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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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08:ユリシス、南の四国会議。


南の大陸には、教国を有する大国ルスキアを中心に小国家が三つ存在します。


農業の国オリエン王国、葡萄酒と花と芸術の国ジブラルタ王国、鉱業の国ギルチェ王国です。

遥か昔ルスキア王国がルーベルキアという大きな国だった頃、これら小国家はルーベルキアの一部でしたが、王家を分離し小国家を築き上げ、親と子のような結びつきをつくり、今では友好な大陸内貿易相手であります。


しかし、数ヶ月前の巨兵襲撃事件によって、半開国を決定をしたルスキアに対し、小三国はいささか不安と不満を抱いている様でした。



また、半開国に伴い、東の大国フレジールの技術である“魔導回路”を導入し、魔導国家であるルスキアが独自に応用した“魔導回路システム”を国内に敷く計画がルスキア内では進められているのですが、それに必要なレア・メイダという鉱物はルスキアではあまり取れず、鉱業国家ギルチェとの取引が必要になってきます。特にギルチェは最近景気が良く、またギルチェ国王がやり手で、どことなく強気な態度で出てくる為、ルスキアにとって扱いにくいと言うのが本音です。



半開国に反対なのがオリエン王国で、賛成なのがジブラルタ王国、商売の好機と思っているのに何かと言ってくるのがギルチェ王国で、会議は議題の多さも相まって、なかなか進展しないのが現状。


僕は国王と叔父上を手伝いながら、顧問魔術師と言う立場で、分かっている限りの巨兵の魔導構造や、導入される魔導回路システムについて各国の代表に説明するのが役目でしたから、その会議の様子を伺う事ができました。


「魔導回路システムとは、魔術に必要な契約や制約を、あらかじめ回路内に登録しておくシステムです。これにより、詠唱をショートカットし魔術の発動を早めたり、魔法陣や魔力を一定数ストックする事ができます。ストックされた魔力は国が買う事もできますし、登録された魔術師が、個人的に買う事もできますが、その辺はまだ調整が必要でしょう」


「ほお……それは画期的ですな」


「とは言え、それが可能なのは魔導回路の敷かれている箇所だけですので、そうそうに着手しなければ使い物になりません。まずは王宮の敷地内、魔導研究機関から始めようと思います。教国の側の魔導研究機関に魔導波搭を造り、巨大な魔導ラクリマを核とします。この魔導波塔の建設に、魔導回路を書き込む為の媒体としてレア・メイダが不可欠です」


ここ最近、その効果が注目され魔導具などに利用され始めたのが希少金属レア・メイダで、南の大陸ではギルチェ王国に大きな鉱山地帯があるのです。


「なるほどねえ……。それで、うちからレア・メイダを買い取りたいと……そう言う事か」


ギルチェ国王はどこかルスキア側を探る様子で、会議用の飾り椅子に深く座っています。

この国は、レア・メイダを貿易のカードとして、ルスキアやもっと先のフレジールに対し優位な立場を築きたいと言う事でしょう。


「悪いお話では無いでしょう。莫大な金が動きますし、フレジールからもお話がくるでしょう」


「………」


ギルチェ国王は濃い茶髪をオールバックにした、どことなくハリウッド映画に出てくるマフィアのボスっぽい雰囲気のある人だなと思ってしまうのですが、それに負けず真逆のフレッシュオーラをまき散らす叔父上。

ニコニコしながら話を進めようとします。


オリエン国王と、ジブラルタ女王は、ルスキアとギルチェのやり取りを伺っている様でした。


「しかしねえ、レイモンド卿……南の大陸が危険に晒されている、そんな状況下で他国を守る為に貴重なレア・メイダを提供するのは、いささか不安というものだ。その魔導回路システムも、結局は最悪の場合ミラドリードを守る為のものだろう? 我々のような小国家は、いったいどうやって国を守れば良いのだ? 我々から吸い取るだけ吸い取って、最終的に戦況が悪化したら、見捨てる気でいるのではないかね?」


