第十九話
食堂にアリシャとロブフ、ゼルはいた。
「では、本当にあの病気は、お前の故郷で流行ったものなんだね?」
「……はい」
ロブフの質問に、アリシャが頷く。
「……そうか……」
苦々しげな表情をして、ロブフは顔を手で覆った。
「あ、あのっ……すみません」
「何故謝る?」
「……だって……あの病気は」
「お前が持ちこんだ、とでも?」
「……」
今にも泣き出しそうな顔で、アリシャが頷く。
「馬鹿者。そんなわけがあるか」
ロブフが苦笑した。
「もしお前が病気を持ちこんだというなら、どうして他の者が発症しているのにお前は発症しないのだ? そもそも、お前がこの村に来てから随分と時間が経っているのに、今更発症するなどおかしな話だろう……偶然だよ、あの病気がこの村で発症したのは」
「……そう、なんでしょうか?」
「ああ。そうさ……村の者の言葉を、気にするな。彼らも、ここ数日のことで不安になっているのだ」
「はい……」
「ですが、どうします? もしその病がこの村で流行ったら……」
ゼルが不安そうにロブフに聞く。
「そうだな……」
「それは、多分大丈夫だと思います」
アリシャの言葉に、ロブフとゼルが訝しげな顔をした。
「私の村でこの病気が流行った時は、最初の発症者が出た数時間後には、十数人が発症してましたから……あれから今まで一人も発症してないなら、平気だと思います」
「なんと……」
ロブフが目を見開く。
「それほどまでに、ひどい状況だったのか……」
「……」
「……すまない、嫌なことを話させてしまったね」
ゼルがアリシャの頭を優しく撫でる。
「いえ……」
「少し休むといい」
「……はい」
†
アリシャの部屋のドアがノックされる。
返事を待たずして、ドアが開かれ、クロトが入ってきた。
「……私、入ってきていいなんて言ってないんだけど」
ベッドの上でうずくまっているアリシャが、赤く腫れた目でクロトのことを見た。
「なんだ、泣いてたのか?」
「……別に」
アリシャが膝に顔をうずめてしまう。
「ったく、この程度のことでなにを落ちこんでるんだ」
「……落ちこんでるわけじゃないわよ。ただ、思い出しちゃっただけで……」
「ふうん……まあいい。とりあえず分かったことを教えてやる」
クロトが勝手に椅子に座って話し始める。
「まず聖女だが、呪い持ちだった。悪魔もだ」
「っ……!」
驚いてアリシャが顔を上げる。
「それって、本人から?」
「ああ。まあ、聖女と悪魔は別々のものらしいがな。昨日悪魔の左腕を落としたにも関わらず聖女の左腕はあったことからも、十中八九本当のことだろう」
「……そう、なんだ」
「そして聖女の娘のエリナもまた、呪い持ちだ」
「……!」
アリシャがベッドから身を乗り出す。
「エリナが……!?」
「ああ」
「あなた、エリナは呪われてないって言ったじゃない!」
「確定じゃないとも言ったろう。どうやら呪いが表に出てきていないだけだったみたいだな」
「……そんな」
「そう嘆くな。一つ、お前がやる気を出しそうな、いい情報をやろう」
「いい情報?」
「ああ、そうだ」
クロトがにやりと口の端を吊り上げる。
「悪魔、聖女、エリナ。あいつらは全員、同じ邪神に呪われている。本来、その内の誰が死んだとしても、他の二者の呪いに影響が出ることはない。だが……もし悪魔を倒すことが出来れば他の二者の呪いを解く手段を俺は持っている」
「なんですって!」
アリシャが勢いよく顔を上げた。
「それ、本当なの!?」
「別に信じなくてもいいが……信じたくない、なんてことはないんだろう?」
「……」
クロトの挑発するような物言いに、アリシャが表情を引き締める。
「いいわ。万が一それが嘘でも、私はそうするしかないんだから……でも、もしあなたの言っていることが嘘だったら、その時は……」
「ああ、好きにすればいい。俺を罵倒しようが殺そうとしようが、構わないさ」
「今の言葉、覚えておきなさいよ」
「もちろん。俺は嘘はつくが、約束は破らない」
「それも嘘、なんてことにはならないのを祈るわ」
†
夜の村を、クロトとアリシャが並んで歩いている。
「本当にこれ、持ってくる必要あるの?」
「別にいいだろ、お前にとっちゃそんなのあってもなくても同じじゃないか」
「それはそうだけど……」
アリシャの背後には、クロトの棺が浮かんでいた。
「これの中身、楽器なんじゃないの?」
