05:トール、三大魔王の歌とエスカ。
俺はトール・サガラーム。
元煙突掃除夫で、元オディリール家の使用人で、今は王宮顧問魔導騎士と言う立場でありながら魔導騎士団の一員でもある。
まあ、元魔王なんですけどね。
「はははは、よく来たな顧問魔導騎士様のくせに!! ははは、いやしかし、ここでは新人扱いだからな!! て言っても、私も新人団長なんだけど、ははははは!!」
体が大きく筋肉の固そうな、どこぞの軍人のような魔導騎士団団長のダンテ・ルークメルトは、俺が魔導騎士団に入団したい事を伝えると、何がそんなに可笑しいのか笑いながら固い大きな手で肩を叩いた。
まあこの中年から見たら俺はまだ子供だろうし、年齢に見合わない顧問魔術師という立場である俺に、変に気をつかってこないのでやりやすい。
同じ時期に入団したのが、ビグレイツ家の魔導騎士メルビス・キャロレードだった。
「メルビス……あなたも王都に留まるのか」
「………トール・サガラーム……いや、トール様……。ええ、主の命令で」
「様なんてよしてくれ。今まで通り呼び捨てでかまわないから」
「……ではトール、君が魔導騎士団に入団するとは。良い身分になったのだからもっと優雅に高みの見物でもしていれば良いのに。まあ、なかなか下っ端体質が抜けないか」
「………せっかく王宮に居るのだから、現場に居ないと意味無いだろ」
「ふふ……君らしいな」
メルビスは20代前半の良い歳のお姉さんだが、ベージュの短い髪をして、男性騎士のような鎧を着ている。
この人の女性らしい格好を見た事は無いが、だからといって極端に男らしいと言う訳でもなく、キリッとした中にもどこか柔らかい部分がある。前々からお互いのお嬢様が友人と言う立場であるから、関わりのあった人だ。
ルスキアの王宮に仕える魔導騎士団は、20人も居ない。
それだけ、両方の性質をもつ優秀な者が居ないのだ。
背後にあるのはルスキア王国のもつ魔術師と騎士の性質だ。
基本的に王宮に仕える魔術師や騎士は、王都の魔導学校か騎士学校の出身者が多いが、魔導騎士学校と言うものは無い。しかも魔導学校と騎士学校は様々な因果から仲が悪いらしく、人材を手放さないためどちらともの才能を持つ者が両方の力を伸ばす事が難しい。叩き込まれる騎士道精神と魔術師の誇りが対立しているのだから。
今までは別に、それでも良かった。
魔術師が腹黒もやしでも、騎士が脳筋でも。ダンジョンに繰り出しているだけでもないし、それぞれのお役所仕事ができれば良いのだから。
しかし、時代は変わったのだ。王国も今になって、稀に居る魔導騎士を集め魔導騎士団を結成した。
これからは“剣も魔法も使える動ける仕事人”の時代だと、我らが魔導騎士団の団長は言っている。これを煽り文句に募集ポスターも作っているが、まあなかなかそんな奴は居ないし、集まらない。
魔導騎士団の戦力底上げのため、密かにレイモンド卿に入団を頼まれた。まあこれがある意味での顧問魔導騎士としての役目かもしれない。
別に、俺が自ら下っ端になりたいと思って入団した訳ではないのだ。
これは言っておかなければ。
さて、魔導騎士団の仕事は、今の所この王都で起こるここ最近の奇怪な殺人事件を追う事であった。
巨兵事件の後、王都が荒れる事は予想されていたが反東派閥の反乱以外にも何かと事件が起こる。特にここ最近は、王都で謎の殺人事件が連続して起こっている。ここからは少しえげつない話だ。
王宮の役人が四肢を引きちぎられたバラバラ死体で見つかったり、ある商人が、何か大きなハンマーで叩き付けられたかの様につぶれて死んでいたり。
土管の中で見つかった、鎖でぐるぐる巻きにされた遺体もあった。
特に酷かったのは、町外れの小屋に9人程の死体が全身の皮を剥がれ血を抜かれていた時だ。あまり人の行かない場所の小屋であったから発見も遅くなり、遺体がかなり腐敗していたが、どうにも若い女性のものの様だった。
これらの事件は同一人物だと分かっている。
なぜならそれらの現場には必ずファンシーな“カメのカード”が残されているからだ。
俺様参上!!
