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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝1 〜地球編〜
74/408

*透、炭酸のペットボトルを開ける時の音が好き。

俺は斉賀透。高校一年生。

前世では、異世界メイデーアの黒魔王と呼ばれていた。







さて、親父が若い女と浮気をしていたそうだ。


7月の期末テスト週間の事である。

お袋がさっきから怒鳴り散らしている。いったいどこからバレたのかは知らないが、御愁傷様。


浮気に関しては……俺は何も言えない。



ちょっと複雑な話だが、俺のお袋はバツイチだ。要するに、二度目の結婚で俺を産んだ。

前の旦那の所に別の子供がいたりする。子供がいながら若い男おやじを好きになって、お袋は前の家庭を捨てたのだ。


だからお袋と親父の年齢差は6つほどある。

親父の方が若い。


「若い女と浮気って、どういう事よ!! はあ!?」


「………」


「絶対に離婚してやらないわよ!!」


お袋は自分の事を棚に上げ、言いたい放題喚き散らしている。

全く逞しい。親父が浮気したくなるのも無理は無い気がする。お袋は昼間、基本的にパチンコを打ってるだけだから。

ここ最近は料理もまともにしないし、本当に仕方の無い人だ。

お袋は親父との不仲からくるストレス発散のつもりらしいが、それがまた親父を家庭から遠ざける要因になっていたりする。


この家庭は今悪循環の中にいる。


「あんたそんな事言って、透も私に押し付ける気でしょ!!? あれの面倒も全部私に押し付けて、一人だけ自由になろうって言うんでしょ!!」


そもそも、中学以降この両親にまともにお世話になった事があっただろうか。

確かに金銭面は仕方が無いにしても、まともに飯は作らない、家に帰ってこない、喧嘩ばかりの両親に、学費免除の特待生で高校入学した俺の事をそんな風に言われるとは癪だ。


「あんたは男だし、若いから人生やり直せるかもしれないけど、私はもうどうしようもないじゃない!! あんたのために前の家庭を捨てたって言うのに!!」


「……そんなの、俺のせいにされても困る」


親父は夜勤前で、お酒を飲んでないからまだ良いものの、ヒステリックな母さんには若干イライラしているようだった。お酒を飲んでいたら速攻喧嘩になっていた。ここ最近の親父の、お袋を見る目はどこか淀んでいて、もうどうしようもないのが分かる。既にこの人を見限っているように見える。


俺は、明日の期末テスト最終日に向け机に座って勉強しないといけないのに、襖の間からどうしても忍び込んでくる、二人の嫌な空気が気になって仕方が無かった。気にしない様にしていても、手に持つペンを机にコンコン打ち付けたりしている。



ガシャン!!!


