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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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01:マキア、白昼夢。




「誰だ……」


冷たい澄んだ空気の、雪の積もった森の外れで、私は一人の男と出会いました。

それは偶然ではなく、私が彼に会いたいと思ったから。


「……」


その男は、黒く長いマントを風の吹くままになびかせ、ただ一人崖の向こうの白い雪世界を眺めていたのです。

北の森の奥にある雪世界には、魔族の住む国がありました。


彼はその国の王。

だけど、彼自身は人間でした。

人間でしたが、普通の人間ではありません。


でも、それは私と同じです。


「あなたが……黒魔王……?」


「……お前は……誰だ……」


「私は……」




私は、紅魔女。



ねえ……あなたと私は、同じなの?
















「………」


白昼夢でも見ていたかの様に、かつての記憶の断片を思い出していました。



お久しぶりです。

マキア・オディリールです。


私とトールが王都にやってきて、数ヶ月が過ぎました。夏の終わりの、昼下がり。




ここは教国の側にある、魔導研究学校。

最近、私はこの学校に入り浸っています。魔導を極めた紅魔女である私が、なぜ今更学校なんかに通っているかって言うと、それは単純な話。


暇なんですよ。


緊迫した状況下でこんな事言うと不謹慎かもしれませんが、王子として仕事の増えたユリと、魔導騎士としての仕事があるトールに比べれば、表向きはまだ14歳かそこらの歳の少女である私には、やる事が少ない。


しかも私は魔術の仕組みに詳しい訳ではありません。

この国の主な魔術は白魔術ですし、私のオンリーワンな黒魔術は、平和な時は全くもって役に立ちません。

それに、レイモンド卿は私たちの力を極力隠しておきたいらしい。あの巨兵事件で、エルメデス連邦もルスキアに対し警戒し、刺客を送ってくるとも限らないので、情報は出来るだけ漏らさないに越した事はありませんが。


ですから、教国の側にあるメディテ家の運営する魔導研究機関にお世話になっているのです。主に、学校で授業を受けたり。

あんなに魔法を使えるのに、魔法の仕組みや細かい制約なんか、知らない事の方が多いですから。


特に白魔術の繊細な仕組みには脱帽。


そして、その面倒臭さは多いに退屈です。


「……こら」


「………」


頭を分厚い魔導書で叩かれました。

私が講義室の端から外を眺めていた所、講義をしていたメディテ先生に目を付けられたのです。


「王宮の顧問魔術師が、たかが授業でよそ見はいけませんな」


「………おじさん……」


「はい、減点。次おじさんて言ったら、レポート課題出すからね」


授業に出ている同じ年頃の少年少女がクスクス笑っている。

この中に居たら、私もただの生徒です。


初めてメディテ卿に会った頃は、彼を胡散臭い貴族風のおじさん、もといお兄さんと思っていたけれど、こうやって魔導研究学校へ通うと違う一面を見る事が出来ます。

彼の講義は週に一、二回程しかありませんが、講義室はいつも超満員。人気な授業なのです。

まあ、確かに彼の授業は面白い。白魔法に代表される毒薬魔法の事情を、包み隠さず話してくれます。

そんな事言っちゃっていいの? みたいなことまで。


ここで彼の教えを染み付かせた生徒たちは、さぞや立派な、胡散臭い魔術師になる事でしょう。








授業が終わって、生徒たちは勢い良く講義室を出て行く者もいれば、そのまま残って、お喋りし始める者も居ます。

私はどこかのクラスに属している訳でもなく、好きな授業に好きな様に出る事を許されていましたから、特定の友人が居る訳でもなく、また作ろうともしないで、そのまま学校を去ります。


