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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝1 〜地球編〜
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*丸山いずみ、謎の同好会と顎。

私は丸山いずみ。

青柳高校に入学したばかりの一年生だ。


ショートボブに赤淵眼鏡がチャームポイントの美術部員。

さっそく先輩のパシリとして、旧棟の二階の、使われていない古い美術準備室へ、ちょっとした備品を取りに行っていた。





「………懺悔同好会……?」


使われていないはずの旧美術準備室の前に、そんな文字が書かれたぺらぺらな紙が張ってあった。

正直意味が分からない。懺悔、の前に黒いマジックで何かの単語を塗り消されていて、その紙をドアのガラス窓部分にガムテープで貼ってある。いったい何の懺悔なのだろう。


ガラッ……


私は色々とつっこみどころのあるその紙切れに気を取られながらも、美術準備室のドアを開けた。

瞬間、ふわりと春の生温い風。


目の端にチラチラと映る、赤の色。


ごちゃごちゃした部屋の中心にある古くごつっとした木の机につっぷした、女の子が居た。ちらりと顔が見える。

部屋の窓を全部大きく開け放っている。風の入る度にカーテンがハタハタとはためいて、その音が心地よい。

小さな部屋を囲む様に、大きな棚が並んでいて、その上にあるいくつものデッサン用石膏像が、どうにも彼女を見下ろしているかの様だ。


「…………」


私はその少女を知っていた。

一年A組の、織田真紀子だ。私も同じクラスだけど、あまり話した事はない。

凄い美人で、スタイルも良くて、特進クラスに居るのだからそれなりに頭もいいのだろう。

彼女は特に目立った行動をしていないが、廊下を歩くだけで誰もが振り返る。少し赤みのある髪と、赤いタイのセーラー服が、良く映え響きあっている。


それほどの関わりが無くても、やはりたまに目で追ってしまう。そんな美少女だ。

彼女はどこかぴりっとした、近寄りがたい空気があった。



私は、なぜかこの部屋で寝ている彼女を起こさない様に、そっと準備室に入っていった。

そっと……そっと……


「…………」




◯なぜ我々は勇者に殺されなければならなかったのか


・魔王だったから

・魔王は基本悪役だから

・単に奴が鬼畜だったから

・騙された方が悪い

・勇者と魔王は戦う宿命

・男は馬鹿←ここ重要



思わず抜き足差し足のポーズのまま固まってしまったのは、ホワイトボードに書かれた謎の議論の跡が目に入ったからだ。


「………な、なんだろこれ……」


なんたら懺悔同好会に、魔王と勇者がどうとかいうホワイトボードの議論の跡。古い石膏像に囲まれて眠る美少女。

何と言うか、色々と意味不明です。電波ですね。


この空間は正直言って、上級者向け過ぎる!!


それでも私は基本こう言った事に興味を抱く割とマニアックなたちなので、眼鏡を光らせつつ、眠る彼女の顔を覗き込んだ。

美少女は愛でるものである。


「………睫毛長いなあ……」


半分俯いているので、全部が見える訳ではないけれど、ちらりと見えるその顔はやはり綺麗だった。

ふと、彼女が机に伏せる、その手の先にあるノートが目に入る。


「………?」



“メイデーアでの記録”


そう書かれていた。

何のこっちゃ分からん。


流石に人様のノートを覗くなんて、そんなはしたない事はしないが。うーん、興味深い。


私はまた抜き足差し足で、用事を済ませようと、ある棚の前にやってきた。そこらにあるデッサン用の木椅子を台にして高いところに登って、石膏像の中では割と小さな“アグリッパ”というどこかのおっさんの像を探し、高みから降ろそうと彼の胸像に手を伸ばす。


ケツ顎の特徴的なアグリッパである。

古代ローマの将軍らしいが、顎しか気にならない。


「よし……おいでアグリッパ」


慎重に慎重に……。


私が足場の不安定な、その台の上で、ひと一人でも抱えられる程の大きさの石膏像を持ち上げ、ふうとため息を付いていた時。


ガラッ…!!


「!?」


勢い良くこの部屋のドアが開かれ、それを予期していなかった私は驚きのあまり台から転げ落ちてしまった。

勿論、アグリッパを持つ手を離し、豪快に落としてしまう。


ア、アグリッパアアアアアア!!!!


