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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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15:レピス、黒い庭。


私はレピス・トワイライト。

黒魔王の末裔と言われているトワイライトの一族の現当主の妹である。


もともとトワイライトの一族は北の大陸で名を馳せた黒魔術の名家であった。しかしエルメデス連邦によって遊撃巨兵の開発を強要され、一族内に強く反発する者も現れた事で、一族の一部が連邦の手を逃れ東の大陸に亡命した。その際我々を保護して下さったのがフレジール王国であった。


今はフレジールのシャトマ姫の命によって、数人のトワイライトの魔術師が南のルスキア王国の“魔導回路システム”の開発に携わっている。

私だけはレイモンド卿によって、三人の顧問魔術師の監視及び護衛を頼まれている。

三人と言っても、ほとんどがマキア様である。







トール様が私に渡した立体ナビのキューブに、巫女様の位置情報が刻まれている。

私は既にその場に来ていた。


今まで散々動き回っていた巫女様なのに、ある場所でぴったりと止まったのだ。


「…………」


魔導雑貨屋ミッドガルド。

看板にそう書かれている。


禍々しい魔力を惜しみなく垂れ流している。人が寄り付かないはずだ。


私はその魔力圏内に踏み込んで、異常が無いか確かめた後、その戸を開いた。

重い木と金属の軋む音。



「……おやおや、これまた、珍しいお客が来たもんだね」


「…………どうも」


黒いローブを着た姿の私を、片目でじっと見つめる老婆。

しわだらけの顔に、カッと見開かれた片目が強い印象を植え付ける。眼帯は確かに、この一族の女性の特徴とも言える。


「トワイライトの者がこの王都に来ていると聞いていたが、まさかそちらからやってくるとは。ヒヒ……挨拶かね」


「すみません、少し違います。巫女様がこちらに来ていらっしゃると思うのですが……」


「おやおや、気づいておるのか。空間魔術師相手に、かくれんぼはできんのお」


「………」


老婆はごつごつした装飾の施された煙管をぷかぷか吹かしながら、不気味な笑みを浮かべる。

そして番台の椅子から立ち上がると、杖を突きつつ奥の部屋の方へ向かった。


「お前さん、名前は?」


「………レピス・トワイライトと申します」


「ほお……良い魔力数値マギベクトルだ。トワイライトの者は皆優秀だからのお」


私は老婆の事を知っていた。私のお爺様と関わりのあった人だから。

彼女はマダム・エグレーサ。蛇の女帝と呼ばれた白魔術の名家メディテ家の魔女だ。


「マダム……巫女様はどこに」


「まあ付いてきなさい。こっちだよ……ヒヒ」


「………」


マダムは私に手招きし、店の奥の部屋に導く。天井からつり下げられた、木のビーズの縫い込まれた薄い幕が揺れ、中から強いお香の香りがする。

私は瞳を細めた。中の寝台で、巫女様が眠っていた。


「どういう事です……?」


「緑の巫女は、今まさに自分の真の姿を見極めようとしている。この子がそれを望んだから、私が手を貸したまでじゃ……。退行睡眠って奴だね。眠りにつくまでは色々呟いたりしておったが、いまやすっかり記憶の彼方。……ヒヒ、お前さんもやってみるかね」


「結構でございます。私には誇る前世などありませんから」


「おや、言いきるね」


マダムは肩を震わせ、クスクスと笑っていた。

私は巫女様の様子をまじまじと伺い、特に外傷など無い事を確かめる。確かにこれは、眠っているだけだ。


「………」


巫女様の前世は、いったいどのようなものだったのだろうか。

マキア様やユリシス殿下の会話などから少しだけ聞いた事があるが、確かなそれはきっと誰も知らない。


「巫女様の前世は2000年前の緑の巫女。白賢者の妻であり、魔王クラスの力を持っていた巫女様であった。名をエイレーティア」


「……エイレーティア」


「魔王クラスは、一つ前の記憶くらいは持って転生する事があると確認されているが、巫女様はどうやら完全に記憶を忘れてしまっている。と言うより、閉じ込めておられたのじゃ……あまりに悲劇的だったからな」


