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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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19:ペルセリス(エイレーティア)、追憶2。

(追憶・2)



聖地・ヴァビロフォス

エイレーティア:16歳






毎年春に行われる聖地の恵を感謝する祭りがある。その日だけは静かな森も賑やかになるのだけれど、私は始終しかめっ面だった。大陸に散った神官たちが聖地に集まり、私に挨拶をしていく。私を崇めたり讃えたり。私自身はただの巫女だけど、私を通して聖地の恵を感謝してるらしい。


「……はあ」


ここ最近、私は大人たちの陰謀に反発する様に、どこか虚勢を張っていた。

長老や神官長の口車に乗らない様に、言いなりにならない様に、操り人形に成り下がらない様に、気を張ってどこか強がって。

子供だと甘く見られてはいけないから。


まあ反抗期と言う奴だ。



「……巫女様。お久しぶりです」


「何よ今更帰ってきて……この若作りじじい!」


「またそんな言葉を……いったいどこで覚えたのか」


この時期に久々に帰ってきた白賢者ユノーシスに対しても、私は反抗的だった。

彼は困ったような顔をして、樹の根元で眉をつりあげる私を見ている。


「前にカヤが言ってたもん。賢者様は見た目は若いけど中身は完全にじじいだって」


「………」


勇者カヤはこの時、このメイデーアで誰もが知る勇者であった。

まだ黒魔王や紅魔女を倒してはいなかったけれど、東の最北端にある山の山賊を討伐したり、黒魔王にしたがう大物魔族を倒したり、世界に名を轟かす沢山の成果を上げていたし、ここ最近黒魔王や紅魔女も勇者を無視出来ないようだった。


「ごほん……まあ確かに私はただのくそじじいです。どこぞではやれ老害だ、目の上のたんこぶだ、早くくたばらないかなとか言う奴も居るようです」


私はそれも気に入らなかったのだ。

長老や神官長は、結局私の向こう側にいる白賢者を恐れているだけで、私と言う存在はただの“緑の巫女”という名を持つ無力な少女に過ぎない。

白賢者は大切な時に側にいてくれないくせに、その名だけで私を守っている。


「……白賢者、あなたが帰ってきたのはなぜ? あなたも、早く花婿を迎えろとか言う気? 長老や神官長みたいに」


「………巫女様」


「あの二人は私が邪魔なのよ。だから早く次代の巫女を産んで引退しろって言いたいんだわ……」


「しかし巫女様、母上であるディエナ様も16歳の時にあなたを産んだのです。……巫女は直系の血縁の世襲が絶対。花婿を受け入れる事は、長老や神官長の事とは切り離しお考え下さい。とても……大切な事です」


「…………」


私は彼の困ったような顔になぜか腹が立って、ふんとそっぽを向いた。


「私だって分かってる。説教しないで父親じゃあるまいし……」


「………巫女様」


「緑の巫女は娘を産んで、その最大の役目を終えるの。血を繋げる事に意味がある存在だって、母様も言ってた。……でも、長老や神官長が選んだ男なんて、あいつらに都合の良いやつばかりだもの」


