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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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12:マキア、トールと共に悪質なバイオ兵器を生み出す。

マキアです。

魔導研究学の生徒たちは、朝からどうにも落ち着きがありません。

主に女子が。


なぜかと言えば、私と共に学校へ来たのがトールだったから。


「…………」


「なんだ、不服そうだな」


「不服っていうか、何て言うか。何なの……? 私が学校へ通い始めた頃、こんなにザワザワされなかったけど」


「気にするな。主に女子の方が反応が露骨なんだ……そう思っておこうぜ」


な? と哀れみの顔を向けてくるトールの、妙に上から目線の態度が、はっきり言って腹立たしいです。

王都に来て綺麗なお嬢さん方に出会う機会も増え、こいつはちやほやされて調子に乗ってやがるな。


それにしても、どうしてこの男はこんなに露骨にモテるのか。

全身真っ黒のちょっと顔の良いただの男ですよ。


ユリシスみたいに王子様とかいうオプションがついてくる訳でもない、お金もそんなに持ってない奴ですよ!!


「………なんだその目は」


「別に……」


気に入らないので、ふいとそっぽ向く。

私とこいつに、いったい何の差があると言うのでしょうね。









「はいはいはい、みんな毒をつくっているんだよ? 分かっている? 毒の精霊はツンとしているけれど、案外単純な奴ばかりだ。ははは、うちの奥さんみたいだね!!」


ミラドリードの魔術師に必須の毒魔法の授業で、メディテ先生は相変わらずのテンポ。

基本精霊と契約を果たしていない白魔術師は、精霊の“名の恩恵”を借りる事によって魔法を生み出します。


借りるだけでも色々と大変なんです。

魔法によって、スタンダードな精霊が決まっていて、その精霊を崇め讃え、それなりのお供え物をする事で、制限付き期限付きで力を借りる事ができるのです。これは儀式みたいなもので当の精霊はちっとも気にしていないのですが、まあ精霊たちの格が上がるかどうかの話だと言います。


「毒の精霊スコラ・ピオーネは、毒サソリの姿だと言われている。まあ、先生も見たこと無いからどんな姿をしているのか分からないけれどね……そこはイメージだ諸君。イメージせよ!!」


と言いつつ、メディテ先生は部屋の奥に居る私たちに視線を投げ掛けました。

私はトールに目配せします。


「スコラ・ピオーネは面倒な奴だったわよね」


「白賢者の持っていた精霊の中では、まああまり良い奴ではなかったな」


懐かしい名前です。

今では消息不明のサソリの精霊。教科書の中に、挿絵付きで描かれている毒の精霊は、今世界のどこに居ると言うのでしょう。


「はいはいはい、イメージできたかい? 毒のサソリだ。砂漠の死の精霊……赤目の星……」


卓上に供えられたイチジクと赤ワインは、スコラ・ピオーネに捧げる儀式用の供物です。

その下に、既に魔法陣の描かれた布が置かれています。


魔導研究学校の備品です。


「白賢者の名の下に百連ねる精霊よ、北北東の毒を示す赤いサソリの主よ、その名の力を貸し与えたまえ……汝の名は“スコラ・ピオーネ”」


とまあ、呪文の部分は特に意味がある訳ではないのですが、これが一応教科書通りの詠唱です。意味のある部分はやはり名前の部分でしょう。呪文はあくまでイメージを確立させる手助けみたいなもので、これは熟練の魔術師になればなるほど必要のないものになっていきます。逆に難しい魔法程、呪文の詠唱の力を借りるのです。


私やトールや、ユリシスなんかのレベルになると、あまり詠唱の力を借りる事はありませんけれど。


成功すると、ほら、メディテ先生の卓上にスコラ・ピオーネの赤い紋章が浮かんでいます。

あのようになるのです。名前の力を借りるのは精霊によって条件はまちまちですが、スコラ・ピオーネはこの程度の捧げもので、約一ヶ月の間力を貸してくれるらしい。継続して使うなら、一ヶ月後また同じ事をしなければなりません。


精霊と直接契約していない魔術師は、この様に面倒な事を毎日気にかけておかなければならないのです。


私とトールは何となくやってみただけで、とりあえず名を借りる所までは成功しました。その姿を知ってましたからね。

他の生徒たちは色々と手間取っていた様です。当然、スコラ・ピオーネを見た事がある訳でもないでしょうから。





「はいはいはい、良いか諸君。皆、名と契約は済んだかい? ここからが本番だ。決して気を抜いてはいけない。今日つくるのは、ミラドリードに古くからある毒薬“緋砂”。死にはしないけれど、体中に赤い水ぶくれが出てきてしまうんだよねえ。それが膿んじゃってつぶれちゃって痛いのなんのって皮膚がでろでろのピー(自主規制)。……まあ、主に後宮なんかで王妃たちがライバルに盛ったりしてた毒だねえ。醜い姿になってしまうから」


