51:メディテ卿、ただのファン。
俺は、ウルバヌス・メディテ。
ユリシス殿下とマキア・オディリールの出会いを見た瞬間、俺はビグレイツ公爵やレイモンド卿とは違って、ある種の納得を得た。
そして興味を持ったものだ。
彼らのような存在の、繋がり。
絆にも似たもの。
横目で公爵たちを伺うと、彼らはとっくに殿下やマキア嬢の特異性を知っていたようである。
俺はこの会場のあらゆる所を確認した。
シャトマ姫は扇子を口に当て、目を細め彼らを見ている。
その後ろに控えているカノン将軍の表情は読めない。
ああ、面白いな。
魔王クラスがこんなに揃っている。しかも、前世の因縁付きである。
マキア嬢が紅魔女であると言うのは、どうやら正しそうだ。
時代的に白賢者との縁があるものは、紅魔女と黒魔王だけだからだ。
黒魔王と言う可能性も無い事は無いが、どうかな。そんな印象は与えられない。
今は想像する事しか出来ないが、前世の因縁と言うものが、時代を経てどのような意味を持つのか。
俺が笑いを堪えていたら、ビクレイツ公爵が横目に鋭く睨んできた。
「……」
厄介なおじさんだな、本当に。
彼らが何者なのか知らずにいるくせに、利用しようとでも思っているのだろう。
なんて恐れ多い事を。
マキア嬢がカノン将軍とダンスを踊っていたとき。
「あの将軍はどういった方でしょうか、レイモンド卿」
「はあ、一言で言うなら“謎”だな。私よりいくつか年下だが、どうにも読めない奴でね」
そんな話を、ビグレイツ公爵レイモンド卿がしていた。
そして、ふとビグレイツ公爵の視線が、マキア嬢とカノン将軍から、テラスの方へ移ったものだから、俺もそちらを気にしてみる。
「!?」
増えている。
一人、黒髪の青年が殿下の隣に居る。何者だろう。
「卿、彼が例の……」
「……ああ」
どうやらこの二人には、殿下の隣に居る青年が理解出来ているらしい。
「すまないが、少々よろしいだろうか」
「……!?」
マキア嬢がカノン将軍と踊り終わった後、いよいよ公爵たちが彼らに接近した。
俺はビグレイツ公爵とレイモンド卿についていっただけだが。
テラスの暗がりに居る、三人の若者。
ユリシス殿下に、マキア嬢、そしてもう一人、黒髪の青年だ。
「トール・サガラーム、なぜ君がここに居るのだね。君はここへはこれないはずだろう。身分をわきまえたまえ」
「いえ、僕が呼んだのです。公爵」
「……」
はい、名前頂きました。
ユリシス殿下はそのトールと言う青年とマキア嬢の前に一歩出て、我々三人の男に対して堂々とした出で立ちを示していた。
いやはや、殿下。
隣の二人のおじさんには見えないかもしれないが、背後に蠢く精霊たちの恐ろしい眼ったらないですよ。
これは見えない者の方が幸せだな。
なんて、精霊に気を取られている暇はない。
トール・サガラーム……トール・サガラーム……
「!?」
俺は息を飲んだ。
片眼鏡がとんでもない数値を示している。
あのトールって奴、数値が異常すぎる。
ここに居るユリシス殿下ははっきりした数値が分からないにしても、多分この男の数値を越える事は無いんじゃないだろうか。
なるほど……こいつ黒魔王か。
ここに三大魔王がいるのだと、俺は疑わなかった。
白賢者、紅魔女、黒魔王だ、絶対そうだ。
「殿下、そちらのオディリール伯爵家のご令嬢マキア・オディリールと、その使用人トール・サガラームとはお知り合いなのでしょうか?」
「まあ、そんなものですね」
「殿下……それは珍妙な事です。あなたはほとんどこの王都から出た事は無く、あなたたちに面識があったとは思えない」
「……ビグレイツ公爵」
ユリシス殿下は額に手をあて、小さく息を吐くと公爵の隣に居る王弟レイモンド卿に視線を送った。
「叔父上、いったいこれはどういう事です。まるで詰問でもするように」
「いや、殿下そんな。だってビグレイツ公爵が気になるって言うから」
「………」
ねえ、とすっとぼけた様子で公爵に視線を送るレイモンド卿。
公爵はゴホンと咳払いをして、再び彼らに問う。
「大衆の面前で、あのような目立つ行いをしたのですから、説明義務があると思っただけです。あの場にいた貴族たちはこぞってこの話ばかりしていますし……マキア嬢、お父上が先ほど意識を失っておいででしたよ」
「うそ」
「しかしご安心を。今は別の所で休んでいる。奥方もご一緒だ」
「……」
マキア嬢は少し視線を逸らし、何か考えている様子だ。
一応親の事が心配なのか。意外だ。
「少し話を聞かせていただきたい。我々と共に来てくれるかね」
「……」
三人は顔を見合わせ、どうしようかと言うように困った顔をしている。
俺は少し吹き出しそうになった。
まあ当然だ。
自分たち、三大魔王の生まれ変わりなんですなんて、言えるはずも無い。
俺はテラスと会場の境目で立ち止まっている男三人の列から一歩前に出て、テラスの柱にもたれかかる。
