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歪んだ世界と人々の営み

魔術師の家族

作者: 朝凪


 夢は低空を滑るように進む。あるいは水面近くを泳ぐように。自分という存在は二重写しだ。どちらが本質かなど、どうでも良い問題だ。

 深く、浅く。深く、浅く。

 心地好い浮遊感。永遠に留まっていたい。しかしそういう訳にもいかない。

 夢は幾度か上下を繰り返し、やがて意識が浮上する。エルデイザヤ・ハインノールという形になる。清らかな朝日が、赤い瞼の裏に眩しい。夢の残滓を捕まえようと、枕に頬を埋めた。しかしそれを阻む者がいた。

「……さん、父さんっ!」

 布団をかぶった胸を叩き、末息子が叫ぶ。朝から元気なことだ、とイザはゆっくりと目を開いた。目を細めて十になる息子を眺める。大きな瞳が父を見詰めている。

「おはよう、ティエル」縺れる舌でゆっくりと言った。

「おはよう、じゃないよ! 遊びに行ってくる!」

 靴を鳴らし、ティエルは慌ただしく部屋を出て行った。それをぼんやりと見送り、イザは布団を頭まで引っ張り上げた。

「ねむい……」あの小さな怪獣は母の指令を受けて父を襲ったのだろうが、それで素直に起きるイザではない。もう一度目をつぶる。

「やっぱりまた寝てる! 起きて!」

 今度は妻がやって来た。乱暴に布団を剥ぎ取ろうとする。力なく抵抗しながら、イザは布団の中で呻いた。「寝させてくれ……」休みの日じゃないか、という言葉は布団に吸い込まれた。

「今日は駄目。掃除するの。寝るなら庭か居間にして」

 ほら、ご飯も出来てるわよ、とミシアはイザの腕を引いた。頭を掻きながら室内履きをつっかけ、イザは居間に降りた。席に着くと、紅茶を差し出された。温かい湯気が鼻先を擽る。すっきりとした良い香りがする。お蔭で幾分目が冴えた。

「良いお茶だね。……今何時だい?」カップの中を覗きながら、イザは尋ねた。紅玉色の液体に、髪の乱れた冴えない顔が映っている。

「もうお昼が近いわよ。夜更かしは程ほどにしてね。ヴィジャンより遅くに寝るのはどうかと思うわ。……はい、早めの昼食」

 トーストの乗った皿を二枚食卓に並べ、ミシアはイザの向かいに座る。トーストには大きなハムとチーズが載っていた。

「君も食べるのかい?」大皿のサラダを取り分ける妻に、イザは訊く。

「寝室の掃除が終わったら出掛けるの。だからあなたに付き合うわ」ミシアは色鮮やかな野菜の載った皿をイザに渡した。

 妻の顔には慎ましく化粧が掃かれていた。ブラウスもすこぶる趣味の良い、よそ行きを着ている。

「それは悪いことをしたね。それなら早く起きれば良かった。寝室は私が掃除しておくよ」

「あなたがやるともっと汚くなるから良いわ」

「……手厳しいね。どこに行くんだい?」

「芝居を見に行くの」

「楽しんできなさい。キッカも行くのかな?」トーストを齧ると、鼻孔の奥にチーズの香りが広がった。朝食はこれに限る。だがもう昼か、とイザは思い直した。ミシアと二人きりで食事をするのは久しぶりだ。普段は子どものうちの誰かしらが一緒にいる。

「ええ。ミラとそのお母さんとね。キッカはもうミラの家に行ってるわ」ミシアは小さく頷いた。トーストからハムが滑り落ちそうになっている。

「学校の友達だね」

「そうね。学校に上がる前からの友達だけど。うちにも何度か来たことがあるわよ」

「そうだったか」紅茶を啜りながら、イザは背中を丸めた。幾度か会ったことがあるであろう娘の友達を記憶していなかった。これは放任というより無関心と言われかねない。事実ミシアは言葉を続けた。