「………」


生徒たちはゴクリと息を飲んでいました。


「今は治療薬もあるから、そんなに怯えなくても良いけど……でも毒薬をつくる時は基本注意するべきだ。あんまり浮ついた心で気分任せにつくってると、自分が痛い目見るからねえ」


メディテ先生はそう言いつつも、どこか半笑いです。

私は胡散臭そうに彼の“助言”を聞きながら、


「常に浮ついたあの人が言う事かしらねえ」


と、思わず呟く。


「でもあの人、毒効かないんだろ?」


トールは既に卓上の素材たちに気を取られています。

赤かぶに、茶色の粉末。謎の黒い液体。


それらを教科書通りに鍋でかき混ぜながら、火を止め契約したばかりのスコラ・ピオーネの名を借り、毒に魔法をかけていく。

これが時間も温度も細かくて、本当に作業量が多いものだから、とにかく命令したままに何でもかんでも解決してきた大味な魔法を使う私にとっては、面倒以外の何ものでもないのです。


白魔術師は研究者みたいなものです。


「ああ嫌だわ。これに私の血を垂らしたら、どんなものになるかしらね……」


「おいやめろよ。何の兵器を作る気だよ」


教科書とにらめっこしながらも、真面目に作業をしているトールは、私より遥かに白魔術を使いこなせそう。

そう言えば、トールの魔法も理系っぽくて面倒そうだったな……なんて鍋をかき混ぜながら考えてみたり。


「お、おい……っ、沸騰してるぞ」


「あらやだ!! ど、どうしようトール……」


「火、火を止めて!! まずい温度が高いぞ……」


「冷ましましょう。大丈夫私が命令するから……」


「あ、いやこうしたら良いんじゃね?」


なんてあたふたやっていたら、何だか色々な事が別方向に影響して、鍋の中は教科書に載っているものとはまったく別の“何か”になってしまいました。

真っ赤な粘土状の塊になるはずが、真っ黒でとげとげした結晶になってしまったのです。


「………」


はい、見るからに悪質なバイオ兵器です。本当にありがとうございます!!


「ちょっとちょっと!! 何やってんの君たち!! ……ていうかこれは何!?」


「……いやちょっと分からないですね」


私たちのつくってしまったものの禍々しさに気がついたメディテ先生は、すでに調剤を終えた優秀な生徒たちの作業机の間を縫ってやってきました。頭を抱えながらも笑いを堪えているらしいです。


「仕方が無いです。私たちにはこう言った細かい作業は……」


「いやいや、俺一人だったらできてたから。お前が雑なだけだから」


「何言ってるの、あんただって変な魔法かけてたじゃないのよ。結晶化したの、あんたのせいでしょう?」


「だったらこの刺の部分はお前のせいだろう。凶悪性の表現だよこれきっと」


私とトールは子供みたいな責任の押し付け合いをしています。他の生徒たちが青ざめてしまっている。

メディテ先生はそんな私とトールを見て、また腹を抱えて笑いを堪えていましたが、私たちにはその様子の方が不思議ってものです。


いったい何がそんなに可笑しい?


