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第十一話


「何やってるのよ!」



 フォークを手に戻ってきたアリシャが叫ぶ。


 アリシャを無視して、クロトがナイフをエリナへと振り下ろした。



「――っ!」



 ナイフの尖端がエリナの胸に突き立つ――その直前。


 虚空から光で出来た帯が何本も伸びて、クロトの腕に巻きつく。


 魔力で作られた帯だ。


 クロトの腕は、微動だにできないほどきつく拘束された。



「あんた……!」



 怒りに顔を赤くしながら、アリシャはクロトに駆け寄り、エリナを奪い取った。


 クロトの手を拘束する帯が消滅した。



「正気!? なんで殺そうとしたの!?」

「……別に殺そうとなんかしてないさ」



 ナイフを懐にしまい、クロトは悪びれもせず言う。



「だったら今のはなによ!」

「身に危険が迫れば、呪いの効果がなにか発動するかもしれないだろ? まあ結果は、多分呪われてないだろう、って感じか。もしかしたら成長してから効果が出てくる呪いだったりするかもしれないがな……」

「だからって……! そもそも、ならなんで私をキッチンにやったのよ!」

「お前がいたら止めるだろう? いちいち納得させるのも面倒だし、そんな手間をかけている間にお前の叔母が帰ってこないとも限らなかった」

「それは……でも、それでもやりすぎよ!」



 不意に、アリシャの腕の中でいつのまにか目を覚ましていたエリナが泣き出してしまう。



「お前がうるさくするからだな」

「あんたね……っ!」



 アリシャがクロトを射抜かんばかりに睨みつける。



「あら、どうかしたの?」



 エリナの泣き声を聞きつけて、ネーファが食堂に戻ってきた。



「あ……あの、いきなり泣き出しちゃって……なんだか、私に抱かれるのは、気に入らないみたいです」



 アリシャがしどろもどろしながら、言い訳を口にする。



「あら? そうなの? それは残念ね……アリシャお姉ちゃんは別に恐い人じゃないのよ?」



 アリシャからエリナを受け取って、あやしながらネーファはそう言い聞かせた。


 エリナの泣き声が、少しずつ収まって行く。



「落ちついたみたいね」



 完全に泣きやんだエリナに、ネーファとアリシャが安堵する。



「それじゃあ、アリシャが面倒を見れないみたいだから私が世話をするわね」

「……すみません」



 アリシャが肩を縮めた。



「いいのよ。きっとエリナはまだアリシャに慣れていないのね。すぐに抱いても泣かないようになるわ」

「はい……」

「ところで、そうなるとアリシャはこれから暇になるのかしら?」

「……そう、ですね」

「だったら」



 ネーファがアリシャとクロトを交互に見て、微笑んだ。



「クロトさんに村の案内をして差し上げなさい」

「え、でも足の怪我が……」

「怪我をしているからといってずっと引きこもっていては逆に身体に悪いわ。負担にならない程度には出歩かなくては」

「……確かに、そうだな。動く分には杖があれば問題ないし」

「えっ?」



 ネーファの意見にクロトが同調したことに、アリシャが驚く。



「それじゃ、悪いがあんたの姪を借りていいか?」

「ええ、どうぞどうぞ」

「え……あれ?」



 自分の意思を置いて勝手に決まった予定に、アリシャが目を白黒させた。



「あれ?」



「で、どうするつもり? まさか、ほんとに村の案内をさせるつもりじゃないでしょうね?」



 歩きながら、アリシャがクロトに尋ねた。



「そのつもりだが?」



 アリシャが思わず立ち止まる。



「……は?」

「なんだその顔は。お前の叔母だって、案内してこいと言っていたろう?」

「いや、だって……こうやって村を歩くんだからもっと、情報収集とかしなくていいの?」

「情報収集ねえ?」



 クロトが器用に杖の頭に肘を置いて、頬杖をつく。



「ちなみに、どうやって?」

「そりゃあ、村の人にいろんな話を聞いてみる、とか」

「一介の村人が村長や聖女の夫より情報を持っていると?」

「……それは」



 アリシャはなにも言い返せなかった。



「そんなことをするくらいならこの村の地理を把握するほうがよっぽど今後のためになる。いいから、さっさと案内しろ」

「案内される側がどうしてそんなに偉そうなのよ!」



 クロトは無言で肩を竦める。



「やれやれ……ほんとにうるさいやつだ」

「誰のせいだと……!」



 アリシャの頬が引き攣る。


 その時、女性二人組がクロト達とすれ違った。


 ――わざわざ、クロト達から距離をとるように道の端を歩いて。


 すれ違った女性達は、何度も振り返り、小声でなにか話しながら早足で姿を消した。


 女性達の口元には、時折嘲笑すら浮かんでいた。



「なんだ?」



 そんな女性達の様子に、クロトは眉を寄せた。


 それは、クロトがこの村に来て他所者扱いを受けた時よりもあからさまに嫌悪感を露わにした態度だった。



「他所者が居ついて迷惑です、ってか?」



 クロトが苦笑する。



「……そうかもね。でも、そうだとしたらそれは、多分あんたのことじゃないわよ」

「なに?」

「……私だって、この村の人達からしたら他所者だもの」

「そういや、そんな話もあったな……だが、だとしてもあの態度はさすがにいきすぎじゃないか? お前は俺と違って村に来て数日ってわけでもないんだ。少しくらいは馴染んでてもいいだろ……なにか、他に理由があるんじゃないのか?」

「それは……」



 はっきりと答えが返せない時点で、なにかあると言っているようなものだった。



「まあ、別に言いたくないならいいが」



 クロトが踵を返す。



「なにそれ……気を遣ってるの?」

「いや、別に特段興味がないだけだ」

「……」



 アリシャがむっとする。



「……私の育った村の人達は、私以外、全員死んだわ」



 クロトが振り返る。



「全員?」

「ええ……全員。流行り病でね……発症して一日も待たず命を落とすような、ひどい病気だった」



 クロトが僅かに目を広げた。



「その中でお前だけ生き残ったのか?」

「そうよ。なんでかは、分からないけれど……私は、母さんと父さんが守ってくれたんだと思ってる」

「……ふうん。なるほど……それでか」



 クロトが得心がいったという顔をする。



「そんな村の生き残りだから気味悪がられてる、ってところか?」

「ええ……」

「そりゃそうだろうなあ」



 これだけの話を聞いても、クロトは動じない。


 それどころか、どこか面白がっているようにすら見える。



「しかし……唯一の生き残り、か……」



 クロトが顎に手を当てて、アリシャを見つめる。



「……なによ? あんたも私のこと気味悪がるの?」

「別に。ただ、そんなことがあるものかと思ってな」

「そんなことって……私が、生き残ったこと?」

「それも含めてだ。お前が稀有なほど優れた魔術の才能を持っていること。罹れば一日もたないような流行り病にみまわれた村で唯一生き残ったこと。そしてこんな邪神と関わりのある村にやってきたこと……それら全部を含めて、ふと思ったんだよ」



 にやりとクロトが笑う。



「これは本当に偶然なのか、ってな」

「どういう、こと?」

「別に、ただそう思っただけで、それ以上の事はないさ」



 クロトが肩を竦める。



「それより、いい加減案内をしろ。行くぞ」



 言って、クロトが歩き出す。



「なんなのよ……」



 アリシャは不思議そうな顔をしながら、クロトを追って歩き出す。


 後ろのアリシャからは、クロトの表情は窺えない。


 ――クロトはひどく愉快そうに、鋭く口元を歪めていた。



「あるいは……最初から無関係じゃなかったのか?」



 クロトはそう呟いた。

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