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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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58:マキア、懺悔する。




モザイク壁画の神々が、ドーム型の天井から私たちを見下ろしています。


「……」


その瞳はただ見開かれ、瞬きすらしない。

何だろう。さっき、誰かの声を聞いた気がしたのですが。


静かすぎる薄暗い空間の中、差し込むステンドグラスの光が、体を横切り彩る。


「ここは……」


「いってて、なんだいったい」


私たち三人はあの港で、いきなりの脱力感に襲われ気を失いました。

気がついたら、ここに居たのです。


「ここは、教国の大聖堂の中だ。ほら、あの扉……」


ユリシスは立ち上がると、今まで開ける事の無かったあの黒い扉を指差しました。


トールも何とか立ち上がり、辺りを不審そうに見渡しています。

私も、どこか力の抜ける体を精一杯起こしました。


「おい、大丈夫か……」


「平気よ。何なのかしら、いったい」


「多分、僕らの魔術に体がついてこなかったんだよ。いくら記憶があって、魔術の技術があっても、こちらに生まれてから今まであまり大きな術を使う事は無かったし、体自体はどこにでも居る子供なんだから」


どうしていきなりこの場所に移動したのか、私たちにはまるで分かりません。

だけど、目の前にある扉を、開けるならきっと今なのだと、それだけは三人に共通して感じていた事です。


「開けるか」


「……あいつは言ったわ。全てが終わったらここを開けろって」


私は巨大な樹の彫刻の施されている黒い扉に、そっと触れてみました。

とても腕の力だけで開けられる気がしなかったのに、その扉の樹は、私が触れる事で真っ赤な枝葉を伸ばし真ん中からゆっくり開く。


「………開いた」


私たちは顔を見合わせ、その中へと入って行きました。



薄暗く、光源がある訳でもないのに、どこか淡い光に包まれているような長い石造りの階段を下りて行くと、途中広いフロアに出ました。

そこには無数の壁画が、保管されているように並べられています。


「メイデーア神話の壁画だ。表に出ていない壁画ばかり」


「あ、でもこの壁画なら、私見た事があるわよ」


私は、最も大きく掲げられている壁画を指差しました。

それは以前、カルテッドの教会でも見た事があります。


「“神々の帰還”だね……それは一番有名だから」


「これがオリジナルなのか?」


「多分そうだろうね。一般的には大聖堂の手前に大きく飾られているのを、オリジナルとしているんだろうけど」


神々が皆横を向いているのに、最後尾に居る神だけ正面を向いている。

私はこれが不思議だなと、初めて壁画を見た時思ったものです。


「確か、一番後ろの神は死を司る神だから正面を向いているとか、カルテッドの司教は言っていたな」


「へえ、トール君がそんな事知っているなんて意外だなあ。そうそう、“正面”は死を示しているからね。僕らはそれだけで、これが死の神なんだと判断できる」


「……ふーん」


私はそういった、遺産の学術的な事をあまり理解していないので聞き流していましたが、ふと目の端に映った一枚の壁画に、大きな衝撃を受けました。


「ねえ、これ!!」


「……?」


その壁画には、巨大な化け物に世界が破壊されている様子が描かれていました。

黒くおぞましい造形に、無数の腕や翼が生えていて、頭には土星のようなものが浮かんでいる。

それは先ほど私たちが撃退したあの巨兵に似ている様に思いました。


「これって、さっきの遊撃巨兵?」


「いや……これは神話の時代の、巨人族ギガスとの戦いを記したものだよ。………巨人族との戦いギガント・マギリーヴァだ……」


「ギガント・マギリーヴァ……?」


「うん。マギリーヴァって言うのは、メイデーアの戦争の女神、パラ・マギリーヴァの名前で、やがてただの戦争を意味する言葉にもなった。神話の専門用語で、巨人族の戦いを“ギガント・マギリーヴァ”って呼ぶんだ……あの巨兵と、何か関係があるのかな」


