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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第一章 〜幼少編〜
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49:マキア、魔女と勇者の罪と過ち。


サロンの中の空気が止まった気がします。

ただひたすら待って、待って、待ち望んだこの再会の日。


ただ、だんだんと現実も見えてきます。



「ねえ、ユリ…………どうしよう」


「……うん」


お互い体を離し、苦笑い。


「超、目立ってるよね」


感動の再会、という余韻に浸っていたかったけれど、どうにもそんな空気ではありません。

私たちは、周囲の視線が案の定こちらに向いているのを痛いほど感じ取っていました。


誰か!!

誰かドッキリ大成功的なプラカードを持ってきて下さい!!!


「ゴホン」


誰もが、どこを切り口につっこめば良いのか分からない私たちの再会に戸惑っていた所、割って入ってきたのは見知らぬ一人の女の子。

絹の様に柔らかく薄い色素の長い髪を揺らし、どこか異国情緒を感じさせるドレスをまとった、美少女です。


彼女は、パシッと扇子を手のひらで閉じると、いきなり私とユリシスににこやかな笑顔を向けました。


「ユリシス殿下!! そちらが以前お話しして下さった“例の”お方か? ぜひ妾も“あの”お話をお聞きしたいものだ。いやはや、あのお話は女性としてはなかなか興味のあることだからな。さあさあ、こちらへお二人とも」


「……は?」


彼女は馴れ馴れしい様子で、戸惑う私とユリシスを集中する視線の中心部から会場の端のテラスへ連れて行きます。

何が何だかがさっぱり分かりませんでしたし、彼女の言っていた事に覚えもありませんが、ユリシスは心苦しそうな笑顔を彼女に向け「申し訳ございません、姫」と言っています。


