プロローグ3「僕の話を聞いて下さい」
僕の話を聞いて下さい。
僕の名前は由利静。高校一年生です。
しかし、前世では異世界メイデーアの“東の白賢者”と呼ばれていました。三大魔王の一人です。
まだ日本語を覚えていない赤ん坊の時から、前世の時代の言葉を覚えていて、それらの言語で記憶を覚えていた訳ですから。
こういった話は学会にでも発表すれば、いいお金になりそうですけどね。
メイデーアの知識は多いに世界を驚かすでしょう。しかし、下手したらアメリカの研究所あたりに連れて行かれますからね。
僕たちはこれらの記憶を三人でしか分かち合いません。
自分で言うのもなんですが、僕はとても良い魔王でした。魔王と言う名前は、実際似合いません。賢者でしたから。
白魔術の最高峰として、他の魔王と同列に語られただけの話です。
しかし、僕には最大の過ちが一つあります。
北の黒魔王と西の紅魔女の喧嘩、もとい戦争を止めてほしいと思っていただけなのに、選んだ勇者がとんでもない鬼畜で非道な奴だったのです。
僕の見る目が無かったとしか言い様がありません。
奴は僕のアドバイスを無視して、仲間を騙し東の大国の王子様を殺してしまったのです。
怒った僕は彼を叱り、勇者の位と力を剥奪しようとしましたが、あろう事か彼の罠にはまってあっけなく殺されてしまいました。
しかも、僕の持っていた精霊との契約とか、法具とか、色々奪われたらしいです。
悲惨です、情けないです。
ああ、本当に、穴があったら入りたい……
しかしまあ、転生した後の環境は素晴らしいものでした。
僕は裕福な家庭に生まれ、尊敬出来る両親、可愛い妹が側に居ます。家の事情で幼い頃から、茶道や剣道、ヴァイオリンなど様々な習い事をしてきましたが、それらだって楽しい遊びみたいなものです。
特に、茶道は素晴らしい。苦い抹茶を飲んで、その静寂の中にいると、どこか前世の記憶から解き放たれたような、軽い気持ちになれます。
織田真紀子こと、マキちゃん。斉賀透こと、透君。
この二人は僕のかつての敵でした。
有り余る魔力のせいで、蟻を踏みつぶすがごとく簡単に世界を破壊していた二人の魔王を許せないと思って、自分自身彼らと戦った事もあります。
でも今では、正直居てもらわないと困る存在になっています。
それは、三人お互い様だと思うけれど。
「さっき新しい先生見たよ!! もう超かっこ良かった〜」
「やだ、どこにいるの? 見に行こうよ〜」
クラスの女子たちが、なにやら騒がしい。
僕はクラス委員長でしたから、職員室に日誌を取りに行くついでに、例の新しい先生を垣間見ました。
そう、ただ一瞬垣間見たのです。ドアの隙間から。
ドクン……
ただ一瞬だけだったのに、心臓が跳ね上がり、言い様の無い嫌な気分になりました。
僕は急いで教室に帰って、マキちゃんと透君に伝えなければならない事があると悟ったものです。
だって、僕には分かる。
僕が、“彼”を間違うはずは無い……!
「マキちゃん!! 透君!!」
いつも落ち着いたクラス委員長の僕が、こんなに慌てて教室に入った事に、クラスメイトは少し驚いていましたが、そんな事はどうでもいい。
奴がいる。
奴が、居た!!
「マキちゃん、透君!! 新しい先生は…っ」
僕はそれ以上言葉にできませんでした。背中に異様な空気を感じてしまったからです。
目の前のマキちゃんと透君も、その男を前にして、現世では初めて見るような驚愕の表情をしています。
男は、相変わらずの麗しい顔で僅かに笑う、スーツの似合う新任の先生。
クラスの女子がキャーキャー言っているけれど、今は頼むから静かにしてくれと言いたかったです。
「久しぶりだな。まさかこの学校に、三人ともいるなんてな」
「…………え」
みんな青ざめてしまっています。当然ってもんです。
かつて自分を殺した、もしくは死に追いやった当の本人がそこに居た訳ですから。
でも、考えてみたら、僕たちが転生しているって言うのにこいつが転生していないわけがない……
「何でてめえがここにいるんだよっ!!」
最初に先生につっかかったのは透君でした。
積年の恨みが最も色濃いのが彼ですから、無理もありません。
僕は「ちょっとおちついて」と言いつつも、この場をどうしたらいいか分かりませんでした。
そんなとき、ガンと机を叩く大きな音が聞こえました。
椅子に座った姿のまま、マキちゃんが拳で机を叩き付けたのです。
「………行きましょうか、前世懺悔同好会………」
さすが同好会長。
この日こそ、その同好会の名前がふさわしい日は無かったと思います。
新任の先生の名は、狩野圭介。25歳。
自分たちを殺しておきながら、自分たちより後に死んでおきながら、何故か年上の世界史教師。
そう、彼は僕らが忘れずにはいられない、宿敵の勇者です。
僕が、前世で一番後悔している事は、彼を見つけ、勇者としての力を与えてしまった、その事に尽きます。