「………」


ギルチェ国王の低く籠った声は、この場の主導権を取るには十分すぎる響きがあります。

何となく赤ワインのグラスをクルクルさせたいなと、僕はこの緊迫した空気の中ふと考えては、頭を振りました。


「勿論、オリエンとジブラルタ、ギルチェの安全は我々ルスキアが保証する所です。それは、遥か昔親と子の関係を契った時から決まっている事。……信頼して下さっても良いのでは?」


「……親と子……ねえ」


ギルチェ国王は、太い眉を皮肉に歪ませ、フッと笑いました。


「どうせ、揺さぶって高値でレア・メイダを買い取らせようとしているのでしょうギルチェ国王。このような一大事に……卑しい国家に成り下がった事」


ジブラルタ女王は細い顎を突き出し、羽のついた扇子を口元に当て横目にギルチェ国王に嫌味を言っています。

ジブラルタは葡萄酒以外にこれと言った主力商品がある訳ではないけれど、芸術と品格を尊び、昔から親ルスキア国家として意見などを合わせる傾向にあります。まあ、そうする事で常にルスキアの庇護の元にあると言っても良いでしょう。


「とは言え、国を開けば東の野蛮人どもが大陸になだれ込んでくるのだろう? オリエンの作物が奴らに流れるのは堪え難いものがあるぞ」


太ったオリエン国王は、その卵のような肌をつやつやさせつつ。反東精神の根強い国家であるがため、国を開く事自体に反対なのです。


「そもそも緑の加護があるのだから、国を完全に閉じてしまえば良い事だろうに」


「まあま……オリエン国王は先ほどユリシス殿下がお話し下さった事を聞いていなかったのかしら? 緑の加護……緑の幕は今不完全な状態との事。巨兵たちがいつそれを突破する威力を持つのか、分かった事じゃなくてよ」


「それは……そうだが」


国王たちは探り合いの視線と駆け引きの言葉を選びながらも、やはりルスキアの庇護を頼りにしていると言う空気です。

ギルチェだけは、ルスキアの子国家である事が気に入らない様子なのだろうなと、僕は会議を観察しつつ思っていたのです。


「……証拠がほしい、ルスキア国王よ」


「証拠……とは?」


「レイモンド卿、君に聞いているのではないぞ」


反応を返したレイモンドの叔父上にぴしゃりと睨みつけ、ギルチェ国王はルスキア国王に視線を流しました。


「……何が欲しいのだギルチェ国王……」


副王のレイモンドの叔父上に、最近国のほとんどを任せつつある国王は、その口を開きました。

ギルチェ国王はフッと鼻で笑うと、その鷹のような瞳を隅で聞いていた僕に向けたのです。


「第五王子ユリシス殿下を、我が娘の花婿として迎えたいと考えておりましてな。悪いお話では無いだろう? ルスキアは元々、国王になった王子以外の扱いの悪い国だ。私はこれでも愛妻家でしてな、妻は一人しか居ないのだ。息子も居ないし……どうだろうか?」