緑の巫女は基本、他人が気軽に触れる事のできない崇高な存在として、会える人物が制限されている。

長老たち聖域の住人、僅かな神官たちだ。

もちろん春の祭りの時期だけは、私はもっと公の前に出て多くの人を見る事ができる。


でもあんなの、ただの見せ物だ。目前の人々はみな同じにしか見えない“群れ”だ。個人を特定出来るものでもなく、皆同じ。


私が信頼出来る人なんて、ここには居ない。

長老や神官長が花婿候補に連れてくる男なんてみんな同じ。私を尊敬し、敬っていると言う。

でも知っている。それは私が“緑の巫女”だからだ。特に何か大きな事を成した訳でもないただの小娘であるのに、尊敬しているとか、敬っているとか、盲目的に言ってくれる。


誰一人、私の好きな花すら言い当てられないくせに。


「だから私、あの男たちに言ってやるのよ。私の一番好きな花を一回で言い当てたら結婚してあげるって」


「……またそのような」


「うるさい。ならあなたは知っているの?」


「………蓮花がお好きだったような……」


「それは小さい頃に一番好きだった花よ。今は全然違う……」


まあ、この問いには最初から答えは無いのだけれど。

今好きな花など無い。


花を愛でる程の余裕は無いのだ。


ユノーシスがそんな事知るはず無い。この人はずっと他大陸に居るのだから。


「白賢者、あなたは私なんかよりカヤの方が可愛いんでしょう。だったら早く、彼の所へ行って魔王でも何でもさっさと倒してくれば」


「………何をおっしゃいますか。あなたもカヤも、娘であり息子のようなものです」


「どうせ緑の巫女はみんな、あなたにとっては娘みたいなものでしょう。私なんてその中の一人に過ぎないわ。……でもカヤは違う。伝説の勇者様だもん。育てたあなたにとっちゃ、自慢の弟子でしょうよ」


「………」


私は何を言ってるんだろう。

まるでカヤに嫉妬してるみたいだ。


カヤやユノーシスが世界の為に何をしているか、ちゃんと分かってるはずなのに。


「さっさと行ってしまいなさいよくそじじい!!」


私はどこまでもひねくれていた。

まあ子供だったのだ。






しかし白賢者は一時聖地に留まっていた。

彼が何を気にしていたのか分からないが、魔王討伐を勇者たちに任せっきりで、彼は隠居でも決めたのかと言う様にこの大陸を出て行かなかった。


「……白賢者、あなた何のつもりなの? 隠居なの?」


「何ですって?」


「なんでここに居るのかって聞いてるのよ。もう半年になるわよ」


「私の力が無くてもカヤは上手くやりますよ。老人が口出す時期は過ぎたのです」


「だからって……なんでずっとここに居るのよ」


聖域で精霊たちを遊ばせながら、彼は木陰に腰掛けピンと気を張っている。

毎日彼が居ると言う事が、私はとても嬉しかったくせに全然素直になれなかった。父親に対する反抗期の娘みたい。


「少し気になる事があるのです。神官たちがあなたに、ルーベルキアの王子を花婿にと考えているようです。そうすれば今まで不可侵だった聖域の事情に、否応無しに王国が介入してくるでしょう。聖域の住人はそれを良しとはしていませんので、私が二つの立場を監視しているのです。……血を流す争い事にならないように」


「………そんなの、私が花婿を拒否すれば良いだけの話じゃない」


「それはいけません。あなたはそろそろ、どちらかの立場の花婿、もしくは全く無関係の者を受け入れる決断をしなければなりません。どれが一番正しく、今後の聖域にとってより良いのかを見極めなければならない。……私はそのお手伝いはできますが、最後に決めるのは結局あなたなのですから。緑の巫女」


