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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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60:マキア、永遠に思える王宮の廊下。



王宮の長い長い廊下が、私には永遠に思えます。

でも、それならそれでいいのに。


兵士によって大きな飾り扉が開かれ、その向こうの部屋にはお父様とお母様がいました。


彼らはとても不安そうな顔をしています。

そんな顔は、見たくなかった。



「……マキア……」


昨日の騒動の後、私はすぐに両親に会う事は出来ませんでした。

聞いた所によると、両親は港から避難し高台からあの巨兵を見つけ、混乱する人々の中で私たちを捜していたらしい。


私やトールが、魔術を使って撃退した事は知らなかったそうです。

しかし、すぐにその情報は彼らの耳に入っていきます。


「……マキア、良かった無事で……」


お母様は少し疲れた顔をしていましたが、私を見ると思わずホッとして泣いてしまった様です。

お父様はグッと表情を引き締め、私と、私の後ろで複雑な表情をしているトールに顔を向けました。


「マキア……そしてトール……お前たちが無事で、本当に良かった。昨日港ではぐれてからは、生きた心地がしなかった。私は……」


「お父様」


彼の言葉を遮り、私はゆっくり顔を上げ、そして告げます。

本当の事を。


「お父様、私は……私は……」


私は紅魔女です。

この世界の、仇です。


「私は、紅魔女の生まれ変わりなの。生まれた時から、その記憶を持っていた……今まで黙っていてごめんなさい」


「な、何を言っているんだ、マキア」


「……」


「さあ、デリアフィールドに帰ろう。いつもの様に、あの穏やかな土地で、家族みんなで過ごすんだ。トール、お前もだ。皆で帰ろう」


「……」


「……御館様」


私とトールは、その場から全く動きません。

お父様がいくら手を伸ばしても、それをとる事は出来ません。


この世界に生まれ、初めて見た人の顔。それが両親。

生まれた赤子の瞳は、本当はきっとキラキラしていて、まっさらなはず。

そこから書き込んでいく新しい情報があるはず。最初のそれが、両親であるはずなのです。


でも私はそうではなかった。

そうではなかったのです。


デリアフィールドの日々を退屈だと、億劫だと、どこか冷めた目で見ていました。

あの麦穂の流れを、最初は何とも思っていなかった。

両親がどんなに愛情を持って私に接してくれても、あの頃はたいした事ではないと、どこか他人事の様に感じていたのです。


でも、お父様はトールを連れて来てくれた。

それだけで、彼を見つけてくれただけでも、お父様が私の理解者であった証になるでしょう。

私たちに前世の記憶がある事を全く知らなかったくせに、お母様はそれを聞かずに、私たちの関係を特別なものだと認めてくれていた。


温かい日差しと、庭のオリーブと、広い広い豊かな土地。

実りの多い、平和な場所。

そこで過ごして来た日々。


私は紅魔女であった、その冷めた気持ちを、柔らかく温かい、緩やかな生活の中で徐々に溶かされていった。

地球ではいつまでも前世の記憶に引きずられ、殺伐としていたのに、デリアフィールドではここから始まる関係があるのだと、ここから始まる自分もちゃんと居るのだと知った。


私はドレスを掴み、拳を握りしめました。


「お父様、お母様。私は紅魔女として、再びこの世界に生まれた、その責任を果たさなくてはいけないの」


違う。


「今日からこの王宮に留まって、この国を守る為に王宮の最高顧問魔術師として……」


違う。


「だから、お父様たちとデリアフィールドには帰れないの。……だから、私……」


違う違う違う。

そんな事が言いたかったんじゃない!!


