07:マキア、椅子に座る男子たち。
一番下にイラストをおいています。
「わしはイラストなんか見とーは無かった!!」と言う方は挿絵OFFモードにしていただければと思います。少し露出が高めですご注意下さい。
「……だーれだ」
「………」
王宮の第三層に設けられている、水の礼拝堂。
時折ヴァビロフォスの司教がやってきて、聖域の聖なる命の水を、中央の聖杯に注ぎます。
城の最上階にため池があるらしく、そこから流れ落ちてくる水が、水の礼拝堂を囲む城内噴水を可能にしているんですって。
マキアです。
王宮でふらふらしていたら、礼拝堂の隅でユリシスを発見しました。
彼はただ、木製の長椅子に腰かけ目をつむって水の音を聞いています。
私はそろそろと近づいて、彼の両目を手のひらで覆いました。
「……マキちゃん?」
「あたりー。ま、すぐ分かるわよね」
「でも驚いた。全然気がつかなかったよ」
「そりゃ……あんたが相当疲れてるって事よ」
ここ最近、ユリシスは本当に忙しそうにしています。
フレジール以外にも、半開国における隣国の説得や東の小国との外交、白魔術に関する法案の改正、内蔵魔力兵器の開発など。他にもきっと、私たちに言っていないあれやこれやの問題を抱えているのでしょう。
薄い色素で出来上がっている彼が、更に薄く儚く見える。
「あんた……ちゃんと食べてる? 寝てる?」
「今……少し寝ちゃってたかな」
「駄目よそんなの」
「………」
私はユリシスの隣に座りました。彼は口を抑え、あくびをしています。
そして、いつもの様に微笑を湛え、私の方を見ました。
「……どうかしたの?」
「いいえ……暇だったから、ここに来てみただけ。そしたらあんたが居たの」
「………そう」
「ねえユリ、あんた最近、教国へ行ってる?」
「………? ……あまり、行けてないかも」
「ペルセリスが寂しがってたわよ?」
「そう……」
「……」
ユリシスはどこかぼんやりと瞳を細めクスリと笑いました。
「でも、前に行った時、彼女は僕に会ってくれなかったよ。ずっとそうだ。大樹の後ろに……隠れちゃって」
「…………」
あららら、気がつかれてるよペルセリス。
あんたの元旦那の嫁レーダー凄いわ。
「あんたそれ、拗ねてるのよきっと」
「……何で?」
「だって、あんたがずっと、ほっぺたでもつねられているかの様に眉を八の字にしているから。どことなーく、避けてるのでしょう……彼女の事」
私は言葉のまま、ユリの頬をつねって引っ張りました。
「い、いひゃい……」
「ほら、八の字になった」
私はそのまま、ぶちんと音が鳴るほどの勢いで、頬から手を離しました。
彼は涙目で頬を抑えています。
「痛いよマキちゃん……」
「あはは、ちょっと腫れちゃった? あはは」
ユリシスは、大きく息を吐いて、少し瞳を伏せました。
彼の柔らかい、薄い色素の髪越しに、アメジスト色の瞳が伺える。
「マキちゃんの前で強がっても、意味無いかな」
「そうよ。……あんたいったい、何考えてるの? 私、トールの考えてる事って結構すぐに分かっちゃうんだけど、あんたは器用に隠すから。そう言う所が実にあんたらしいけどさ……せっかく私たちが王都に居るんだから、息抜きでも良いから何だって話してよ」
「………」
ユリは顔を真上に上げ、木製の長椅子の背もたれに首を添え、どこか空の向こう側でも見ているかのような瞳をしています。
彼の視線の先を、私は知らない。
「僕は……ペルセリスに記憶が無いのは、本人の魂がそれを拒否しているからだと思うんだ」
「記憶を?」
「そう。でも……僕が側にいる事で記憶を思い出したら、彼女はそれに耐えられるのだろうか」
呟くような声。
「2000年後の時代になって、ようやく僕は……自分の息子が死んであの棺に埋め込まれた事を知った。それだけで、あんなに辛く苦しかったのに。行き場の無い憎しみが湧いてきたのに。彼女は、それを間近で見て……泣いて、苦しんで、絶望したんだ。僕はそれを想像する事しか出来ないけど……想像するだけで、胸がえぐられたかの様に苦しくなる」
言葉の節々に、彼の痛みを知る事が出来る。
私は白い服の胸元を握る彼の手を、ただ見ていました。
「………だから、悲しそうにしているの?」
「………」
「ペルセリスが言ってたわ。……ユリシスが最近、自分を辛そうな目で見るって……」
