52:マキア、知らなければならない事を知っている。
私はマキア。
サロンから抜け出した後、お父様とお母様に会いに行きました。
「まあ、マキア……」
「……お母様」
サロンの下にある控え室。
お父様はどうやら驚いたせいで腰を抜かし倒れ、少しの間気を失っていたそうです。
今は元気そう。
「その、あの」
私が彼らの前に立ち、何も言えずにいると、お父様とお母様は顔を見合わせニヤリと笑いまいした。
そして、お母様が言う。
「マキア、良いのよ何も言わなくて。私たちは……まあ相手が殿下だったから驚いたけれど、前にも似た事があったから思い出しちゃったわ」
「………」
「ユリシス殿下は、トールと同じなの……?」
「……うん」
「ちゃんとお話し出来た?」
私は「まだそんなに」と、一言。
お母様の優しい声が、少しこそばゆいです。
だって、きっと咎められると思っていたし、ビグレイツ公爵の様に色々と聞かれると思っていた。
でも、お母様もお父様も、何も聞いてきません。
「マキア……私はトールを見つけた時、ああきっとこの子ならお前の良い理解者になってくれるだろうと、そう思った。ピンと来たんだよ。根拠も無くね。……それほどにお前は、周りの子供たちとは違っていたように思っていた」
「……」
「なぜか、と言われるとそんな理由は答えられない。きっとお前たちの関係もそう言ったものなんだろうと。お前が私たちに言えない事があるなら、言わなくていいし、言いたくなったらいつでも言ってくれれば良い。さっき、エレナとそういう事にしたんだ」
「お父様……」
私は何も説明出来ると思えなかったのに、お父様とお母様に心配をかけた、その事について、ちゃんと何か言わなければと思っていました。
「あ、あのね。上手く言えないんだけど、あの人はとても大切な人なの。ユリ……ユリシス殿下は、私とトールにとって……」
「トールにとっても……?」
「そう、トールにとっても、ユリシスは大切な存在よ。私たちは………」
私たちは、前世の時代を共に生きた、元魔王です。
流石にそれは、言えない事だけれど。
両親は言葉に詰まった私に、クスクスと笑ってみせました。
「いや、うん。分かってる。お前にとって心地よい存在が居て、嬉しく思うよ」
「さあ……まだあの方と話したい事があるのでしょう。舞踏会の時間の間は、私たちここに居るから。大丈夫、顔を見せに来てくれただけで、私たちは安心しているのよ」
「……うん」
私はドレスを何度か掴んだり離したりして、何とも言えない感覚に、唇をぎゅっと結ぶ。
両親は胸に、私のあげた花のブローチを着けていました。
トールとユリシスは、外で待ってくれていました。
静かな王宮の庭園を横切って、ユリシスに案内されるまま奥の方へとついていきます。
「……静かね」
「そりゃね。ここは人が来る事が少ないんだ。僕はよく、精霊たちと戯れたりするけど」
「精霊……」
ユリシスは頷き、指をパチンと鳴らす。
さっきから気配はあるし、チラチラと目の端に映るなあと思いつつあまり意識していなかった存在たちが、バラの垣根の隙間から、また樹の上から、噴水の水の中から出てくる。
その数、10体ほど。
「ほうほう。お久しぶりです、魔王様方」
「やいやい、どの面下げてきやがった、てやんでい」
「おだまりったら、ピノー。今は賢者様の敵ではないのよ」
「……」
それぞれの精霊が口々に物申す。
可愛らしい姿をした、とてもユニークな奴ら。フクロウであったり、トカゲであったり、美しい人魚であったり、大人しい白い小猿だったりetc。
「わあ、今回もいっぱい集めたわねえ」
「まだまだだよ。2000年前は100もの精霊と契約していたんだから」
私が大人しい白い小猿の精霊をつついたりすると、白い小猿はぺろりと私の指を舐めました。
あらかわいい。
「さっきから江戸っ子口調のトカゲが俺に頭突きを繰り返しているんだけど」
「うふふ。その子は前、あなたにこてんぱんにやられた事があるから、それを覚えているのよ黒魔王様」
「……セリアーデか。懐かしいな」
トールはさっきから、わりと大きなごつごつしたトカゲに頭突きを繰り返されています。
すると、噴水の水から上半身と尾ひれを覗かす美しい色っぽい人魚の精霊が、トールに向かってウインク。私も彼女を知っている。
水の上位精霊セリアーデだ。
「あらあら、紅魔女じゃないの。相変わらず全身真っ赤ねえ。赤って何か品が無いわねえ」
肩に付かないほどのウェーブがかった青い髪をかき上げ、彼女は私に喧嘩を売ってきます。これ見よがしにそのダイナマイトボディを見せつけながら。
「あんたも相変わらず嫌みな奴ね、セリアーデ。でもいいのよ、今夜は何とでも言ってくれて。さっきから散々言われっぱなしだったんだから、あんたの嫌味なんて可愛いものよ」
