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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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06:トール、途切れ橋と角砂糖。

夕暮れの時間帯はとても短い。

その短さが異様な空気を作っているなら、いつも魔力がサワサワと落ち着きが無いのも分からなくもない。



教国側のメディテの屋敷までの街道は、だんだんと人けが無くなって、とても静かになっていく。

まるであの一族の屋敷を、どこか避けている様に。



ゴーンゴーンゴーン……


教国の鐘の音が響く。


その時だった。

鐘の音がまだ鳴り始めた時、街道を走り横切っていた俺の脳天を貫くような殺気が感じられたのだ。


その憎らしい殺気を知っている。前に奴と対峙した時に感じたものだ。


「…………エスカッ!!!」


感覚のまま、教国の側の研究機関の時計塔を見上げた。その一番天辺に、前にも見たシルエット。


本当にムカつく奴だ。

いちいちこうやって、存在をちらつかせる。


俺は歯を食いしばりながらも、振り返った一瞬で奴を視界に留め、魔導要塞を発動した。

一度奴を取り逃がした経験から、戦いのイメージを作っておいたから。


「魔導要塞……“斜線上の途切れ橋オーバー・ブリッジ”!!」


半透明のモニターがいくつも俺を取り巻き、指示された通りの要塞の構築をし始めた。

斜めにまっすぐ構築され、時計塔の方へ伸びて行く途切れ橋は、その橋の範囲に捕えた存在を閉じ込める。

要するに行動範囲をお互い限定する魔導要塞だ。物理要素20%の、発動条件の少ない必要魔力の軽い要塞。


「捕えた!!」


俺はその斜め橋を、エスカめがけて登りながら、剣を抜いた。

奴がいくら素早かろうと、俺がオーバー・ブリッジを発動している限り橋の上から降りる事は出来ない。途切れ橋だから、奴の逃げ場は無いのだ。橋はどこにも繋がっていない。


時計塔はその針の時間を止めた。


「………」


エスカは一時キョロキョロしていたが、状況を把握したのか、向かってくる俺めがけて大量の魔導手榴弾を転がしてきた。なんて単純豪快な奴。

しかしそれは、この斜線上の要塞ではなかなか良い攻撃だ。斜面を逆手に取った訳だ。


「ふざけやがって!!」


だがこの要塞が俺の舞台だと言う事を忘れるな。

俺は剣を一振りして、その魔導手榴弾を全てマーク。


「グリミンド!! 追加だ!! “墜ちる角砂糖”をオーバー・ブリッジ内に圧縮空間として形勢!!」


「はいはい、課金課金」


使い魔グリミンドは俺の側に浮いて、常に魔導要塞のプログラミングをしている。

マークされた手榴弾は全て砂粒程に分解され、角砂糖の様に小さく四角に圧縮された。可愛らしくコロンコロンと橋を転がっていく。


「……!?」


エスカは向かって来た俺を、大きなファイティングナイフで迎えうった。

お互いの刃が金属音を滑らせ、激しく打ち交わされる。


「マジでビビッとくるぜ〜……」


「………は?」


「てめえ……実はすげえ建築家とか? そういうあれか? ひゃはは」


初めてこいつの声を聞いた。どこか安定感の無い、興奮を抑えられないと言うような低い男の声。

側で見ると、防弾チョッキにフードと言う謎のファッションをしている“エスカ”であるが、フードの向こう側の顔は、いまだに良く見えない。まあフードっていうか、頭巾ですねこれは。二の腕丸出し黒頭巾ちゃん。わあ、中二。

大きく弧を描かれたギザギザの歯だけが、この状況を楽しんでいる奴の異常な愉悦をひしひしと伝えてくる。


「あ……? 馬鹿かてめえ……橋は建築業じゃねえ……」


俺はこの狂った(ファッションセンスの)殺人鬼を冷静に見極めようとした。


「橋は土木だ!!」


正直どうでもいい事を、ドヤ顔で。

しかしその言葉の勢いのまま、剣を振って奴の足場を崩した。


討ち取った!!


と思ったが、奴の身のこなしは流石で、崩した足場から体を逸らせて足を蹴り上げ、ブーツの先に魔法陣を列ねた。


「第三戒・精霊壁」


「な……っ、精霊魔法……」



パアアアン!!!

