!」

「あんた……!」



 アリシャがクロトの襟首を掴む



「どうして……!」

「っ、いきなりなにすんだよ」



 頬を張られ、襟首を掴まれながら、クロトは平然としていた。



「とぼけないでよ! あんた、あの家族になにをしたの!?」

「……ん?」



 そこでようやく、クロトはアリシャの背後に転がっている、人間だったものを見つけた。



「ああ……丁度そいつらから持ってきたのか」



 どうでもよさげに、クロトが呟く。



「どういうことなの!」

「ふん。まあわざわざ隠そうとは思わないし、教えてやるよ」



 クロトが襟を掴むアリシャの手を振りほどく。



「俺の呪いだが……まさか強大な力を振るうことに、代償が必要ないとでも思っていたのか? そんなわけないだろ?」



 クロトが肩を竦める。



「俺の呪い……フィナの写し身は、人の魂によって構築される」

「人の、魂……?」

「そうだ。近くにいる人間の魂を適当に抜きだし、それを使ってフィナの写し身を構築する。当然、フィナの写し身が傷つけば、構築に使われた魂も傷つく。魂が傷つけば、肉体にも反動が出る」

「……それって、つまり……」



 アリシャの声が震えていた。



「ま、フィナの写し身が傷つかなければ問題なく魂は返還されるわけだが……今回はそうはいかなかったな」



 アリシャがさらにクロトの頬を張った。



「あなたは……!」



 クロトの表情は僅かたりとも変化しない。



「あなたは、なんて力を使っているの……!」

「と言うと?」

「どうしてそんな平気な顔してられるのよ! 人の命を勝手使って……犠牲にして、それでどうして、なにも悪いことなんてしてないって顔が出来るの!?」

「そう聞かれると、答えは一つしかないんだがな……呪いだよ」

「なにが呪いよ! そんな忌々しい呪い……使わなければいいのに……っ!」

「フィナの写し身を作り出す呪いじゃない。他の呪いだ」

「他の、ですって?」

「ああ、そうだ」



 クロトが薄く笑む。



「――俺には、罪悪感というものがない。罪悪感がなくなる呪いだ。だから俺は、俺のせいで誰が死のうと悪いなんて思わない。思えない」

「な……」



 説明され、アリシャは言葉を失った。



「罪悪感が、ない?」

「そうだ」



 頷くクロトに少しひるみながら、けれどアリシャは鋭い視線を彼に向け続けた。



「だからって、罪悪感がないからって……許されると思うの!?」

「別に許してもらおうとは思ってない」



 あっさりとクロトは返す。



「……俺の故郷は、呪い持ちによって滅ぼされた」



 唐突に、クロトは語り出した。



「故郷の連中は、まるで塵屑みたいに呪い持ちに嬲られ、いたぶられ、殺された。呪い持ちの蹂躙から生き残った俺は、当然誓ったよ。復讐ってやつをな」



 クロトの口元に、笑みが浮かぶ。


 それは、アリシャが初めて見る、はっきりと感情を露わにしたクロトの表情だった。



「その時に俺はフィナに呪われた……呪われ、呪い持ちを殺す力を得た。だから探してるんだよ……あの時の呪い持ちをな。あいつを殺すまで、俺は死ねない。他の全てを投げ捨てても、どれほどの悪を重ねてもだ。それが俺の存在する理由なのだから」

「……」



 クロトの気迫に、アリシャは少しの間、凍りついた。



「……そんなの」



 アリシャが声を振り絞る。



「そんなの、他の人には関係ない! あなたが命を奪った人には、関係ないのよ!? あなたの都合で、どうして誰かが死ななくちゃいけないの!」

「それこそ俺には関係ない。どうでもいい。関心の外、気にしようとすら思わない」

「……!」



 アリシャが三度、クロトの頬を張った。



「……人のことをぱんぱんぱんぱん叩きやがって」



 クロトがアリシャを軽く睨みつける。


 たったそれだけでアリシャは足が竦んだ。



「最低……っ!」

「最低?」



 おかしそうにクロトが鼻で笑う。



「今朝のあの人達だって、あんたのせいで……!」



 アリシャは昨夜の戦闘でフィナの腕に悪魔の爪跡がついたのを思い出していた。


 そして今朝の遺体にも同じ爪跡があった。


 つまりクロトの呪いによる反動で死んだのだ。



「あなたは、最低よ!」

「言いたい放題だな……なんでもかんでも俺のせいか?」

「そうよ……あなたが……っ!」



 不意に、アリシャがはっとした。



「――それだけの力があるのに、あなたは盗賊に襲われたの?」

「……」



 クロトの口元が歪む。



「そうよ。おかしいじゃない……あなたなら、その呪いで盗賊なんてどうとでも出来るはずじゃない……それに、昼だって……どうして聖女はあなたの足は治さなかったの? まだ他所者扱いされてる私の、あんな些細な傷は治したのに」



 アリシャがあとずさる。


 クロトのことが、おぞましい化物に見えた。



「……お前の考えていることは、多分正しいぞ?」



 クロトが杖を放りだし、足の添え木を外した。


 なんの不自由もなく、クロトは両足で地面に立って見せる。



「それじゃあ……」

「ああ、あの二人は、間違っても盗賊なんかじゃない。ただの旅人さ」



 なんでもないようにクロトが暴露する。



「偶然通りがかったんでな。夜まで食料やら歌やら手を尽くして足止めして、夜になって二人が聖女の社の炎を見つけたところで別れたのさ。ちなみにその前日……つまりこの村にきた初日には俺は夜に出歩いて悪魔とも戦闘していたぞ。最初の死人は、その戦闘に巻き込まれて死んだんだよ。つい俺が家の壁を破っちまってな。その時に社の炎の存在を知っていたから旅人二人を引きとめたわけだ。あの炎は、それが本来の役割なんじゃないか? 

夜に旅人を寄せつけるための誘蛾灯ってわけだ」



 つらつらとクロトが一つ一つ明かしていく。


 アリシャは目の前が真っ暗になる気分だった。


 つまり、なにもかもクロトが原因だったのだ。


 最初に死人が出たのは、クロトが夜に外に出て悪魔と戦ったから。


 旅人二人が死んだのは、クロトが村に戻る口実を作るためだけに。


 爪跡がついて死んだ人は、クロトの呪いによって。


 つい今しがた肉塊に成り果てた家族も、クロトが犠牲にした。


 それだけのことをしながら、クロトは素知らぬ顔をして、さも村を邪神から守るために、とでも言うように行動していたのだ。


 恐ろしい程の、自己中心的思考だった。



「……」



 アリシャは吐き気に襲われた。


 こんな化物の言うままに、自分は動かされていたのか、と。


 こんな化物の横に自分は並んでいたのか、と。



「今朝の質問に答えてやるよ。人を殺さない呪い持ちはいるか、だったな」



 脈絡もなくクロトはその話題を出した。


 クロトが、憐れむよう、見下すような視線をアリシャにやった。



「――いない。呪い持ちは例外なく、人を殺す。人間が日常の中で虫を一匹も殺さないか? と問うようなものだ。人間は無自覚に蟻を踏み殺すだろう? 呪い持ちにとっては、人間が虫のようなものなんだよ」

「っ……あなたなんて!」



 アリシャが唇を噛む。



「あなたなんて……人間じゃない!」

「当然だ。俺は呪い持ちだぞ?」


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