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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
92/408

17:ペルセリス、お婆さんたちの本気。

下に頂いたイラストを載せています。


私は今まで、教国を出る事はほとんど無かった。

それは決して許される事ではなかったし、ほんの少し悪戯心で王宮への通路を渡る事はあったけれど。

でも人に見つからないよう心がけたし、教国で騒ぎにならないよう自分を戒め少しの時間で帰った。


王宮の空中庭園へ忍び込んだ時、まれに城下町を見下ろしたりしたけれど、そこへ行こうと言う意志が生まれた事は無かった。

憧れはあったはずなのに、何でかな。





「……迷っちゃった」


初めて教国を飛び出した。

気がつかれない様に意識して、こそこそ身を隠しながら。


どこかへ行かなければという胸をせっつく感情は、ただその場所がどこなのかまで教えてくれない。

私は立ち並ぶ店や、隙間の無い住宅街、町の中にある小川や橋、公園なんかを行ったり来たりして、人とすれ違ったら少し挙動不審になったりした。

教国で出会う人々には恐れを感じた事は無かったのに、きっと見知らぬ世界に一人ポツンと彷徨う不安から、知らない人というのがとても触れがたいものに見えたのだろう。


少し大きな眼鏡橋を渡った所に、飾り扉の可愛いドールハウスがあった。

そのショーウィンドウに置かれていたのが、真っ赤なドレスを着た巻き毛の女の子の人形だった。まだ朝早く人通りの少ない町で、お店自体も閉まっているけれど、その分じっくりと見る事ができる。


「わあ可愛い……マキアみたい……」


と言うより、むしろマキアが美しく作り込まれた人形に引けをとらないと言った方が良いのかもしれない。

マキアは本当に華やかで綺麗な女の子だ。白い肌、明るい赤みの強い唇、大きくて少しつった瞳は、一目見ただけで強い印象を与えられる。


初めて彼女を見たのは、舞踏会のサロンでユリシスと抱き合っていた時だけど、彼女はユリシスの隣に立っても全然見劣りしないもの。


「…………」


その点私なんて素朴で平凡で、おまけに童顔だもんなあ。

ショーウィンドウに映る自分の姿にため息をついた。巫女服もひらひらしてるだけで、色も質素だし昔から変わらない形だし。


「血……」


ふいに後ろから声が聞こえ、びくりと肩を震わせた。

その声に寒気を覚えたのだ。少し震えた、くぐもった声。

振り返ると、そこにはぼさぼさの髪の、えらの張った男の人が立っている。


「血を……」


「……おじさん……誰?」


充血した瞳が私を見下ろしながら、ゆっくりこちらに近づいてくる。言い様の無い恐怖心にかられ、私はユリシスのローブをぎゅっと掴んだままショーウィンドウのガラスに背を付けた。


男の人の腕は、皮膚が茶色く爪が鋭い。とても人のものとは思えない。


その手が伸ばされ、恐怖のあまり動けない私だったけれど、突然さっき渡って来た眼鏡橋の方から爆発音みたいなものが聞こえ、男の人がそちらに気を取られた。その瞬間を見逃さず、私は脇からすり抜け走り、側の曲がり角で曲がって逃げた。