「あなたって子どもに関心がないのね」責める口調ではない。読んだ本の感想でも言うかのようだ。子どもたちももういちいち両親を煩わせる年齢ではないのだ。

「とんでもない。私の関心の第一は、いつだって君たちだよ」

「どうかしらね」サラダを口に運びながらミシアは笑う。「仕事よりずっと関心があるのは知っているわ」

「本当に家族が一番大事さ。それ以外はない。君たちがいないと困る」

「口は上手よ、魔術師さん」

 軽い食事をすぐに終え、ミシアは立ち上がった。水場の方に足を向ける妻に、「ああ、洗い物くらいは私がやろう」

 のんびりとトーストを齧りながらイザは言った。振り向いたミシアは微笑した。手に持ったエプロンを椅子に掛ける。

「そう? じゃあお願いするわね。水を零したらちゃんと拭いてね。ヴィジャンは昼過ぎに、ティエルは夕方には帰ってくると思うわ」

 それだけ言うと、ミシアは二階に姿を消した。掃除をするのだろう。私は悪い夫で父だな、とふと思った。遅い朝食――あるいは早めの昼食――を終え、皿を洗い始める。家族が一番大事だという言葉に偽りはない。しかし、行動はそれに伴っていない。いつだってそうだ。イザには人の気持ちは分からない。分かり得ない。自分の最善は、他人の最善ではない。疲れた目頭を押さえると、目に石鹸の泡が入った。慌てて洗い流す。

 イザが慣れない洗い物に悪戦苦闘する間に、ミシアは寝室の掃除を終え身支度を整えた。

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」泡のついた手をイザは小さく振った。

 柔らかな緑の裾を翻し、ミシアは家を後にした。

 洗い物を終える頃には、床はすっかり濡れていた。自分ではミシアのように上手くやったつもりだった。「……私の妻は器用だな」雑巾で水を拭き取りながら、イザは呟いた。普段滅多に家事をしないのが祟った。たまに得心を起こしたところで、そう上手くいく筈はないのだ。

「もう少し善き人間になれるように努力しないと」

 濡れた手を布巾で拭い、寝室に書類を取りに行く。大きなベッドは新しいシーツを掛けられていた。机や棚も目を見張るほど整頓されている。イザが皿にかかずらっている間に、妻はこれだけのことをあっさりとしてのけた。王侯貴族の居室のようだ、とは言いすぎだろうか。

「まるであれの方が魔術師のようだ。……掃除や洗い物の魔術を作ろうかな」

 ぼやきながら頭の隅で、決して許可は下りないだろうけど、と付け加える。魔術の開発は政府の認可を必要とする。魔術は法の下に治められている。魔術師に自由はない。だから魔術師は国を捨てる。

 くあ、とひとつ欠伸をし、イザは書類を小脇に庭へ出た。庭師を入れたばかりで、美しく整えられている。真昼の緑がひどく眩しい。もうすぐ夏至だ。パラソルを広げ、その陰に椅子を引き摺る。生垣の傍で洗濯物がはためいた。さらさらと翻る鮮やかな色が美しい。幸福な清潔感に包まれる。しばらく昼寝をすることにした。

 瞼の裏に、柔らかな赤が踊る。血の色だ。生きていることを感じる。彼は全き人間だった。

 心地好い浮遊感がしばらく続き、現実の世界に引き戻される。空はからりと青い。白昼を大分越え、気温が僅かに下がってきている。それでも空気は気持ちの良い温もりを持っていた。

 手から滑り落ちそうになっていた書類を眺める。青い影の落ちる紙には何も書かれていない。軽く表面を叩き二言三言呟く。水の底から浮上するかのように、黒い文字が現れた。自宅の庭で魔術を使うなど、歓迎されたことではない。書類を持ち出すのも、褒められた行為ではない。魔術庁の役人に見付かれば叱責は免れない。しかしイザにはどうでも良いことだった。