俺の剣が守護壁に弾かれた音だ。

こいつは一瞬の光を目くらましに、俺の剣をそのまま蹴り上げる。


「!?」


しまった。

このタイプの戦闘スタイルを持つ魔術師に、一瞬の隙は命取り。しかもこの近距離の状況で。


奴は口元の歯をむき出して、大きく笑みを浮かべている。ナイフを銃に換装し、俺に銃口を向けていた。


「橋の足を一つ折れ!!」


俺は叫んだ。グリミンドは了解する。


橋を支える足が一つ斬り落とされ、安定感を失ったこの橋は一瞬大きく上下に揺れた。銃声が聞こえたが、その弾丸は斜め上の方へ放たれ空を切っていった。


ふわりと落ちる感覚にエスカは一瞬怯み、体制を立て直そうと俺から間合いを取る。

緊張感の走った戦闘に、一瞬の息継ぎが儲けられたようだった。



「……チッ……なんっつー、欠陥建造物だよ。もうちょっと魔力かねかけて創れっつーの。あーあー萎えたぜ……」


「悪いな……途中建設放棄された橋っていう設定だから……。資金不足で」


「世知辛いなあ、おい……」


グワングワン揺れる足場が、やっと大人しくなってきた。

俺は奴の行動を目の端に捕えながらも地面に落ちた剣を取る。


何なんだこいつ。

精霊魔法を使っているくせに、精霊の姿が見えない。


そもそも、こんな邪悪そうなオーラを放つ殺人鬼が、精霊魔法を使う白魔術師とは予想外だった。

いや、白魔術が正義とは限らないが。白魔術と黒魔術の違いは、そのスタイルにあるだけなのだから。


「流石は巨兵を倒したっていう顧問魔術師の一人だな……。愉快愉快、こりゃあ、裁きがいがありそうだあ。他の二人もこんな感じなのか? あ?」


「………てめえ、自分のやってきた事を差し置いて、人様を裁く権利があるのかよ」


「はあ? あの程度の虫みたいな裁きでムキになってんじゃねーよ。ほんと、南の奴って温すぎるってもんだぜ」


「………」


ピシ……ピシ……


どこからか、空間の割れて行く音がする。


「あわわわ、トール様、先ほどの角砂糖たちが!!」


俺はグリミンドの慌て様からとっさに振り返った。

傾斜の下に転がり落ちたはずの、先ほどの手榴弾角砂糖が割れ、中から小さな黒いカメが出てくる。

まるで卵から孵化したかの様に。


「………げ」


俺は青ざめた。なんて状況に不釣り合いな光景だ。


「さあ、四方の精霊、黒海亀のブラクタータ!! 空間を食っちまえ!!」


「「「「あいあいさー」」」」


生まれたばかりの小さなカメたちは、それぞれ高い声で返事をすると、そこら中の空間をかじり始めた。

これには本当に驚いた。軋み始める魔導要塞のあちこち。


「どーうだ、ビビったか!! ひゃははは」


「お、お前……いったい何者なんだ……」


どう考えても、ただ者じゃない。

今まで自分の作った魔導要塞が食われるなんて事は無かった。あり得なかった。このままでは要塞を解除するしか無いだろう。


「トール様、空間のあちこちに歪みが!!」


「……クソッ!!」


俺は目の前に解除モニターを開き、この要塞の解除ボタンを乱暴に押す。

その瞬間ふわりと、宙から地面へとまっしぐらな感覚。橋が解除され、俺たちは空に放り出されたのだ。


俺は宙に四角い無色空間を形成し、それを足場にするが、エスカは大の字で落ちていく。


ゴーンゴーン……


教国の鐘の音がまた鳴り響いている。

オーバー・ブリッジの空間は時間を遅らせる効果を持っているため、先ほどの戦いはほんの一瞬、鐘の音が一度鳴るか鳴らないかの間で行われた事だ。



落ちて行く奴は、相変わらずギザギザの歯をむき出しに、狂気じみた笑みを浮かべていた。

フードの中の瞳が、ちらりと見える。


鋭く光る、獲物を見定めた瞳。

奴はまさに狩人だ。


「俺様の審判ジャッジを待て!! グッドラック!! ひゃーははは!!」


「………」


奴は落ち際に痛々しい捨て台詞を吐き、落下直前で足先に魔法陣を描き、一回転して見事に着地。


「10.00!!」


遠く小さくそう聞こえた。


エスカはそのまま暗い路地裏へと消え、俺が地上に降りた時には、もう奴の足取りは掴めなかった。







「………っ」


俺は横腹を襲う、血肉を抉られたような痛みに顔を歪め、路地裏の民家の壁にもたれかかった。

嫌な汗が流れて行く。


巨兵を倒した時より随分軽い要塞を選んだが、リスクは大なり小なり襲ってくる。


「………はあ」


すでに体内で治癒魔法が働き、かじられた僅かな身は修復し始めた。


「トール!!」


魔力の波動を感じたか、魔導騎士団のメルビスと団長が俺を捜しに来たようだった。


「……どうした、そんな所にうずくまって。まさかエスカとの戦いで負傷を!?」


「いや……もう大丈夫ですから」


俺は一つ息を吐いて、スクッと立ち上がる。

こんな所でうずくまっている場合ではない。


「団長、申し訳ありません。エスカを取り逃がしてしまいました。……俺は今すぐマキアを……」


「それは心配しなくていい。マキア嬢は先ほど王宮へ戻られた様だ。トワイライトの者が伝えに来た」


「………そう、ですか……」


安心したような、どこか気の抜けたような。



忘れられないエスカの瞳。あの男は正直危ないし、侮れない。

しかも精霊魔法を使う。だがどこか、ユリシスの使う精霊魔法とは違う感覚を味わった気がした。


俺やマキア、ユリとはまったく違うスタイルをもつ、孤高の殺し屋だ。


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