心の叫びも虚しく、彼の立派な顎は、無惨に砕け散った。


「お、おい!! 大丈夫か!!」


激しい石膏の砕ける音の後、後ろ側に尻餅をついた私の方に、一人の男子がやってきた。多分部屋を開けた者である。


「………」


「大丈夫か、おい」



イケメン、キターーーッ!!


彼が誰だか分かったときの心の声。

黒髪黒目の、背の高い男の子。勿論知っている。彼も同じクラスの、斉賀透だ。

女子の間では彼の噂が絶える事はない。少々目つきが悪く、ちょっと悪そうにも見えるが、もしそうでも実際にうちのクラスに居るのだから頭も良いわけだ。

女子って悲しいかな、そう言うのに弱い。勉強して無さそうでやっているギャップに弱かったりする。

ルックスも良くて、運動神経も良くて、ちょっとツンとしている、女子に人気の男子。


彼はどうにも私を心配してくれている。

一瞬、自分が台から転げ落ちた事を忘れてしまったが、まあこれなら儲けもんだな、うん。


「だ、大丈夫か……?」


「ああ……えっと、うん。でも……」


私はずり落ちた眼鏡をかけなおし、それでも目の端に映る現実の残骸を気にしなければならなかった。

ガクブル、ガクブル。


「アグリッパが……首から綺麗に二つに……。アグリッパの立派な顎が……」


「アゴリッパ……?」


「う、上手い……!!」


なんて、コントをやっている暇はない。

さっきの音で、例の織田真紀子も目を覚ましたようだった。


「……なんなの……なんか凄い音がしたんだけど……」


彼女は目をぱちぱちさせ、まず私をじっと見て不思議そうな顔をし、そして、アグリッパの可哀想な姿を見た。


「どうかしたの、丸山さん」


彼女は私に尋ねた。あ、名前、知っていてくれたんだ。


「えっと……私美術部なんだけど、まあ見ての通り石膏像を降ろそうとして、落として、こんな事に……」


「あら……起こしてくれたら手伝ったのに」


彼女は背伸びをして立ち上がり、私と斉賀君の側にやってくると、その石膏の砕けた破片を手に取った。


「どどど、どうしよう……。この像があと一つ必要なのに。せ、先輩に怒られる……っ」


「先輩って、そんなに怖いのか? 美術部の先輩が?」


「斉賀君は知らないだろうけど、この学校の美術部の部長は“文化部連合”の会長なんだよ!! 怖いって訳じゃないけど……プ、プレッシャーが……」


「文化部連合?」


彼は眉を寄せ、意味分からんと言いたげだ。

まあそうだろうとも。

しかし今、この事を説明するには私の心があまりに乱れきっている。



「おまたせー。いや、クラス委員って、色々あるからねえ……」


と、何やら空気を読まない一人ごとを言いながらこの部屋に入って来たのは、またまた同じクラスの由利静だった。

彼は笑顔の後、部屋の状況をさっと理解し、ぽかんとする。


「あれ、丸山さんじゃないか。……どうしたのこれ……」


彼は机の上にカバンを置いて、私たちの群れに割り込む。


彼はクラス委員で、誰とでもよく話している。確か入学試験がトップの成績で、入学生代表の挨拶もした。

端正な顔立ちの、育ちの良さそうな美少年。だけど、ここに居る織田さんや斉賀君と違って、とても親しみやすく、私も今まで何度か会話した事がある。優しい人だ。すでに隠れファンも多い。


