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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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22:ペルセリス(エイレーティア)、追憶・終。

なぜこの世界は、“彼ら”を必要とするんだろう。

わざわざ棺まで作って、何度も何度も入れ替えて。


魔力の量が人と彼らの存在を線引きし、役目を与えてまで。


「巫女様、お認め下さい」


「嫌よ!! シュマ!!!」


その数が揃わないと言うだけで、不安定になる世界。

たった8つの棺が柱となる世界。


「この地を守る為です。もう“前”の紅魔女の遺体はもちません。今にも地底の泉に落ちて行くでしょう。からになってしまえばいずれこの地にも災いが降り注ぎます」


「だったら、だったら私がそこに入るから!! だからシュマだけは……っ」


「いけません。あなたの棺は別にあるのです。それに、あなたの役目はまだ終わっていません」


長老を始めとする聖域の住人たちは、遥か昔から受け継がれる彼らの掟に従って、この地を守る為に手段を選ばなかった。


あの大爆発のあと、予想通り紅魔女と勇者カヤは死んだようだった。

ただ、二人の遺体はどこにも無い。探しにも行けない。あの爆発の中、体の一片でも残っていたらそれこそおかしいけれど。


同じ死でも、遺体が残らないと言う事がこの世界にとってどれほど重大な意味を持ったのか。

今まで知る事の無かった聖域の棺の存在理由を知らされ、私は絶句した。


聖域の住人たちは、紅魔女の棺にシュマを入れる事で、聖地の“緑の幕”を今まで通り展開しようと言ったのだ。

魔王クラスに最も近い存在である、シュマを。住人たちはとても名誉な事だと言ったけれど、そんなの生け贄と同じじゃない。


私が何度否定しても、決断したのがシュマ本人だったのだから、その決定を覆す事はできない。

私は無力だ。


あの子は言った。自分がこの地を守りますと。


「母様もいつかこの地の棺に入るのだったら、僕たちは三人、永遠に一緒です」


そんな永遠は望んでいなかった。


何でだろう。

私の手のうちにあった幸せは、次々に奪れていく。


この聖地に。









(追憶・終)



聖地・ヴァビロフォス


エイレーティア:28歳








それからの私はまるで意思の無い人形のようだった。

何もかもどうでも良かった。


ぼんやりと、聖地に収められたユノーシスとシュマの遺体を見つめながら、死にたいと何度思っただろうか。私が死ねば、緑の巫女の血のつながりは無くなって、ある意味この聖地に復讐出来るかもしれないと。

でも、そんな事になったらこの世界の為、この地の為に死んだユノーシスとシュマの存在を否定する事になるのではと、何度も自分に言い聞かせる。



私は聖域の住人たちに不信感を抱いていたため、その後新たな夫には神官たちの推すルーベルキアの第三王子を選んだ。

とても誠実で、非の打ち所の無い人だったと思う。私より年下だったけれど、西の大陸の大爆発の後不安定になった世界で、この地と王国の平和を、自分たちの繋がりによって取り戻す事が出来るならと、そんなことばかり考えている人だった。

でも、この時の私は前の夫と息子を失った哀しみから、本当にぼんやりとした曖昧な意識の存在だったから、この人の顔すらまともに思い出せない。


その後、新たな夫との間に娘を授かった。

聖地にとっては念願の、次代の“緑の巫女”だ。


“アエリス”と言う名をつけた。




「………」


娘を前にしても、私はやはりどこかぼんやりとしていた。

新たな夫は度々ルーベルキアに戻る事もあったが、白賢者よりよっぽど側にいてくれたし、なかなか心を開こうとしない私に対しても、本当に誠実に接してくれた。

この人との間に授かった娘も、確かに私の娘である。


求めていたものが再び手のうちにあると言うのに。


それでも頭から離れないあの白いシルエット。










この時代、どの大陸も、国も、混乱の中にあった。

西の大陸が半壊し、悪質なマギ粒子が飛散し、存在した国家も壊滅した。生き残った人々は他大陸に逃げ、それは争いを生んだ。

こんな時代に、圧倒的な力をもった者たちが既に居ない事が不幸だった。たとえ彼らが元凶だったとしても、彼らが好きかってに暴れていた時代の方がよほど平和だったのではないかと思わされる程、世界は醜い感情と争いに飲まれていく。