「あら、相変わらず可愛げが無いわね」
セリアーデはむすっとして、尾ひれで水を弾いてあかんべーをして水中へ潜ってしまいました。
「はは、君たちは昔から、本当に相性が悪いねえ」
「あの精霊……次に会ったら刺身にしてやるわ」
水を顔面からふっかぶった私は、ぶるぶる頭をふってトールに偉そうに命令。
「トール、ハンカチ」
「はいはい」
トールが胸ポケットから、そそくさとハンカチを取り出し、髪に付いた水の雫を払います。
そのやり取りの様子を見ながら、ユリシスはふむと顎に手をあて、ものめずらしそうに。
「トール君は本当にマキちゃんの使用人なんだねえ」
「なりゆきだ」
「よく言うわよ。もともとあんた煙突掃除夫だったくせに」
「……」
ユリシスは「トール君らしいねえ」と、どこか哀れみのある瞳。
私たちはバラのアーチの通りを抜け、王宮から下界の町の見える広場に出ました。
点々と灯る明かりが、夜の聖教祭の賑わいを教えてくれる。
私とユリシスが、その場所のベンチに座って、トールが向かい側の柵にもたれかかって、私たち三人は色々な話をしました。
「私、今14歳」
「僕16歳」
「……17だな」
「今回はばらつきがあるわねえ。私は一番年下だわ」
「そうだったんだねえ。あんまり変わらないのかと思っていたけど」
「こいつは態度がでかいからな。歳より年上に見えるんだろう」
まず、年齢を確認。そして、名前を確認した後、私たちは最も大切な事を確認し合いました。
「……私は、166万4562mg。そしてユリシスが178万3804mgで、トールが204万8519mg。魔力数値の順位は変わらないわね。まああんたがダントツなのは変わらないのねトール」
「ふふん」
えらく得意げなトール。
「トール君は圧倒的に攻撃魔法だもんね」
「いいんだよ。いつか絶対あの勇者をぶっ殺す、その為の力だ」
「……そうねえ」
私はさっき、あの男と踊った時の事を思い出していました。
あの男、カノン将軍は私に言いました。我々は同罪だと。
「ねえ……私が自爆した事でこの世界に与えた影響って、どのくらいあるんだろう……」
西の大陸が悪質なマギ粒子に汚染されている理由だって、私には良く分からないのです。
私の魔力が残留し、悪質なものへと変わっていたのでしょうか。
移住問題や、食料不足で起こった問題も、争いも、年表の中にある文字でしか知らないのです。
その中で生きて来た者たちの心の内なんて知らないし、分からない。
「それは、藤姫に聞くと良い」
「……藤姫? 1000年前のか?」
「ああ。トール君は知らないよね。フレジールの第一王女シャトマ姫は、1000年前の藤姫の生まれ変わりなんだ。精霊も九戒目の召喚が出来るし、マギベクトルも100万越えをしているし、僕も間違いないと思っているよ」
トールは瞳を大きくさせ、どうにもかなり驚いている様です。
「あの人も、勇者に殺された人なんだって」
ユリシスは肩に乗っているフクロウの姿をしたファンの羽を指で撫でながら、どこか遠くを見ています。
彼は私たち以上に、色々な事を知っているらしい。
王宮はそれだけ情報の集まりやすい所だと言う事でしょう。
「前に、一対一でお話しした事があるんだけどね。聞いたんだ『なぜあなたはあの男に処刑にまで追い込まれたのに、今、側においているのか』と。藤姫は言ったよ、あの死は意味のあるものであった、と。藤姫は歴史上東の小国家の王であったけれど、最終的にはギロチンの刑という末路だ。彼女が死んだ事で、彼女の家臣たちや国民たちが大きく動いたと言われている」
「……それが、あの勇者と共に居る話とどう関係があるんだ」
「契約をしているらしいよ。エルメデス連邦からフレジール王国を守ってくれれば、その後に殺されてもかまわないと。あの勇者の力を利用したいんだって」
「恐ろしい女だな」
「まあ、本当の所は分からないけどね。僕らはまだ、何も知らないんだから」
ユリシスは肩を竦めました。
「……そう言えば、さっき緑の巫女、来てたぞ」
ふと、トールが思い出した様に。
「え……ペルセリス?」
「そうそう。そんな名前だった。一緒に覗きやったんだ」
「覗きって」
数日前、私も緑の巫女と出会ったのを思い出します。
表情のコロコロ変わる、緑の髪をした少女。
ユリシスは何故かクスクス笑っています。
「一つ教えておこうかな……。あの子は、僕の、前世の奥さんだよ」
「……」
「……」
一瞬の沈黙。
横に流れて行く風。
「「はあああああああ!?」」
私とトールは前のめりになって、声を合わせて驚きました。
初耳と言うか、白賢者が妻子持ちなのは知っていましたけれど……え、どういう事?