「生憎時間までに仕事を終える能力も休日を返上する勤労精神もないんでね」

 見えない役人に向かって皮肉らしく言う。昨日も帰る前に、責任者にあたるボルマンに実際そう言葉を投げた。若い役人は嘲るように片眉を上げるだけだった。魔術師ごときが、と口にしたかったのだろう。最早科学の方が優勢な時代だ。しかし、彼はそれなりに魔術を恐れているようだった。地位はないが腕だけは確かなイザに刃向い、豚にでも変えられては堪らない。彼には輝かしい役人人生が待っているのだ。

「今度会ったら、君も出世街道から外れたら魔術の研究をしなければならなくなるぞ、と言ってやるか……」

 書類を捲りながらぼやく。皮肉でも言っていなければ仕事にならない。魔術の研究には、膨大な知識を必要とする。そのためには長年の修練が必要だ。老境に至ってようやく一角の魔術師になれる。魔術師になってしまえば、それ以外の何者かになることは望めない。もっとも、大学出の官僚であるボルマンが魔術師になることはまかり間違ってもあり得ないことだが。

 書類には硬質な文字が連ねられている。魔術の軍事利用。その可否を問うている。この議題は、複数の政府部署、学会を巻き込み数か月に渡り議論が続いている。

 太古から魔術は人の生活に寄り添ってきた。それを戦争に援用することは可能か。論理的には可能である、というのが魔術庁の――魔術師たちの見解だ。だが、とイザは思う。

「そんな金があるなら鉄の銃を作る方が遥かに人殺しの効率は良い……」

 青いインクで、そう意見を書き付けた。魔術の開発は膨大な時間と金を必要とする。十分な実力と知識のある魔術師の数も多くはない。ならば子どもでも扱える銃でも作る方が、効率だけは良いのだ。銃も量産の技術が確立されている訳ではないが、魔術よりは遥かにましだ。魔術の効率の良い軍事利用には百年かかるだろうが、銃は五十年でどうにかなるだろう。

「国民を守るという観点では、魔術に一日の長があるだろう……」

 続けてそう書いた。乱暴な筆致で、語尾がひどく乱れている。素朴な民間信仰も魔術の一種だ。まじない程度であっても、魔術には人を守る力がある。鉄の化学兵器にはない力だ。

「……そもそも何のために魔術の軍事利用の可否を問うのか?」

 ペンが中空で止まる。書くことはしなかった。ただ生活の繁栄のためならば、イザは諸手を挙げて魔術の研究に没頭するだろう。しかし、戦争に正の方向の生産性はない。そもそも問題にされている戦争は実在のものではない。架空の人殺しの皮算用に、何の意味があるというのだろう。ありもしないことに、決して暇ではない人間たちが頭脳を悩ませている。いずれ来る未来のための想定なのか。日々の暮らしすら先が見えないというのに、架空の戦いにどれだけの意味があるのだろうか。ああ、と溜息をひとつ吐く。「……人間というのは何と愚かで、そして」

「ただいまー、って父さん? 庭?」

 長男のヴィジャンが帰ってきた。隣家との間の木戸からイザの方に近付いてくる。趣味の良い上着を腕に抱えていた。

「おかえり、愛しい我が息子」

「気持ち悪いこと言うな」庭の隅から椅子を引き摺り、ヴィジャンはイザの向かいに腰掛けた。

「休みでも髭くらい剃れよ。みっともない」

 自分のつるりとした顎を撫でながら、ヴィジャンはイザを軽くねめつけた。

「良いんだよ、別に……。ご近所にも私が昼行燈の魔術師だってことは知れ渡ってるんだから、張る見栄もないよ」自分の頬をひとつ撫で、イザは平然と言った。指摘されてやっと髭を剃っていないことを思い出した。