ユリシスは顎に手を添え、相変わらず何か考えている様子。


「とりあえず、先に進もうぜ。まだ下がある様だぞ」


ここに留まっても仕方が無いと思ったトールは、親指をこのフロアの奥にある通路に向けました。











ピチョン……ピチョン……


埃っぽく、どこかじめじめしていた階段を抜けると、思ってもみなかった光景と、爽やかで新鮮な冷たい空気を得る事が出来ました。

そこは緑色の世界。


苔むしたみずみずしい土地に、白い見慣れない花が咲いています。

広い地下庭園の中心には、巨大な樹がその傘を広げていました。


「ペルセリス!!」


ユリシスが何かに気づいた様子で、中心の樹の根元へ駆け寄って行きました。

そこには緑の巫女が、小さくなって倒れていました。


「いったいどうしたんだい、ペルセリス!!」


「………あれ……ユリシスがいる……」


彼女は少々ぐったりした、調子の悪そうな顔でニコリと笑うと、そのまま力無く起き上がりました。

ユリシスはそれを支える。


「大丈夫だよ。さっき緑の幕を少し突破された衝撃が、この樹を通して私に伝わって来ただけだから。緑の巫女はね、この樹と共鳴しているの……」


「………それって……」


彼女は「もう元気!!」とピョンと立ち上がりました。

ユリシスはとても心配そうでしたが、彼女の隣に何かを見つけ、一瞬で表情を変えました。


言葉を失った様に、瞬きもしない。


私とトールは不思議に思って、ユリシスとペルセリスに近寄ります。


そして、彼らの傍らにあるものを発見しまし……目を疑いました。

そこには新芽の蔓草に囲まれ、大地に埋め込まれた水の棺があったのです。

中には一人の少年が、真っ白な顔を安らかにして眠っている。


「い、いったいこれは……」


「お、おい、他にもあるぞ」


トールは樹の根元を囲む様にしてある無数の棺を見つけ、指差しました。

しかしユリシスはその少年の棺の元から動きません。


「ユリ……?」


どうにも彼の様子がおかしい。

じっと大地の棺の少年を見ているので、俯く彼の表情がはっきりとは見えませんが、おかしい事は分かります。


そして、ゆっくりと力無く崩れる様に跪いて、震える両手で顔を覆いました。


「な、なんで……なんでここに……シュマが……」


私とトールは、ユリシスの様子に戸惑います。

ペルセリスは心配そうにユリシスを覗き込んでいます。




「扉を開いたか……魔王共……」


突然の声に振り返ると、今まさに上階から降りて来た、元勇者であるカノン将軍と、元藤姫であるシャトマ姫が、庭園に踏み入りました。


勇者は表情を変えずに、軍帽の間から覗く鷹のような瞳を細めます。

そして、私たちの前で衝撃的な真実を告げたのです。


「白賢者……その水の棺で眠っている遺体は、お前と、2000年前の緑の巫女であるお前の妻との間に生まれた、息子シュマだな」


「!!?」


勇者の口から出て来た言葉に、私とトールは目を見開き、そして膝をつくユリシスに顔を向けました。

彼はいまだに何も言わない。


あまりの驚きに、私は聞き返しました。


「ど、どういう事よ勇者!!」


「……それを問う前に、お前たちは全ての棺を確認しろ。見覚えのある顔が眠っているだろうよ」


「!?」


私たちは急いで、木の根元を囲む様に埋め込まれている水の棺を確認して行きました。


「……な」


いくつか見知らぬ者の顔を確認した後、私とトールは、どうしたって見覚えのある遺体を発見したのです。

黒髪の、蒼白な顔で眠る男。


「……はは、なんだよこれ」


思わずトールは、震えるような、信じられないというような声で笑う。


「2000年前の黒魔王じゃないか」


トールはかつての自分の姿、黒魔王であった時代の姿を見つけ、じわじわと表情を歪めました。

彼もまた震える手で、自分の頭を抑える。


私は足下からこみ上げてくる嫌な焦りにかられ、並ぶ遺体を順番に確認して行きました。

途中、ユリシスのかつての姿、白賢者の遺体の収められている棺を見つけ、一瞬息を止めます。

そして、一度瞳を閉じ、深呼吸し、また確認して行くのです。


言い様の無い予感が、大きく打つ胸を抑えて。


「………?」


しかし、半円に並ぶ八つの棺には、私が予感していた者はいませんでした。


「紅魔女……お前の遺体は無いぞ」


「……なんで……」


「なぜだと? 簡単な事だ。お前は体も残らない程、激しく自爆したからだ。俺と共にな」


「あんた……あんたいったい」



トールは前世の姿をした黒髪の男の眠る棺の前で、ユリシスは前世の息子の遺体の前で、言葉も無くただ呆然としています。

私も何が何だか分からず、でもここで膝を折る訳にはいかないと思って立つ足に力を入れていました。

体中の冷や汗が気持ち悪い。


それでも立って、勇者を睨む。

彼の次の言葉を、わけも分からず恐れながら。


「紅魔女……あの少年の棺には、お前の遺体がおさめられる予定だった」


「……!?」


「ここに並ぶ“八つ”の棺の遺体は、この聖地の緑の幕を展開する魔力燃料だ。俺はそれを回収する役目を、もう遥か昔から担っている。そう……必要だったのは、お前たち魔王クラスの“遺体”だ」