ありがとう。

今まで、あんなにも愛情をもって育ててくれて。


その言葉を言わなくてはならないのに、どうしても出てきません。

私は息をするのがとても苦しかった。


真っ赤なドレスをひしと掴んだまま、歯を食いしばります。

そして、お父様とお母様をちゃんと見た時、目に入って来たのは、私が二人にあげた花のブローチでした。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 私は、私はあなたたちが望むような娘じゃない!! 私はこの世界で、最も罪深い魔女……っ!! この世界をめちゃくちゃにした、誰から恨まれてもおかしくない存在!!」


「……マキア……」


心の中にあった罪悪感を、吐き出してしまいました。

私が何度もごめんなさいと叫ぶたび、お母様はその顔を悲しみに歪め、震えながら足を崩します。

私はそんなお母様の姿を見たくなくて、とうとうその場から逃げようとしました。


「待ちなさいマキア!! そんな言葉は認めないぞ!!」


お父様は私の腕を取って、背を向ける私に必死で言葉を投げかけます。


「お前がいったい何者なのか、そんな事はどうでも良い事だ!! でも、もしお前が、その力故王宮に留まる事を強要されているなら、私は死んででもお前を連れて帰ろう。死んででもだ!! お前を兵器になんかするもんか……っ」


お父様は本気でした。

彼の言葉は色々な意味で無茶苦茶でしたが、ただ必死に、私に気持ちを、言葉を伝えようとしている。それだけは分かるのです。


「お前が私の娘であった事を否定すると言うのか!! そんな事は許さないぞ。お前が私たちから生まれて来た事実は変わらない。それが、お前が我が子であり、私たちがお前の親であると言う事だ。そうだろう、マキア……マキアッ」


「……お父様……」


「許さないぞ。父さんは……私は……。お前は賢くて、優しくて……食べる事が大好きで、好き嫌いも無くて……手のかからない私の可愛い娘だ。可愛い……可愛い可愛い……自慢の娘だ。私の……っ」


お父様は首を何度も振って、涙を流しながら途絶え途絶えの言葉を紡ぎました。

その言葉は震えていて、とても聞いていられない。


どうして私はこの人たちから生まれて来たのだろう。


あの穏やかな日々は、決して嘘ではなかった。たとえ私が嘘偽りの姿であったとしても。

何もかも隠していたとしても。


最後の最後で、こんなに良い人たちを悲しませるなら、私はやはり紅魔女だ。

最悪の魔女だ。



私は口元をわなわな震わせて、瞳がどんどん潤っていくのをどうしても我慢出来ませんでした。

ゆっくりと、体をちゃんとお父様の方に向け、私の腕を縋る様に掴むお父様の老いた手の上から、自分の手を重ねます。


「お父様。ありがとう。……お母様も。こんな私でも、娘だと言ってくれるのね。……でも、これは強要された事ではないの。私が、トールが、一緒に決めた事だから。私は大業を成さなければならないの」


「……大業?」


「それが何なのか、まだ分からないけれど。きっとデリアフィールドに居たら見つからない事なの。だから、王都に留まるのよ……いつか戦場に出てでも、この大陸を出てでも、見つけなきゃいけない事があるの」


お父様のスカイブルーの瞳は、私のアクアグルーの瞳と近い色をしています。

同じではないけれど、とても近い色。


泣かないでお父様。


「……マキア。でもお前は、まだたった14歳の子供じゃないか。まさかもう、デリアフィールドに帰ってこない気か……」


「……」


私はちゃんとお父様を見て、そしてニコリと笑いました。


「心配しないで。デリアフィールドを、もっともっと豊かな土地にして、おいしいものを王都まで届けてね。……お母様と、ずっと仲良く一緒に居てね」


「……マキア……」


お父様は一瞬とても悲しそうな顔をしましたが、辛そうにしながらも笑みを作り、絞り出す様に言いました。


「ああ、分かった……お前が自分で、決めた事なんだな。それならお父さんは何もいうまい。でも、決して忘れてはいけない。私はずっと、あの麦穂の向こう側の館でお前を、お前たちを待っている。紅魔女だからと言って、帰ってはいけないなんて思っちゃ駄目だよ。お前たちには帰る場所がある。もう何もかも上手くいかなくて、何もかもに絶望して、何もかもを敵だと思っても、お前たちが安らげる場所は、確かにデリアフィールドにあると言う事を………絶対に、絶対に忘れてはいけない。全てが終わったら、必ず帰って来なさい」