ごめんね。
私がこんな所で、あなたたちに何か言える立場じゃない事は知っているの。
元凶は私にあるのだから。
ユリはフフっと笑うと、座る姿勢を正し、いつもの様に背筋を伸ばしました。
「……マキちゃん、たまにペルセリスと会ってあげて。あの子は……同じ歳の友達がほとんど居ないから」
「……あんた、話逸らしたわね。意外と臆病なんだから……」
「そうだよ。僕は臆病で、慎重で、石橋を叩いて渡るような男だ。少しでも不安な事があったら、その先を心配せずにはいられない」
「………」
「恐がりなんだよ」
視線はまっすぐ。
こんな風に真剣な顔で、自分の駄目な部分をはっきり言ってのける彼を、私は初めて見ました。
ユリシスは色々と思慮深い分、沢山沢山考えてしまって、自分の気持ちのまま、行動する事の少ない人。
私は逆。
後先なにも考えないで、感情のまま突っ走るものだから……。だからあんな事になってしまった。
「まあ……また時間作って、会いに行ってあげなさいよ。今まで通り……笑顔でね。辛気くさい顔は駄目よ。きっと彼女は、あなたを待っているわ」
「………うん」
「………」
ユリシスの反応が鈍い。
しかし……だ、駄目だ。これ以上踏み込めない。もっとなんか言ってやろうと思ってたのにな。何だっけな。もう忘れてしまったわ。
まだ様子見をしてみるしか出来ないのか。私には彼らの気持ちがわからない。
複雑な部分が分からない。
恋だの愛だの、私にはいまいち分からない。
あらやだわ。自分で相談どんとこい的な事を言っておきながら。
こういうのはトールとかの方が良いのかな。あいつ経験値高いしな……。
どうせ紅魔女は寂しい独り身でしたよ。
なんて自分で考えてみて、自分に絶望する。
「あ、いたいた、殿下!!」
厳かな礼拝堂の空気の中に、突然品の無い大声が響きました。
しらっとした瞳で振り返ると、そこには大股でずかずか踏み込んでくるレイモンド卿の姿。
「おやおや、マキア嬢。あれっ……デートでしたかな!?」
「………元気ですね」
「ははっ、私は体力があるからね☆」
相変わらず呆れるくらいフレッシュな人です。ユリに負けず劣らず忙しくしているはずなのにな。
「叔父上、どうかしましたか?」
「殿下……少々困った事が……魔導回路を敷く為のレア・メイダの……」
どうにも私の存在が気になる様で、チラチラとこちらを気にするレイモンド卿。
はいはい、私には聞かれたくない話なのね。
私は「そろそろお昼に行こー……」と空気を読んで、その場を去りました。本当はユリと一緒にランチでもと思っていたけれど、とてもそんな暇は無さそう。
去り際に確かめたユリの顔は、やはり真剣で複雑そう。王子様って優雅なイメージが強かったけれど、色々と大変そうね。
でも少し心配です。
彼の忙しさが拍車をかけて、ペルセリスとの距離を遠くしていかないか。
彼は今、ペルセリスの事をどう思っているのだろう。
部屋に戻ると、ちょうど庭園に出る窓の外の木陰のベンチに、トールが座って腕を組んでいる様でした。背中が見えます。
「わ……びっくりした……」
何なんでしょうね。
今日は座る男子をよく見かけます。
「………」
なにかしら用事があって、ここで待っていたのでしょうが、彼は何かを真剣に見ていて、私が部屋に帰ってきているのに気がついていません。
そろそろと近寄って、彼の耳辺りの窓ガラスをコンコンと叩きました。
すると彼は驚いた様に振り返り、なんだかおかしな顔をするものですから。私はクスクス笑ってしまいました。
急いで庭に出ます。
「珍しいわね、こんな昼間に。魔導騎士団の仕事は?」
「………今日はオフだ。昨日……色々あったからな」
「へえ……」
彼は私に、一枚のカードを手渡してきました。
それは見覚えのある、亀のカード。
「……ああ、例の“エスカ”……ね」
「そうだ。これは昨日のもの。………読んでみろ」
「………?」
雪国の獣たち
四肢を折られて繋がれた
黒魔王に鎖で繋がれた
深い森のミューサたち
皮膚を剥がれて血を抜かれた
紅魔女に全部吸われた
湖の精霊たち
騙されて鍋で煮込まれた
白賢者に缶詰にされた
ああ怖い
扉の向こうに大魔王
p.s. 巨兵を倒したと言う王宮顧問魔術師三名に、俺の裁きを下そう。あの世でグッドラック!!