「………な……」


僕は思わぬ所で名を出され、慌てましたが言葉が見つからず、複雑な顔になりました。

国王たちが僕に注目しています。


「な、何をふざけた事を……ギルチェ、あなたはユリシス殿下の顧問魔術師としての力を欲しているだけでしょう? ま、まったく……これだからギルチェは」


ジブラルタ女王は言葉を詰まらせながら、どこか焦っている様子です。

まるで出遅れたと言う様に。


オリエン国王もさりげなく。


「それならうちの娘を……」


「いいえ、ルスキアとの友好の証に、ジブラルタの姫をぜひ!!」


なぜかこの場で、僕に娘を嫁がせたいという意見をぶつけ合う国王たち。

会議の方向性が、どんどん明後日な方向に……。


僕が口を挟む隙間も無く、国王たちの口調も激化していって、どうにも収拾がつかないので、本日の会議はこれにてお開きになりました。










「……まいったな……」


僕は資料を持って、会議が終わるや否やその会議室を出て行ってしまいましたが、色々な疲れも相まって王宮の廊下のガラス張りの窓に手をつきました。


「……モテますな、殿下」


「叔父上」


どこからとも無く隣に現れた叔父上を、僕はどんよりした瞳で見上げました。

叔父上はいつも元気はつらつな顔をしています。この人はサイボーグか。


「僕まだ、17歳ですよ」


「十分結婚を考えていいお歳ですよ」


「三十路のくせに結婚していない叔父上が何を言っているんですか」


「はははは☆」


人ごとだと思ってこの人は。

でもこの国の王子として生まれたのだから、いつかは政略結婚もあり得ると考えていた自分も居たことを知っています。特に、このように国家間の明確な繋がりが必要になってくる時代になってしまったから。


「ギルチェの姫は美姫として有名ですよ。お歳は殿下より一つ二つ下で、あの怖いおっさんから生まれた様には見えない可憐な姫です。……でも、個人的には殿下にはこの国を出て行って欲しくはないけれどなあ」


「僕だって、他国に婿入りするなんて考えていませんよ」


「しかしねえ、殿下。ギルチェの王位をあなたが継ぐ事になったら、それはそれで面白いとは思うのですがね。あなたはやはり、王としての資質がある方だと、私は思いますよ」


「………」


レイモンドの叔父上がどこまで本気なのか分かりませんが、僕はやはり、心に引っかかる何かに顔を伏せるのです。


「まあ……殿下もお年頃ですし、思うお嬢さんの一人や二人居てもおかしくないですし、私は特に“何も”言いませんけれど」


「すでに言ってますけどね。それに一人や二人って何ですか……そんな浮気な」


「あれれ……?? 心当たりが二つあったから……てっきりうっかり☆」


「誰と誰ですかねえ!?」


良い歳こいて、てヘペロ☆なノリで、自分の頭を叩く叔父上。

僕は乗せられた様に声を上げてしまいました。


叔父上は続けます。


「マキア嬢と、教国の巫女様ですよ。特にマキア嬢との婚約は秒読みとかどこかのゴシップ誌で読んだような」


まあ、あの舞踏会の日から一時はそんな話題もありましたがね。

僕は頭を項垂れ、額に手をあてました。


「マキちゃんは……そんなのじゃないですよ。見てたら分かるでしょう」


「え〜じゃあ何なんです?」


「何でしょう……姉であり、妹であり、親友であり、戦友であり……家族であり……。何でしょうね、物騒に言えば“爆弾”で、ロマンチックに言えば“華”ですね。彼女は僕とトール君にとっての精神的支柱です」


「………あれ、結構色々考えてるんですね」


「前々から思っていた事ですよ。ですから、マキちゃんはそう言うのとは少し違うベクトル上の存在です」


「へえ〜…」


叔父上のわざとらしいうわずった声、謎のニヤニヤ顔がムカついて仕方が無いです。

ああもう、ほんとただの中年おじさんだなあ。


そして、もっともっとイラっときたのは、そこまで聞いておきながらもう一つの質問をなかなかしてこない所です。

きっと確信犯です。


「まあねえ……色々ありますよねえ……」


と、何か曖昧にしているのです。

ああもう、いっそはっきりと聞いてこいと。


「あ、殿下。一つ言っておきますが……教国はそろそろ、緑の巫女の花婿を決める時期ですよ」


「………え」


不意打ちでそれを言った時の、僕の顔がどんなふうだったのか、僕は知りません。

けれど叔父上がこの上なく面白い顔をしたので、きっと僕の顔もそれなりにそれなりの反応をしていたのでしょう。






そして僕は思い出していました。


2000年前の僕も、聖域の人間たちによって決められた、緑の巫女の花婿であったと。



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