前世の奥さんが緑の巫女??
「驚いた?」
「………初耳なんですけど」
「はは」
「え、どういう事?」
ユリシスはニコニコ、私たちを驚かせた事に大変満足している表情です。
でも、すぐに、遠い記憶を思い出しているように目を伏せました。
「ペルセリス……あの子は2000年前の、僕らの時代の緑の巫女の生まれ変わりだよ。気がついたのは、あの子に会って、だいぶ経った後だったけれど」
「……記憶が、無いのか?」
「うん、あの子に前世の記憶は無い。でも、別に良いんだ。あの子にはあの子の、次の人生があるし、記憶なんて無いのなら、それで良いんだと思うし……」
「良いのか?」
「うん……僕は見守れるだけで十分だよ。その立場に居るだけでも、とても貴重な事だ」
ユリシスの笑みは、とても優しいものですが、どこか寂しそうにも見えます。
私は少し驚きましたが、どこかとても嬉しく思えました。
何ででしょう。とにかく私は、ユリシスの手を取って、強く握りしめました。
「良かったね、ユリ」
「……マキちゃん……」
「会えてよかったね!!」
「……」
羨ましく思えたのです。
かつて愛した人と、再び出会えたという事が。
だけど、相手が自分を覚えていないというのは少し切ない事だわ。
「お前は本当に馬鹿だな。愚かな聖者っぷりだ。自分に記憶があって、相手に無いってだけで、壁でも作ってそれで良いと思っているんだろう。……記憶が無くてもあの子はお前を……」
トールはそこまで言うと大きくため息をつき、頭を掻きむしりました。
それ以上は言う事をやめた様です。
「……俺が何か言える立場じゃないな」
「まあ珍しい。トールが自分で自分の反省しているわ」
何を口出ししようと思ったのか分かりませんが、自分自身前世でハーレム作って、最終的に一番の寵姫に裏切られた奴が、人の恋愛観に口出しなんぞと言う事でしょうか。
何だか気まずい顔をしているのが面白かったです。
ユリシスは笑っていました。
「マキちゃん、デリアフィールドに住んでいるなら、ここからは少し遠いね。聖教祭が終わったら、また帰っちゃうんだね、二人は……」
「でも、そうね……ずっとあの田舎に引きこもっている訳にもいかない気もするのよ」
勇者が私に言った言葉は、思った以上に私の心に深く突き刺さった。
それはきっと、私自身心のどこかで思っていた事でもあったからでしょう。
「私、知らなければならないと思うのよ」
「……何を?」
「何もかも」
立ち上がり、トールの隣で柵を持って、そこから見下ろせる町のポツポツと灯る光を瞬きもしないで見つめる。
風が下界から吹き上がって、私の髪を巻き上げました。
「私の起こしてしまった事から始まった全てを」
「……」
「違うぞ。俺たちの、だ。あれは、俺たち三人が居たから起こった事だ。マキア、お前だけが背負う事じゃないぞ」
トールは横目に私を見下ろして、声を低めて、でもしっかりとした口調で。
ユリシスも立ち上がり、私の隣で柵にもたれかかります。
「マキちゃん、一つ言っとくけどね。君が自爆して起こした事って言うのは、結局は結果の話なんだ。あの時の君には、勇者に勝つ権利、負けられない理由と言うものが確かにあったのだから……自分が全て悪いなんて勘違いだけはしてはいけないよ」
「……ユリ」
私は一度小さくゆっくり頷いた後、何度か小刻みに頷き胸に手をあてます。
私は紅魔女だ。
悪い事を反省する存在ではない。
でも、私たちがこの時代に再び転生させられた理由があるなら、それは知らなければならないと、ちゃんと分かっている。
勇者は言いました。
全ては聖教祭が終わったら理解出来ると。
「聖教祭が終わったら、聖地に来いって、あいつ言っていたわね」
「……ヴァビロフォスに?」
「何か、扉があるだろう。大聖堂のもっと奥の方に」
「知ってるんだ」
「……まあね。そこであいつに会った訳だし」
「聖教祭終わったら、俺たち三人で、あの扉を開けろってさ」
私は大きく息をすって、そして吐き出しました。
胸の奥にあった、曖昧なものを全て、全てこの夜の風の中に出してしまいたかった。
もう一度新しい冷たい夜風を吸い込みます。
そして、両隣に居るトールとユリシスの腕を取って、引き寄せました。
「私たちは、これからよ」
全ては、この聖教祭が終わってから。
知る事で、私たちは何をすべきか見つける事が出来るでしょう。