流石は魔王クラスを記録する一族の者である。

歴史の表では語られぬ彼らの事をよくご存知だ。


「では、彼女は今……思い出しているのですか?」


「………さあ、それはこの子が起きてから聞いてみれば良い。興味があるか?」


「いえ……そう言う訳では……」


ふと見た巫女様の瞳から、一筋涙が流れた。


深い眠りの向こう側で、彼女は今、かつて感じたはずの感情の中にいる。

それは、自ら命を絶つ程の絶望であったと聞く。


「なぜ、彼女の記憶を思い出させる手助けを?」


「この子がそれを望んだから」


「………しかし、巫女様はまだ15程の少女です。耐えられると言うのでしょうか。……ユリシス殿下も、それを危惧しておられたと言うのに」


「ヒヒ……そうか、耐えられんかもしれんな。でも、記憶が無ければどの道、今後の奇劇には招かれぬ。……三大魔王と同等の舞台に立つ事はできないだろう。それは、そんな事は許されぬ」


「どういう事ですか? あなた方はあくまで記録人。魔王たちに関与する事こそ、許されぬ身だと聞いた事があるのですが……」


「ヒヒ……しかしのお……巫女様に頼まれて断る事もできないのじゃよ。彼らに命じられた時点で、わし共は劇の人形となり、一役者であると自覚する。元々そうなる事を定められていた様に、彼らの意志は絶対の力をもつ。メイデーアとはそう言った世界……」


「………?」


「要するに、頼みを聞いてしまっただけの話だ。それにこの子には知る権利がある。それを望んだのは、紛れもなく本人なのだから」


マダムは巫女様の頬に伝う涙を拭って、ニヤリと微笑んだ。

私には過ぎた話であったと思う。


「………!?」


ふと、マダムが顔を上げた。

私もこの店の魔力圏内に何かが引っかかった感覚を得る。


「……何か来たね」


「何でしょう。もしや、巫女様を狙っているのでしょうか」


「さあ……それだったら、厄介な話だ。催眠を途中でやめるのは、この子の体に負担がかかるから」


「………分かりました。私が処理しましょう」


ヒヒ……と不気味に笑うマダムは、視線だけを鋭く私に向けている。

私は静かに息を吐いて、神経を研ぎすませると、店の表に出て行った。





「………」


誰もが避ける店の前に、一人の男が立っていた。見覚えの無い、大柄の男だ。

充血した目が、不信にキョロキョロ動く。


「……血……肉………女……」


ぶつぶつ呟くその男は、何か危ないクスリでも切れたかの様に震えている。


「あなた……人間ではありませんね」


私はその特徴をよく知っている。

人ならざるものが、人を装っている時、このような症状に陥る事があるのだ。


残酷で、血と肉を求める獣。


「魔族」


幼い頃の記憶が蘇る。エルメデス連邦によって自由を奪われていた私たちトワイライトの一族は、かつて魔族の王であった黒魔王の血縁でありながら、この獣共に怯える日々を過ごした。


逆らえば容赦なく殺され、食われていった。


「魔術師か……良い獲物に会えた」


「それはこちらの台詞です。こんな所で、魔族に会えるとは。この国はあなたたちには生きにくいでしょう?」


男は耐えられないと言う様に、その擬態を解いて大きな醜い化け物になった。茶色い皮膚と、大きな牙。人狼族のような鬣を持っているが、吸血コウモリのような羽もある。改造された魔族か。


