04:マキア、だが言葉にできない例のあれ。
「………」
「だから言いました……脱ぐと凄いって……」
私とペルセリスは言葉を失ってしまいました。
レピスがいつも黒いローブを着ていて、体をほとんど隠していたので、気がつかなかったのです。
「……あんた、手と……足が……」
「はい。私は右腕と左の膝下がありません。ですから、魔導義手と魔導義足を取り付けています。トワイライトの空間魔法でコーティングして作っているものなので、水に浸かっても特に支障はありません。高性能です」
「……いや、そんな高性能とか言われても………なんか……知らずにごめんなさい」
「ごめんなさい……」
顔を真っ青にして、体に湯浴み用の薄い布を巻いた姿のまま謝る私とペルセリス。
レピスの体は、白くて細くて、至る所に傷がありました。それだけで、彼女が今までどのような状況下で生きて来たのか分かります。
「仕方ありません。空間魔法のリスクで、体がかじられてしまうのです」
「かじられる……ねえ。前にトールも、内蔵をかじられたとか言っていたけれど。空間魔法って、そんなにリスクが重いのね」
「私たちには、自分のリスクを具現化した使い魔が居ます。使い魔は私たちの手伝いをしてくれますが、報酬に体をかじるのです。黒魔王様のように膨大な魔力があれば、治癒に魔力を費やし毎回補う事も出来ますが、私たちがあの方と同じ様に空間魔法を使えば、必ず治癒の追いつかないマイナスの部分が出てくるのです。………私の兄なんて、もう体の半分がありません……」
「………」
何だか当たり前の様に言ってのけていますが、それってとんでもない事です。
白い清潔感のある衣服を着た教国の女性が、ただ黙って私たちの湯浴みの手伝いをしてくれます。
教国の巫女専用の聖なる湯場に、私たちが入っていいものか少々恐れ多いですが、緑色のタイルが張り巡らされた白い花の浮かぶ広い浴槽は、薬草の匂いが立ちこめどこか落ち着きます。
「……わあ」
緑色の温いお湯に足をちょんと付け、ゆっくり入っていきました。
染みていく温かさは、日本で入った温泉を思い出します。
「あああ……やっぱり良いわねえ……」
「気持ちいいでしょう?」
ペルセリスが湯に浮かぶ白い花を掬って、私たちの方へかけてきました。
いつもこんな風に、広い浴槽で一人花を掬って遊んでいる姿が想像出来る。
「…………」
私はレピスとペルセリスを無言で見比べました。首下から、腰上辺りを。
どことはあえて言わない!!
するとペルセリスは何かに気がついた様に、ぶくぶく浴槽に沈んでいきました。
「……マキアが何を言いたいのか分かるから」
「え」
「分かってるから!!」
な、何も言ってないのに……。
レピスは無表情のまま、ペルセリスを横目に見ています。
「巫女様、どうせ私のはいつかなくなります。鉄製になりますから」
「やめてえええ!! そんな事言われると羨ましがれない!!」
だが、何がとは言わない!!
「大丈夫よペルセリス、これからよこれから」
私も苦笑しつつ、彼女を慰めます。
だが、何がとは言わない!!
「でも……マキアだって同じ歳なのに……なんでそんな……」
何がとはまだ言わない。言えない。
「あ、そういえば〜…………前にユリが可愛いって言っていたアイドル、確か“貧乳”だったわ………あいつって“貧乳派”……」
「………」
「……」
「……あ」
言った!!
言っちゃった……!!
確実に言ってしまった!!
ペルセリスは涙目で、恨めしそうにこちらを睨みます。
「言ったね……」
「いやいやいや、だってこれは……」
私はチラチラと“それ”を気にしながらも、視線を逸らしました。
確かに、ペルセリスは歳の割に真っ平らです。彼女もそれを気にしている様。
でもほら、そっちの方が良いって言う人も居るじゃないですか。
「だ、大丈夫だって。何となく、ユリシスの好みは分かるんだけど、小柄、童顔、貧乳ね……。あれ、ロ、ロリコン……?」
「………」
あれ……あいつのイメージが良からぬ方へ。品行方正、眉目秀麗、やる事成す事器用にこなすスーパー賢者タイム持ちの彼のイメージが。
そう言えば、奴ってば地球の頃も、やたら妹に……。
ペルセリスは若干引いていました。
私が墓穴を掘ったから。
「そんなの慰めになってないよ……」
「あはは………はあ、ごめん……」
ほんとごめん。
そして、ユリごめん。あんたのイメージダウンさせたかも。
すっかり暗くなってしまいました。
ペルセリスと別れ、王宮へ帰ろうと聖堂を出て行くと、柱にもたれかかって待っているトールが居ました。
「………」
「……なんで湯上がり……」
「あれ、分かる?」
トールは私を見て、ギョッとしていました。
髪は乾かしたけど、少し湿っぽいかな。服も同じ物を着ていたのに暗がりで良く分かるな。
「なんか火照ってるし……何だろう。何かいい匂いがする……薬草みたいな。湯上がりって感じは分かる」
「あんた注意深いわね」
トールは私の後ろに居るレピスを垣間見ると、「お前もか」と。
レピスはこくりと頷きました。
「巫女様に命令されました」
「……そりゃあまあ、可愛らしい命令で……女子三人か……」
トールはどこか宙を見ています。
私は眉をぴくりと動かし、ぼんやりしている奴の足を思いっきり踏みつけました。
トールは「痛ってえええ!!」と、片足を上げます。
「あんた、今なんか考えたでしょう」
「えっ……何? ああ、痛ってえなあもう……まったく……」
こいつ、しらばっくれてやがる。
まったく……と言いたいのはこっちだまったく。
私はじとーっとトールを探る様に見ますが、奴は「月がキレイダナー」と。
「トール様は、どこまで行っても結局黒魔王なのですね」
「……うん? それはいったいどういう事だレピス」
「そのままですけど……何か?」
「………ブッ」
ちょっと笑ってしまいました。
レピスが冷静な口調で、真面目な顔してそんなツッコミを入れるものですから。
彼女はトールに対し、少々遠慮が無い。
先祖だって言うのに。
いや、むしろだからかしら?