そして服の内側から煙管を取り出し、夜空に向かってふかした。
「……メディテ卿、ここは禁煙です」
ビグレイツ公爵は、場の空気を壊すなと言う様に俺を睨む。
「まあ、堅苦しい事言わないで下さいよ、公爵。俺ヘビースモーカーですから……家じゃ、あんまり吸えないんでね。あ、俺の嫁さん子供が出来たのでね」
「ほお、それはおめでたいねメディテ卿」
「あ、おめでとうございますメディテ卿」
レイモンド卿がビグレイツ公爵の隣からひょっこり顔を出し、ニヤニヤした顔でお祝いしてきた。あとユリシス殿下も。律儀な人たちだ。
話題が逸れそうになったので公爵は良い顔をしないで、ゴホンと咳払いをする。
「確かに良い事だ。メディテ卿、おめでとう。……それならば早くご夫人の所へ帰りたまえ。心細くしているかもしれないぞ」
「はいはい、一服したら帰りますとも」
俺は煙管をゆらゆらさせながら、ふうと煙を外の暗がりの方へ吹く。
「でもねえ、公爵。今のあなたは無粋ってものですよ。この三人の“再会”を邪魔するのは、この上なく恐れ多い事だ」
「……何?」
俺はちらりと三人の方に視線を送った。
マキア嬢は「おじさん、あんた」と、少し驚いた顔をしている。
うん。それでもやっぱりおじさんなのね。
「さあ行きたまえ、君たちには語らう事があるのだろう」
「メディテ卿……あなたいったいどこまで……」
「まあまあ殿下。俺はあなたたちの、ただの熱狂的なファンですよ。あ、今度サインくださいね」
「……」
この会話だけで、ユリシス殿下は色々と勘づいた様だ。
それで良い。
三人はテラス横の階段から、レイモンド卿、ビグレイツ公爵の様子を伺いながらも降りて行った。
「ま、待ちたまえ君たち!!」
「まっ、もういいじゃんビグレイツ公爵。今回はこのくらいで、ね。メディテ卿の言う通りだ。無粋ってもんだよ私たちは」
「レイモンド卿、しかし……」
ビグレイツ公爵は暗闇の庭園に消える3人を見送ったあと、ため息をついて、悠々とタバコをふかす俺に向かって、激しい視線を投げた。
「どういう事だメディテ卿!!」
「何がです」
「なぜ我々の邪魔をする!!」
「邪魔って……ははあ……やっぱりあなたたちはあの子供たちを何かに利用でもするんですか? 大きな、魔力を持っているから?」
「な……っ」
「俺を誰だとお思いか。この国で、魔導に触れようと言うものならウルバヌス・メディテの名を知らぬものはいないという……えー、まあ自分でこんな事を言うのも恥ずかしいですが、まあそう言った存在ですよ。あの子供たちの魔力がいかに大きいか、多分あなた方より詳しく知っているでしょう。そして、あの子供たちの存在意義も……」
自分自慢も少々まじえ、俺は二人の方を向き直り、瞳を細める。
「まず、あの三人が何者なのか……知らずに彼らに触れる事は、俺が許さない」
どやあ。
きまった……
「だけど、君は教えてくれないんだろう、メディテ卿」
「当然。俺は教えられない」
「だったら、誰に聞いたら良い」
「……」
レイモンド卿は、臆する事無くダイレクトに聞いてくる。
「……そうですなあ、あのフレジールの賓客にでも聞いてみては。あの二人なら、知っているでしょう」
「ほおお。この国に来て間もない、あの二人が?」
ビグレイツ公爵は皮肉に笑う。
まあ俺の言った事がおかしかったのだろう。
「ですから、この話はあなた方の理解を超えて行く話。あの三人は我々の手のひらからこぼれ落ちる程の大量の水なんですよ。フレジールの賓客は、多分我々よりよっぽど、あの三人について詳しいでしょう。それは面識があるとか、そう言った問題では無く、因果や因縁と言うレベルの話になるのですがね」
「因果? 因縁?」
「そうです。彼らを結ぶものが何なのか………一つヒントを言うならば、それは、そういったものでしょうな」
「は?」
おっと、これ以上は言えない。
流石にここからは、俺の口からは言えない事だ。自分たちの力で探してくれ。
「さあて、帰ろう。嫁さん待ってるし」
「ま、待ちたまえメディテ卿!! まだ話が…」
「だから、言ったでしょう、公爵。後は自分たちの力で探して下さい」
「……」
サロンの会場内は、まだまだ始まったばかりの舞踏会の、華やかで賑やかな臭いと色がむせ返るほど充満している。
俺はさっきの三人と同じ様に、テラスの横の階段から降りて行った。
「メディテ卿、今度飲もうよ。君とはもっと色々話がしたい」
「ええ〜……まあ、良いですけど」
レイモンド卿はビグレイツ公爵と違って、始終ニヤニヤしていた。
まったく、ビグレイツ公爵とは違ったたちの悪い人だ。
俺は次期国王に最も近い男に適当に返事をして、そのまま階段を下りて行く。
ビグレイツ公爵が俺の去り際に「若造が……っ」と、悔しさを滲ませていたのが笑えた。