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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝1 〜地球編〜
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*真紀子、春の嵐。



私は織田真紀子。

今年の春から、高校生になります。


前世は、異世界メイデーアの歴史に残る、西の紅魔女と呼ばれていました。





「………雨ねえ」


高校生になるという事で、今日から一人暮らしをする事になりました。

中学二年生の時両親が事故で死んでから、私は親戚の伯父さんの家でお世話になっていたのですが、伯父さんの持っているボロアパートの一室が空き、私はこちらに住む事になったのです。


そこら中にダンボールが積み重なっています。

午前中の早い時間にトラックがやってきて、少ない私の生活道具を全部部屋に運んでもらいました。


良かった。

今日は春の嵐がやってくるらしい。それが過ぎ去ったら、カラッと晴れるらしいけれど。


私はダンボールの中の荷物を取り出し、整理しなくてはならないのに、なかなか手が進まない。たった一つの部屋の窓から、寂れた住宅街の通りを見渡しました。

向こう側で、音も無く稲妻の一筋が落ちる。


「………」


ゴロゴロ……


少し遅れて、遠雷の音がする。


そろそろ雨が強くなってきました。せっかく桜が綺麗に咲いているのに、今日で一気に散ってしまうだろうな。



「……おい、マキ。……入るぞー」


こちらがどうぞと言う前に、彼はドアを開けて入ってきました。

狭い玄関の壁に手をついて、靴を脱ぐ。幼なじみの斉賀透でした。


「我が家に入る時は、献上品を持ってこいって言ったでしょう」


「………持って来たって……お望み通りハーゲンの新作と、缶コーヒーと……その他諸々」


彼は僅かに雨に濡れた、その服の雫を玄関で払って、古く軋むこの六畳間に踏み入ります。

コンビニの袋に入った献上品を私に差し出しました。律儀な奴です。物色して何か食べようかと思いましたが、透に「お昼まだだろ」と言われ、阻止されました。

アイスが入っているので、しぶしぶ冷蔵庫へ。まだほとんど何も入っていない冷凍庫へ。


「それにしても、ボロッちいアパートだな。女子高生がこんな所に住むのか」


「仕方ないでしょう。伯父さんの持ってるアパートだもん。……一人暮らしってだけでもありがたいわ」


「お前親戚の所で苦労してたもんな……」


透はごちゃごちゃした畳の上に隙間を見つけ、座り込みます。


「まだ全然片付いてないじゃないか。さぼってたなお前」


「だって疲れちゃって。なんかこんな天気でしょう? やる気出ないわ〜」


「お前な」


ダンボールの上に座って、足を組んだまま、私はまた窓から外を見ました。遠くの稲妻が光る。

雨の音がまた強くなりました。


「おい、暗いぞ。……電気付けないのかよ」


「ああ……付けて付けて。ぼーっとしてたから忘れちゃってたわ」


「大丈夫かお前」


透は部屋の真ん中に長く垂れるヒモを引っ張りました。ヒモの先に林檎のマスコットがくっついています。前の部屋の住人が付けていったのでしょう。


少し遅めに付く蛍光灯。

一気に部屋が明るくなりました。



「お前、親戚は誰も手伝いに来てくれないのか?」


「………仕方ないわよ。今日下の妹の子の入学式なの。あと、私が青高受かって、あっちの子が付属に落ちちゃったから……おばさんちょっと機嫌悪いしね」


「へえ……そりゃあ色々ありますね」


「そ。別にいいけど。……今日からそう言った、煩わしーい親戚との家族ごっこも終わる訳だし。一人よ一人、楽だわ〜」


「……羨ましいぜ」


透は、まだ新しいカラーボックスを組み立てながら、はあとため息をついている。

彼も家族とは上手く行っていない。と言うより、両親が上手く行っていない。浮気したとか、離婚するとか、そんな感じらしい。


「由利、遅いな〜」


「この雨だからね……」


と、言った側からインターホン。

由利はこちらの断り無く部屋に入って来たりしないので、私が開けに行く。


案の定、そこには雨に濡れて、傘の骨をいくつか折った由利が居ました。


「……うわあ……」


「雨にやられました」


笑顔だけど、どこか寒そうに青ざめています。私は、さっきダンボールから出したばかりの、新品のタオルをいくつか持って来て、一枚を玄関マットの上に敷き、バスタオルを彼の頭から被せました。


彼は大きな荷物を持っていたので、それを透が持っていきます。


「そんなに雨、強かったの?」


「………暴風雨だよ。傘なんか意味無かった」


彼の柔らかい髪を豪快にわさわさ拭いて、後は彼に任せます。由利は大きく柔らかいバスタオルの、ちょっとした温かさに和やかな表情を見せ、服の表面の水を拭いてしまって、やっと部屋に入る事を許されました。