とにかく一生懸命走った。

ぎゅっとローブを握りしめ、恐怖に唇を噛んで涙をこらえながら、行く当ても無くただあの男の人に捕まらない様に。



路地裏で迷って、とうとう行き止まりにぶつかってしまった。

私はオロオロして、向かいの針金の柵を登ろうとしたけれど、柵には金属の刺があった。慌てて握ったせいで、手のひらに痛みが走る。


「……いった……っ」


そんな事をしていたら、とうとう重い足音が近づいてきた。

男の人が曲がり角から出てきて、目を光らせながら前屈みで近づいてくる。まるで獣のような体制だ。鼻をヒクヒクと動かし、私に気がついた。


「……どうしよう………っユリシス……」


私はその場から動けず、ウッとこみ上げてくる涙を目にためた。

緑の巫女っていったって、こんな時にどうする事もできない。



「おやおや、朝っぱらから娘を追いかけるなんて……飢えた獣は怖いねえ……ヒヒ」



突然、柵の向こう側から声がした。

背中の曲がった、眼帯をした老婆だった。


「……エグレーサ!!」


私はその老婆をよく知っていたから、あんまりホッとしてまた柵を握ってしまった。

今度はちょっと血が出てしまった。


「どうしようどうしよう、あの人なんかおかしいの!!」


「落ち着きなさい巫女様……そのままじっとしておいで」


エグレーサは今まで杖をついていたのに、その杖は実のところあまり必要ない、とでも言う様にぽいと捨て、助走を付けこちらに向かって走ってきた。

結構なスピードで。


「……え」


柵を飛び越える程の跳躍力。なんてことだろう。ポカンとしてしまった。

私の前にシュタッと降り立った姿は、まるで年を感じさせない身のこなしだ。


彼女は背筋をしゃんと伸ばし、私の前に立つと懐から煙管を取り出した。

それを一振りするだけで、魔力を帯びた煙が男の周囲を囲っていく。


男はあからさまにうろたえ、鼻を抑えていた。


「おやおや、この匂いは嫌いかね魔族の者よ。まあそうだろうねえ、そういう風に作ってあるから」


エグレーサはどこか楽し気だ。


「……さて、この子の魔力を嗅ぎつけたかね? ヒヒ。ならば蛇の毒をたっぷりごちそうしよう」


煙はだんだんと蛇の形を成していった。流石に私もギョッとする。ウルバヌスの所のオルガムは可愛いと思えるのに、彼女の煙の蛇はいかにも毒々しい。


三匹の蛇が舌をチロチロさせながら、男の周りを取り囲み、足や腕、横腹に噛み付いた。


「……!?」


「安心おし巫女様……対魔族の毒を使っているから」


「対魔族……?」


エグレーサはニヤリと口の端を上げると、だんだんと動きの鈍くなった男に声をかけた。


「どうだい? 最初は少し気持ちがいいだろう?……眠くなってきたかい?」


「………血……血を……」


「血なら夢の中で杯一杯飲むんだね」


ドサリと地に倒れた。

もう男は動かない。


「………」


「流石は私の毒、早く回るねえ」


エグレーサはそのまま煙管を吸って、長く煙を吐いた。










「ねえエグレーサ、私行かなきゃいけない所があるの」


「………はて、巫女様が聖地を出てきていったいどこへ行こうと言うのか」


「分からないの」


言っている事が矛盾しているせいで、エグレーサは少し妙な顔をしている。

私は彼女の買い物を手伝いながら、彼女に色々と語った。誰にも言えなかった鬱憤みたいなものを。


「分からないなら、このババアの買い物にでも付き合ってくれるかい? 町をふらふらしていると、何か思い当たるかもしれない……ヒヒ」


「……いいの?」


「勿論、この町は今色々と物騒だから、私の側を離れるんじゃないよ。また怖い思いをしたくなかったらね」


そうして市でトマトの缶詰、魚の干物や貝の干物など日持ちのしそうなもばかり買っていったりして、私は活気のある町を見て回った。