救済を望むなら、全てを晒し俺様の審判を待て!! あの世でグッドラック!!
p.s. 暑いのは嫌い。早く秋にならないかな。
byエスカ
まったく恥ずかしい中二病的メッセージだ。
「………またエスカ、か……ふざけやがって」
事件に関わっていると思われる、頭のおかしい快楽殺人鬼のイメージのある通称エスカ。
こいつはどうにもおかしい奴だ。これらの事件とは別に、まるで自分の存在をアピールする様に黄昏時に王都に現れ、事件を追っている俺たち魔導騎士団にちょっかいをかけてくるのだ。お尋ね者が、自分から出てくる。
奴は魔導武具をいくつか持ち合わせている。
分かっている分だけで、魔導銃、魔導式ライフル、魔導式バズーカなど。俺は一度だけ奴を追いつめ、近距離戦にもっていった事があるが、奴は銃から大型のナイフに換装し、人間離れした身のこなしでその場を逃げ切った。
大きなフードを被っていたため顔は分からなかったが、その殺気は鋭く、俺をあざ笑っているかのような口元が印象的だった。
エスカは魔術師だ。それは分かっている。
ただ、こいつはまさしく動ける魔術師。身体能力も高く、それを魔力によって極めている。いくつもの魔導武具を駆使し、大掛かりな魔法を避ける事によって得る身軽さがとても厄介だ。魔術を使うが、魔術師と言うより軍人か殺し屋のイメージに近い。
この俺が、奴を前にまだ何も出来ていない。
さて、昨日王都の商店回廊の路地裏で、これまた全身血の抜かれた男性の遺体が発見された。
勿論側にカードが残されていたが、綴られていたメッセージはいつもと少し違う。
雪国の獣たち
四肢を折られて繋がれた
黒魔王に鎖で繋がれた
深い森のミューサたち
皮を剥がれて血を抜かれた
紅魔女に全部吸われた
湖の精霊たち
騙されて鍋で煮込まれた
白賢者に缶詰にされた
ああ怖い
扉の向こうに大魔王
p.s. 巨兵を倒したと言う王宮顧問魔術師三名に、俺の審判を下そう。あの世でグッドラック!!
byエスカ
「……これは……北の国の民謡……?」
メルビスは、見つけたカードの内容を読んで、眉を潜めた。
俺はこの詩を知らなかった。
「三大魔王への皮肉を、子供を叱りつける時の歌にしたものだ。……なるほどなあ、我らが顧問魔術師様を三大魔王に例えている訳だ」
「………」
団長は顎髭をジョリジョリ撫でて、何か言いたげな様子で俺を見ているが、俺はその視線をまったく気にせず、ただカードの言葉を追っていた。
「もしかして…今までの事件はこの歌をなぞってやった事なのか?」
「!?」
言いたい事は沢山あった。
時代と共に三大魔王の言い伝えが形を変えて行く事は仕方が無いとは分かっているが、まあ紅魔女の部分は色々と酷いな、うん。
「団長、今までのえげつない遺体を思い出して下さい。四肢を切断されたり、土管の中で発見されたり……特に近いのは、三番地の奥の小屋で見つかった9人の女性の遺体………。紅魔女の部分の“ミューサ”というのは、童話における、森にすむ9人の乙女妖精の事ですから……」
「……うむ……確かに類似点が多いな。しかしエスカはいったい、何の為にこんな事を……」
「………」
俺たちは今までの事件の関連性を調べていたが、奴が快楽殺人者で、この歌を元に殺人を行っていたならば、事件に意味なんて無いのかもしれない。いや、分からないけれど。
これは儀式的な何かだったり、もしくは、俺たちに対する挑発だったりするのか?
「やはり北の刺客なのだろうか。トール……もしエスカが君たち顧問魔術師を狙っているなら、マキア嬢が一番危ないのではないだろうか」
メルビスは告げる。
俺は顔をしかめた。どんな奴に狙われても、危ないと言う状況に陥る事が、果たしてマキアや俺たち三人にあるだろうか、という話をし始めたらきりがないが、正直エスカは得体が知れない。
それに、俺はレイモンド卿にもう一つ言いつけられている事がある。
「………マキア……」
俺はふと、訪れつつあった夕暮れの匂いにハッとした。
奴が俺たちを狙っているなら、確かに一番危ないのはマキアだ。王宮で護衛に囲まれているユリや、常に臨戦態勢の俺よりも、確実に狙いやすい。パッと見一番無防備だし、弱そうに見える。
奴がマキアの元に現れる可能性は大きい。
「……マキア嬢はどこに?」
「確か、メディテ卿の屋敷に行くと言っていた。レピスが居るから、万が一エスカが現れても大事にはならないと思うが……」
と言いつつも、俺の足は無性にそちらへ行こうとしている。
団長は落ち着きの無い俺の足下をニヤニヤと見ながら、大げさに俺の背中を叩く。そのせいで若干咽せた。
「ほら行きやがれ!! 騎士と言うものは、本来美しい姫を守る存在だぞ!!」
「げほっ……いや……それはちょっと違うような……」
「うだうだ言うな若者!! ははは、若いな!! ははは」
「………」
いやあ、この人のテンポにはたまについて行けなくなる。
良い人だけれど、いつもどこか勘違いしていたり、何かがずれていたり。
俺は魔導騎士団のメンバーから離れ、魔導施設の時計塔を目印に、黒いマントを翻し走った。
どこかであの“エスカ”が見ている気がして、夕暮れの匂いが緊張感を帯びている。