「ところで、お前はどこに行ってたんだい?」

 父の言葉に、ヴィジャンは耳に掛かった髪を掻き上げた。

「友達が旅に出ると言うから、他の仲間と見送ってきた。いつまた来るのか分からないが、良い奴だったよ」

「酒を飲んだね?」イザは息子をねめつけた。呼気に僅かに酒の匂いが混じっている。

「飲んださ」青年は悪びれもせず頷いた。「めでたい船出だからね。こういう日は昼から飲むのが一番さ」

「若僧が知ったような口を利くね」

「ただの若僧じゃなくて、あんたの息子の若僧だからね」

 澄ました口調に、イザは思わず苦笑した。ヴィジャンはようやく二十歳を過ぎた若者だが、妙に世間を知った風があった。私のせいだろうか、と父親は思わないでもない。

「ああ、母さんとキッカは……」

「芝居だろう? 朝出る前に聞いた。帰ってくる前に、夕飯の下ごしらえくらいは済ませておこう」

「私は手伝った方が良いかな?」

「得意じゃないが、俺が一人でやった方が何倍もましだね」

 昼にも似たようなことを言われたよ、とぼやきながら、イザは立ち上がった。ヴィジャンと一緒に家内に入る。

 ミシアの置いていった走り書きを見ながらヴィジャンは夕飯の準備をしている。「買い物に行かなくても良さそうだ。母さんは用意周到だな」

 ひとりごちる息子を視界の端に収めながら、イザは居間で書類との格闘を続けた。書斎に引っ込むのは気が進まなかった。魔術の軍事利用への意見書だけではなく、開発中の魔術の有用性を説く文書を書かなくてはならない。王府を納得させることが出来なければ開発は中止になる。文書作成は魔術師の職務ではないが、魔術庁勤務の役人に魔術を説明する能力はない。こうして開発の時間が奪われるのだから本末転倒だ。いっそ魔術師を全て解雇して科学だけで国の屋台骨を作ったらどうなのか、と思わないではない。王府にもそのような見解を持つ一派がいる。金を食うばかりの魔術師など廃止してしまえ、と。科学は魔術を凌駕する、と。しかし魔術と呼び得るもの――素朴な信仰であるとか――を失い滅亡した姿を見たことのある者としては、簡単に肯じられる意見ではない。一応そう考えはするものの。

「ああ、どうでも良い」

 正直なところ、イザにとってはどうでも良いことなのだ。家族が恙なく暮らせるなら、他にイザは何も望まない。些細な理想の生活を立てる方法などいくらでもある。「いっそ辞職して、悠々自適に暮すとか……」

「どうでも良くないな。あんたが職を失ったら俺たちの学費はどうなるんだ」

 芋の皮を剥きながら、ヴィジャンは父をねめつけた。三人の子どもはそれぞれ学校に通っている。一番金がかかるのが、大学に在籍するヴィジャンだった。

「お前は奨学金でも取りなさい。何をするにしても大学は出ておいた方が良い。……まあ我が家には私が今すぐ無職になっても食っていける蓄えはあるし、望む生活を新たに構築することだって出来るよ」

「父さんは仕事に疲れると、そればかり言うね。昔からそうだ」皮を剥く手を止めず、ヴィジャンは肩を竦めた。「新しい生活って、そう簡単に出来るものではないだろう」

「出来るさ。簡単だよ。……私は本当のことを言っているのさ。気に入らなければ何度でもやり直して、無限に試行し続ければ良い。最後に望む形を得られれば上々さ」

「人生は有限だ」

「子どもが知った風を言うね」からかうように言いながら、イザは声を上げて笑った。

 眉を顰めたヴィジャンが尚も言い募ろうとしたところに、華やかな声が飛び込んできた。

「ただいま!」

 ティエルがイザの胸に飛び込んでくる。それを受け止め、イザは書きかけの書類は放り出した。ふわりと土の匂いがした。

「通りで鉢合わせて、一緒に帰って来たの」

 夕日の色の飾りのついた帽子を脱ぎながら、キッカが言った。ヴィジャンの方に視線を投げ、大声を上げた。「あれ、ヴィジ兄が料理してる!」

「昼間っから飲んでいたことの、罪滅ぼしなんだそうだよ」末息子の頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、イザは言った。