「………」


ムスッとして視線を逸らしつつ、「分かってるわ」と強く言う。

この男に言われなくても分かっている。







17歳になったある日、私と白賢者は長老に呼ばれた。

そろそろ長老も、私が頑に花婿を受け入れない事に焦りを感じていたようだった。


だから長老は神官たちの力の及ばない存在を、私の花婿にと考えた。


「……白賢者……あなた様を緑の巫女の婿として聖域に迎え入れたい」


「……はい……。はい?」


ユノーシスは彼らしくない驚きの表情を浮かべていた。私もそうだ。二人ともポカンとしている。


「緑の巫女の花婿に最もふさわしいのは、あなた様しか居なかったのだ。どうして今まで気がつかなかったのか……」


「ちょっとお待ちなさい長老。私はあなたより歳を食っている、巫女様から見たらただの老いぼれです。それはあまりに巫女様が……」


ユノーシスはだらだら冷や汗を流しながら、チラチラと私を伺っている。

私と言えばさっきからずっと放心状態だ。

まさかユノーシスが婿候補として名を挙げられるとは思わなかった。


でもどこか、胸が高鳴っている。


「お引き受け下さいませ白賢者。あなたは妻も子も居らんではないですか。聖域の未来の為に……」


「そ、それは……」


私は胸を抑え、隣のユノーシスを見上げた。生まれた時から父の様に思っていた彼を、初めて意識した瞬間でもある。


「それは無理です、長老」


しかし彼は断固首を振った。


「私と彼女では生きていく時間の流れが違います」


「………」


瞬間、冷めていく心の奥。

何がそんなに悔しかったのか、私は歯を食いしばって立ち上がった。


「私だって、あなたみたいな老いぼれくそじじい、断固お断りよ!!」


本当に、何がそんなに悔しかったのか。

悲しかったのか。







それから数日の間、私は妙にぼんやりとしていた。聖域に所々ある泉に浸かって、仰向けになって空を見上げる。

無音の中の太陽の光だけをチラチラと視界に留める。

今まで頑固なまでに強がって、気を張っていたのが嘘の様に、億劫で憂鬱だ。


もう疲れた。


「………巫女様」


「………」



ザアアアア……

私は誰かに呼ばれた気がして、ゆっくりと泉から上がった。

横目に白賢者ユノーシスを捕える。


ただ、この時私は本当に無気力で、彼にいつもの様に反発の言葉を投げかける力も無く、ただぼんやりと大樹の木の裏側に向かって行って、その木の根の間にちょこんと座り込んだ。


体がだるい。

私はいったいどうしちゃったんだろう。


「………巫女様」


「何よ……そろそろ東に戻るって言うの……?」


「……いいえ、そう言う訳では……」


ユノーシスは少し気まずそうに私の側にやってきて、私の視線に合わせる様に腰を低くした。


「どうしましたか。いつものあなたではないようです」


「………なんだかもう、どうでも良くなっちゃった。ごめんね……ユノーシス」


「………巫女様」


「私、次に会った婿候補と結婚する事にするわ。……長老派とか、神官派とか……もうどうでもいいや。私が無意味に強がって、駄々をこねてたから、あなたまで引きずり出しちゃった……ごめんね」


「………」


ただぼんやりと、どこを見るでも無く。ああ、私ってこんなに簡単に謝れるんじゃない。

もっと早く、素直になっていれば良かったのか。言われるがままに、決められた花婿と結婚すべきだった。


聖域の導きに逆らうべきではなかった。

きっとそっちの方が、ずっと楽だった。


「……巫女様……」


ぼーっとした私を、ユノーシスがどこか気難しい顔をして見ている。

そして、強い瞳を向け言うのだ。


「巫女様……私と夫婦になりますか?」


「………」


「いえ、違いますね……すみません。私と夫婦になってくれませんか……ですね。すみません……全く私は……」


「……は?」


光の無かった私の緑色の瞳に、彼が映る。しかしまたすぐに視線を逸らし、落とした。


「なにそれ、長老に言いくるめられたの……? おかしいじゃない、この前は無理だと言っていたのに」


「………」


「私はそんなに哀れ? それが、賢者様の導き出した最良の決断ってわけ……」


大きく息を吸って、そして長く吐く。

そしたら、とても我慢できずに泣いてしまった。


なぜかとても惨めだった。


ユノーシスはいつもなら私の頭を撫で慰めるのに、この時ばかりは何もしないで、ただ同じ様に木の根にもたれた。

いつも手に持っている錫杖を側において、隣に生えている白い桔梗の花を見つめている。


「巫女様……私はきっと、一生誰とも寄り添う事は無いだろうと、そうすべきだと思って生きて来ました」


「………?」


「今はこんな風ですけれど、私にだって若い頃があったのです。あの頃は精霊を探しては契約、記録する旅に全てをかけていました。仲間内に、将来を約束した女性もいたのです。………しかし、私たちが結ばれることはありませんでした」


「……どうして?」


私が顔を上げ問い返すと、彼は少し困った様に肩を竦めた。


「私と彼女は、見ている景色と、生きる時間の速度がまるで違ったのです。……彼女は自分だけが老いていく事に耐えられず、私から離れていきました。そしてそれは必然だと思いました…」