一歩一歩、近寄ってくる勇者。

その度に私は一歩一歩下がってしまいました。

何も言わずに、後ろで様子を見ているシャトマ姫の視線。


勇者は私の前に立ち、私を鋭く見下ろしながら、言葉を続けます。


「1000年ごとに現れる100万mgを越える魔力を内蔵した燃料。この聖地を守る為に必要な魔力の器。それが“今の”お前たちの正体だ。だが、紅魔女……お前は前回、その役目を果たす事は無かった。なぜなら、その肉体は微塵の欠片も残さずに、この世界から消え去ったからだ」


「……」


「2000年前の聖地の人間たちは、一つの棺が空く事を恐れ、代わりになる者を探した。そこで選ばれたのが、白賢者と緑の巫女の息子・シュマだった。両親共に魔王クラスのその子供は、僅か10歳程でその命を絶たれ、水の棺に設置されたのだ」


勇者はちらりとユリシスと、その側にいるペルセリスの方に視線を向ける。


「2000年前の緑の巫女は、夫を殺され、息子を殺され、最終的に次代の緑の巫女を生むため、再び他の男の妻となる事を強要された。緑の巫女の継承者は、先代の血を引く女子と決められているからだ。……樹の根元に並ぶ棺の、かつての巫女を見てみろ。まだ若いだろう……彼女は娘を産んですぐ、俺が手を下す事無く自ら命を絶った」


「……」


ユリシスは彼の言葉を聞く度に、信じられないと言うような蒼白な顔をして、首を振っていました。


「ふざけるな!! そんなの……っ、そんなの許される訳が無い!!」


ユリシスが顔を上げ、激しく言い捨てました。

彼は涙を流しながら、見た事も無いくらい顔に憎しみを滲ませています。


「ユリ……落ち着け……っ!!」


立ち上がり、今にも勇者を殺しにかかりそうなユリシスを、トールは抑えます。


「許すも何も、それを行ったのは当時の聖域の者。お前の仇は既に居ない……。俺を恨むのはお門違いだぞ、白賢者」


「そんな事は………そんな事は分かっているっ!! 分かっている……っ」


ユリシスはどうしようもない、どこにもぶつけ様の無い憎しみに、耐えられないと言う様でした。

そして、ガクリと聖域の冷たい大地に伏せ、震える拳を叩き付けます。


「なんでこんな……こんなことになっていたなんて……。あの子はまだ子供だったのに……“約束”したのに……」


「ユリ」


私は彼の悲しみや憎しみを感じ取って、こみ上げてくる涙をどうにか留めようと、口を両手で押さえました。


当然だ。

彼は自分の幼い子供を、自分が死んだ後、理不尽に殺されたのだから。


「しかし、あの子供を棺に入れても、何も意味は無かった。八つの棺に入るべき者は、どんなに時代が移り変わろうと変わらない。決まった八人の魂の器であったからだ」


「……八人の……器……?」


「紅魔女。お前はその一人であった。………ゆえに八つの器は揃わず、第八幕目の降りないまま、この2000年間緑の幕は不完全な姿で作動し続けている。八つの幕が揃って初めて、この緑の幕は鉄壁の防御壁となるのだ」


「……」


「愚かなかつての聖域の人間は、当時の時代の混乱に恐怖を感じていた。黒魔王が死に魔族が野放しにされ、紅魔女によって西の大陸が半壊し、他大陸は調和を乱していたからな。全ては、俺が紅魔女の遺体を回収出来なかったせいで起こった悲劇……これに関して……俺は自分の大きな過ちを認めよう」