南の大陸では、ルーベルキア王国が聖域との繋がりを得た事で何とか人民をまとめ、広がる不安と不満を押さえ込もうとしていた。


“聖域”が全てを守ってくれる。

何も心配は要らないと。



だけど、災いはすぐにやってきた。

南の大陸で前例の無い伝染病が発生し、多くの死者を出していったのだ。この頃の白魔術ではそれを治す事はできなかった。


紅魔女の呪いだ、悪質なマギ粒子が忍び込んだのだ、棺に無関係の者を収めたのが悪かったのだ、王国と政治的な繋がりを持った事で聖域がお怒りになったのだ、緑の幕が正常に展開されていないのだ、と、聖域の住人たちは口々に噂した。


今更何を言っているのだと憤りを感じたが、それを表現する力は既に無かった。



やがて、伝染病は聖域にまでやってきた。

王国と繋がりのある神官たちが運んで来たのだと、神官たちと聖域の住人たちの間で争いが起こった。


醜い醜い。世界はどんどん醜くなっていく。


争っている場合では無いのに。

病にかかった者を隔離し、広がらない様に対処しても、それは呪いなのだと言うように広がっていく。

本当に聖域は怒っていたのかもしれない。



私は目を疑った。


この病は生まれたばかりの娘“アエリス”に感染したのだ。


体に黒いシミのようなものが発症し、やがて膿み腐っていく。

不治の病であるがため、それをどうする事もできない。

聖域の住人たちは、「もうダメだ」と言った。この子はもうもたないと。新しい巫女様を生みなさいと。


「……何よそれ」


私はこの時やっと、瞳に光を取り戻した。どうにかしなければならない、この子を救わなければならないと。

誰もこの子を救ってはくれない。私しか居ない。この子に生きて欲しいと心から思った。


今まで、私はユノーシスもシュマも、大切な者たちの死を見送る事しかできなかった。

それが彼らの運命なんだよと、聖域に囁かれた気がして、どうあがいても成す術は無かった。



私は病に感染したアエリスを抱いて、聖域の大樹の御元で叫んだ。


「お答え下さい。これが……こんな事がヴァビロフォスの御心だと言うのですか……っ!!」


まだ足りないと言うのですか。

私から全てを奪ったくせに、この子まで連れて行くと。


「ああ……どうして……どうしてよ……っ」


娘の息は細く、体は熱かった。

黒く膿んだ場所から血が流れ、それが私の腕を伝っていく。


私には何の力も無い。

この子を救う魔法を知らない。緑の巫女だと言っても、多くの魔力を持っていても、答えが出てこない。


「…………助けて……ユノーシス……」


娘を抱いたまま地に伏せ、絶望に震えた。

しかしその時、ふと彼の言葉を思い出したのだ。



「………運命を変える……魔法……」



鼻を懐かしい潮風の匂いが霞め、瞳の奥には、ずっと会いたかった優しい笑顔を見つける。


彼は、最大の魔法はゼロを1にする魔法だと言った。

それは最も難しい、運命を変える魔法だと。


「いいわ……私はどうなっても良いから。お願いよ、この子の運命を変えて……っ!!」


大樹を見上げ、叫び続ける。

私の中の魔力がドクンドクンと鼓動を打った。


「お願い、お願い!! ユノーシス……お願い、力を貸して……っ!!」


聖地ヴァヴィロフォスよ、私が緑の巫女だと言うなら、その力を今こそ捧げよう。

だから、最後くらい奇跡を信じさせて。



「ヴァビロフォスよ!!」



淡く、ゆっくりとした時間が、緑の木葉を揺らし私の瞳に吸い込まれていく。

キラキラ、ゆらゆら。


私はその瞬きのような瞬間、聖地の多くの記憶を垣間見た。


「……あ……」



9人だ。

遠く彼方に、9人のシルエットが見える。

誰だか分からないのにとても懐かしい気がする。