「………」


「でもたまに思うのです。既に死んでいった、あの頃の仲間たちと共に、同じ時間を生きる事ができていたら……私はどのような人生を送っていただろうと。起承転結のある人生とはどのようなものなのだろうかと。……知ってますか? 私は長く生きて、何だって知っている賢者と言われていますが、誰もが知る事を知らなかったりするのです。それは、普通に恋をして、家庭を持って、子を成し、老いていく。そして、死の恐怖を前に、それでも最後まで生きる……起伏のある人生」


「死の……恐怖?」


彼は白桔梗の花をぷつんと摘んで、それを指先でクルクル回しながら、さっきの私みたいにどこか遠い瞳をしていた。

何となく、彼自身の疲れや諦めみたいなものを感じた。私とは比べ物にならないくらい、沢山のものを抱えたその姿。


真っ白な彼の、何とも言い様のない儚さ。


「私はいつ死ぬんだろうか……それが全く分からないのです。時間の感覚が完全に麻痺してしまって、私にそれを教えてくれる人はいない……。よく言うでしょう、永遠なんて無いと。始まりがあれば終わりがあると。でも……私には永遠があるような気がしてならないのです……」


「………」


そして彼はハッとして、クスクス笑うと手で顔を抑えた。


「すみません。私は何を言っているのでしょうね……一人ごとですから……」


一通り笑うと、彼は少し恥ずかしくなったのかコホンと咳払いをした。


不思議な感覚だった。今まで彼の話を聞いた事は無かったから。自分ばかり、彼に言いたい事を言いっぱなしだったから。

私はさっきから、彼の手に持つ白い桔梗の花が気になって仕方が無い。


彼はその花言葉を知っているのだろうか。


「ねえ……知ってる? その白桔梗の花言葉」


「……?」


「“永遠に君を愛する”って言う意味なの……胡散臭いと思わない? だから私、その花あんまり好きじゃないの」


「………ほお」


彼は気まずそうに視線を逸らし、「いえ知ってますけどね」と言う。

この反応……さては知らなかったな。


「賢者って言っても……たいした事は無いわね」


「薬草の効用なんかは詳しいんですけどね……」


「………」


ユノーシスがその花をそっと脇に置こうとしたから、私は手を差し出した。

彼をじっと見る。彼はとても不思議そうな顔をした。


「その花、私にくれるなら、私その花を一番好きになれそうなんだけど」


「………」


「そしたら、あなたは私の一番好きな花、言い当てる事ができると思うのだけれど」


我ながら、なんて遠回りな言い方だろうか。

可愛くないなあ。


ユノーシスは少しの間ぽかんとしていたけれど、自分の手のうちにある白桔梗の花と私の顔を見比べ、表情を引き締めた。


「私は……老いぼれくそじじいですよ? 常に側に居る事もできませんし、何しろ……老いぼれくそじじいですよ?」


「な、何……根に持ってるの……?」


真面目な顔して言う事はそれか。

ちょっと可笑しかった。今まで何度彼にそう言い捨てただろうか。


「でも、その花の花言葉……あなただけが説得力をもてると思うから……。あなたには永遠がある気がするのでしょう?」


「………」


ユノーシスは私から視線を逸らさなかった。

そして、ゆっくり頷く。


「あなたの一番好きな花は、白桔梗ですか」


「………ええ……正解よ」


「私の妻になってくれますか?」


差し出されたただ一つの素朴な花が、丁度木漏れ日の当たる場所に差し出され、私はそれを受け取った。


「いいわ、ユノーシス」




私は知らない。なぜ彼が私と夫婦になろうと思ったのか。


でも、それはこの際どうでも良かった。

彼が賢者として、それを最良だと判断したのだとしても、それはそれで良かった。

彼だけが、私の一番好きな花を言い当てる事ができたのだから。それは確かな事だから。



この時の私たちが、お互い深く愛し合っていたかと言えば、それはきっと嘘だ。

私はどこか彼に対し、隠し続けた思いがあったのだと思うけれど、彼が私に対しそんな思いがあったのかと言えば、きっと無い。

勿論、私は彼から見たら随分と子供で、娘や孫と言ってもおかしくはない存在だったのだから。



でも、ここから始まった、生まれ育んだ思いが嘘だったとは、決して思わない。


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