第十三話
「……まさか本当に出来るなんてな……出鱈目だ」
クロトが口元を引き攣らせる。
「いや、私も驚いてる」
「その割には表情が変わってないぞ」
「驚き過ぎて表情が固まっちゃったのよ」
アリシャは表情こそ変えぬものの、首から下、手や足が落ちついていない。
「……お前、本当にこれ終わったら王宮に行け。きっと歴史に名前残すぞ」
「あ、あは……は……そうかしらね……」
アリシャが渇いた笑みをこぼす。
「と、とにかくこれで近くになにかが来たらすぐに分かるわよ! 範囲は、大体大幅十歩くらいだけど」
「即興の魔術でそこまで出来れば十分すぎるだろ……普通、魔術っていうのはどんなに簡単なものでも一からだと何十日とかけて構築するもんなのにな」
「なによ、やってみろって言ったのはあなたじゃない!」
「まさか本当にやってのけるとは思わんだろうが。その出鱈目な実力で、悪魔が現れた時には是非俺を守ってくれ」
「……気が向いたらね」
「気が向かなかったら見殺しかよ」
そんな軽口を二人が叩いていると……なにかの軋む音が、背後から聞こえてきた。
「っ……!」
二人が同時に振り返る。
「……なにかいるのか?」
「少なくとも私の魔術の範囲にはいないわ」
「あるいは、相手が探知の魔術を無効化することが出来るのかもしれない……結局、油断は出来ないか」
クロトが懐からナイフを引き抜き、身構える。
「気をつけなさいよ」
「言われるまでもない」
二人が背中を合わせるようにして、周囲を警戒する。
すると、あちらこちらで軋みが聞こえてきた。
アリシャの頬に冷や汗が伝う。
「こりゃ間違いなくいるな」
クロトが油断なく視線を動かしながら、苦笑いを浮かべた。
「ええ……」
アリシャが手を振ると、彼女の周囲に光の球体が複数現れる。
もう一度アリシャが手を振ったのを合図に、光がそれぞれ別の方向にゆっくりと飛んでいく。
「それも即興か?」
「そうよ」
「流石……俺が魔術師だったら妬みでお前を後ろから刺してるところだ」
「それより、悪魔がどこにいるか見つけなさいよ」
「簡単に言うなよ」
と、魔術の光に照らされた場所を、なにかがよぎった。
「今、そこに……!」
アリシャが手をそちらに向ける。
「もう移動してる」
光のすぐ近くを、黒い影が飛び交うように移動する。
その姿をとらえることはできない。
「おい、壁みたいのは作れるか?」
「壁……あ、なるほど。やってみる!」
クロトの意図を察したアリシャが、さらに魔術を構築する。
すると、クロトとアリシャを中心とした狭い範囲を、淡く輝く透明の壁が現れてくくった。
次の瞬間、その壁になにかが勢いよくぶつかる。
クロトとアリシャは、はっきりとその姿をとらえた。
悪魔だ。
悪魔は透明な魔術の壁に手足をくっつけて、二人を見る。
空孔の瞳に覗きこまれ、アリシャが息をのむ。
悪魔が跳躍し、闇に紛れこむ。
「これで悪魔がいる範囲は特定できたな……」
「でもあんなに速いんじゃ、閉じ込めてもどうしようもないじゃない」
「馬鹿、そういう時こそお前の反則そのものの力を活用するところだろ」
クロトが意地が悪そうに笑む。
「俺の指示する方向に、今の壁を一枚作れ。いいな」
「……分かった」
クロト達の背後を、影が通る。
「そこ!」
クロトの指差した方向にアリシャが魔術の壁を伸ばす。
さらにクロトは悪魔の影が現れる度に次々に指示を飛ばした。
「次はそっち……こっちだ……そこ! 遅い!」
「あ、え、あ……う、うん!」
どうにかアリシャはクロトの指示についていく。
「……これって」
魔術を連発する中、アリシャはクロトがなにをしたいのかに気付く。
アリシャが最初にくくった範囲の中で、次々に新たな魔術の壁が生みだされる。
そうなれば当然、その中で移動できる範囲は少なくなっていくことになる。
クロトはそうして、悪魔を追いこんでいるのだ。
「よし、これでいい」
――あっというまに、悪魔の移動出来る範囲は通り一本分まで狭められた。
隠れる場所を奪われた悪魔が、クロトとアリシャの正面に這うように着地した。
その醜悪な姿をはっきりと見て、アリシャは眉をひそめる。
既に一度見ているとはいえ、それはとても見慣れることができるようなものではなかった。
「ァ、アァ、ァアア……」
悪魔の口から、不気味な音が漏れる。
枯れ枝のように細い悪魔の四肢に、力が籠もった。
「来るぞ!」
悪魔が二人に向かって、弾けるように飛び出した。