ただ、エグレーサが現れると市場がザワザワしてくる。私は深くフードを被っていたけれど、人々のこの妙な視線は痛く感じられた。


「エグレーサって……もしかして怖がられてる?」


「まあねえ、近所の子供たちは私に話しかけられたら泣きながら逃げてくよ。食われるってね。……誰があんなクソガキ共」


「………まあ魔女だしね」


あからさまに禍々しい魔力を垂れ流しているし、強い薬の匂いはするし、眼帯だしね。

私は小さい頃からお世話になってるから、頼りになるお婆ちゃんって感じだけど。






再び杖をつきながら歩くエグレーサは、歳相応の老婆だ。

いったいさっきの身のこなしは何だったんだろう。


エグレーサの買い物に付き合いながら、あっちへこっちへ行ったり来たりして少し疲れた。エグレーサは何て事無さそうだ。


私はエグレーサと共に町のあちこちを観察しながら、それでも何も思い当たる事が無いのに不安を覚えていく。

きっと私は、ユリシスとの何かを忘れているのに。


“約束の場所”……そのキーワードだけが、心の奥底に留まっている。


エグレーサは、だんだんと俯きがちになる私をしきりに横目で見ていた。






「…………?」


「占い喫茶だ。ここでランチでも食べようか……」


と、彼女が私を連れてきたのが、占い喫茶ヴェルダンド。何だか誰かさんにそっくりなあからさまに禍々しい魔力を垂れ流した喫茶店だ。

入店すると、出てきたのはこれまた老婆で、でもエグレーサとは真逆でふんわりニコニコしたおばあさんだった。


「まだ死んでなかったかいエグレーサ」


しかしその人の良さそうな顔でいきなりの悪態。


「ふん、元気そうだねスクルディ。相変わらず客の居ない喫茶店を営んでいるのか」


「お前さんに言われたくないね」


スクルディというおばあさんは私を見るや否や、垂れた大きな瞳をもっと大きくさせた。


「こりゃあたまげたね。巫女様じゃないかい?」


「……分かるの?」


「勿論ですとも。私はこれでも元王宮魔術師ですから。スクルディ・エスタという、今は隠居の身のただのババアです。お見知りおきを」


少し驚いた。エスタ家と言えば、ミラドリードではメディテ家と並ぶ魔術師の一族だ。

でもメディテ家とエスタ家と言えば、仲が悪いんじゃなかったけ。


「いつものを二つ」


「はいはい」


エグレーサは何だか良く訪れているみたいで、手慣れた様子で注文した。

スクルディは私に頭を下げ行ってしまった。


「巫女様、お食事をとったら、あのスクルディに少し占ってもらうと良いでしょう。あのババアは占いだけは当たるからのお……」


「………占い?」


「そう。あなた様にとって重要な事は何なのか、ヒントを与えてくれるでしょう」


「……ヒント」


呟く様に繰り返し、私は少し目を伏せた。






出てきたランチに驚いた。

こんな、いかにも魔女の店と言うような暗く怪しい喫茶店なのに、出てきたメニューは本当にお洒落でおいしそう。


白い三つの小鉢にトマトと枝豆の煮物、サーモンマリネ、野菜を薄い生ハムで巻いたものを少しずつ入れたものが並び、メインにはハンバーググラタン。エグレーサのグラタンにはハンバーグが乗っていなかった。


「これは巫女様にサービスです。旗を立てましょう」


スクルディはニコニコと笑顔で、私のハンバーグにルスキアの国旗の旗を立てた。

ドリンクは微糖のライムの炭酸水。


「すごーい! 私こんな立派なお食事、した事無いよ」


「………まあ教国の連中は質素倹約を旨としているからねえ……まずい飯ばかり食べておるわい」


「いつも雑穀のおかゆだもん」


「…………」


エグレーサとスクルディはそれぞれらしい表情で顔を見合わせていたが、私は遠慮なく「大地の恵に感謝を」と言ってお祈りのポーズ。少しの間目を閉じて決まったお祈りを終えると、ワクワクしながらフォークを取ってランチをいただく。