「先生、できてしまったものは仕方が無いと思います。どうしたら良いんですか? 魔導廃棄物ってどういう取り扱いなんです?」


「あ、いいよいいよ。それ俺に頂戴。持って帰って研究するから」


「メディテ卿、お気をつけ下さい。こいつの力が宿っているならそれは爆弾にもなりますから。せっかくのお屋敷が大変な事に」


「失礼ね、私が命じない限り沈黙したままに決まっているじゃない」


メディテ先生が「新種の毒ができたかもしれない」と瞳を輝かせている時、授業中の調剤室に眼鏡をかけた中年の教師が、何やら慌てた様子で駆け込んできました。

メディテ先生の側までやってくると、彼に耳打ちします。


その瞬間の、メディテ先生の表情の変わりっぷりと言ったら。


「……なんですと?」


「ですから……巫女様が……」


僅かに聞こえてくる単語に、私とトールも顔を見合わせます。

メディテ卿は珍しく真面目な顔になって、早歩きで調剤室を出て行きます。


「顧問魔術師様も……俺と一緒に来てもらえるかね?」


出て行く間際に、私たちにも呼びかけます。

その時の先生は、私たちを生徒としてではなく顧問魔術師として見ていたのでしょう。


ザワザワと状況の掴めない生徒の居る調剤室を、その眼鏡の教師に預け、三人は急ぎ足で出て行きました。







「何かあったのですか? メディテ卿」


「………巫女様が教国からいなくなったそうだ」


トールの問いに、メディテ先生は小声で答えました。


「ペルセリスが……?」


どういう事でしょう。

あの子はいつも、教国のどこかにはいるはずです。

むしろ、教国以外で彼女を見た事はありません。トールは舞踏会の日、王宮で会ったらしいのですが。


「巫女様は教国を出る事は許されない存在。あの聖地にいてこそ、象徴としての意味を持つのだから……」


「………?」


「それに、今このミラドリードは物騒な事が多い。もしかしたら、巫女様も何かの事件に巻き込まれたのか……愚か者に攫われてしまったのか……」


「まさか……エスカか……?」


トールはハッとして、表情をぎゅっと引き締めました。

そして、腰に下げたままの剣に軽く触れます。どうにもトールはエスカにかりがあるらしい。


「でも、これってかなりの大ごとよね……」


「大ごとだって!? 緊急事態も緊急事態!! いったいなぜ教国の司教たちは気がつかなかったのか」


メディテ先生は長いローブを鬱陶しそうに払って、とにかく早歩きで教国へと向かっている様でした。


「ねえ先生、ユリシスはこの事、知っているのかしら」


「………王宮への知らせは既に行ったと言う事だが……殿下は今、四国会議に出席なさっているから動けるかどうか。それに、他国に知られたらまた面倒な事になりそうだ………」


「…………」


あのメディテ先生ですら、真面目な表情で真剣に悩んでいるようです。

私はそんな先生の表情から、ペルセリスにもしもの事があったらどうしようと、どこか心の奥がザワツく気がしてならなかったのです。


「……わ、私……ユリシスを呼んでくる…!!」


「おい!! マキア!!」


教国側とは正反対の方へ走り出した私を、トールが追いかけてきますが、この時の私を急かすものはただ一つ。

ユリシスに知らせなければと言う気持ちだけ。


「おいマキア!!」


腕を取って私を引き止めるトール。


「どうした。今は大事な会議中だぞ……それに、お前が呼びにいかなくてもあいつだってとっくに……」


「でも……でももしペルセリスに何かあったら……だってユリシスは……」


「………」


トールは、私の妙な焦燥感を感じ取っている様子でした。

私だってどこか落ち着きが無いのに気がついていたのです。


「……何なんだ……お前のその、ペルセリスとユリシスに対する妙な焦りは……」


「………」


「あの二人への罪悪感か」


「………それは」


トールの口調に戸惑いは無く、すでにそうだと確信しているかの様。

言われてハッとしたのは私の方です。


私は歯を噛み締めました。


「だって……だって、どうしたら良いのよ。私はあの二人を、苦しめてばかりだもの……。何でよ……ユリシスは私を決して責めない。でも、紅魔女のやってしまった事は、どうしたって巡り巡ってあの二人を苦しめている。だから、もしあの二人にまた何かあったら……」


「………」


どこか心の奥に、固まった痼りがあったのです。

ユリシスに対する罪悪感、ペルセリスに対する罪悪感、それを見て見ぬ振りをするには、私はあの二人を好きすぎる。


ああ、紅魔女も丸くなったものだ。

あんなに残虐で、残酷な事を平然とやってのけていたのに。


今更後悔して、なんて滑稽な話。


「まあ、お前がそう思うのも無理は無いだろうな」


トールは私の腕を離し、低い声で言いました。


「でも、何でユリがお前を責めないのか……少し理解した方が良いぞ」


「………?」


「罪悪感を持つのは、決して悪い事だとは思わない。それだけで、お前はもう以前の紅魔女とは違うんだ。俺だってそうだ……俺たち三人はお互いに罪の意識を感じながらも、その存在に支えられている。変な関係だよな……」


フッと笑うトールの、少し逸らされた視線。

彼もまた、抱えている罪の意識や、それでも変えたくない関係を知っている。


「ユリシスだって同じだ。ペルセリスに対して頑になった罪の意識があるんだ。お前を責めている訳じゃない。……あいつの問題なんだ」


「………」


「だから、自分の事は少し置いといて、もうちょっと開き直れ」


「……は?」


ちょっとカッコいい事言っていたと思ったら、これです。

何を言っているのか。


「そうだ、お前ペルセリスの情報持ってるだろ? 俺の魔法で探せるかもしれない。登録してくれよ」


「……ああ、そうだわ」


私は指を噛んで、トールが手の甲に作ったキューブ型の立体ナビに血を垂らします。

ペルセリスの情報を刻むのです。


「…………?」


現れた点はペルセリスの場所を特定するものですが、どうやらここは……


「やっぱり城下町……?」


の、ようでした。

王宮から北東側の港沿い近く。


「よし、とりあえずこれを追ってみよう。俺たちは一刻も早く彼女を捜すべきだ」


「…………」


「それに……あいつはきっと来る」


「……うん」


私が複雑そうに小さく頷くと、トールは自分の胸ポケットからハンカチを取り出し、私の手を取って既に血の止まりかけた私の指にそれを巻きます。もうあまり意味は無いのに。


「……あんたって本当、律儀ね」


「まあ俺は、お前の御付きだからな」


「まだそんな事言っているのね……何だかなあ……」


私はクスッと笑うと、トールと一度視線を交わし、強く頷き合います。

そして、ペルセリスの反応のある場所へと向かいました。



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