「言うなよ……」

「あんた食事するだけって言ったじゃない! お昼から飲むなんて自堕落なことしちゃ駄目よ」上着を脱ぎ、ヴィジャンの横で早速夕飯の準備を始めたミシアが、長男の脇腹を肘でつつく。ヴィジャンの方が頭ひとつ分上背があるため、母親の肘は腰の辺りに入っていた。

「『港亭』で飲まないなんて出来るもんか……。それに、今日は友達の船出だったんだ」

「友達って、この間話してた旅をしてる人?」イザの隣の椅子に腰かけたキッカが身を乗り出し訊いた。ヴィジャンの「友達」を、キッカはいたく気に入っていた。十四歳の彼女にとって、異邦人とはひどく刺激的な存在だったのだろう。彼に独特の印象を受けた、と少女は語っていた。異国の人間である、という理由には収まり切らない不思議な雰囲気を持った青年と、イザも一度会ったことがある。書類の裏に、小さくその名前を書き付ける。彼の故郷の、不思議な文字だった。軽く指で弾くと、水に溶けるかのように文字が消えた。つまらない魔術だ、と内心で苦笑しながら仕事を再開する。

「そう、そいつさ。お前によろしくってさ。故郷に許嫁とかはいないからよろしく、とよ」悪戯っぽく笑いながら、ヴィジャンは言った。

「ふざけないでよ。そんなんどうでも良いんだから」キッカは頬を赤らめながら噛み付くように言った。「はいはい」とヴィジャンは澄まし顔で流した。

「私もその子と会ってみたかったわ。異国の人なんて、そうそう知り合えないんだから」鍋の灰汁を取りながらミシアが言った。

「おれもー」母の言葉に、ティエルも賛意を示す。

 この国は大陸の半島に位置する。半島と言っても、隣国と繋がる陸路はひどく狭い。このままだとと数百年後には島になると予測されていた。それ故、他国との交流が少なかった。異国人は、大陸に繋がる地域でしか会えない存在だ。

「一度夕食にでも誘えば良かったのよ。私たちもお話したかったわ」スープの味見をしながら、ミシアはヴィジャンに言った。そして、うん、おいしい、と小さく呟く。

「以後気を付けるよ」パンを切り分けながら、ヴィジャンは大儀そうに言った。

 あの青年はよほどの理由がない限り恐らく二度とこの地を訪れないだろうな、とイザは思った。口には出さなかった。旅人とは、そういうものだ。

「そういえば芝居はどうだった?」

 兄が置いたままにしていた小説雑誌をめくるキッカに、イザは尋ねた。「北方の劇団だと聞いたが」

「うん、とっても良かった」キッカは大きく頷いた。真新しい髪飾りが揺れる。「ミラは主演が一番大根だって怒ってたけど、わたしは素敵な人だって思った。髪が黒い、若い役者さんでね――」

「はは、あいつに似てたってことか」料理の手を止めず、ヴィジャンが言った。「あいつ」とは、今日旅立った件の友人だ。

「もう、ヴィジ兄ってばしつこい!」椅子から立ち上がったキッカは、丸めた雑誌でぽこぽこと兄の背中を叩いた。ヴィジャンは笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。

「キッカ姉良いなー。おれも見たかった」イザの膝の上で、ティエルは唇を尖らせた。末子であるためか、十になっても甘える癖が抜けない。

「あんた途中で寝るじゃない。券が無駄になる」雑誌の皺を伸ばしながら、キッカはにべもなく言った。

「今度は連れて行ってあげるわよ」皿にスープを盛りながら、ミシアがいなすように笑った。ティエルはこくりと頷き、姉と一緒に食卓に皿を並べ始めた。

 ランプを灯すと、薄暗かった家の中が暖かな光に包まれた。まだ長い夏の日の残滓があるが、やはり灯りがある方が良い。イザは全く進まなかった仕事を遂に放棄し、食卓についた。

「いただきます」

 五人で囲む食卓が、魔術師の幸福だ。


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