「それにしても、トール。あんた急がしそうなのによく迎えに来れたわね……」
「ああ……さっきここの側で、ちょっと仕事してたからな」
「魔導騎士団の?」
「そうだ。今王都は、本当に物騒だぞ。……マキア、極力一人で外出はするなよ」
「何かあっても、私は自分で何とか出来ると思うけど……」
「それはいけません、マキア様」
「……?」
一歩引いた所から、レピスがはっきりと口を挟んだので、私は首を傾げました。
「あなたは、“力を使わない”事に意味があるのです」
「……どういう事、レピス」
「エルメデス連邦は、きっと既にこの国へ刺客を放っています。国を開きつつあるルスキアに、この侵入を拒む事は難しいでしょう。奴らは探します……巨兵を倒したあなたたちを……」
「………」
「きっと力を知りたがります。ユリシス様の精霊魔法や、トール様の空間魔法は、既によく知られた魔法なので仕方が無いのですが、マキア様の命令魔法は、誰に伝わったものでもない、あなただけの魔法です。あなたにしか使えない魔法。……それはルスキアの強力なカードです。知られては意味が無い。あなたは、魔力の高い無力な少女を演じるべきです」
「………それって……」
どういう事?
私はトールを見上げました。
「レピスの言う通りだ。それが、レイモンド卿の意志でもある。……お前は、出来るだけ魔法は使うな」
「そのかわり、私やトール様が、マキア様をお守りいたします。……いえ、トール様は他にも“色々”お忙しいので、私がお守りいたします」
「…………あれ、なんか言い方に刺が………何その色々って」
「………」
レピスの嫌味と、トールの色々に付いてはともかく、私は、この話にどこか違和感を感じました。
しかしそれが何だか良く分かっていません。
トールもレピスも、何か知っているくせに、大切な事は言わずに居る。
「まあいっか。あんた達が全力で私を守ってくれるのでしょう? でも、いざとなったら使うわよ」
「そうです……むしろ、これはいざと言う時の為の策ですから」
「………」
ザワザワ……
人通りの少ない、教国の並木道を歩いていき、ただ一歩その教国の門から出た後感じ取った激しい殺気に、私たちは足を止めました。
「!!!?」
トールがとっさに剣を抜き、それを振った時、激しい爆音が私たちの目前で響きます。
魔法陣がぶつかり合って、砕けたのが見えました。
「……魔導砲」
レピスがぽつりと呟き、私の前に立ちました。
トールは自分の魔導剣で、その砲撃を弾いたのです。
「チッ……出やがったな“エスカ”め!!」
辺りに煙が立ちこめ、爆発によって地面のレンガがえぐられています。
私は砲撃がされた方向を確かめました。
高い時計塔の上に、誰か居る気がします。その知らないはずのシルエットに、一瞬の大きな心臓の鼓動。
「トール様、魔導騎士団が奴を追っています。今のうちに、王宮へ戻りましょう」
「……ああ……」
二人は、あのシルエットの人物を既に知っている様でした。
「いったい……今のは何だったの?」
「エスカだ」
「……エスカ?」
トールはレンガのえぐれた部分を確かめました。
そこには、可愛らしいカメのカードが刺さっています。
トールは目を細めそれを読んだ後、舌打ちして私に差し出しました。
「……?」
俺様、光臨!!
全ての罪は俺様が裁き、全ての罪は、俺様が許そう。あの世でグッドラック!!
p.s. 昨日足の小指を机の角で打った……泣
byエスカ
「うわあ……」
何でしょう。痒くなってきました。
猛烈に痒くなってきました。
「それがここ数日、魔導騎士団が追っているお騒がせ野郎だ」
「あんたでも捕まえられないの?」
「………そうだ」
長いため息をつくトールに、私は悟ったものです。
こんなふざけたカードを書く痛々しい中二病野郎でも、それなりに手強い奴なのだと言う事を。
私はまだ知りませんでした。
この王都に、既にやってきている脅威を。
忍び込んだ災いを。