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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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02:マキア、名を与える。

老婆は黄ばんだ歯をむき出しにしてニヤッ笑うと、ジゼルさんの横にある木製の椅子に飛び乗って、ひ孫と孫の嫁を覗き込みました。


「ごきげんよう、マダム・エグレ―サ」


「………ジゼルよ、お前はメディテ家の嫁としての役割を、しっかり果たしたな……」


黒いシミがいくつもあるしわしわの手で、老婆はその赤子の頬を撫でました。

こんな怪しいおばあさんでも、ひ孫は可愛いものでしょうか。


「おやおや、良い毒気だね。ウルバヌスよ、歴代じゃお前が最高傑作だったが、こりゃあせがれの方が優秀かもしれんぞ」


「それは、父親として名誉な事だと思いますがね」


老婆は横目に私の方を見ました。

そして、人差し指でちょいちょいと呼びつけます。


「紅魔女、この子に名を付けるなら何が良いかね……」


「……私がつけても良いの? あなたも名前魔女なら、身内がつけた方が良いんじゃないの?」


「より良い運命を、このメディテの一族に……。名前魔女の最高峰であるお前さんが居ながら、名を付けてもらわないでどうするね」


「…………」


すやすや眠っていた赤子が、ぱちりと目を覚ましました。

目を開くと、どこかメディテ先生に似たたれ目具合です。


こりゃあ、胡散臭い子供になるでしょうね。


私はその赤子の小さな手に触れました。確かになかなかの毒気ですが、触れなくては名前は浮かんできませんからね。


「………」


この赤子の運命を導く名前は、何だろう。

私はじっとその子を見て、私の指をぎゅっと握るその子の命の熱を感じ取りました。


この世界に生を受け、まだ何も情報の書き込まれていないまっさらな存在。

これから、どのような運命をたどっていくのか。この魂は今まで、どのような運命の中にあったのか。


それらを読み取る事は出来なくても、感じる事は出来る。良い方へ導く名前はきっとある。


「………メディテ……蛇……ウルバヌス……ジゼル……蛇……蛇の杖…………」


私はこの子供から感じ取れる、運命の単語をいくつか呟きながら、一つの答えに辿り着きました。


「……蛇の杖……蛇……アクレオス………この子の名前はアクレオス・メディテ……」


パアアアアアア……


私の与えた名前が、私の魔力を通して具現化し、蛇の杖の形を成して、きょとんとした赤子の胸へ吸い込まれていきました。

赤い、紅魔女の魔力の恩恵。私に名を付けられたと言う大きな情報を刻みます。



名を与えられた事で、この子供はこの世界の立ち位置を手に入れ、確かな存在として確立したのです。



「アクレオス……良い名前だ……。ちょっと俺に似てるし」


「親子の名前は少し似せると、親の名の加護も受ける事が出来るのよ。そこに繋がりができるから」


「五字か……魔術師には五字の名が最適と言われているが……それも意識したのか? 紅魔女や」


「………まあね、メディテ家に多く五字の名前が付けられていたそうだったから」


「………」


老婆、マダム・エグレーサはニヤリと笑うと、その目をカッと開いて赤子を見ました。

名付けられたばかりのアクレオスは、さっきから目をキョロキョロさせて、あくびをしています。


「おやおや……魔力数値マギベクトルが約7000だ。こりゃあ、ウルバヌスを抜いたな」


「ほおお。7000越えとは、有望だなあ!!」


一般の魔術師で7000越えをしている者はほとんど居ません。メディテのしかるべき教育を受ければ、この子もまた優秀な魔術師になるでしょう。それに、私が名付けた事で、この子の運命に僅かに贈り物があるでしょうから。