「母さんがね、マキちゃんに持っていきなさいって。これを死守していたから雨に大敗したんだと思う」


「……?」


由利が大きな風呂敷を開けると、そこには三段に重ねられた重箱がありました。高そうな重箱……と言う点は置いておいて、私はその重箱から漂ってくる食べ物の匂いに反応して、お腹を鳴らしました。


「……正直な奴め」


「いい匂いがするいい匂いがするいい匂いがする!!」


「お昼まだだったら、皆で食べようよ」


重箱を開けて行くと、一番上にダシ巻き卵とほうれん草のおひたし、手羽先の甘辛揚げやきんぴらごぼう、おくらと梅の和え物があって、二段目に煮物。三段目に稲荷寿司がいっぱいに敷き詰められていました。おいしそうなだけでなく、とても綺麗。

由利のお母さんの料理は大好き!!


他人の子供の私にも、いつも良くしてくれる。


「わっ、このお稲荷さんおいしい……。レンコンが入ってるのね」


「おい、つまむな」


待ちきれずパッとつまみ食いをして、私はそのおいしさに口をもぐもぐさせ、顔を輝かせました。


「マキちゃんは本当に、食べてる時が一番幸せそうだねえ」


「……でも、伯父さんちだったら、食事中が一番居心地悪いけどね」


私は指をぺろりと舐め、今後はちゃんと用意されていたお皿と箸を使って、食べたいものを食べたいだけ取っていきました。


そうです。

食べる事は大好きだけど、環境って大事です。私が由利のお母さんの料理が大好きなのは、それを食べる時っていつも透や由利が居るから。おいしさも倍増するのです。

多分、透もそう。彼に関しては、母親の料理が適当な事もあり昼食も買い弁の事が多いですから。


由利のお母さんの料理は、品数も食材も多いし、何より愛情深い。面倒見がいいし、私と透の事もいつも気にかけてくれる。


「いいないいな……こんな料理がいつも食べられたらな」


私はダシ巻き卵を二口で食べて、これからの食生活に若干の不安を感じていました。


「マキちゃんも、これから料理覚えないとね」


「………魔女の料理かあ……ふう」


「何? 何が言いたいのあんた?」


どこか遠い目をする透の、その皿の上に残っている最後の稲荷寿司を取って食べて、私は彼の「あああああ!!!」と叫ぶ声を無視しました。

由利は苦笑いで、自分の皿をどことなくガード。


「まあ、たまに母さんが弁当、作ろうとするだろうけど」


「……本当に、おばさんには頭が上がらないわ……。お礼、言っておいて」


「うん」


と、その時でした。

いきなりの激しい落雷の音。


ピッシャーアアア!!!ドーン!!!


言葉にできないその音は、言うならばこんな感じ。

私たちは三人座ったまま若干飛んだ気がします。


「…………」


「………うわっ……」


そして、蛍光灯の光が消えました。


「停電だわ」


「初日から災難だな」


ボロアパートの六畳間の中心にちょこんとあるちゃぶ台を囲んだまま、うっすら暗くなった部屋を見渡しました。

強い雨と、光の後にやってくる雷の音。


春の嵐。


「………すぐに復旧するとは思うけど……暗いとちょっと怖いねえ」


「何言ってんだか……。俺たちがこの位を怖がって、何が魔王だ」


「………」


由利は「そうだねえ」と頭をかきながら笑い、どこか私を見る。

私は暗くなった部屋から、また外の雨を眺めていました。だんだんと音の遠くなってく稲妻。それを目で追う事は出来なかったけれど、唸るような音は、どこかとても気になるから。


「さあ、片付けやっちゃおうよ。何の為に僕らが居ると思っているんだい」


「………」


「………眠い」


由利がせっかく手を叩いて、動かない私たちを促してくれたのに、私はお腹いっぱいになってどこかぼーっとしていました。

とても眠たいのです。


そのまま畳の上にゴロンと寝転がって、少し目を閉じる。


「……食った後に寝ると、太るぞ」


「………いいもん、別にこれから、貧相な食事だもん。もやしと納豆の生活だもん」


「まあ……耐えられなくなったらうちにおいでよ」


由利はくすくす笑いながら、重箱を流し台に持っていく。


「あ、ちょっと待って。私がちゃんと洗うから。……置いておいて」


「……うん、分かった」


ただ、今は少しだけ、どこか冷たい春の湿気の中、この雷の音を聞きたい。

灰色の雲は所々黒く、私のいるこの部屋は今、本当に暗い。


天井の染みが大きくうねって見えるから、私はまた目を閉じました。


今日から始まる一人の生活に、遥か昔のメイデーアでの日々を思い出します。かつて私は、森の奥で一人ひっそりと暮らす、人々に恐れられていた魔女でした。

その国の王家の者に名をつける役目があったので生活は充実していましたが、何しろ誰もが恐れる紅魔女でしたから。誰もが私に関わろうとしない中、こちらから人にちょっかいをかける事はありましたが、それがまた、私を恐れの存在とする噂になっていったのでしょう。