byエスカ
私は何度も読み返し、額に筋を作り「ほお」と。
「……私、見た事も無い童話の妖精の皮膚をはいで、血を抜いた事なんて無いんだけど……ていうか、何で私は綺麗な女に嫉妬する系の逸話が多いのかしら。美しさなら間に合ってますけど」
「………。あーえーと……こういうのは時代と共にねじ曲がって行くものだ。仕方ないと思え。……俺のは、多分魔族を統治していた事に対する皮肉だろうけど。ユリのは若干ブラックジョークっぽいな。妖精との契約の事を言っているんだろう。………お前に関しては御愁傷様としか言えない。何で紅魔女はやたら悪く言われるのかね」
「まあ……実際この歌より悪い事しちゃったからね」
私は声を低め、肩を竦めました。
そして、このカードの意味を考えてみます。
「……こいつ、私たちが生まれ変わりだって知っているの?」
瞳を細め、そのカードをトールに返しました。
彼はそれを受け取りつつ、「それは無いだろうが」と。
「例えているだけだろう。俺たちが三大魔王の生まれ変わりだって言うのは、レイモンド卿と御館様たちと……僅かにしか知らされていない事だぞ」
「まあね……。国民は私たちを三大魔王に例えたりはするけれど、本当にそうだって知ったらきっと………この歌の様に私たちを恐れるでしょうね。仕方が無いけれど」
「………」
トールはそのカードを睨みつつ、言いました。
「お前、分かっているか。エスカは俺たちを狙っている。……黄昏れ時は奴の行動時間帯だ。気を付けろよ。昨日こいつと一戦交える機会があったが、相当な手だれだ。正直小物だと侮っていたが………」
「え!? 何あんた、こいつと戦ったの?」
私は前にメディテの屋敷から出た瞬間、出くわしたあのシルエットを思い出しました。
トールはどこか横腹を抑え、苦笑い。
「精霊魔術を使う白魔術師だ。でも……どこか違和感があるんだよな……」
「……?」
「とにかく、気をつけろよ。どこから接近してくるか分からないぞ」
「何よ……魔法は隠しとけとか言ってた癖に」
「………流石にいざとなったら使え。あと、明日からは俺はお前の護衛に付く。そう言った仕事になったから」
「………はあ」
トールはどこか視線を逸らしています。
こいつはまた、何か隠してやがる。
トールもユリも、なんかどこか、大切な事を言わないで私をのけ者にしている気がして気に入らないな。
と、その時、私はトールの隣にあるバスケットを目敏く見つけました。
何だか僅かに、良い匂いがしたのです。
「………何それ」
「あ……さっそく見つけやがった」
トールはバスケットを私との間に置いて、開きます。
「第一層のカフェで一番人気のランチボックスだ。たまにはこういうのも良いだろう? ま、ここに居れば勝手に良い食事が出てくるけどさ」
中には、生ハムとチーズ、トマトとレタスを挟んだベーグルサンドと、エビとサーモン、アボカドのサラダ、オレンジの炭酸水が二つセットになってきっちり収まっていました。
「わあわあ、良いわね!! デリアフィールドでピクニックに行った時みたい」
「………王宮の上品なコース料理も良いけど、やっぱりたまにはこういうの食べたくなるよな〜」
「第一層って、こういうのあるのね」
「何でもあるぞ。商店回廊に出て昼飯とる兵士や役人も居るらしいし」
私は包み紙ごとベーグルサンドを取り出して、一口食べました。
トマトとチーズの酸味と、生ハムの甘いうまみがたまらなく良くあっている。レモンジュレのソースね。
なんだかトールの思うままに機嫌をとられた気がするけれど、まあおいしいものに罪は無いからね。
「うーん……懐かしい感じ」