「いいや、違う」
「……じゃあ、なにが?」
「すぐに分かる。それより、悪魔は近くにいないのか?」
「……魔術で探しても、見つからないわよ?」
「一応やっておけ。どうせそのくらいは苦じゃないだろ?」
「まあ、それは……分かったわ……」
アリシャの手から、輝きが四方八方へと流れた。
「……やっぱり、見つからないわね」
「そうか……今日はなかなか出てこないな。まさか怖気づいたか?」
「出てこないなら、探し出すしかないわね」
「ごもっとも……とはいえ、どこを探せばいいのやら」
アリシャの頼もしい台詞に、クロトが肩を竦める。
「……さっさと悪魔なんてものは倒して、この村も……エリナも、助けるわよ」
「はいはい……それじゃ、少し誘ってみるか」
「誘う?」
「ああ……棺を置け」
「え? あ、ええ」
アリシャが棺を地面におとす。
クロトが右腕を持ちあげた。
すると、クロトの背後の空間が歪み、赤い色が浮かび上がる。
「……っ」
突如現れた強大な気配に、アリシャは膝を折りかけた。
赤い色は徐々に輪郭を形作り、巨大な腕となる。
「……呪い」
「そうだ」
クロトが右腕を動かすと、それに合わせて呪いの腕も動く。
「俺の呪いは、邪神フィナの一部をこの世に映し出すこと。本物の足元にも及ばない偶像だが、それでも十分な力を振るうことが出来る」
「邪神の偶像……それって、凄い事なんじゃないの?」
「ああ。これさえあれば、大抵の存在は敵じゃない……まあ、呪い持ち相手には絶対的と言えるほどじゃないが」
言いながら、クロトが右腕を棺へ伸ばした。
すると、棺が勢いよく開く。
「っ……!?」
驚きながら、アリシャは棺の中を見た。
「……剣?」
棺には、一本の剣が収められていた。
剣と言っても、普通ではない。
その大きさは、棺にどうにか収まるかといった大きさ。
つまり、人間よりもずっと大きいのだ。
「これが俺の商売道具だ」
邪神フィナの腕が、ゆっくりとその大剣を握る。
巨大なフィナの腕が持てば、その大剣も短剣のように見えた。
「さて……」
クロトが右腕をあげる。
それに連動したフィナの腕が、大剣を天に掲げた。
大剣の表面に怪しい光が走った。
それはまるで脈動するように輝きを強める。
アリシャは大剣の剣に目を奪われた。
怪しい光が、なぜかひどく魅力的に見える。
吸い込まれるようだった。
むしろ自分でそれを望んでいるように、アリシャは一歩、前に歩みだした。
「あまり見つめるな」
クロトの声に大剣に引き寄せられていたアリシャの意識が戻る。
「あの剣は魔剣だ。心を寄せれば、遠慮なく持って行かれるぞ」
「それって、どういうこと?」
「つまりあの剣に魅了された人間は廃人になるんだよ」
「……」
アリシャの顔が青くなる。
「そんな危ないもの、どうして出すのよ」
「純粋に破壊力が増す。それと……この剣の気に悪魔が誘い出されないかと思ってな」
「剣の気、って?」
「昨日の様子から、悪魔に大した思考能力があるとは思えない。だったら羽虫が火に誘われるように、悪魔もこの剣の邪気に誘われるんじゃないかと思ってな。ちょうど今さっきのお前みたいに」
「……なるほどね」
アリシャが大剣を見ると、頭の奥をしびれるような感覚が襲った。
「っ……」
「自分をしっかり持っていれば問題はない」
「……ええ」
アリシャは大剣から目を逸らした。
「それで、悪魔は来そう?」
「ああ……というか、来た」
フィナの腕が振るわれた。
大剣が空を切った――かと思うと、闇にまぎれていたなにかが吹き飛ばされる。
「ギァアアアアア!」
と、不気味な悲鳴が聞こえた。
吹き飛ばされたなにかが、クロトとアリシャ達の前に着地する。
悪魔だった。
その胸には、深い傷がついていた。
「両断するつもりだったが、浅かったか」
クロトが舌打ちをこぼす。
「……ちょっと待って」
アリシャが悪魔の姿を見て、愕然とした。
「なんであいつ……左腕があるの?」
「……」
悪魔には、左腕がついていた。
「確かに、切り落としたのに……」
「再生でもしたか……お前が身体中にあけた穴もないしな」
「そんなのあり?」
「ありなんだよ。呪い持ちならな」
「……呪い持ちなら、なんでもあり?」
「ありだ」
「はあ……」
アリシャが頭に手を当てて溜息を吐いた。
「ま、再生する間もなく始末すればいいだけだ……行くぞ!」