「……」


私はお父様をゆっくりと抱きしめ、その匂いを体いっぱいに吸い込みました。

帰る場所を、決して忘れない為に。


「ああ……マキア……マキア……っ」


お母様がふらつく足で立ち上がり、私に抱きつきました。彼女の温かさは、生まれた時に初めて感じたもの。

もっと、もっとちゃんと、この温かみを噛み締めておくべきだった。


どれだけ貴重なものであったか。


「ありがとう、お父様、お母様。……じゃあ、私……行くからね」


これ以上この二人に触れていると、どうしても名残惜しくなる。

きっとこの先、両親と会う事が二度と無い訳ではないけれど、それでも確かに、この瞬間から、変わってしまうものもあるだろう。


私は二人をゆっくりと離し、そして背を向け、扉へ向かいました。


トールは始終無言でしたが、最後にお父様の方へ向かい、自分の胸ポケットから緑宝賞で頂いた勲章を取り出し渡しました。


「御館様、どうかこれを………母さんに……」


「トール……でもこれは君が渡さなければ意味が無いだろう」


「でも……でも、もしもう会えなかったら……母さんは……もう……」


「……トール……」


トールはこの時ばかりは、上手く言葉を見つけられない様でした。

しかしお父様は彼の気持ちを察し、その勲章をしっかり受け取ります。


「分かった。私が必ず渡しておこう」


「お願いします。御館様……本当にお世話になりました……こんな俺を拾って下さって。マキアは俺が、絶対に守ります。絶対に、あのデリアフィールドに帰しますから……っ」


「君もだぞ。分かっているな。君も私の息子であり、君の家もあの館だ。絶対に二人で帰って来なさい。マキアを……頼んだぞ……っ」


トールの手をしっかりと取って、何度も力強く握り言い聞かせる。

この時のお父様は、息子を励ます偉大な父のような、威厳のある瞳でした。




だんだんと遠くなっていく二人の温もり。

泣き崩れるお母様。呆然としているお父様。


ああ……私はなんて親不孝だろう。

あんなにあんなに、あんなに悲しませて。


兵士が開いたドアを、私とトールは出て行きます。

ドアが閉まる時、私はその間から、彼らが欠片も見えなくなるまで瞬きもせずに見つめていました。


隙間無く扉が閉ざされた後、私はドレスを力強く掴んでいた、その手をゆっくり離しました。

すっかり手がしびれてしまっています。


そして、また永遠にも思える、王宮の長い長い大理石の廊下を歩いていくのです。



「ねえ……何でかな」


「……」


「私、あんたとユリさえいれば良かったの。それだけで、今までは満足だったのに。いつの間にか欲張りになっちゃったみたいよ……」


「……それは、多分正しい事だ」


「……」


「辛いな……あの二人のあんな顔は、もう二度と見たくないと思ったよ……本当に」


トールの声は淡々としていました。

私はそれでも、知っています。彼の中にもあったあの二人への、デリアフィールドへの愛着は、確かなものだったと。


何があっても、帰る場所がある。

それは、ここ数日で得た膨大な情報に混乱していた私にとって、たった一つの支え。背筋を伸ばし、体を支える、コルセットのようなもの。



『もう何もかも上手くいかなくて、何もかもに絶望して、何もかもを敵だと思っても、お前たちが安らげる場所は、確かにデリアフィールドにあると言う事を、絶対に忘れてはいけない』



私は視界の定まらないその虚ろな瞳のまま、先ほどお父様に言われた言葉を思い出し、そしてまた、一筋涙を流しました。



その言葉が、今の私たちにとって、どれほどの救いであったか。

あなたは多分知らないでしょうね、お父様。



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