「……お、おいしい……」


何て事だろう。とんでもなくおいしくて目が潤む。


「まあそりゃ、教国のあんなまずい飯しか知らないなら、ここの料理も美味いだろうよ」


「どういうことエグレーサ。私の料理は美味いだろう?」


二人はぶつぶつ言い合っていたけれど、私は朝食も食べていなかった分お腹も空いていて、夢中になって食べた。

食べるうちに色々と張りつめていたものがほどけていって、泣けてくる。


「……巫女様? どうしました、熱かったですか?」


「ううん、違うの……おいしいよ……」


豪快に泣きならがも食べる事を止めなかったから、顔が大変な事になった。

スクルディが白い布を持って来て、顔を拭いてくれた。それでもヒックヒックと泣き止まない。

私は本当に子供だ。


「まあ怖い目にも会ったからのお」


「………勢いよく教国なんか飛び出したのに、何にも見つからないしエグレーサには迷惑をかけたし……」


「そんな事は無いが……。巫女様とランチなんて、そうそうできるものじゃない……ヒヒ。最近は孫も、自分の息子にかまけてババアには会いにこないし」


「そうそう。うちの孫たちなんか王宮でのさばる事ばかり考えて私の事なんて忘れているものねえ……。それに私は巫女様にここでお食事いただき、感激している所ですよ」


スクルディが食後のジェラートを持って来てくれた。

緑色のメロンのジェラートだ。


「ああいかんいかん。タバコが切れてきた……」


「ここで吸うんじゃないよ。巫女様に毒だ。……これだからメディテの魔術師は」


二人は相変わらずグチグチ言い合っている。

私は銀のスプーンでジェラートを食べながら、その様子を不思議そうに見ていた。


「ねえ……二人はなんで仲が良いの?」


「この様子を見てそう言いますのか、巫女様」


「昔からこのババアとは犬猿の仲ですよ、ホホホ」


なんて言っているけれど、本当に仲が悪かったらエグレーサはこの店に私を連れてきたりしないんじゃないかな。


「お互いがまだ現役バリバリじゃった頃……私は“蛇の女帝”なんて言われて、こいつは……えー……何だったかのお」


「とうとうボケたのかねエグレーザ」


「そうだ、“虹色の魔女”とか呼ばれていたな」


「…虹色?」


私は首を傾げた。

エグレーサはとうとうこっそり煙管を取り出し、吹かし始める。煙が私の方へ来ない様に何らかの魔法をかけていたようだった。

そのせいで全部隣りのスクルディの方へ。


エグレーサは続けた。


「私はまだ当主じゃなくて、異国の調査団に入っていたものだから、東へ行ったり北に密入国したりして……ゴホン。いや、まあ……旅をしていてねえ」


「エグレーサって外国に行った事があるの?」


「若い頃の話じゃ」


スクルディはクスクス笑う。


「私は王宮魔術師として働いておりましたから、こやつとは調査報告会なんかで色々とぶつかりましてね。魔法への考え方が正反対でしたから。まあライバルだった訳ですよ」


「ヒヒ……ライバルねえ。お前はただ、私に思い人を取られたから腹いせをしていただけじゃったろう」


「思い出しただけで腹が立つねえ」


「過去の事だよ忘れるのが良い」


「どうせすぐ忘れる」


ニコニコ顔で、スクルディは隣のエグレーサのよぼよぼの手の甲の皮をつねった。

本当に仲が良いのか悪いのか分からないおばあさんたちだ。





デザートを食べた後、スクルディがテーブルに七つの石を持って来た。

それは様々な形をしていたけれど、虹の色のように七色に分かれている。


「さて、これが私が七色の魔女と言われた所以でもある道具です」


「……石?」


「ええ……巫女様の心の奥にある魂のキーワードを導きます」


彼女は言った。これは一つの名前魔女としての力だと。

七つが円環状に並べられ、その中心に私の名の描かれた紙が置かれる。


スクルディは七つの石に手をかざし、呪文を唱えていた。

石はポウと鈍い光を放つ。


「赤は怒、橙は楽、黄は喜、緑は愛、青は迷、藍は哀、紫は憎……それぞれの石に触れてみて下さい」


「……うん」


私はそれに一つ一つ触れていった。

触れる度に、スクルディは顔をハッとさせる。


「……怒りは『愚者と勇者』……楽しみは『夕波』……喜びは『誕生』、愛は『白の花』……迷いは『結婚』、哀しみは『死』……憎しみは『聖地』……虹の架け橋は『前世』』


一つ一つのキーワードを、彼女は語っていった。


「私に見えた文字はこのくらいのものです。いったい何の事だか、私には分かりませんが。……ただ一つ、あなたの魂に宿るキーワードのほとんどは、“前世”でのもののようですね」


「……前世?」


「ええ……」


私はそのキーワードに、ドクンと心臓の鼓動のような感覚を得る。

鼓動はだんだんと早くなっていき、額から汗が流れた。


「メイデーアの生命は“名”に意味をもちます。あなたの魂に宿るキーワード、意志、意味は、名が管理している事がある。それは前世も然りです。……もし、もっと確かな事を知りたいのなら、大切なものの名を思い出すことです。そうすれば……きっと巫女様の知りたい事に辿りつけるでしょう」


