11:ペルセリス、生臭司教に出会う。
ピチョン……
みずみずしい雫を、大樹がこぼす。
そんな大樹の幹に、堂々と座りこんだ男は、司教のくせにピアスを付けていたり、なんだか顔色が悪かったり三白眼だったり。
人を見た目で判断したらいけないけれど、まああまり見る事の無い風貌をしている。
「はじめまして、巫女様。………俺は……そうだなあ、ビビと御呼び下さい。コードネーム……えー、皆そう呼ぶから」
「………ビビ? 新しい司教の人?」
「ははは、新しい……いやいやそうだけど。でも……最初の司教でもあるんだよね」
「………?」
ビビという司教は木の枝から身軽に降り立つと、「10.00」と華麗に着地。
良く意味が分からない。
私は目元に残る大きな涙の粒を拭って、ビビという新米司教に質問してみた。
「その笛……あなただったのね」
「ふふん、カッコいいだろう。笛を吹く司教な俺様……ふふ」
「………」
良く分からない人でした。
彼は面倒になったのか、「ダサいし蒸れるわー」と言いつつ帽子を取って投げる。
そして、ずるずるした司教服の中に笛をしまう。よく見たら、彼の瞳は薄い青と緑の二つの色を持っていました。
「はあ〜やっぱ聖地はいいわ〜。ここで酒盛りしたら楽しいだろうな〜」
「それはやめて」
「わーかってるって。そんな事したら禿の司教どもに吊るし上げられるっつーの。聖地で問題行為は、ダメ、ぜったい!!」
と言いつつ、ビビはどこからとも無く大きな石を見つけてきて、例の少年の墓の前でその石を投げつけようとする。
「わあああああああ!!!!」
私は目をグルグルさせ飛び上がり、彼の前に立ち両手をぶんぶん振りました。
「なにするのよ!! ダメだよう!!!」
「何って……そのクソガキまだいたんだ〜と思って。だって2000年前から居るんだろ? 1000年前も目障りだったけど、何しろ紅魔女見つかんなかったし。……とにかく早く紅魔女に取り替えないと」
「や、やめてよおおお!!!」
半泣き状態でビビにすがりつく。
このビビが何をしようとしていたのか分かりたくもないけれど、この子の墓を壊すのなら私はそれを阻止しなければならないと。
直感的に思ったものだ。
「…………はあ? このガキがここに居る事の方がおかしいんだぞ」
「……?」
ビビは少々不可解な表情で薄い眉を寄せ、石を持ち上げたまま私を見下ろしている。
でも私があまりにわーわー泣くものだから、とうとう「チッ」と舌打ちして、ゴロンと石を投げ捨てた。
額に筋を作って。
「はいはい、どうせまだ紅魔女見つかってないし。奴が見つかったらそっこーぶっ殺して、クソガキ退けてお花と一緒にこの墓に埋め込んでしまうのに。はい、それで万々歳。俺天才」
「………司教が殺すとか、言っちゃ駄目だよ」
「ざんねーん。俺は生臭坊主でした〜」
「………」
「お金大好きだしー殺すの楽しいしーお酒もタバコもやめられないしー」
「………な」
なんでこんな人が司教になっているんだろう。大司教はなぜそれを許したんだろう。
私はドン引き気味で、それでも少年の墓の前で踏ん張って、ビビを睨む。
この男は変な奴だけど、若干危ない奴だ。
ビビはその様子を見て、片口を上げて笑う。
「へえ……一応守ろうとするんだ、その墓。何で?」
「……だ、だって……ユリシスが……」
「ユリシス〜? ああ、さっきの……」
ビビは視線を横に流し、どこか冷たく細める。
「あいつ、白賢者だったんだな……」
ポツリと呟くビビの声が低く小さく、それはそれは冷たかったけれど、私は聞き逃さなかった。
「……ユリシスの事、知ってるの?」
って、聞こうと思ったのに、ビビは何を思ったか猛ダッシュで聖地を横切って行ってしまった。
嵐みたいな人だった。
いったい何だったんだろう。
「………白賢者……」
そう言えば、前にも誰かが、ユリシスの事をそう呼んでいた気がする。
あの時は例えているのかもと思っていたけれど。
「………」
先ほど夢の中に出てきた白い髪の男と、緑の髪の女を、私は見覚えがある気がした。
この聖地の中に、その面影を持った者たちが居る。
私は木の根をグルリと囲む墓を確かめながら、その一つの水棺の前で立ち止まる。
「……同じだ」
そして、確認した。
水の中で、変わらず若い姿で居るその男性は、先ほど夢で見た人だった。
そして、あの水の棺の少年は、この人の子供。
「………」
もう一つ、緑の髪をした女性の墓を確かめ、また少年の墓の前に行く。
「………なんで」
なんで、夢で見た時と変わらない姿のまま、ここに居るのか。
思わずまた、涙が出てくる。
でも、もう少し。あと少し、そこまで来ている気がする。
胸につかえて苦しい、何か。
あなたたちは誰?
私は、私はいったい誰なの?
「………約束……」
約束の場所……。
ふと、先ほどの夢の中に出てきた単語を思い出した。
確か、約束の場所というのが、彼ら家族にとってとても大切だと言っていた。
いったいどこだろう。
「………」
私は拳を握って、自分自身に頷いてみせると、ユリシスに貰ったローブを再びしっかり被って聖地を横切っていった。
そして、暗い階段を上っていき、まだ朝の早い、静かな大聖堂を飛び出していく。
すでにシスターや司教たちが活動を始めているけれど、決して気づかれない様に。
知りにいこう。
もしかしたら、それはとても恐いものかもしれないけれど。
全てを理解する事で、失うものもあるのかもしれないけれど。
私に目隠しした、“あの人”の警告を無視する事になるけれど。
でも、知らなければ、私はユリシスと同じ目線に、同じ土俵に立つ事はないだろう。
彼に辿り着く事はできない。
きっと一生、欲しいものは手に入らない。