勇者はらしくもなく、その冷徹なはずの瞳を伏せました。


「…………そんな」


私は、地に伏せ泣くユリシスを、見開かれた瞳でまっすぐ見つめ、既に辿り着いた一つの真実を、多いに悔いました。


この場所に、かつての黒魔王と白賢者の亡骸があるのに、紅魔女が居ないと言うことだけで、簡単に納得出来たのです。


緑の幕を展開する為の燃料と言われても、まだ何もかも分からないのに、口を出てくる言葉は、決して間違っていると思えなかった。



「ごめん……ごめんなさい……ユリ……」



今まで力を入れていた足が、がくりと折れる。

頭を抱え、こみ上げる後悔の念に、体中が支配されていく。


「ごめん……ユリ……私が……私があんな事をしたから」


「違う……マキちゃんが悪い訳じゃない……マキちゃんは悪くない……っ」


私がその言葉を口にする度に、ユリシスは苦しそうに首を振りました。

そして、行き場の無い恨みや憎しみがまた彼を苦しめている。

見ていられない。どうしよう。


どうしたらいい。



「ユリシス……どうしたの、泣かないで」



そんな時、何も分かっていないはずのペルセリスが涙を浮かべながら、何度も何度も「泣かないで」と言って、ユリシスを正面から抱きしめる。

彼女自身、理解出来ない恐れに体を震わせながら、それでも彼を強く抱きしめていました。

ユリシスにとって、それはどのような事だったのか。


彼は彼女の背に手を回し、縋る様にして抱きしめ返しました。


「許してくれ……許してくれ……っ」


彼女に見いだすかつての妻の面影に、何度も懺悔の言葉を並べ、泣き崩れる。


私はそれらの言葉を聞くたびに、どこか魂でも抜けて行くような、そんな虚無感に襲われました。

自分はかつて、どんな残酷な事でもやってのけ、人々を苦しめ最終的には西の大陸を巻き込み破壊をもたらした、この世界の仇だったはず。

それを理解していながら、なんて暢気に生きて来たのだろう。


自分の大切な者の苦しむ姿を見て、初めて後悔の念に苛まれるなんて、どうかしている。


「おい、マキアしっかりしろ!!」


「……トール……わ、私……私どうしたら……」


「お前がここで倒れたらおしまいだ。気持ちをしっかりと持って、立て直せ!! 俺たちはまだ何一つ、大切な事は聞いていないぞ!!」


トールはこの場で、ただ一人強く気持ちを持っていました。

というより、そうするしかなかったのです。

彼だって、かつての姿の遺体を見つけ意味の分からない複雑な念に苛まれていたはずなのに、今ここで私たち三人の軸になれるのは自分しか居ないと、ちゃんと理解している。


「勇者!! お前、特定の八人の器と言ったな。魔王クラス……いわゆる俺たちのような、100万mgを越える魔力を持つ者が、魂的には八人いると言う事か……」


「惜しいな。この棺に入るべき魔王クラスを八人とし、その遺体を回収するべき者、つまり俺を含め九人だ」


「九人?」


「俺だけは1000年ごとにこの世に現れ、その他の八人は、1000年周期に誰かしら生まれてくる。だが、全ての魔王が一つの時代に揃う事は無い。要するに、次の器に取り替えたいとヴァビロフォスが判断した者を、転生させる。……お前たちは2000年前の事しか覚えていないだろうが、それ以前にも、何度も何度も転生を繰り返し、そして俺に殺されその棺に設置されてきたのだ。“始まり”の時から、何度も何度も……」


「……始まりの……時……?」


私はやっと少し、勇者の言葉を耳に入れ思考する事が出来る様になりました。

顔をあげ、僅かに瞳に光を戻し、力無く聞き返します。


「なるほど………だから九人なのか……」


「……ユリ……!?」


表情を暗くしたままのユリシスですが、今は少し落ち着いた様子で、ペルセリスを優しく離し、袖で涙を拭う。

そして、強い瞳で断言しました。


「簡単な話だ。最初まで遡れば、“九”と言う数字は簡単に出てくる……“メイデーアの九柱”だ」


トールも何かしっくり来たと言う様に、疑念と納得の滲む複雑な笑みを浮かべる。


「メイデーア神話の、この世界をつくった九人の創世神か……はは、なんて話だ」


勇者は瞳を細め、ここにきてひんやりとした殺気を放ち、私たちを見据えました。


「そうだ。愚かなお前たちは、大切な何もかもを忘れているだろうが。メイデーアの創世神……それが“かつて”の……お前たち魔王クラスの正体だ」



この言葉に、私たちにはまだ到底理解出来ないような、長い長い因縁を乗せて。


勇者はずっとこの事を告げたかったのではないかと、ふと思ってしまう程、彼の声は憎悪と悲嘆を帯びている気がしました。


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