彼女はそう言って、どこか動揺している私の頬に触れ、眉を寄せ微笑んだ。










占い喫茶ヴェルダンドを出て、私たちはまた王都の中を行ったり来たりした。

エグレーサの買い物量は凄まじく、またこんなに動き回っても足取りに乱れの無い彼女は恐ろしいおばあさんだ。


でも、多分私が焦る様に町のあちこちを見て回りながら、何かを必死に探すその様子に付き合ってくれているのだろうと思う。


「……ごめんね、エグレーサ……。もう、いいよ……」


「と言いますと」


「どうせ見つからないよ……せっかくスクルディに占ってもらったのに。全然思い出せないんだ…」


「……」


彼女が提示してくれたキーワードは、確かに私を焦らせた。

絶対に何かあるのだと、私は分かっているのに。


「そこまで来てるはずなの……でも、何でか分からないけど、心の中の大きな扉が目前まで迫っているのに、全然開かない。……なんでなの?」


「………その扉のキーになるのが、さっきスクルディの言った“名”なのでしょう」


「全然思い出せないよ……」


道の端で立ち止まって、私は俯いた。

エグレーサは少し空を見上げ、そしてまた私を見る。


「……では、少し手を貸しましょう。……ヒヒ、荒療治になるがの」


「…………何か方法があるの?」


「ええ……スクルディは巫女様の“前世”に意味があると言いましたね。その事は……私もご存知なのですよ。あなたの前世には大きな意味がある」


「……前世」


ドクン……

また大きな鼓動がした。


「あなたが真にそれを知りたいと言うなら手を貸しましょう……。私の店に行きましょうか、何だか今日は夕立が来そうだから……ヒヒヒ」


「…………」


落ち着きの無い胸に手をあて、私は小さく頷く。

そして、強く顔を上げた。








初めて来た魔導雑貨屋ミッドガルドは、ウルバヌスに聞いていたとおり暗い怪しいお店だった。どんよりしている。


「はああ……」


店の前は避けられてるかの様に誰もいなかった。


「さあさあ巫女様、お入りなさい」


入ってみると、魔法の込められたアクセサリーや小物が並べられている。

キラキラした水晶が並んであったり、頭蓋骨型のロウソク立てがあったり、幅広い。



「では巫女様、今から退行催眠をかけてみようかと」


「………退行催眠?」


「前世療法と言うものです。しかしこれは、あなたのトラウマを抉るやり方。人はトラウマを忘れる事で自身を保っていられるのです。それを思い出すと言うのですから……お覚悟を」


「それをすれば、私は思い出す事ができるの?」


「ええ……名をしっかりと掴む事ができれば」


「なら、迷いはしないよ」


私はまたこくんと頷く。

思い出せないよりずっと良い。このまま何も知らないより。


私の前世に何かがあると言うなら、私はそれを探し出す。









私はエグレーサの用意してくれた寝台に横になって、深呼吸した。

少し苦いお香が籠っている。


「さあ巫女様、リラックスしてください……眠りにつくつもりで、先ほどスクルディに示されたキーワードを思い出すのです」


「………」


赤……それは怒り。「愚者と勇者」

橙……それは楽しみ。「夕波」

黄……それは喜び。「誕生」

緑……それは愛。「白の花」

青……それは迷い。「結婚」

藍……それは哀しみ。「死」

紫……それは憎しみ。「聖地」


虹の架け橋は「前世」



「………」


ふわりと、懐かしい香りがした気がした。

目をつむった先の世界。


だんだんと意識が遠のいていって、真っ白の光の差す方へ飛んでいくみたい。



サワサワ……


淡い緑色の木葉が揺れている。

巨大な樹の隙間から空が覗く。


あれは……聖地の大樹?



鳥のさえずり。

小動物が木に登っている。


不思議だな。

今、あの樹は空の見えない場所にあるのに、“あの頃”は穏やかな日差しの下で目一杯葉を広げていたのね。



……あの頃?






「……この子に名を付けてくれますか? 白賢者様」


「名前魔女じゃない私なんかが名をつけて……大丈夫だろうか」


とても懐かしい声がする。クスクスと笑う声。

大樹の樹の根元に三人の人影。一人は女性で、一人は白い服を着た青年。女性は赤子を抱きかかえ、その様子を青年が見ている。


誰?


あなたたちはいったい誰?


「そうですね……。では、エイレーティア。……この子の名はエイレーティアです」


「まあ、恵の樹の意味ですね。素敵だわ」



そうだ。


“私”はこの人に名を与えられた。

その名はエイレーティア。



……カチャリ。

一つの扉の鍵が開く。


でもまだ足りない。

真実を知る為の名は、もう一つあるはずよ。



「緑の巫女……もう私がそう呼ばれる事は無くなるでしょう。この子がそれを引き継ぐのだから」


「ご苦労様でした。あなたは立派な緑の巫女だった……その役目を果たし終えたのです」


「…………」


女性は何だか少し疲れたような、ホッとしたような、でもどこか寂しそうな顔をした。

そして、愛おしそうに赤子の額を撫でると、その瞳のまま青年の方へ顔を向ける。


「この子を……これからも見守ってあげて下さい。あなたが私を、生まれた時から見守って下さったみたいに」


「…………巫女」


青年はゆっくりと頷いた。


「ええ勿論です。私が“最後”まで、この子を見守りましょう」


「ありがとう……白賢者……ユノーシス様」








ああ。


私は確かにその名を知っている。




あなたの名前は“ユノーシス”。



おくらさんという、みてみんやその他の場所でもお世話になっている方にファンアートをいただきました。掲載の許可をいただきましたので、ご紹介させていただきます。


挿絵(By みてみん)

オリジナル全身像/クリックを二回すると大きくなります。



シャトマ姫です!!

わあああ、かわえええええ!!!\(^▽^)/

たまらんばいたまらん!!


おくらさんの描く女の子は本当にツボです。ポージングも可愛いし柔らかそうだし……私にはとても表現出来ない……orz

シャトマ姫描いていただけた時は感激で寝付けないかっぱでした。




今後もイラストを頂いた場合、許可が出ましたらここでご紹介出来たらと思います。

やはり、他の方にイラストを描いていただくとたまらなく嬉しいですね^^



ではでは、おくらさん本当にありがとうございました。


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