53:ユリシス、櫓の上から。
僕はユリシス。
この国の第五王子。
聖教祭は何の問題も無く、滞り無く最終日を迎えました。
僕は初日から隙間無く埋め込まれたスケジュールに、最初はため息しか出てこなかったのですが、マキちゃんやトール君と再会できてから、この聖教祭の賑わいを憂い無く見渡せる様になったと思います。
港で行われた式典は、東の国から移民してくる者たちを歓迎するセレモニー。
今年はフレジールから賓客も来ると言う事で、この式典を盛大に行っています。
問題なのは、これを快く思っていない者が多く居ると言う事。
正妃アダルジーザ様も、第一王子アルフレードもそうです。
式典に参加はしていますが、始終表情は気に食わないと言った様子。
怪しい人々の影を見つける事も出来ます。
反東派閥の者たちがうろうろしているので、叔父上の指示で警備もかなり頑丈にされていそうです。
今日は聖教祭最終日と言う事もあり、大型の移民船に乗って他大陸からやって来た者たちを盛大に迎えています。
東の大陸から決められた航路に沿って、その船はやってきます。
緑の幕(緑の加護)と呼ばれる魔導防御壁の一部に穴を作って、船をこの国へ受け入れるのです。
「殿下、見て下さい。ほら、フレジールの船です。……しかし恐ろしい話ですよね。私たちにはまるで見えないし、国民も意識していないですけど、今、緑の幕に穴が空いているんですよ」
「……叔父上」
歓声とファンファーレの音が、下の方から聞こえてくる。
僕は遠く海の向こう側からやってくる船を見つめた。あの船が居る辺りに、大陸を覆う幕が張られているのだろうか。
見えないものに守られていながら、僕らはその守護の恩恵を信じて疑わないのです。
「……!?」
ふと、妙な視線を感じました。
どこからか、鋭く敵意を向けられている気がする。
目の端に映る一筋の光。
僕は瞬時に察しました。
「……シャトマ姫!! 危ない!!」
大きな銃声が響いた時には、王室の居る櫓の、その中央右側に座るシャトマ姫めがけて銃弾が発砲されていました。
シャトマ姫は側に居たカノン将軍によって庇われ、二人はそのまま椅子ごと倒れ込みます。
「…シャトマ姫…カノン将軍!!」
「将軍!! 姫!!」
周囲の者は慌てた様子で二人に駆け寄りました。
発砲された弾は将軍の腕をかすめた様ですが、彼は特に表情を変えず、「姫、ご無事ですか」と、それだけ。
彼女は発砲されたと思われる場所を横目に見て、フッと皮肉に笑いました。
バタバタと護衛の兵が櫓に上がって来て、僕らを囲みます。
レイモンドの叔父上は個別に指示し、発砲された方角に兵を送っていました。
しかし今度は別の方向から先ほどの殺気のようなものを感じ、僕は急いで精霊を召喚しました。
どうにも櫓にかけられている結界は、役に立っていない様ですから。
「第三戒召喚!! 精霊壁をつくれ、ファン・トローム!!」
三つの魔法陣が列をなし、第三戒の召喚を果たしたファンは、その羽を大きく広げ、櫓を守る風の壁をつくりました。
どこからか発砲された銃弾は、その風の壁によって防がれました。
「おお、素晴らしい殿下!!」
「叔父上、あいつらは魔導銃を使用しています。それなりの魔術師が居る様です。王宮魔術師たちの結界をいとも簡単に抜けて行きますから……それとも、元々あまり結界が機能していないのか……」
「まあ、反東派閥の連中って所でしょう。魔術師を沢山囲っている人がバックに居るからなあ」
いきなりの奇襲を、この人はある程度予測していたのでしょう。
むしろ、待ってましたと言うような顔でもあります。
僕はちらりと、正王妃アダルジーザ様の方を確かめました。
彼女は「なんと恐ろしい」と震えていますが、どこかとてもわざとらしい。
僕らが疑って見ているから、そう見えるのかもしれません。
「二発目は確実に私を狙っていた。私を殺したい奴は沢山居るが……目星はつけやすいですよね」
叔父上はウインクしながら、次々と発砲される銃声に腰を低めました。
会場の人々は悲鳴を上げ、逃げ惑っています。
その人の混乱の流れが、かなり危うい様に見えるのです。
「早く、何とかしないと……」
この櫓は魔法によって頑丈に固定されて居るので、倒れて二次災害などは無いと信じたいですが、あまり信用も出来ない。
「叔父上……?」
僕が立ち上がろうとした時、レイモンド卿がそれを止め、僕に耳打ちしました。
「殿下、今から私が櫓の中心に立って的になりますから、下界の民の上に結界を張っていただけますか? そう言う事って出来るんですか? あ、私には絶対に張らないで下さい」