「……いったい何人殺してきました? ここじゃ餌を与えてくれる“閣下”も居ないでしょう? この国に潜入しているのは、何体程でしょうか」


「大人しそうなのによく質問するお嬢さんだ」


「……聞いているのは私です」


ジワジワと、冷静で居られない自分を知っている。

奴らは私にとっての、悪だ。


バリバリと音をたてこの店の魔力圏内に侵入してくる魔族。奴らは魔法というものへの耐性が強く、ここの結界を突破するのは時間の問題かと思われる。


血と肉を求め、その本性を露にし、充血した眼で私を睨む獣。

しかし勘違いするな。


獲物を定めたのは私の方だ。



「………魔導要塞……黒の庭ブラック・ガーデン……」



辺り一帯円を描く様に広がっていった、新たな空間構築の波動。

世界は薄く黒いフィルターがかけられ、強い光を失った。


「…な、何だこれは!!」


いきなり視界が変わった事で、魔族は辺りをキョロキョロする。



サワサワ……

静かな冷たい風が吹く、霧の立ちこめた世界の果ての庭。


地平線上にある赤月。

夜の世界。


「ようこそ……私の魔導要塞へ」


私は長いローブを翻した。


「魔導要塞だと!?」


「感謝して下さい。あなたが私に触れられる様、あの場所からこちらへ招いたのですから」


白い胞子の飛ぶ誰もいない庭の中で、私と魔族はお互い向かい合っている。


「幻影100%の、完全に現実と切り離した世界ですので、どうぞご自由に暴れ回って下さいませ」


私がそう言うか言わないかの時、魔族は鋭い爪を振って、私に飛びかかってきた。

そのまま側にあった木に押し付けられる。


大きな爪が首を捕え、木の幹に刺さっている。勢いそのまま私に食らいつこうとするが、その瞬間は隙でもある。


「……木はやがて朽ちる」


囁く様に言葉を紡ぐ。魔族に向かって言ったのではなく、この世界に向かって。


ここは私の語りが意味を持つ空間。

遠くの空で、いくつもの遠雷が光の柱を作っている。


ふいに木がバリバリと砕け、朽ちていった。


「!?」


私を捕えていた爪が木の幹と言う支えを失いほどかれ、瞬間、私はいくつもの半透明のキューブを両足に集中させ、スピードを付けて滑らせた。魔族には光が流れる様に見えただろう。

我々トワイライトの者がよく使う瞬間的移動手段である。


魔族の背後に回った私は、耳に手をあて圧縮して閉じ込めていた大鎌を取り出し、また足下のキューブを滑らせ鎌を振る。

回転の力を得て、その威力は大きく鋭い。


「ぎゃあああああ!!!」


魔族の腕を一つ斬り落とした。


「………」


その悲鳴や、血の匂いに、私は何も感じない。

まだだ。


まだ殺さない。


「どうやってこの国へ侵入したと言うのですか? フレジールの目さえ盗んで……」


「…………」


「何が目的ですか? 当然、エルメデス連邦の命令なのでしょう?」


「…………」


また嫌な悲鳴が、この空間に響いた。今度は片足を斬り落としたのだ。

魔導要塞を発動してよかった。こんな嫌な響きを、他の者に聞かせる訳にはいかない。


魔族は息を整え、私を睨み上げた。


「…………お前……トワイライトの残党か……」


「我々を知っているのですか」


「……ああ、勿論だ。トワイライトの魔術師の血肉は、因縁をスパイスに最高に美味いからな。前に閣下が褒美で与えて下さった」


「………」


魔族はうなり声を上げ、腕を抑えながらも足に力を込め翼を羽ばたかせた。

宙へ向かって飛んでいったその異形の姿は、どこかあの巨兵を彷彿とさせる。


奴は逃げようとしている様だった。


「無駄だわ……」


この世界からは逃げられない。


ポウ……

いくつものキューブが私の周りに構築され、コロコロと腕を転がって、大地に落ちる。


「………」


足下に列を作って光を得たキューブは、私を一瞬で魔族の側まで移動させる。

それは黒い閃光の様に。


鎌を大きく構え、漆黒の髪とローブなびかせる私は、この獣にとってどのような姿に映ったのか。

見開かれた赤い瞳に、私は確かに居る。


救いを与える気の無い憎しみに満ちた眼光。

まるで死神だ。


腕の側面でクルクル回っていたキューブが鎌の刃に集まっていき、その鎌を導いた。





獣の断末魔。


体が真っ二つに裂け、その肉体は暗い空を真っ逆さまに落ちていった。

空中に構築した大きめのキューブを足場にして、上から見下ろす。返り血を浴びた姿のまま。


「………」


魔族はもう動かない。

光の無い、見開かれた瞳のまま、黒い大地に飲み込まれていく。

この世界で死んだ者は、その肉片、骨すら残らず空間の養分にされる。そうする事で、この庭の植物たちは繁殖していくのだ。


意味も無く、ただ広がっていく黒い庭。




雨が降り出した。


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