大きな音がして、思わずため息をつきまっすぐ居間に向かって行った。襖を開ける。


「………」


グラスがテーブルの隣で砕け散っている。

親父がしびれを切らし、グラスを床に叩き付けたのだ。


今月で何個目だよ。


「……っあんた、自分が悪いくせに逆切れしてんじゃないわよ!!」


「うるせえ!! お前が人の事言えるのかよ!! 人の稼いだ金で遊んでばかりで、ろくに家事もしないくせにさも自分が被害者みたいに言いやがって」


いよいよつかみ合いの喧嘩だ。前に別件で喧嘩した時、放っておいたらお袋がタンスの角で頭を打って病院送りになった事があるから、流石に止めに入る。


「おい、やめろよ……」


ガラスの破片に気をつけながら、机越しに髪や胸ぐらをつかみ合う両親の肩を掴み、引き離そうとする。

しかしお袋はもの凄い形相で俺を睨んだ後、勢い良く俺の腕を振り払ったものだから、俺は少しふらついて、過って砕けたガラスの密集地帯を踏んでしまった。


「………」


痛かったとも。

痛かったけれど、俺は冷静だった。


足の裏はちょっと酷い。ざっくりだ。血がだらだら流れている。


「………」


「お、おい……大丈夫か」


親父は少しだけ眉根を寄せ、俺を心配している。

真っ青になったお袋は、不安定なまま号泣しだした。


「何でいつもいつもこんな事になるのよ……っ。全部全部全部、私が悪いみたいに…っ」


「……別に、あんたのせいだと思ってないから……」


「あんたのそう言う所が気に入らないのよ!! 何で……っ……いつもそんな風に上から目線で……っ」


なら何て言えば良いのか。俺はどこか冷めた瞳でお袋を見たが、彼女はそんな俺の瞳も気に入らないのだろう。

大きく息を吐いて、片足でぴょんぴょん飛びながらソファに座った。親父がハッとしてタオルを持ってくる。


「おい、今から病院へ行くぞ」


「でも……夜勤前だろ」


「だが、このままじゃまずいだろ」


「なら行きについでで良いから」


「こんな時くらい……親に頼れよ」


親父は困ったような、気まずい顔をしている。

多分この人にとって、俺もあまり可愛い息子では無いだろう。実際にずっと可愛げの無かった俺を、どこかよそよそしい瞳で見ている事の方が多かった。


ま、曖昧な存在だよな。

前の旦那の子供かもって、思ったりするのかもしれない。


絶対足の裏に小さなガラスが刺さってるな……なんて事を冷静に考えながらも、久々に見た自分の大量の血に、なぜかホッとする。

前世では、もっともっと体を痛め、血を流していたんだよなって。








親父は俺を病院に送り、仕事に行った。

待っていると言っていたが、俺が断ったから。


俺は白いぽっちゃりしたおっさんの医者に足の裏を見てもらって、刺さった小さなガラスを取り除いてもらった。若いナースに消毒をしてもらって、怖そうなおばさんナースにグルグル包帯を巻いてもらう。


しばらくは片足で生活しなくてはならない。

俺は骨折した訳でもないのに、なんかそれなりの杖を借り、病院から家まで歩いて帰る事にした。ちょうど良いバスもないから。


「おうちの人呼んだ方が良いんじゃないの? それともタクシー呼ぼうか?」


と、若いナースさんが心配そうに声をかけて来た。


「いえ……帰れます」


どうせ誰も迎えには来ないしな、と心で思いながら苦笑い。


ナースさんの視線が熱心だ。

と思ったら、向こう側の壁からこっそり覗くおばさんナースの視線も熱かった。







道行く人がいちいち俺を見る。

まあ当然、こんな杖をついてたら目立つか。


俺は軽く地面に、怪我した左足をつけてみた。


「……うぃ……ってえ〜……っ。ああ、こりゃ……」


駄目だわ。

明日のテスト勉強も、まだ少ししかしていないのにこんな事になってしまった。

特待生から落ちたらまずいってのに。こんな時に。今日までのテストはかなりいい感じだったから、由利とも張り合えるかもと思っていたって言うのに。


「………」


あいつらを呼ぼうか……。

と思ってポケットのケータイを取り出そうとしたが、テスト週間にそんなことは出来ない。一応俺にも遠慮の心はある。


仕方なく、帰り道の途中の大きな川の土手沿いで、ベンチに座って休憩した。

夕方なのにやっぱり暑い。土手の下には、犬を散歩させているおっさんと、ランニングしているおじいさん、ボール遊びしている子供とそれを見ている母親たちが居た。


「…………」


自分が小学生の頃は、あんな風だった気がする。

まだお袋も親父も普通で、俺とマキと由利の両親とも、幼稚園の頃からの付き合いだから、それなりに交流もあった。


俺たちは河原で、子供の遊びの中の裏技を研究する日々。絶対に負けないドッジボール、絶対に負けない鬼ごっこ、小学生をいじめて喜ぶ中坊を逆にイジメ返す方法など。母親たちは純粋に遊んでいると思っていたに違いない。


しかし、俺は前世への未練がどこか邪魔をして、幼い頃から母親に頼ったり甘えたりする事がほとんど無かった可愛くない子供だった。

食べたいものを聞かれても「何でも良い」と良い、欲しいものがあるかと聞かれても「特に何も」と言うような奴だった。


だんだん、両親が不仲になっていって、お袋がパチンコに熱中しだし、家事がおろそかになっても、それを止める人も居なかった。俺は呆れた瞳を向けるだけで、家事を代行する。親父は仕事が忙しくなったのかわざと忙しくしたのか、そのころから浮気が始まっていたのか、家に居る事が少なくなった。