今日はメディテの屋敷へ行く事になっていました。

なぜなら、先日メディテ先生の奥さんが出産したからです。元気な男の子。


私はメディテ先生から、生まれたばかりの赤子の名を付けて欲しいと言われていました。









「やあいらっしゃい、マキア嬢」


「……先生、授業で私にばかり注目するの、やめてくれませんか。お忍びで紛れているのに、いつも目立っちゃう」


「だって君が、俺の授業をつまらなそうに聞いているからさあ……」


「先生の授業は楽しいわ。でも、白魔術の契約とか制約とか、そういう前準備? みたいなのが本当に面倒で……」


「白魔術はそうやって、リスクを前もって軽減させるんだよ」


メディテ家の屋敷は教国の側の、黒い柵に囲まれた広い敷地のさらに奥にあります。

魔導研究学校から近く、私は王都に来てからメディテ卿とは関わりが多くあったので、この屋敷に通う事に慣れています。


なんて胡散臭い屋敷だろうな、と最初は思っていました。

空があんなに青いのに、中央海はあんなに大人しいのに、このメディテの屋敷の周りだけ淀み濁った空気の中にあるのですから。


屋敷に着くと、メディテ卿がいつもの暑苦しい偉そうな貴族魔術師のローブを脱いで、身軽なスタイルでお出迎えしてくれました。

この屋敷には、あまり人の気配を感じません。


「ジゼルさんはお元気?」


「ああ……もう、母親って言うのは不思議な生き物だね。子供が生まれる前はピリピリしていたのに、今じゃ立派な母の目をする……フフー」


「………メディテ先生は、デレついた立派な父親ね……」


ニヤニヤでれでれの緩い顔を隠そうともしないメディテ卿の隙の多さ。

いつもの彼ではない様です。これが子供の力でしょうか。


「しっかりして下さい。メディテ先生がそんなに隙だらけだと、どこで足下をすくわれるか分からないわ。あなた、敵が多いのだから」


「……それは了解しているとも。こんな時に死んでしまったら、我が子の成長を見守る事すら出来ない!!」


妙な所でいつもテンションの上がるこの人。いつも思うけど、変わったおじさんです。


さて、メディテの屋敷の長く暗い廊下を歩いていても、人っ子一人出会いません。

天下のメディテ家なのだから、ここに夫婦以外誰もいないと言う訳ではないでしょうに。


「あの……前から思っていたんですけれど、ここには他に誰もいないの?」


「……? 居るとも。まあそれぞれ忙しいから……」


「………はあ」


普通、お出迎えはメイドか執事がするものではないのでしょうか。

いつも、メディテ卿かジゼルさんだった気がする。


奥の部屋にやってきました。その部屋の前に、少し痩せた顔色の悪いメイドが一人控えています。

あ、本当に居たんだ……。


「……コレット、今は大丈夫かい」


「はい、旦那様」


彼女は私を見ると、どこか不気味な笑みを浮かべました。さすが、この屋敷のメイドと言う感じです。


メディテ卿が扉を開くと、そこはこの屋敷にしては明るく爽やかな空気の流れる、広い部屋。

その中央にぽつりとある白いベットに、ジゼルさんはいました。メディテ先生の奥さんです。


彼女の傍らには、生まれたばかりの赤子がすやすや眠っています。


「あら……マキア嬢、来て下さったのね……」


「ご機嫌いかが、ジゼルさん。出産の時は随分大変だったらしいけれど」


「大変も大変だったわ……あんなに痛いものだったなんて……。そこの男はオロオロして、まるで役に立たないし……」


「男って、そんなもんだよ」


メディテ先生はどこか偉そうにふんぞり返っています。

何も偉くないのに。


「わあ……赤ちゃん、可愛いなあ……」


私はベットの上で眠る、まだ何もかもが真っ白なはずの赤子を覗き込みました。

毒男メディテ卿と毒女ジゼルさんと言う、この上なく普通でない夫婦の間に生まれながら、この無垢な可愛さ。


「しかし、あまり触れない方がいいよ。この子は俺とジゼルの良い所を全部足した様な子供だ……毒体質だからね」


「……良い所……ねえ」


こんなにちっさい、赤ちゃんが……。

立派なメディテの跡継ぎになるでしょう。


「………」


目の前の赤ん坊が、小さくあくびをしました。

その口の小さい事。上唇のツンととんがった部分がとても可愛いです。


まだ良く分からないけれど、どちらかと言うとジゼルさんの方に似ているのかな…。この唇の感じは、そんな気がする。


「……俺似だな。髪の色は俺と同じだ」


「………」


と、メディテ先生は申しておりますが、特に突っ込みませんでした。

まあ確かに、僅かに生えている髪の毛は、どちらかと言えばメディテ先生と似た色と髪質な気がするけれど、髪質なんてこれからどんどん変わっていくのだから断言はできないなあ……と。



「おや……大物が居るね」


いきなり、ガチャリとドアを開け部屋に入って来たのは、くすんだ茶色のローブを着て、右目に眼帯をしている背中の曲がった老婆でした。彼女はちらりと私を見た気がします。


「おや、ばあ様、来ていただけたのですか珍しい」


「ふん……生まれたてのひ孫を一目見ようと思ってね。名前は、そっちの大物に付けてもらった方が良いだろうがね……ヒヒッ」


「おやおや、嫌味ですかな」


杖をつきながらも、危なげない足取りのその老婆を、私は知っていました。


「あっ……あの時の……」


最初は、どこかであった事があるかもと思っていた程度でしたが、今ちゃんと思い出しました。去年、王都の怪しい魔導雑貨屋で両親の結婚記念日のプレゼントを買った事がありますが、そこの店主です。


「………ヒヒッ……久しぶりだなお嬢ちゃん……いや、紅魔女とお呼びした方が良いかな?」


ただ者ではないとは思っていたのです。

初めて会ったときから、どこか雰囲気のある、怪しい匂いのする人だと。



メディテの蛇の女帝。


その強い毒の香りは、この一族の宿命みたいなものなのでしょう。


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