会場は我々が隅へ引いて行った事で、一気にザワザワと活気を取り戻しましたが、そこら中で私たちへの興味を話題に上げている様子。


うわあ……

仕方が無いですが、全て自分たちが勢いに任せた結果です。 







会場の熱気と一線を引いたような、テラスの涼しさが、程よく私たちの頭を冷やしてくれそう。


「全く……何を考えておる。あんな人目のつく所で」


「フォローして下さり、本当にありがとうございます、シャトマ姫」


「……」


人を払ったテラスにて、例の少女は私とユリシスを叱りつけました。

私はどうにもこの子が何者なのか分からず、顔をしかめます。


「マキちゃん、この方はシャトマ姫。フレジールの第一王女様だよ」


「……どうも」


私は色々とあった後だったので、どうにも煮え切らない挨拶をしてしまいました。


「私はお前を知っておるぞ。……西の紅魔女」


「……!?」


しかし、私の彼女への興味は、たった一言、そのキーワードで大きくなります。

どういう事でしょう。彼女は私の事を知っている様です。

扇子を開き、それで顔を覆う彼女の、ちらりと見える琥珀色の瞳。

その瞳は吸い込まれるような魔力を感じます。


「あなた………何者?」


私は声を低めました。


「えっと……マキちゃん、これは結構複雑な話で。彼女は僕らと似た境遇の者なんだ」


「似た境遇?」


「彼女は1000年前の“藤姫”の生まれ変わりなんだ」


「……?」


藤姫の物語は知っていますが、そうと言われてすぐ納得ができる訳ではありませんでした。


ユリシスは私の曖昧な表情を見て、すぐに補足します。


「僕ら三大魔王と同じ様に、前世の記憶を持っている者だって事さ。それと……彼女も“あいつ”に」


彼が何か言葉を続けようとした時、テラスに差し込む会場の光に影ができました。

こちらに伸びてくるそいつの影は、まるで私たちにとっての死神の様。

そいつが明るみの前に立っただけで、私たちは夜の暗がりの冷たい風を、いっそう意識してしまいます。


「………あんた」


金髪の美しい青年が、我々に伸びる光を遮っていた。

例のシャトマ姫は「おお、カノン」と言って、特に臆する事無く彼に近寄ります。


「紅魔女、紹介しよう。我がフレジールの将軍、カノン・イスケイルだ……お前にとっては、2000年前の伝説の勇者でしかないかもしれないがな」


「……」


彼の情報は全く見えてきません。どうにも、本名ではないらしい。

私が瞳を細める様子を、奴はただ冷たい眼光で見下ろしていました。


「……先日はどうも、勇者」


「……」


ユリシスは私の言葉にハッと驚いて、「もう会ってたの?」と眉を潜めています。

会場のクラシカルな音楽が、こんなにも似合わない張りつめた空気。


「姫、レイモンド卿がお呼びだ」


奴はそれだけ、シャトマ姫に伝えます。

彼女は「うむ」と頷き、我々を一瞥して光のサロン内の方へ。


「紅魔女、お前は特にこの聖教祭の一大イベントを見逃すでないぞ」


「………何ですって?」


彼女はクスクス笑いながら、扇子で顔を隠しつつ行ってしまった。

当然私は顔を歪めるばかりです。


「……で、まだいたの、勇者」


「……」


「さっさとあのお姫様のところへ行きなさいよ。あんた今あの子の家来なんでしょう」


先ほどと同じ場所で、例のカノン将軍は私たちを監視でもしている様に立っています。

本当に嫌な奴。再会をゆっくり噛み締める事も出来ないじゃない。

茶を濁すつもりなのでしょうか。


「それとも何よ。私をダンスにでも誘ってくれるって言うの」


「……」


会場内では既に紳士淑女の方々が、華のあるドレスを優雅に揺らし、音楽に身を委ねています。

カノン将軍は含み笑いを浮かべ、そのまま私の方へ近寄り、手を差し伸べてきます。


「では、私と踊っていただけませんか、マキア・オディリール嬢」


「……あんた」


私は頬に汗を一筋流し、口の端を上げ笑ってしまいました。


「あんたそれ、レディーをダンスに誘う顔じゃないわよ」


どう見ても、私たちを見下し、今にも殺したいのに、という様な嫌な顔。

流石の私も身構えてしまいますが、ここで一歩引いたら紅魔女の名が泣くと言うもの。


今から一騎打ちの戦いにでも赴くような面構えで、私は彼の手を取りました。

ユリシスは「あああ」という様に頭を抱え、青ざめています。


「マキちゃん……生きて戻っておいでよ」


「勿論。こいつの足を二度と立って歩けないくらい踏んでやるから見ておいで」


「……マキちゃん」


私たちは舞踏会の醍醐味である、ワルツを踊りに行くと言うこの瞬間を、男女の麗しい営みとは考えていません。

これは戦争であり、駆け引きなのです。

先に恐れた方が、怯んだ方が、その眼光に躊躇った方が負け。








「まあ、オディリールのお嬢様、今度はフレジールの将軍様にダンスを誘われたわ」


「これはこれは、微笑ましい組み合わせですな」


「でもマキア嬢はダンスは苦手の様。御指南いただいているのかしら」


会場は始終私たちを見ています。

遠目から見たら、年上の将軍様にダンスを教えて頂いている幼い少女の図に見えるらしいのです。遠くからユリシスが真剣に眺めている分、余計にそう思えるのでしょう。


しかし間近で私たちのダンスを見ていたものにとって、それがだたのワルツでは無いと言うのが良く分かっていたでしょう。


お互いの表情はまるで魔王。

まあ、魔王なのですが、例えるならそんな悪い顔。


ちなみに私はダンスが苦手なのではありません。

ただ始終こいつの足をヒールで踏んでやろうと思って、ドレス内でかなり豪快に振り下ろしたりしているのを、まあ憎らしや勇者は上手い事避けてしまうので、なんともいびつなダンスに見えるのです。


私たちは一時睨みあいながら無言で踊っていましたが、いよいよ私は仕掛けてみました。

きっと、今この時、二人だけの時にしか問えない事を思い出していたからです。


「なんで」


「……」


「なんであんたは、あの時私と戦う事をやめたの」


はるか2000年前の事です。

私は今でも、私たちの最後をしっかりと覚えています。

忘れるはずの無いあの瞬間を、私が自分の身を最大の情報を有する媒体として選び、全てを破壊する様命令したあの瞬間を、今でも覚えています。


「あんたは“女神の加護”を持っていた。あんたはまだ、もがけたはずなのよ」


「…………」


今でも私たちの最後のシルエットが、振り払う事の出来ない残像の様に、脳裏を掠めていきます。


あの瞬間私はこの男に自らの血を注ぎ、そして共に自爆した。

しかし私が血を注いだ時、勇者であったこいつは、自分の武器を捨てたのです。


たった一瞬の事であまりに見逃してしまいそうだったけれど、あの時の勇者の、何もかもどうでも良かったと言うような、ある種の穏やかな表情を、私は忘れられません。

諦めたと言うべき絶望の顔ではありませんでした。


「だがそれが過ちであった。俺はあの時代、過ちを重ねてしまった」


「……?」


「俺は……お前たちを殺す順番を間違った」


「!?」


「だからこそ、お前は俺を道連れに自爆を選んでしまった。お前を自爆させてしまった事が俺の最大の過ちであり、自爆を選んだ事が、お前の最大の罪。それが分かったのは1000年後だったがな」


「何を……言っているの……?」


私はこの男の強い視線に現れる感情が何なのか分からないけれど、ジワジワとこみ上げてくる焦燥感は堪え難いもの。

そのように切り返されると思って無かったのと、過去の残像が脳裏に蘇っている分、少し恐れを抱いてしまったのも事実。


この時、私は少し逃げたいと思いました。

この男の次の言葉を聞きたくなかったのです。


しかし、カノン将軍は決して私を逃がしはしません。

彼は私の腰を思いきり引き寄せ、取る手を握りしめました。


「……っ」


じわりと、私の手の平に血がにじみます。

先日の傷が開き、その血がカノン将軍の白手袋を彩っていく。



「お前は思い知るだろう」



彼はそれでも、握りしめるその手の力を緩めませんでした。


「俺とお前が引き起こした惨事は、後の歴史に影響したのみならず、絶対に晒してはいけなかった過去までえぐり出したと言う事を。………俺とお前は同罪だ、紅魔女」



この時の私は、元勇者である私の仇が、何を言っているのか本当の意味で理解出来ていません。

なぜ私たちを殺したこの男に、こんな事を言われなければならないのか、心外で悔しくて。

それでも言い返せないのは、私が怯んでいたからです。


あの自爆が生んだ負の遺産、えぐり出した遥か昔の約束を、思い知るのはそう遠くないのだろうと勘づいていたのも事実です。



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