サワサワ……


まるで絵本に描かれた様なパステル調の、あの森の木葉の擦れる音が、聞こえてくる気がする。

懐かしいメイデーアの空気の匂いが、鼻をかすめて行く気がする。


知らない誰かの笑い声。




そのまま眠りの深みに入っていきそうな時、私は思いきり目を開け、がばっと起き上がりました。

透と由利が、明後日から始まる高校の事を話していましたが、私があまりに突然起き上がったので、少々びっくりしていました。


「本気で眠りかけたわ……。いけないわね、何で中途半端に寝ると、変な夢を見たりするのかしら」


「…………」


「……変な場所でお昼寝すると、夢と現実が少し混ざった様な感覚になるよね……僕もあるよ」


ゆっくりと起き上がって、背伸びをしたり、腰を捻ったり。

顔をパンと叩いて、どうにかこの曖昧な感覚から抜け出したいと思いました。


駄目ですね。

春はいつもこんな風です。


どこか胸騒ぎのする、曖昧な憂い。








トールが組み立てたカラーボックスに、本や辞書を並べます。学校が始まったら、もっと教科書も増えていくのだろう。

由利は食器を棚に並べ、私は重箱を洗って流し台を綺麗にしていました。


「………あ……」


ふいに、透が顔を上げました。


「おい、晴れて来たぞ。雨やんだんだな……」


いつの間にか雷も雨も風もすっかりやんでしまって、雲間からは光が射しているのか、部屋にはどこか赤みのある光が入ってくる。


「だったら、あんた達もそろそろ帰りなさいよ。暗くなったらいけないから」


「……大丈夫?」


「ええ、もう大丈夫よ……。大分片付いたから」


由利が「そう」と言って、ニコリと笑います。

私は綺麗に拭いてしまった重箱をまた風呂敷に包んで、彼に渡しました。


「復旧したかな」


透が林檎のマスコットの付いたヒモを引っ張ってみると、少し遅れた後部屋が僅かに明るくなる。一応電気は点く様でした。




「じゃあ、明後日ね」


「……一人だからって寝坊するなよ」


「分かってるわよ」


正直自信はありませんが、登校初日に遅刻は痛い。

私は腰に手をあてたまま、本心を隠しつつ得意げな顔をしてみせました。


透と由利がボロアパートのどこか不安定な階段を下りて行く、カンカンという金属音が聞こえます。


その音が聞こえなくなるまで玄関で突っ立っていましたが、聞こえなくなると部屋の窓辺に行って、彼らが路地を歩いていくのを見下ろしていました。

二人で何か話していますが、会話は聞こえません。



私はふと、このボロアパートの敷地内にある貧相な桜の樹を見つけました。

先ほどの春の嵐で、随分と花の散ってしまった桜。


水たまりに溜まる花びらの山が見えます。


「…………」




春でした。

もうすぐ、新しい高校生活が始まるのです。


何て事無い平和な世界に居るのに、私は胸騒ぎがして仕方ありません。


透も由利も、最近メイデーアでの事を話そうとはしません。軽く話題に盛り込む事はあるのですが、どこか三人同士、深く語る事を遠慮している気がします。




「………」


部屋の隅に置いていた大きな袋を開け、中から新しい高校の制服を取り出しました。

真っ赤なタイのセーラー服。

伝統的な、どこかレトロな制服。



私は自分の過去を、夢にまで見る忘れられない過去を、パステル調の絵本の中のような存在にしたくなかったのです。

しかしだんだんと、普通の人間であるこの世界のリアルと向き合って行くうちに、あちらの記憶がふわふわした現実味のないものに変わっていっている気がする。


それが正しいのかもしれない。

私たちは、この世界で、全てを忘れ生きていくべきなのかもしれない。


そう思っていても、それが不安なら意味無いでしょう。









だから私は、新しい高校で、“前世懺悔同好会”を作ったのです。

それが、前世への執着だったとしても、向こうであった確かな事実を整理し、記録しておかなければならないと、すべてはその後だと、この時の私はそう思っていたのです。



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