「………そうそう、お前、ここ最近メディテ卿の所に居る様だけど………何してるんだ」
「学校で白魔術の講義を受けた後、先生の所でアーちゃん見てるの」
「……は? アーちゃん?」
「メディテ先生の生まれたばかりのお子さんよ。私が“アクレオス”って名前付けたの。だから、アーちゃん」
「……ほお。レイモンド卿並みの略し方だな」
「メディテ先生と同じ事言うのね。良いじゃないのよ、可愛いんだから」
私はオレンジの炭酸の入ったカップの蓋を開け、グッと飲みました。
やはり夏の炭酸はおいしい。ルスキアの炭酸水は、甘みが少なく食事にも良く合います。
「凄い子なのよ。魔力が7000mgを越えているの。一般人じゃちょっとあり得ないわよね。ま、流石あの人たちの子供って気もするけど……メディテ先生の所の白い蛇の精霊がちゃんと見えてるみたいで、よく尾を掴まれているわ。手とかちっちゃくて可愛いの……」
「はーん。お前に赤子を愛でる感性があった事に驚きだな」
「……ふん…最近になってからよ」
色々ありましたから。
そしてふと、さっき会ったユリの事を思いだしました。
「………ね……ねえ」
私は少しモジモジしながら、話を切り出します。
「ユリとペルセリスの事……どう思う?」
「……? どういう意味だ?」
「ユリ……ペルセリスの事避けてるみたいよ……。自分が側にいると、記憶を思い出すかもしれないからって」
「…………」
トールは瞳を細め、自分の炭酸水を飲んで小さくため息。
「ま……あいつならそう考えるだろうな」
「ねえ、いいの? このままで」
「……俺たちがどうこう言える問題じゃねえだろ。それに、前世の夫婦だからって、今、お互いがそういう風に思っているかなんて、お前知らないだろ」
「…………そ、そうだけど」
私は炭酸水のカップをもつ両手のまま、人差し指をちょんちょんと。
「前世で結ばれたものと、今世も結ばれるべきって言うわけじゃないしな。前は前、今は今……あとは自分次第だろ……」
「あんたはあっさりしてるのね……まあ、いっぱい居たしね、いっぱい」
「嫌味ですか……」
トールは気まずい顔で、ちびちびと炭酸水を飲んでいる。
私はカップを隣に置いて、ベーグルサンドをとって頬張り、あまり噛んでもいないのにごくんと飲み込む。
私にあるまじき、味わっていない雑な食べ方。
じゃああんたは……あんたを裏切ったあのお姫様が、もし生まれ変わって目の前に現れても、何の執着も未練も無いって言うのね。
あんなに大切にしていたくせに。
私はそう、トールに言ってしまいたかった言葉を、ベーグルサンドと共に飲み込んで。
唇に付いたレモンジュレを、親指で拭って舐める。
甘酸っぱいな。
私にはユリが、前世と割り切っているからペルセリスを避けているとは、到底思えないのです。
執着しているからこそ、彼らしくない露骨な避け方をしてしまっているのではないか。
ペルセリスだって、前世の記憶が無いのにユリを特別に思っている。
そこには、示し様の無い魂の繋がりがあるのではないの?
前世の記憶が、未練が、執着が、彼らをがんじがらめにしてしまっているのではないの?
それは、良い方にも悪い方にも。
私は羨ましいのです。
紅魔女に、そんな人は居なかった。
だからどこか、憧れの混ざった眼差しであの二人を見ている自分が居る。まるで恋に恋する乙女の様に。
愛は永遠だなんて、そんなこっぱずかしい事を言うつもりはありません。
生まれ変わったのなら別の人と別の人生を歩んだって、それを咎める権利は誰にも無い。
でも、ただただ、羨ましいだけ。
あの二人が切ないだけ。