正直助かった。



「アグリッパの……立派なアゴが……」


「お前この像の名前知ってるんだな。ていうか、それ何なの? お決まりのギャグなの?」


私と同じ事を言った由利君に、斉賀君が突っ込む。

私にとってイケメンは観察するもの。


「丸山さんがね、美術部でこの像いるんだって。でも壊れちゃったから」


「……ああ、なるほどね」


由利君はポンと手を叩いて、何か思い出した様に。


「その像、確かもう一つあったよ。前にこの美術準備室を漁った時、“特徴的な顎だな”って思ったから、覚えている……」


「お前らもう顎から離れろよ……」


「でもこの顎は忘れられないわね……」


織田さんまで……。

しかし、何だか微笑ましくなった。クラスで目立つ三人が、今ここで、私と同じようなくだらない事を考えたりしている。

少しだけ、彼らが近い存在の様に思えた。


「あ、ほらほら。ここにあるよ」


流し台の隣の棚の下に、大きな布を被った石膏像たちが居た。

その中に、少し黒くなった、古いアグリッパの石膏像が見える。


「あ、あったー…!!」


良かった。これで、私は先輩からの用事を達成する事が出来る。

永い眠りから覚めたその石膏像を、由利君が持って机の上に置く。


「……少し古いけど、大丈夫?」


「うん。この像があればいいんだから」


私は勢い余って、この石膏像に抱きつきすりすりする。流石にみんな無言であったが。しかしこんなところで電波な同好会をしている彼らにドン引きされる筋合いは無かった。



「あご……」


織田さんがその像の顎を指差した。


「何か、黒い……」


「ああ……多分ね、みんな触ったからだと思うよ」


私はアグリッパの黒ずんだ顎を撫でる。石膏像のつるっとした感触は変わらないが、どこか黒く光って見えるのは、きっと長くその役割を果たしてきたからだ。


私は自分の手のひらを見せた。

三人は少しギョッとする。


「デッサンしてると、手が鉛筆や木炭で黒くなるの。洗っても、なかなか取れなかったりするんだよ。そんな手で、みんな顎を触るから」


「ああ……なるほど」


織田さんがフフッと笑った。とても愉快そうに見える。そしてとても可愛い。

どこかツンとしていて、私たち女子高生とは違った存在に思えていた彼女が、今ばかりは少し身近に感じた。


「それにしても、どうするんだこれ。この残骸」


「……隠せばいいじゃん。どうせこの部屋、ほとんど誰も来ない訳だし」


「それもそうだね」


はい、あっさり解決。

三人は壊れた石膏像をパズルでも組み立てる様に繋ぎあわせ、それを見つかりにくい場所に隠し、布をかぶせる。

そして合掌。


私も一緒になって手を合わせた。

あれ、何か色々とおかしいよね。でももうつっこみません。



「ありがとう。……三人はここで部活してるの?」


「同好会だけどね」


「何の同好会なの?」


「ぜん…っすェ…」


織田さんが何か言おうとした時、とっさに斉賀君が彼女の口を抑える。


「馬鹿!! 言うなって!! 俺たちの活動は電波以外の何ものでもないんだぞ」


「……えっと、色々と日々の行いを見直して、懺悔したり反省する同好会だよ」


由利君のとっさのフォローも若干怪しいもんだ。

私は「ふーん」と瞳を細め、それでもそれ以上は聞かないでいた。私がこの部屋で見た、様々な情報は忘れられないだろうけれど、それを解き明かすのはまたいつかでいい。


この三人自体、とても面白いのだから、彼らを知ってからでないとどうせ分からないと思う。


「本当にありがとう。えっと、これ食べて。今度またちゃんとしたお礼するから」


私は胸ポケットにいつも常備しているあめ玉を三つ取り出し、とりあえず織田さんに渡した。

その時、織田さんがパッと顔を明るくさせ、「いいの?」と瞳をキラキラさせ笑ったもんだから、私はかなり驚いた。


か、かわええええ!!!

かわえええええええええ!!!


眼鏡が割れるかと思いました。いやマジで。

そのくらいの破壊力が、彼女の笑顔にはあった。


たかがあめ玉くらいでそんな。

でも、両脇に居る男子二人は、まるで当然と言う様に「よかったな」とか「マキちゃんお腹空いてたの?」とか言っている。


正直、あめ玉しか持っていなかった事に後悔した。

美術室に戻れば、貯蓄した駄菓子がいっぱいあったと言うのに。


今度、持ってこよう……。







石膏像を持って、この旧棟の美術準備室を去った後、やはり脳裏に浮かぶのはあの三人のシルエット。

一人一人、とても目立つ存在だけど、何でかな。まだ何も知らないのに、あの三人で居るのがとてもしっくり来る気がする。

どういった関係なのかな……。


「………たまらん」


好奇心の泉の水が、どんどん溢れてくる。


今でも思い浮かべる事の出来るあの三人は、やはり特別絵になる気がする。

そう、絵になるのだ。


あの三人は萌える!!

たぶんこれだ!!



アグリッパを抱えながら、私はニヤニヤしていた。

きっとその姿はシュールだったろう。


でも仕方がない。

私、丸山いずみは、本日とても興味深い観察対象を見つけた。


デッサン用紙越しに、鉛筆で距離を計りながら、あの三人を見極めてみたいものだ。



旧棟と新棟を繋ぐ渡り廊下の途中でにやついていたら、またアグリッパを落としそうになってひやっとした。


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