プロローグ2「俺の話を聞いてくれ」
俺の話を聞いてくれ。
俺の名前は斉賀透。高校一年生。
しかし前世は、異世界メイデーアの三大魔王の中で最強と謳われていた“北の黒魔王”だった。
信じられないような、馬鹿げた話かもしれない。
でも俺はその世界に生きていたあの時代を覚えている。屈辱的な敗北をして、勇者に殺されたあの瞬間を。
俺は今、前世の記憶を分かち合う由利静の家で、夕飯をごちそうになっていた。
由利家は代々地主の家で、立派な和式の豪邸だ。
普通のマンションの俺の家や、ボロアパートのマキの家とは比べ物にならない。
由利家の家族も良い人ばかりで、正直前世での良い行いが比例したかのような環境だ。
俺の家は両親が揃っていても、パチンコ三昧で浮気だ離婚だのろくでなしだし、マキなんて両親すら死んでしまった。
こりゃ、絶対前世の悪行のせいだ。
「おお〜おでんだわ。やった〜」
食べ物にがめついマキは、由利家の門をくぐっただけで夕食が何なのか当てやがった。
前世から持って来たような、緩く波打った長い赤みのある黒髪の、悪女面美人だが、どこかいちいち勿体ない。
ぐつぐつ煮えるおでんの音が、やはりたまらないと思う。
だって、どうしたって育ち盛りの高校生男子。
いくら前世が魔王でも、今はそのスペックを全て失った、わき腹刺されただけで死ねる高校生男子。
「いっぱい食べてちょうだいね」
「…あ、ごちそうになります…」
由利の母親は良い人だ。
こんな不良に見える俺ですら、昔から変わりなく家に迎えてくれる。
「おでんって何が好き? 私はね〜大根と、卵と、はんぺんかな〜。餅巾も捨てがたいけど」
「卵は外せないな。はんぺんは無い」
「僕はがんもどき」
「………お前って本当にじじい臭いな、趣味が」
まあ、実際感性じじいですからね、俺ら。
由利のじじい趣味は少々異常だが、実際自分たちが歳相応の感性で居られるはずなんて無いんだ。
一度大人になった期間が、現世で産まれて生きて来た期間より長かったんだから。
両親の言う事成す事をどうしても冷めた目で見てしまうし、馬鹿らしいと思ってしまう。
両親は、そんな俺の冷めた瞳が気に入らないようだった。
そもそも、俺自身が魔王だったのに、今更駄目な大人の言いなりになんてなれっこない。侮辱も良い所だ。
「あ、みやか、透お兄ちゃん来てるよ〜」
由利の妹が、さっきからこちらを見ている。俺たち三人の食卓に混ざればいいのに、それは恥ずかしいらしく、それでもじっと見ている。確か小学3年生だ。
前に悪ガキどもから助けてやった事がある。それがきっかけで、俺に謎の意味ありげな視線を送ってくるのだ。
由利がみやかを呼んだが、彼女はこっちには来なかった。
「恥ずかしがりだからなあ…でもそこが可愛いよねえ〜可愛いよね〜」
お兄さんの言葉が気持ち悪いです。
凄く気持ち悪いです。
だけど由利、お前は普通に家庭に馴染んでるな。家族に愛され、環境に恵まれていたとしても、持って生まれた記憶が邪魔をしたりしないんだろうか
「というか、お前は食い過ぎだ。大食いの女は嫌われるぞ」
「………今更誰に好かれようとも思わないわよ」
マキはさっきから、俺の二倍のペースで二倍以上のおでんを食べている。
遠慮と言う言葉をまるで知らないのは、一度魔王として世に君臨し、全てを欲しいままにしてきた時代があったからだろうか。
彼女は前世から態度がでかく、食べる事が好きだった。
「あんただって人の事言えないでしょう。昔はハーレムエロ大魔王だったあんたが……」
「はあ、言うと思ったぜ」
やはりここぞと突っ込んできやがった。マキはこの話題に鋭い。
「駄目だよマキちゃん、そこんとこは、透君にとっての地雷なんだから」
「ふん、可哀想だこと。愛してやまなかった姫君を勇者様に寝取られたあげく、裏切られ死に追いつめられたなんて。魔王の死に様としては最悪に無様よね」
「……大陸を焼け野原にしたお前は、ほんと魔王の鏡だよ」
こんな話を、俺たちはいったい何回繰り返したんだろうか。
俺は北の魔王として、最強の魔力と最強の魔族陣営を構えていたはずだったのに、女ってやつにあっけなく負けたんだ。
そして、ここぞとその部分を狙って来た勇者に。
ああもう本当、情けなくて泣けてきた。死にたい。
「そういえば、明日世界史の新しい先生、来るらしいよ。ほら、杉田先生産休に入ったからさ」
「ああそう。でもどうせ、私たちにとっちゃどんな先生でもおんなじよ」
空気の読める由利の話題逸らしと、空気の読めないマキの切り返し。
でも、マキの言うことはいつも的を得ている。
俺たちはいつまで、こんな時間を過ごしていくんだろうか。
このままでいいんだろうか。
そういった疑問を誰もが持っていながら、誰も触れないでいる。
あんなに長生きしてきたのに、答えの出せない疑問があるから驚きだ。