*透、クリスマス・イヴと魔の六畳間。
俺は斉賀透。前世では黒魔王と呼ばれた男だ。
『透君、どうせ一人で寂しいクリスマスなら、マキちゃんをよろしくねえ( ́∀`) 』
なにこれ……
丁度コンビニでのバイトが終わったクリスマス・イヴの夕方、由利から無性に腹の立つメールが来た。
あいつは今、家族で豪華クリスマスクルーズ満喫中である……なんかキラキラした夜景が背景に映る、妹との写真が送られてきた。
おそらくわざとだが、いらねーよこんな写真……
「透君おつかれ〜。ケーキとチキン、そこ置いてるから」
「あ、はい。お疲れさまです」
まだ若い、若干ちゃらっとした店長が、休憩室のテーブルにクリスマスケーキとフライドチキンの詰め込まれたボックスを置いていた。と言うのも、アルバイターは自分のバイト代をはたいて、コンビニでこれらを注文しなければならなかった。
俺はバイト服を着替えて、クリスマス用のノンアルコールのシャンパンを店で二本買い込む。
レジに出ている店長が、ニヤニヤしていた。
「あれ〜透君なになに。彼女〜? 彼女とクリスマス〜? そりゃあ透君みたいな人に彼女が居ないわけないよね。ひゅ〜……………イケメンは死ね」
「……いや彼女じゃないですけど」
店長の本音までちゃんと聞いてから、気にせず「お疲れさまでーす」と荷物を持ってコンビニを出て行った。
冬の街。
その寒さは吐く息の白さで分かる。コートとマフラーを身につけていても、風が吹くと少しは寒いなと思う。
まあ、俺は寒さには慣れているけどな。
クリスマス・イヴなだけあって、道行くカップル率の高さよ……
「いや、俺だってこれだけクリスマスグッズ持ってんだ。端から見たらリアル充実してんだろ……」
ぼそぼそとそんな事を呟きながら、俺は今から、リアルもへったくれも無い場所へ行く。
あの、魔の六畳間へ……
「うわあ……クリスマス・イヴにちゃんちゃんこ着てる」
「何が言いたいのよ」
マキはこの聖なる夜に、ただただ防寒に必死な様だった。
何の用事もなく、こたつから出るのも億劫だったのか、俺がチャイムを鳴らしても出てくるのに少し時間がかかった。
枯れてんな……
「あんた、我が家に入りたいなら、ちゃんと納税しなさいよ」
「何だよ納税って。良いもの持って来てやったんだから偉そうにするな」
「……あ、ケーキだ! チキンもある!! わーいわーいわーい」
「……」
マキはやる気の無い声音を一気に上げて、俺の持つそれらを見つけると大いに喜んだ。
そして「入って入って」と、目を輝かせ……
さっきまで納税しろと女王様気取ってたくせに。
「寒かったでしょう? ほら、こたつに入んなさいよ」
「お前本当に現金な奴だな」
部屋に入り、コートを脱ぐ。
マキはてきぱきとチキンを温め、俺も慣れ親しんだこの家の戸棚から、いかにも100円ショップで買ったようなグラスと皿を二セット取り出し、ボロいこたつの上に並べた。
「チキン、ケーキ、チキン、ケーキ……シャンパン!」
「子供かよ」
いそいそとこたつに潜り込み、温めたばかりのチキンと、ホールケーキに思いを馳せるマキ。
俺はノンアルコールのシャンパンを開け、グラスに注いだ。
「透、透、クリスマスよ。イヴよ。おめでとう」
「何がおめでとうだ。お互いしょっぱいですね、だろ」
言い合いつつ、グラスをぶつけ、乾杯。
マキはそれをごくごく飲んで、親父臭く、ぷはっと。
そしてすぐに、愛しいチキンにかぶりついて、もぐもぐと。幸せそうな顔しやがって……
俺も腹が空いていたから、すぐに食べ始めた。
「そもそも、お前、今日何食うつもりだったんだ?」
「……チキンラーメン」
「……」
同じチキンなのに……なぜこうも切なくなるのか。
いや、こいつが貧乏なのは知ってるけどさ。
「だってだって、最近外がシャンシャンシャンシャン、うっさいのよ。イルミネーションなんて電気の無駄使いよ。あんな空間に居たら、精神がおかしくなっちゃうわ。買い物になんて出らんないわよ。何よ、見せつける様にいちゃいちゃしやがって……」
「それは何か。カップルに負の念を抱いているのか。捻くれてんな……」
「幸せな奴見てると憎みたくなる」
「……かわいそうだな、お前」
思わず眉が八の字になる。
よしよし。頭を撫でずにはいられない。
マキは気にせず、チキンをむさぼり食っている。
「何よ。あんただって同じ穴のムジナじゃない。イヴの日にバイトして、バイト先で買わされたケーキとチキン、うちに持って来て」
「そりゃそうだ。何が悲しくて、これらを誰も帰って来ない我が家で、たった一人で食わねばならん」
「……あんたも寂しい奴よね。よしよし」
今度はマキが俺の背中を撫でる。
「良いのよ。寂しいときは我が家へおいで。そして、その時はちゃんと献上品をもっておいで」
「いつも持って来てるだろ。こうやって、買わされたものとか、賞味期限切れて貰ってきた弁当とか」
「透、あんたは本当、良い奴よ。……あ、ケーキ食べる!」
「……」
マキはチキンを食べ終わり、指をぺろっとなめて、すぐにケーキをロックオン。
真っ白なホールケーキには、みずみずしい苺が載っていて、実に乱れなく美しい。
いかにもクリスマスケーキ。
「コンビニの奴だからな、あんまり期待するなよ」