「!? しかし、そんな事になれば、叔父上が危険に晒されます!!」
「大丈夫大丈夫。私を信じてください、殿下」
叔父上はこんな時でも、フレッシュなウインク。
僕には良く分からないのですが、眉を潜めつつも彼の指示に従う事にしました。
「あっははははははは!!! テロリストども、私はここに居るぞ!!!」
櫓の上で、仁王立ちして、両腕を広げている叔父上。
端から見たら気でも狂ったかのような光景です。
叔父上は正気か。
「表に出て来れないヘタレ共が!! 自分たちの主張を子供じみた暴力でしか表現出来ない、哀れな反逆者たち。私が憎いのだろう、次期国王となったら困るのだろう!! さあ、回りくどい事はやめにして、私だけを狙ってこい!!」
叔父上は「わはははは」と大げさなに笑って相手を罵り、挑発しています。
若干危うい気もしますが、僕は叔父上にも何か策があるのだろうと考える様にして、言われた通り下界の民の頭上のすれすれの所に薄い結界を広範囲に渡り張りました。ファンの風は範囲を広く保てるので、とても役に立ちます。
僕はシャトマ姫の所へ向かって、しゃがむ彼女に尋ねます。
「……どうしましょう、姫。移民船が既にこちらに向かっています。このままでは移民船も標的になりかねません」
「大丈夫だ。……移民船には強力な結界を張ってある。この国で最も威力のある爆弾でも破壊されない。軍事用のものだ」
「……」
その皮肉を込めた口ぶりは、この事態はある程度想定済みで、むしろ一斉粛清のチャンスとでも思っている笑み。
国王は事態を淡々と見極めようとしている様です。
護衛に囲まれ、叔父上の姿や、僕の様子、第一王子や正妃の様子を伺っています。
櫓から降りようともしませんが、まあ確かに、ここで櫓から降りるのは危ないかもしれない。
下界に敵が居たら逃げている途中で撃たれるかもしれませんから。ここは固まって結界の張りやすい所に居た方が無難です。
それぞれの企みがこの事態を生み、それぞれの企みがこの事態によって表に出ようとしている。そんな気がしてなりません。
「さあ、かかってこい!!!」
叔父上の挑発によってか、もともとそう言った計画であったか、一斉射撃される魔導銃の軌道はあらゆる方向から光の筋をつくります。
僕は息を飲みました。
銃撃の軌道は叔父上の変わらぬ笑みの、その表面すれすれで上へ逸れました。
そしていつの間にか、櫓を囲む様に宙に浮く、黒ローブの者たちの掲げる手の中に収まったのです。
「……軌道情報、確認」
複数名居る黒ローブの正面にいる者が、そのように呟いた。
僕は櫓から身を乗り出し、彼らを確認します。
掲げる手の平から、キューブ型の空間魔法陣が現れ、銃の軌道による位置情報が書き込まれます。
あの魔法は知っている。
僕の良く知っている人の魔法に、とても似ている。
「空間魔法……トール君のとよく似ている……」
黒ローブたちは一斉に、その位置情報の方向へ散って行きました。
よく見ると、足にもキューブ型の魔法陣がくっついています。
空中に足場としての空間を作っていると言った所でしょう。
「叔父上……彼らは……っ」
「ああ。彼らはフレジールに仕える黒魔術師たちだ。今後フレジールとルスキアを行き来してくれる……」
「黒魔術師たち、ですか」
「流石、殿下。そうです。彼らはトワイライトの一族の末裔……」
「トワイライト……」
その名は、この国ではそれほど有名ではないかもしれませんが、メイデーア規模で考えるととても大きな魔術師一門であり、北の大陸の黒魔術の代表的一族です。
十年前程にエルメデス連邦から亡命し、その後フレジールに保護されたとか。
「……?」
何でしょうか。
空がとても青く、この争いなんて関係なくとても美しい色をしているのに、どこかとても不思議な雲の流れをしている気がして、僕はさっきから収まらないある種の予感に、胸を抑えました。
何かがおかしい気がする。
どこか大地の奥が震えているような、そんな違和感。
既に銃声は無く、先ほどの出来事はパフォーマンスでもあったかのようなあっけない終わりを迎えました。
それぞれの場所で、トワイライトの魔術師たちと叔父上の兵によって粛清された反東派閥の反逆者たち。
「………粛清、完了いたしました」
「ご苦労、トワイライト」
ふわりと黒いローブを揺らし、煙の様に叔父上の目の前に現れた者。
フードを深くかぶっていて表情は見えませんが、声は低く籠った男のもの。
あっという間の出来事でした。
短時間の反逆者たちのあがきは、ほとんど瞬きしている間に終わったと言っても良いでしょう。
すでにこれは、予定されていた筋書きの一つであったというように。