第十四話
一直線に向かってくる悪魔に、アリシャは咄嗟に手を突き出して、炎の塊を放つ。
炎は悪魔を包み込み、勢いよく燃え盛る。
悪魔はその炎を突き破って、クロトに向かって腕を振り上げた。
クロトが地面を転がり、振り下ろされた悪魔の腕を避ける。
「もっと威力を!」
「……この!」
クロトの要求に応えるように、アリシャが新たな魔術を構築する。
巨大な氷の刃……まるで断頭台の刃のような凶器が悪魔の頭上に複数現れる。
それが高速で落下した。
悪魔はそれを回避するが、一つだけ刃が脇腹を掠める。
悪魔の脇腹が僅かに切れるが、そこからは血の一滴も流れなかった。
「まだ、まだ……!」
氷の凶器が、炎の弾丸が、雷の矛が、様々な魔術が悪魔に放たれるが、悪魔はそれを素早い動きで回避してみせる。
かろうじて命中した攻撃も、まるで効果は見られなかった。
悪魔がアリシャに肉薄し、爪を振るう。
「っ……」
アリシャの二の腕のあたりが、浅く裂ける。
巨大な炎がアリシャの手から悪魔に襲いかかるが、悪魔は一瞬で距離をとって炎を避ける。
「捕まえられないか!?」
「やってみる!」
アリシャの手から光の鎖が四本伸びて、悪魔に襲いかかる。
鎖は、そのまま悪魔の四肢を捕らえた。
「やっ――」
かと思った刹那、光の鎖が引き千切られた。
「な……っ!」
アリシャが絶句する。
即興で構築したものとはいえ、自分の魔術がこうもあっさりと破られるとは思っていなかったのだ。
「早いだけじゃないのか……厄介な!」
呻くようにクロトが悪魔を見据える。
「だったら……!」
アリシャはさらなる魔術を構築した。
空に飛び上った悪魔の上下左右を、魔術によって生みだされた鋭利な氷柱が覆い尽くした。
「これなら……!」
氷柱が一斉に悪魔に向かって撃ち出される。
それらを、悪魔は両腕どころか両足や口……全身を使って砕いていく。
そのうち、対応しきれなかった一本の氷柱が、悪魔の胸の真ん中に突き刺さった。
それを切っ掛けに、次々に悪魔の身体を氷柱が貫いていく。
「よし……!」
悪魔の身体が地面に転がったのを確認して、アリシャが勝利を確信する。
「まだだっ!」
クロトが叫ぶ。
悪魔が身体を起こしていた。
突き刺さった氷柱が、ひとりでに抜けていく。
「な……どうして!?」
アリシャが悲鳴じみた声をあげた。
「これだけやられて、死なないって言うの!?」
「それが……そういう常識ってものが通用しないのが邪神の呪い持ちだ!」
言いながら、クロトが悪魔とアリシャの間に立つ。
「なにを……!」
戦う力もないクロトが割り込んできたことにアリシャが目を剥く。
「このままじゃこっちが消耗するばかりだ……仕方ない、一気に決めるぞ」
「どうやって!」
「こうやってだ」
――なにかが、クロトの背後に現れた。
それは……巨大な腕だ。
輪郭がぼやけた、まるで獣のような爪をもった巨大な赤い腕だった。
「……なに、これ」
異常な存在を目の当たりにして、アリシャが愕然とする。
と同時に、恐怖した。
その腕からは、おそろしいほどの重圧を感じた。
「ァ、ァアアアアアアアアアアアアアアア!」
雄叫びと共に、悪魔がクロトに跳びかかる。
すると、クロトを庇うように赤い腕が動いた。
悪魔が、赤い腕に自分の腕を叩きつける。
赤い腕の手の甲に、悪魔の爪傷がつく。
そのまま赤い腕は悪魔の身体を宙へ殴り飛ばした。
空中の悪魔に、赤い腕が振るわれる。
生々しい音がした。
アリシャの足元になにかが落ちてきた。
それは、悪魔の左腕だった。
赤い腕が悪魔の腕を落としたのだ。
「ひ……!」
アリシャが後ずさる。
見る見るうちに、悪魔の腕は指先から灰になって、風に吹き飛ばされて消えてしまう。
「な、なに……」
アリシャが赤い腕を見つめる。
「なんなの、これ……」
「邪神、フィナの右腕だ」
クロトがそう答える。
「邪神……?」
「ああ……ふん、逃げたか」
クロトが吐き捨てるように呟く。
悪魔の姿はどこにもなかった。
悪魔が腕一本を失くした程度で死ぬようなものではないということは、魔術で散々攻撃したアリシャが一番よく分かっていた。
だが今、アリシャは悪魔に逃げられたことなどより、赤い腕のことで頭が一杯だった。
「この腕……あなたが?」
「ああ、そうだ」
クロトが腕を振ると、それに合わせるように赤い腕が動く。
「これは……俺の呪い」
赤い腕が、煙のように消えていく。
「のろ……い……?」
「ああ」
クロトが肩を竦める。
「率直に言って、邪神に呪われてるのさ……俺もな」