三人はほとんど家族らしい会話をしなくなる。

同じ家に住んでいるはずなのに、皆がみんな、別の方向を見ている。そしてだんだんと遠ざかって行った。



でも俺にはマキや由利が居たから、それを苦とも思わなかったんだ。

今でもそれは変わらない。








「わっ、冷たっ!!」


オレンジ色にキラキラ光る川の流れを、ただぼーっと眺めていたら、突然頬にキリッとした冷たさを感じた。

びっくりして振り返ると、そこには水色のワンピースを着たマキが、何食わぬ顔で立っていた。

手にはピーチソーダのジュースのペットボトルを持っている。


「あ……やっぱり透だ。あんたの後ろ姿って、なんでそんなに分かりやすいのかしら」


彼女は何故か勝ち誇った顔で、ペットボトルを開け、飲んだ。

炭酸のペットボトルを開ける音が、俺は少し好きだった。


「何やってんのよ、テスト前に」


「それは、そのままお前に返すよ」


俺は怪我をした左足を指差した。マキはそれを見たとたんギョッとする。


「え…っ。何……? 骨折!?」


「違う。ガラスを踏んだんだ」


「うわ〜痛そ〜」


彼女はどこか青ざめて、ベンチの隣に座ってそこのコンビニで買ったばかりの缶コーヒーを差し出して来た。


「あげるわ。今夜徹夜する為に買ったけど」


「……別に……いいって」


「いいから。あんたブラック好きでしょう」


まだ冷たいわよ、と。

マキは俺や由利が少しでも調子が悪いと、いつもの偉そうな態度をコロッと変え、色々やりたがる。


前に由利が、調理実習で手を火傷した時も凄かった。他の男子がふざけていたせいで鍋がひっくり返り、由利がとばっちりを食らったのだ。それからは一時、奴に対し過保護だった。


俺は缶コーヒーを開け、グッと一口で半分飲んだ。

結構喉が渇いていたんだな。


「お前、明日テストなのに買い物とは余裕だな。特待クラスすれすれなのに」


「………き、気分転換よ」


マキは視線を逸らし気味だ。知っている。

彼女は面倒な事に直面すると、家を出てぶらぶらするか無意味に家の掃除をし出す。


こいつは俺たち三人の中で、一番勉強が得意ではない。いや、バカと言う訳ではなく、テストの為の勉強が苦手なのだ。特に数学。

だけど、由利が良い高校に行かなくてはいけないというのと、自分自身お金のかからない特待という椅子を手に入れたいことから、受験勉強はかなり頑張っていた。合わせる様に俺も勉強した。由利ほどではないが、俺は勉強しただけ成果は出る方だ。それに、俺だって特待クラスに入って授業料を免除してもらって、両親なんか居なくても自分で何とかなると言う立場でいたかったから。