「あら、誰もオシャレで人気のお高いケーキなんて期待してないわよ。由利じゃあるまいし……」
「けっ。あいつなら、オシャレでお高い、銀座なんかにありそうなケーキ屋のケーキ持って来るだろうけどよ。残念ながら俺たちを置いて、豪華クルーズでよろしくやってるよ」
「あら。でも私、コンビニのケーキ好きよ。たまに食べたくなっちゃうの」
「そりゃあ、お前は何でも美味しそうに食べるけどよ……」
「コンビニのパンも、たまーに食べたくなっちゃうのよね。メロンパンとか。……夜中に買いに行くもの」
「それはやめとけ」
相変わらず、マキはいつまでも、自分が最強の魔女だと思っている。
自分にかなう者など居らず、何があっても大丈夫だと。
その楽観的思考と、無防備な所は、ひやひやするってもんだ。
「透、あんたは1ピース。そして残りは……」
「……別にお前が食べれば」
「わーいわーい!!」
半ば諦めてましたから。1ピース食べれば十分。
ケーキなんかは嫌いじゃないが、甘いものは沢山食べられるものじゃない。マキには関係ないみたいだけど。
「ああ〜……うう〜……ケーキよ。生クリームのケーキ。苺よ。思ってたよりコンビニのクリスマスケーキ、やるわね」
「美味いか?」
「うんっ!」
「……」
素直に頷くマキ。一応こいつは自他ともに認める美少女で、笑顔はやはり可愛い。
食い物を与えれば従順で、素直で、可愛らしい所を垣間見る事が出来るのに……
普段もこのくらい女子力を高めていれば、こんなに枯れ腐ることは無かったものを。
1ピースだけ欠けたいびつなホールケーキを、マキはフォークでつつきつつ、その甘みに悶えていた。
「でもクリスマスって妙な行事よね。クリスマスより、イヴの方が盛り上がってんだもの。日本には変な行事が多いわ。お正月も、大晦日の方が色々と派手よね。元日より」
「前日に祝う文化なんだろ。面白い事に、クリスマス当日には、ケーキが半額になってる」
「バレンタインも謎の行事よ。何で女子が好きな男子にチョコやってんのよ……。でも、透。あんたどうせ来年も、アホみたいにチョコレート貰うんだから、学校終わったらそのまま我が家へおいで」
「……」
これは毎年の行事になっている。
俺の貰った、食いきれない程のチョコレートを、マキが横取りする。
女子の健気な思いもそのまま、こいつの胃袋へ流れ込む訳だ。
申し訳ないと思いつつも、どうせ食えないし、マキも嬉しそうにするし、俺もついついこいつにやってしまう。
マキ自身はバレンタインの日に、30円のあの小さなチョコレートを、一粒だけ俺にくれるんだけど……
「はあ。でも透がコンビ二でバイトしてくれて、良かったわ〜。こんなに色々持って帰ってくれるなら」
「何だよお前。俺がバイトするって言った時、ごねてたくせによ」
「だってだってだって、あんまり遊んでくれなくなると思ったんだもの。由利もお稽古とかあるし」
「お前も貧乏って言うなら、バイトすれば」
「私に出来るバイト、あるかしら」
「……ねーな」
真顔で、お互い頷く。
そして、シャンパンをごくっと飲み干した。
すると、マキが俺の袖を摘んでちょいちょいと引っ張る。
「ねえねえ透。お正月は? お正月はどうするの?」
「……正月? 大晦日はバイト入れてるけど」
「え」
一瞬固まり、しだいにムッとするマキ。
おやおや寂しいんですね。でも大晦日、バイト代高くなるから……
「またコンビニでおせちのセット頼んでるぜ。夕方からなら、持って来てやっても良い」
「ほんと!!?」
「ああ……一万もするやつ買わされた」
「……あんたほんと、頼まれたら断れない男ね」
俺を哀れみながらも、笑みを抑えられないマキ。
ふふっと笑って、ちゃんちゃんこの袖から出た、自身の白いセーターの袖を弄っていた。
「でも、そっか。お正月も楽しみね」
「……寂しがりだな、マキさんは」
「あら、あんただって文句言いつつ、ここへ来るくせに。……あ、あとねえ、大晦日は年越しソバも食べたいなあ〜」
「……」
「ねえねえとおる、とおる〜」
「袖を引っ張るな。伸びるだろ」
「お餅も食べたい〜」
「膝をつつくな。くすぐったいわ」
マキの分かりやすい甘えた声に、いちいち反応してしまう俺の悲しい性よ。
既に俺は、自身の財布からどれだけ消えていくのか計算していた。
そしてフッと思うのだ。
何で俺……高校一年生にして、こいつ養ってるんだろ。
「あ、そうだ透。トランプしましょ。クリスマスっぽい事しましょ」
「お前にとってトランプがクリスマスっぽい事なら、それはそれはお寂しい事だな」
「あんた本当、いちいちうるさいわね。あ、でも、オセロもあるわよ」
「……お前オセロへたくそじゃん。俺に勝った事無いくせに」
「う、うるさいわね。ならやっぱりトランプよ。頭使わない運のゲームなら私、あんたに負ける気がしないもの」
「……」
まあ、確かにな。
俺は渋々、マキの持って来たトランプをきりはじめた。
ワクワクした様子で「負けないわよう」と言っているマキ。
こたつは暖かく、狭い六畳間は、広い我が家のリビングより明るく思える。
何とも妙なクリスマス・イヴだが、居心地は悪くないと思っている自分がいる。
それならばまあ、多少の出費も仕方あるまい。
おそらく文句を言いながら、俺はまた、ここへやってくるのだろう。