第十七話
「なんだと?」
アリシャの言葉にクロトが怪訝そうな顔をした。
「お前の村の……それは……」
「……っ」
アリシャの身体がふらつく。
思い出したくもない過去が、アリシャの脳裏を死んでいった両親の顔がよぎる。
「あの娘だ……」
その時、人混みの中で、誰かが声をあげた、
「あの娘が、病気を運んできたんだ」
声に、村人達の視線が一点――アリシャへと集まる。
「あの娘の故郷は流行り病で絶えたんだろ! この病気がそうなんだろ!」
また、他の誰かが叫んだ。
「そ、そうだ! こんな病気のせいで、きっと悪魔が刺激されたんだ!」
「このままじゃ、この村も……!」
便乗するように、次々に叫び声があがる。
「出てけ!」
村人が言う。
「出てけ!」
「出てけ!」
次々に、その言葉が繰り返される。
「そっちのやつもだ! 他所者はこの村を出ていけ!」
アリシャだけでなく、クロトにもその言葉は投げかけられる。
「……」
舌打ちをして、クロトが頭を掻く。
アリシャは一歩二歩と後ずさる。
今にも逃げだしてしまいそうな様子だった。
「――おやめなさい」
どこからか、そんな声が聞こえた。
いつのまにか、アリシャとクロトの背後に、誰かが立っていた。
頭から足の先まで黒い衣で隠した人物だった。
「せ、聖女様……」
「聖女様だ……」
そう呟きながら、村人達が静かになって行く。
「全てをこの二人のせいにするなど、恐怖心の転嫁です。あまり、そのように虚しく、悲しいことをしないでください」
その人物――聖女の言葉に、村人達が一様にばつが悪そうな顔をした。
「……申し訳ありませんでした、聖女様」
人混みの中から、ロブフが姿を見せた。
ロブフは深々と聖女に頭を下げた。
「ところで、どうしてこのような場所に……?」
「皆の不安を拭いに参りました」
黒い衣の下で、聖女が微笑む気配がした。
「此度のことは、不幸が重なったことによること……皆、あまり恐れ過ぎぬように。恐れは、悪魔の力となります。私を信じ、どうか落ちついてください」
「……分かりました」
ロブフが聖女の言葉にしっかりと頷いた。
「皆もよいな」
振り返り、ロブフが村人達に言う。
反論などあるわけもなかった。
全員、神妙な表情で聖女に頭を下げた。
「ありがとう」
と、聖女がクロトの方を見た。
「そちらの旅人の方……少し、私についてきてくれませんか?」
「……」
村人達の中にざわめきが生まれた。
他所者に聖女が声をかけたことに、愕然としている様子だった。
「どうして俺があんたについていかなくちゃいけないんだ?」
クロトは不敵に、そう問い返した。
「おい、失礼だぞ!」
「そうだ!」
「聖女様になんということを!」
村人達が一斉にクロトを非難する。
「静かにしてください」
だが、それは聖女の言葉で鎮まる。
「すごいもんだな」
「皆、慕ってくれているのです……」
「慕う、ね」
クロトは軽く苦笑するだけで、余計なことは口には出さない。
わざわざ面倒を起こすつもりはなかった。
「あなたに、話したいことがあります」
「ふうん……まあ、いい。それじゃ、あんたの社に行けばいいのか?」
「ええ……あら?」
不意に、聖女がアリシャに歩み寄る。
「あ、あの……?」
「少し、失礼」
困惑するアリシャに、聖女が左手を伸ばした。
それを見て、クロトが目を細めた。
「……ついてる、か」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いや? それより、なにをしようって言うんだ?」
「怪我を治そうと」
聖女の左手が、アリシャの二の腕にそえられる。
「ここに、怪我をしていますね?」
「あ……」
アリシャがはっとする。
聖女の手があてられた場所……その服の下には、確かに昨夜の悪魔との戦いでついた傷があった。
「大した傷ではありませんが、女の子の肌に傷がついたままというのはいけません」
聖女の手がそっと服の上からアリシャの二の腕を撫でる。
「……!」
次の瞬間、アリシャは違和感を感じて服の袖をめくった。
露わになった二の腕には、毛一筋ほどの傷も残ってはなかった。
「……魔力を、感じなかったのに」
「魔術ではありませんから」
アリシャの呟きに、聖女が答える。
「それでは行きましょうか……」
「ああ」
聖女とクロトが、社に向かって歩き出す。
「……これが、呪いの力だっていうの……?」
自分の二の腕を見て、アリシャは小さくそうこぼした。




