第十二話
村中を歩きまわり、夕食を摂った後、アリシャはクロトの部屋を訪れていた。
「それで、どうして私は呼び出されたの?」
「……今日は、手がかりらしい手がかりはなにも掴めなかったな」
「調べ始めて初日なんだし、こんなものじゃない?」
「そうかもな……だが、まだだ」
「まだ、って?」
クロトの口の端が持ちあがる。
「まだ今日出来ることはあるだろう?」
クロトは金属板をつけられた窓に視線をやった。
その視線に気付いたアリシャの顔色が変わる。
「まさか……出るつもりなの?」
瞬間、アリシャの脳裏を昨夜の悪魔の姿がよぎった。
「なんだ、怖いのか?」
「……そんなの、当たり前じゃない」
アリシャは震える指先を胸元で握り締めた。
「あんな化物……」
「でも昨日は出たんだろう? それに、今はお前も自分の力を自覚している。あとはその恐怖心さえ乗り越えれば問題ない」
「それは……でも」
アリシャはなかなか頷けなかった。
「お前、こんなことは見過ごせないって言ってたろ? あの言葉は嘘だったのか?」
「っ……そんなことない!」
アリシャの胸に、火がともった。
それは正義感であり、使命感だった。
魔術を使える自分が皆を守るのだ、と。
自らの両親に誓ったことを真実にするために、アリシャは自分を奮い立たせた。
「……」
すると、アリシャ自身驚くほどの勇気が沸いてきた。
自分の変化に、アリシャは呆然とする。
「どうした? やっぱり臆病風に吹かれたか?」
クロトの声にアリシャの意識が引き戻される。
「そんなことない」
はっきりとアリシャは言葉を返した。
「いいわ……行きましょう」
「……やけに堂々としたな。いきなり過ぎやしないか?」
「そんなのどうでもいいでしょ」
「まあ、馬鹿ってのはそういうものなのかねえ」
「うるさい! 開けるわよ!」
アリシャが叫びながら、窓の金属板に手をかける。
「いいぞ、ほら開けてくれ」
なんの気負いもなくクロトはアリシャに次の行動を催促する。
「……」
深く息を吸い、一気に吐いて、アリシャは窓の金属板を外した。
社の炎に照らし出された夜の村が、窓の外に見えた。
窓の外になにもいないことに安堵する。
そんなアリシャの横からクロトが手を伸ばし、無遠慮に窓を開け放った。
「ち、ちょっと……!」
「今更躊躇ってもどうにもならないだろ」
クロトが窓から身を乗り出して、周囲を確認する。
「問題ないな……先にいけ」
「え、私が?」
「俺はこの足だぞ。のろのろ出てる間に襲われたらどうしようもないだろ。お前が先に出て警戒してろ」
「……だったら来なければいいのに。足手纏いじゃない」
「俺がいなかったらお前はまた逃げだしそうで怖いからな」
「……」
不満気な顔をしながら、アリシャは窓から出て、軒の部分に立つ。
続いて、クロトが動きづらそうに、窓から外に出る。
「よし……とりあえず下ろしてくれ」
「はいはい。っていうかあなた、少しはものをお願いする態度ってのを見せたら?」
「気が向いたらな」
「……はあ」
アリシャが魔術を行使して、クロトの身体をゆっくりと地面に下ろす。
「これだけの実力があると、魔術ってのは万能だな。お前、王宮には入らないのか?」
「そうね……この件が片付いたら、どうするか考えるわ」
アリシャがクロトの横に着地する。
「そうかい……じゃ、まずは昨日悪魔が出たところに行ってみるか」
「ならこっちよ」
「分かってるよ。何のために昼に村を案内させたと思ってるんだ」
二人が並んで歩きだす。
アリシャはしきりに周囲に視線を巡らせる。
一方でクロトは余裕そのものの態度だった。
「……どうしてそんな平然としてるのよ」
「お前が警戒しすぎなんだよ」
クロトが呆れたように言う。
「社の炎で大分明るいが、それでもやっぱり暗いところはそこかしこにある。人間の死力じゃそんな暗がりすべてを見るなんて不可能に近い。それより、静かに気配を探るほうがよっぽどいい」
「気配って……そんなの探れるの?」
「どうだろうな」
「どうだろう、って……そんな曖昧な」
アリシャががくりと肩を落とす。
「ならお前が魔術でどうにかすればいいだろ」
「って言われても、そんなの……」
「そんだけ才能あるんだから、なんとなくでいけるだろ。空気の流れとか、僅かな音とか、体温を探ったりだとか」
「……そんなこと、いきなり出来るわけ……」
言いながらも、アリシャがなんとなくクロトが言ったような魔術を脳裏に思い浮かべる。
淡い輝きがアリシャの手から零れ落ちる。
その光が、アリシャの周囲に溶け込むようにして広がった。
魔術が発動したのだ。
「あ、出来た」
アリシャの一言にクロトが杖をつき損ね、こけかける。