「あんた、そんな事になったのなら連絡くらいよこしなさいよ」


「それほどの事じゃない」


「………もう、格好つけなんだから。寂しがりのくせに」


彼女は自分のペットボトルを開け、待ってましたと言うような軽快な炭酸の音を聞いた後、それを飲む。

暑いのだろう、長いウェーブのかかった髪を片側に流し、手で仰いでいる。


首筋に汗が流れた。


「………」


「ねえ、帰るんだったら、私送るわよ」


「………そこまでしなくていい」


「でもあんた、その足で一人で歩いて帰るの? ……大変よ」


マキは俺の両親の事を知っている。だんだんと変わっていった両親の事を。あまり上手く行っていない家庭の事を。

しかし心配している風でもない。彼女自身、自分の両親に対し、どこか冷めた所もあったから。


俺たちは、前世の記憶が妙なプライドになってしまって、幼い頃からどこか両親を遠ざけてしまっていたのかもしれない。


「お前な……。もう夕方だろ。俺はお前を送れないんだから」


「別に今は日も長いし」


「でも、お前が帰る頃には薄暗くなってる。………夜道は危ない」


「………そんな事気にしてるの」


マキはフッと笑った。


「私、夜中に余裕でコンビニに行くわよ」


「………危ない奴め。今は普通の女子高生だって事、自覚しろよな」


頭を抱え、ため息をつく。

やっと少し涼しくなってきたところで、俺は右足に力を入れ立ち上がった。


家に帰らないとな。あのガラスの破片を、片付けないといけない。


「………じゃあ、この橋の向こうまで送ってく。その後は、あんたの謎の気遣いに免じて、大人しく帰って勉強するわ。明日のテスト、正直かなり危ういし」


「そうだぞ。お前、俺たちの中で一番成績悪いんだから。来年一人だけ別のクラスになりたくないだろ」


「………それは………困るわね」


また視線を逸らす。結構焦ったのか。








大河に架かる橋の、白いタイルの貼られた道を、マキに支えられながら歩く。

正直彼女の背が低くてどうにも勝手が悪いが、別にそんな事はどうでも良かった。

前世では俺に張り合っていた悪名高い魔女も、今じゃ肩の細いただの女子高生だと実感する。


「じゃあ、途中で転んだりしないでよね」


「……疲れたら休みながら帰るよ」


家路はそれなりに遠いが、仕方が無い。俺だって今じゃただの男子高校生なんだから。

一歩一歩、進んで行くしか無い。


「やっぱり……送りましょうか?」


「………駄目だぞ」


数歩進んだ所で心配そうに声をかけて来たから、俺はきっぱりと言った。


「駄目だ」


振り返って、マキを見る。

彼女もどこか俺を探るような瞳だったが、スッと斜め下に逸らすと、少し不満そうに「分かったわ」と。


俺が少しだけ笑みを作ったら、彼女も困った様に笑った。









マキと別れ、一歩一歩家路を歩いて行く。どんなに遅くても、帰るには結局一歩一歩を確実に進んで行くしか無いのだ。


本当は両親との関係も、生まれた時からそうやって、一つ一つ積み重ねていかなければならなかったのかもしれない。

変なプライドや前世への執着を、ちゃんと区別して。


由利にはそれが出来ていたのだから、俺たちにだって、出来ないはずは無かったのに。



自宅のマンションに帰りついたのは、世間一般には夕食時。

俺はまっすぐに居間に行ったが、そこにお袋は居ない。不安定な気持ちになると、あの人は家に居られない。


ガラスは片付けられていた。



「…………」


腹が減った。

でも明日のテスト勉強もしないと。


でも、少し疲れた。

足もじんわりと痛い。



色々と考える事はあるけど、どれから手を付けようか。

砕けたガラスがまだそこにあると思っていて、それを片付ける事から始めるつもりで居たのにちょっと拍子抜けだ。


俺が沢山血を流した跡も、既に無い。




「………」


ため息をついて、とりあえず何か食べようと思った。カップヌードルがあったはず。

やかんのお湯に火をかけた後、居間のソファに座り込んだ。


深く深く、腰を沈める。

どっと疲労感に襲われ、そのまま長いソファに倒れ込んだ。


時計の針の音、やかんの音をちゃんと意識しながらも、目をつむる。



やっとホッと出来る時間を得た。

ここで寝てしまわなかったのは、きっとマキのくれた缶コーヒーのおかげだな。カフェイン効果だ。


「……なーんて……はあ」


無意味な一人ごと。そして少し口の端を上げる。

俺を家に送ったりしなくても、たった一つの缶コーヒーが、今の俺の意識を繋いでいる気がするのは面白い。

マキ、それだけで十分なんだぞ。



食った後も、ちゃんと勉強しないとな。

こんな事で赤点でも取ったら、俺も結局あの両親のドンチャン騒ぎに巻き取られた事になってしまう。


来年も、あいつらと同じクラスで居たいなら、寝るな。

ここまで来たら、俺にはもう、それしかないのだから。




やかんのお湯の、沸騰する音が聞こえ始めた。



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