生と死を繰り返し、時代をそれぞれの色で彩り、彼らは出会い、争い、別れ、それでも最後にここへ戻って来る。



あ……カヤだ。


遠くに佇む金髪の青年は、振り返って私に言った。



「お前たちはまた会える」



時代は流れ、巡り巡って、再びここへ辿り着く。


やっと……その意味が分かった。



「そう……次の時代が待ってるのね……」






緑色の光が地に伏せる私たちを包み、そしてこの聖域を包み、波動となって大陸を駆け抜けた。

光の胞子は空高く舞い、やがて聖なる歌となる。


長く厚い雲に覆われていた空から光が差し込んできた。


アエリスはその光に包まれ、やがて病の跡を消し、安らかにすやすやと眠る。

もう何も心配は要らない様だった。


「………」


ああ、良かった。

私にも守れるものがあったのだ。


ユノーシス、あなたが力を貸してくれたの?

私は、最後の最後に小さな希望を得たのよ。



力の入らない血まみれの手を伸ばし、アエリスの頬を撫で、一筋涙を流した。

この子は希望だ。

この先、暗雲の世界を導く存在になる。


でもごめんね。

今度はあなたを置いていく。


「巫女様!!!」


光の胞子の飛ぶ聖域に、一人の青年が駆け込んできた。

今の夫だ。私は告げる。


「……アエリスを、お願いします」


その人は私の姿を見て、とても驚いた悲しそうな顔をした。

いったい今、私はどんな姿だったんだろう。


でも、涙を流しながらも、その人は何度も頷いた。


「ええ……分かっています。私たちの娘ですから」



その声を聞いた時、私はやっとその人の名を思い出し、顔を認識する。

精悍な青年だった。男らしい、ユノーシスとは全然違う人。名はジョエル。


私はきっと、ありがとうと言った。そして、ごめんなさいと。



だけど、もう何も聞こえない。


何も見えない。



だんだんと遠くなっていく意識の中で、それでも木漏れ日のような温かい何かに包まれていたと思う。


そうだ。

私は決して絶望の中で死んだわけではない。


最後に希望を繋いで、命を燃やした。



言わなくちゃ。


あの人に言わなくちゃ。




ユノーシス……いえ、違う。ユリシスよ。



言わなくちゃ。

伝えにいかなくちゃ。


私が最後に手にしたものは、確かな希望の光だったと。










目覚めた時の空気があんまり清々しくて、私はまるで生まれ変わったような気分だった。


窓から差し込む光。

露が落ちる音。


鳥が空を高く飛び、鳴いている。


分かる。見える。

私の世界が色を変えている。


心は穏やかだ。何もかもを思い出したと言うのに、澄んだ水面の様に乱れ無い。


「……ペルセリス!!」


「………」


部屋に赤毛の少女と、黒い髪の青年が駆け込んできた。二人は寝台に座り込んでいる私を見て、とても不安そうな顔をしている。

一瞬呼ばれた名に違和感を覚えたが、すぐに認識する。


そうだ。今の私はペルセリス。


「……そう。あなたたちは、紅魔女と黒魔王だったのね……」


「…………」


「やっと分かった……あなたたちが、お互いを求めた理由が……」


マキアは口を抑え、抑えきれないと言う様に涙を流した。

その涙には、きっととても複雑な沢山の思いがあったのだろう。トールも何とも言えない表情だ。


私はゆっくりと、自分自身何かに区切りを見つけ、頷く。


そして、寝台を降りゆっくり歩き、裸足のまま店を出た。





懐かしいけれど、きっと知らない、新しい匂い。

雨上がりの夕暮れの、濃い空の色。

瞬きすらしたくない。



ああ。


世界は何もかも違って見えた。



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