紅魔女に名付けられたその恩恵。

これが、この子供の未来に何を見いだすか。


「アクレオス……アーちゃんね」


「え……そう略すの? レイモンド卿並みだな」


「アクちゃんよりいいじゃない。だって長い畏まった名前なんだもん。赤ちゃんの頃は、アーちゃんて呼ぶわ」


自分で名付けたくせに、いきなり略称。

だってこんなに可愛いのに……かったい名前で呼びかけるのはあまり想像出来ない。


「とにかく、紅魔女に名をつけてもらったのは我が一族にとって良い事じゃ。安心したわい……ヒヒッ」


マダム・エグレーサは椅子からひょいと飛び降り、片目をギョロッとさせ、私を見上げました。


「おばあさん、前に私があのお店に行った時……私が紅魔女だって知ってたの?」


「………」


マダム・エグレーザは片口を上げ、私を見上げる瞳を細めます。


「いんや……知らなかったがね」


「………そうなの」


彼女は杖をつきながら、扉の方へ向かっていきました。


「ばあ様、今日はうちに泊まっていくでしょう。お部屋の香をたいていますよ」


「………ザンティンは居るかね」


「執事室に居ると思いますが」


「………」


私には良く分からない身内話を少々して、彼女はこの部屋を出て行きました。

なかなか雰囲気のある魔女です。


「あの人……ただ者じゃないとは思っていたけど……」


「あのばあ様の店で買い物した事があるんだろう? まあ、あのばあ様の力は本物だから、安心しなって」


「………逆に安心出来ない……」


大切な両親に送った花のブローチが、あの両親にとってどんな効果を発揮しているのか。



不安定にふらふらさせながらも、必死に手を動かすベットの上のアーちゃん。

私はかつて、沢山の赤子に名を与えて来たはずなのに、今回は特に特別だと感じます。


私はこの子の名付け親になったのです。

それだけでも、こんなに可愛い。


「ねえ、ジゼルさん……やっぱり自分の子供は可愛い……?」


「……それは、当然ね……。そして、親になるって言うのはとても不思議で、子供が出来ると言うのはとても神秘的な事よ。長い記憶のある紅魔女様に、こんな事を言うのは違和感を感じるけれど……」


「………だって私、子供居なかったもの……」


まじまじとアーちゃんを観察しながら、ほっぺたをちょんとつつくと、その柔らかさに驚きます。

ぷっくりした両ほっぺの下に、ぽちっとくっついている顎がたまりません。


「可愛かろう可愛かろう。羨ましかろう」


「あーもー、うるさいですね先生」


後ろから嫌がらせの様にぼそぼそ言ってくるメディテ先生。

どうしてこの人はこんなにウザやかなのか。


こんな男と結婚して、子供まで産んだジゼルさんは凄い。












「お迎えに上がりました、マキア様」


「………」


黄昏時。メディテの屋敷を出ると、ふわりと黒いローブをなびかせ一人の女性が現れました。

漆黒の長い髪と瞳を持った、黄昏の少女。


「……レピス、あなたいつもどこに居るのよ」


「どこにでも、マキア様のお側に」


「………」


レピス・トワイライトは、元々フレジールに保護されたトワイライトの一族の魔術師でしたが、今はシャトマ姫の命令でこの国に留まっています。そして、私の護衛(監視役)として私の側にいるのです。


私より二つ程年上らしいですが、まあ年齢の割にもっと年上に感じるのは、彼女が常に淡々としているからでしょう。

まあ、前世の記憶を持つ私は人の事を言えませんが。


「今日の晩ご飯はいったい何かしら」


「……マキア様、それは王宮に戻って、食卓についたら分かる事です」


「うわあ……そんな夢の無い」


彼女は私とは真反対の性格ですが、見た目や空気感は、やはりトールの子孫と言うだけあって、彼に近いものがあります。

だから、彼女と一緒に居るのはとても落ち着く。


「ねえ……今日メディテ先生のお子さんに名を与えてきたの。私の名前魔女としての力は衰えていなかったわ。名付けた時の手応えがあったもの」


「何と名付けたので」


「アクレオスよ!! アクレオス・メディテ……どう、良いでしょう? アーちゃんって呼んでるの」


「……名前は素晴らしいですが、せっかくの名前なのに愛称が普通ですね」


「だから呼びやすくって、愛着を持てるでしょう? 私、あの子の名付け親なのよ。見守っていかなきゃ……」


「…………」


レピスは少しだけ口に弧を描きました。

彼女は稀に、こんな風にさりげなく笑います。でもすぐに元の無表情になるので、本当に貴重な瞬間なのですが。


涼し気で切れ長の瞳は、やっぱり彼を思い出す。トール……と言いたい所ですが、どちらかと言うとかつての黒魔王。

何が違うかなんて、はっきりと言葉にはできないけれど。




オレンジの空に、紫色の侵入を許す時間帯。

私は少しだけ、“我が子”というものへの興味がありました。


デリアフィールドのお父様やお母様も、私をあんなに可愛がってくれた。今だからこそ、子供が両親にとって、どれほどの存在なのか分かる。


でも、その親心を身を以て感じた事は無い。


「………」


我が子の遺体が教国にあるユリや、子孫が今でも存在しているトール。

あの二人にはかつて、確かに愛する者がいて、子供を授かった。


ユリやトールにはある気持ちが、私にはいくつか無いのだと。



あの時代“西の紅魔女”と呼ばれていた私には、本当に何も無かったのだなと、少しだけ寂しくなるのです。


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